| 一丁目一番地の管理人〈その28〉 - 現在のレスは15個、人気のスレッドです! - |
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スレッドオーナー: 鶴岡次郎
:2012/04/07 (土) 15:52 ID:/dYMb/4M No.2214
- 圧村和夫を撲殺した犯人が遂に逮捕されました。事件発生から約8ヶ月経過しておりました。当
初有力容疑者とみなされていた竹内寅之助は何者かの夜襲を受けて大怪我をしました。竹内は犯 人の心当たりがあるようですが、警察にはそのことを告げませんでした。
立花管理官が指揮した土手の森殺人事件はこれでめでたく解決したのですが、警察庁の伍台参事 官が関心を持つ売春組織は依然としてその全貌が闇に包まれたままです。竹内と敦子が何らかの 秘密を握っていると伍台は考えているのですが、いかに伍台でも、殺人犯の疑いが消えた二人を これ以上調べることはできません。またしても、伍台は真の悪を逃がしたのでしょうか・・。
一方、竹内を襲った相手はどうやらヤミ金組織が放った手の者のようですが、これで、竹内と敦 子の逃避行は終わりになるのでしょうか、それとも新たな展開があるのでしょうか、相変わらず ゆっくりと語り続けます。ご支援ください。
毎度申し上げて恐縮ですが、読者の皆様のご意見、ご感想は『自由にレスして下さい(その 11)』の読者専用スレにご投稿ださい。多数のご意見を待っています。
また、文中登場する人物、団体は全てフイクションで実在のものでないことをお断りしておきま す。
発表した内容の筋を壊さない程度に、後になって文章に手を加えることがあります。勿論、誤字 余脱字も気がつけば修正しています。記事の文頭と、文末に下記のように修正記号を入れるよう にします。修正記号にお気づきの時は、もう一度修正した記事を読み直していただけると幸 いです。
・ 文末に修正記号がなければ、無修正です。 ・ 文末に(2)とあれば、その記事に二回手を加えたことを示します。 ・ 1779(1)、文頭にこの記号があれば、記事番号1779に一回修正を加えたことを示します。 ジロー
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一丁目一番地の管理人〈397〉
鶴岡次郎
:2012/04/26 (木) 15:57 ID:ZxWy6BWo No.2220
- ゆっくりと膝を折り、敦子は正座をして、頭を床に着けました。そして、その姿勢のまま頭を上
げないのです。
朝森が近づき、膝を折って覗き込むと、肩を震わせて彼女は泣いていました。朝森が肩に触れる と、突然、顔を上げ、ものも言わず朝森に抱きつき、胸に顔を押し付けて泣いていました。ワイ シャツの薄い布を通して敦子の涙が朝森の肌に染み通っていました。
敦子が準備していたお風呂にゆっくり浸かり、これまた敦子が準備した下着と部屋着を着込んだ 朝森がキッチンに行くと、敦子が心を込めて作ったチキンカレーと彩り豊かなサラダが食卓に並 んでいました。勿論、チキンカレーは朝森の大好物な品です。
良く冷えたビールを一息で飲み干し、朝森は大きく息を吐き出しました。そのタイミングを待って いたように、敦子が椅子から立ち上がり、床に正坐して、ゆっくりと頭を下げました。搾り出す ようにして、それでもはっきりとした言葉で敦子は言いだしました。
「私のしてきたことを考えると、とてもここへ顔を出すことは出来ないことは良く判っています。 許してくださいと申し上げることができないほど酷いことをしてきた女であることも良く判って います。
せめて今夜一晩だけでも、お側にいることを許してください。 それも無理なら、一口だけでもこのカレーを食べてください。 それだけで結構です・・。 お食事の後・・・、私は黙って出て行きます・・」
それだけ言って、敦子は両手を床につけたまま、顔を上げて、じっと朝森を見上げました。
黙って敦子を見つめていた朝森が、スプーンを取り上げ、カレーをすくい上げ、ゆっくりと口へ 運びました。眼を閉じ、朝森はゆっくりと口を動かしています。彼の目から、一筋の涙が頬を伝 わっていました。
「美味しい・・・、 昔のままだ・・」
喉を鳴らしてカレーを飲み込んだ朝森が微笑を浮かべて言いました。
「多分知っているだろうが、離婚届は出していないよ・・。 僕は君をずっと待っていた・・。 今も君は僕の妻だ・・。
ここは敦子の家だ、誰に遠慮をする必要もない」
声を出して敦子は泣きだしました。床に両手を着いて、その上に頭をつけて敦子は泣いています。 朝森が立ち上がり、敦子を抱き上げるようにして、椅子に座らせました。
「どうして、そんなに優しいのですか・・・、 こんな酷いことをした女をどうして許すのですか・・」
はにかみながら、掌で涙を拭いながら、敦子が朝森を本気でなじっています。
「どうしてかな・・・、 多分、敦子を愛しているからだろう・・な、 敦子が居なくなってから、一度だって、憎いと思ったことはない・・ いつかここへ戻ってくると信じていた・・・・」
笑みを崩さないで、朝森がのんびりと答えています。
「本当にバカなんだから・・・、 今、私を追い出さないと、後になってきっと後悔するよ・・・、 明日の朝、私が嫌になっても、もう・・、その時は遅いからね・・」
顔をくしゃくしゃにして泣きながら、敦子が悪態をついています。ニコニコ笑いながら朝森がカ レーを口に運んでいます。見る見る内に皿の底が見え始めています、凄い食欲です。
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一丁目一番地の管理人〈398〉
鶴岡次郎
:2012/04/28 (土) 11:07 ID:NRhFlDng No.2223
二人だけのささやかな、しかし、この上ない豊かな夕餉の宴はゆっくりと進みました。食事の間、 上機嫌の朝森が、今日完成した大プロジェクトの設計内容を説明しました。敦子はただにこにこ 微笑みながら聞いています。仕事の話を始めると朝森は急に饒舌になるのです。話の内容はほと んど判らないのですが、敦子は朝森から仕事の話を聞かされるのが昔から大好きでした。久しぶ りに朝森の情熱的な説明を聞いて敦子は幸せいっぱいの気分になっていました。
「ああ・・、こんな話ばっかり、面白くないだろう・・、 言い忘れていたが去年の末、設計課長に昇進した・・」
「凄い・・・、 すると・・、私は課長夫人ってわけ・・・、夢のよう・・・・・」
最後の言葉を独り言のようにポツンと敦子が呟きました。
「頑張ったあなたに比べて、 私は世間の眼を恐れて逃げ回る毎日だった・・」
遠くを見る目つきをして敦子がつぶやいています。しばらく視線を泳がせていた後、意を決した ように朝森を見つめました。その視線の強さに朝森がびっくりしています。
「もし、お許しいただけるなら、あなたには思い出したくもない、嫌な話でしょうが、 私のしてきたことを一通り聞いてください・・」
東京から消えた経緯を敦子は朝森に報告するつもりのようです。ビールグラスをテーブルに戻し、 朝森が笑みを残した表情で頷き、聞く姿勢を見せています。目の前の料理はほとんど食べつくさ れています。
「ありがとうございます・・・。 あなたの前で口が裂けても言うべきではないことも、あえて申し上げることになると思います。 ただ、私にとっても、おそらくあなたにとっても、今後の生活を考えると無視できない大切な話 だと思いますので、すべて隠さずお話します。たぶん、耳障りな話が多いと思いますが、聞いて ください。どうしても堪えられないようでしたら、そう言ってください、すぐに止めます」
慎重な前置きに朝森が苦笑を浮かべて頷いています。一応、自宅へ戻ることが許されたのは確か ですが、その朝森の決断が、敦子が犯した全ての罪を認識した上でのことなのか、過去に眼を瞑 り、敦子の受け入れを決めたのか、敦子は不安なのです。全てを知った上で、それを全て飲み込 んだ上で受け入れて欲しい・・。敦子はそう考えているのです。敦子の告白を聞いた朝森があき れ果て、決定的な別れの言葉を告げる可能性も高いのです。
どうやら朝森も敦子の気持ちを理解しているようで、耳を傾けているのです。
「ご存知のように、無理やりあなたとの仲を裂かれ、彼と一緒に暮らしはじめたのですから、 最初はぎこちない雰囲気でした・・。 それでも、男と女の関係は不思議なもので、一つベッドで過ごすようになると・・、 ああ・・、スミマセン、心ないことを言ってしまいました・・」
敦子が慌てて頭を下げています。苦笑を浮かべて朝森が手を横に振っています。
「彼と一緒に暮らし始めた数日は、必要最低限の会話しか存在しない仲でした。それでも彼は新 婚の夫そのものになり切って、私を大切に、優しく扱ってくれました。私も彼も、昼間は勤めに 出ていましたが、家に戻ると下にも置かないほど大切に扱ってくれ、お金もふんだんに使ってく れました。こうして、10日も過ぎると、竹内さんの良いところが判り始め、次第に打ち解けて きました」
この家へ戻ってきた時から覚悟を決めているのでしょう、敦子はすべてを告白するつもりのよう で、滑らかな口調で話しています。
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一丁目一番地の管理人〈399〉
鶴岡次郎
:2012/04/29 (日) 10:52 ID:TG6nkVw6 No.2224
- 「夜の生活も充実していたのだろう・・」
「ハイ・・、お察しのとおりです。昼間は喧嘩の絶えない夫婦が、夜は仲良く絡み合う、それで 夫婦の仲がかろうじて保たれている、そんな夫婦が世間では一杯居るそうですが、私達がまさに そうした関係でした。
彼が密かに薬を使っているのを私は知っていました。新婚夫婦のように毎日、絡み会いました。 それも延々と何時間も、食事さえ忘れて・・・。
毎夜の絡みの後遺症で、彼より若い私でさえ、昼間、眠気を払うのに苦労しました。おそらく彼 も昼間の仕事に差しさわりが出ていたと思います。彼はそれほど頑張ってくれました。
女なんて弱いものです。何時しか、彼との生活に満足し始めていました・・」
「・・・・・・・」
辛い話であるはずですが朝森の表情は穏やかでした。何も質問しないで、ただ黙って敦子の話を 聞いていました。
いくら全てを話すと決めていても、ここまであからさまに情夫との生活を夫に告げる必要はない ように思えますし、夫に何か含むところがあるにせよ、こんな話はすべきでないとの節度を敦子 は十分心得ているはずですが、敦子の説明振りを見ていると、そこには何か秘められた意図があ るように思えます。
一方、朝森もあえて辛い話を聞く必要はないと思えるのですが、朝森の様子を見ていると、敦子 の話を聞くことが彼にとって、ある種の贖罪行為であるかのようにさえ見えるのです。
敦子が竹内の情婦になった経緯には、二人にしか判らない心の葛藤があった模様です。
「やがて、彼は私を正式に妻にしたいと言い出していました。私自身もあなたのところへ戻るこ とはできないだろうと思い始めていました・・、あのまま、もう半年も過ぎれば、私たちは正式 の夫婦になるべく動き出していたと思います。
そんな時、あの土手の森殺人事件が起きたのです。そして、私が死体の第一発見者になりました。 それから間もなく、彼の会社が急速に傾き始め、追い討ちをかけるように銀行からの融資を引き あげられて、ついには不渡りを出し、会社は倒産しました。後には、無理をして借りた高利の借 金だけが残りました・・・。そんな中で、彼は夜逃げを決意したのです。
倒産が決まった夜、竹内さんはあなたのところへ帰るように言いました・・」
ここまで話して敦子はビールのコップに手を伸ばし、一口飲みました。ここからが大切な話にな ると思った敦子は一息ついた模様です。
「竹内さんから家へ帰るよう言い渡されたとき、正直迷いました。 それでも、私は彼に付いて行く道を選択しました。
正直に申します・・・。彼の体に溺れていたのは確かです。 献身的な彼の愛撫に理性を失い、彼のものになってもいいと思った時間があったことは確かです。
それでも、そんな淫らな欲望に引きずられて、彼にズルズルと付いて行ったのではありません、 このことだけはあなたに判ってほしいのです・・」
必死の表情で朝森を見つめています。朝森が黙って敦子を見つめています。そして、ゆっくりと 口を開きました。
「敦子の考えもっとよく理解するために、 ここで一つ質問しても良いかな・・・」
必死で語りかける敦子にあいまいな態度は見せられないと朝森は考えたようで、黙って聞き役に 徹していた態度を変える気になったのです。何を質問されるのかと、敦子が不安そうな表情を浮 かべ、それでもはっきりと頷いています。
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一丁目一番地の管理人〈400〉
鶴岡次郎
:2012/04/30 (月) 11:23 ID:eGlKLPZw No.2225
「竹内さんとの約束では、半月毎に僕の所へ戻ることになっていたが・・、 一度も敦子は戻ってこなかった・・。
竹内さんが無理やり引きとめたにしても、敦子がその気になれば僕の所は来ることは出来たはず で、僕の所へ来ないのは明らかに敦子の意志が働いていると思った。
敦子を引き止めることが出来なかった僕に比べて、竹内さんは全力を傾けて敦子獲得に走った。 これでは竹内さんの情熱と魅力に敦子が溺れてしまうのはいたしかたがないと、これも自業自得 だと、僕は諦めていた。下手に騒ぎ立てても、敦子を苦しめるだけだと思って、竹内さんには文 句一つ入れなかった・・。本来なら彼から何か連絡があるべきだと思っていたが、敦子の気持ち を考えると動くことが出来なかった・・。このことで君の意見を聞きたい・・・」
「おっしゃるとおり、あなたの所へ戻らなかったのは私の意志で決めたことです。竹内さんはむ しろあなたと交わした『男の約束』とやらを気にして、定期的に家に帰るよう言っていました。
竹内さんの通い妻になると決めた時、私はあなたの所へは中途半端な形では戻らないと決心して いました。半月毎に、あなたと竹内さんの間を行ったりきたりする生活を私が了解したと、本当 に思ったのですか・・・?
もし、そうだとしたら、私はよほどバカで、甘い女に思われていたのですね・・。 私がこの家に戻るのは、竹内さんと正式に切れる時だと、最初から決めていました。
ご存知のように今まであなた一人を守り通して来たわけではありません、結婚してからでさえ、 相手にした男性の数は10指を超えます、そんな私ですが、半月毎に一緒に暮らす男を変えて、 平気で夫婦生活ができるほど、私は器用な女でも、神経の太い女でもないのです・・」
「そうか・・・、そうだったのか・・・ 敦子はそんな決意で竹内さんの家へ行ったのか・・、想像もできなかった・・・」
大きなハンマーで打ちのめされた・・、朝森はそんな衝撃を受けていました。感嘆の言葉以外出 せないのです。
敦子を竹内に貸し与えると決めて、竹内も朝森も本気で敦子を共有する気になっていたのです。 敦子と竹内は互いにこれまで何度か肌を接した仲ですから、一緒に暮らすといってもそんなに大 きな抵抗はないだろうと二人の男は考えていたのです。しかし、それは男の間だけでしか通用し ない考えだったと・・・。朝森は今、はっきりと理解していました。
男達の約束事を横目で見ながら、敦子は自ら招いた不祥事を自身の体で償う決意を固め、竹内の 情婦となる悲壮な覚悟を固めて竹内のマンションへ出向いたのです。
「あの時点で、僕と竹内さんは敦子を共有するつもりでいたけれど、敦子は僕と別れて、竹内さ んのお嫁さんになるつもりで家を出たのだね、たとえ契約で抱かれることになっても、その相手 には操を立てたい、それが敦子の、女としての意気地だったのだね・・」
そこに愛情がなくても、契約で抱かれることになっていても、一旦、女がこの男と決めた相手に は操を尽くす。敦子は女の本能でそう決めていたのです。途中で朝森のところへ戻ることなど、 最初から敦子の頭にはなかったのです。
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一丁目一番地の管理人〈401〉
鶴岡次郎
:2012/05/03 (木) 15:03 ID:Tr58mvbw No.2226
たぶん朝森にしても、竹内にしても、敦子の意気地を完全に理解することはできないと思います。 それでも敦子の説明を聞き、朝森は自身の男本位の発想を恥じ入っていました。敦子の発想がよ り人間らしいと判断する良識を朝森は持ち合わせていたのです。
「敦子にそんな高遠な考えがあるとは想像さえできなくて、僕は大きな誤解をしていたようだ。 嫌々、竹内さんと暮らしている様子を見せながら、実は彼の魅力に敦子が虜になったと思い込ん でいた。それで、約束を破って、僕のところへ戻ってこないのだと嫉妬に狂っていた・・。
それでも、あっさり敦子をあきらめたわけではなかった。竹内さんへの熱い思いは、いずれ冷め る時が来るはず、そうなれば、敦子はもう一度、僕を選ぶはずだと思って、待つことにした・・・。
しかし、まさか、夜逃げに同行するとは正直、思わなかった・・。 これで、敦子とは永久に別れることになると、覚悟を決めたほどだった・・・。
それでも、敦子が残した置手紙に、〈・・女の生きた証を残したい・・〉と書かれていたのを見 て、竹内さんに溺れただけが理由でなく、何か他に事情が有りそうだと判り、敦子が戻ってくる 僅かな希望の火を消さないことにしたのだが・・・」
「スミマセン・・、ちゃんとお話をして、許しを得るべきだったのです。 しかし、あなたに会えば、せっかく固めた気持ちが揺らぎそうで、 置手紙を書くのが精一杯でした・・」
敦子が頭を下げ、朝森が頷いています。
「追い詰められた竹内さんをここで見捨てたら、彼は死ぬかもしれないと思いました。 彼を救えるのは私しか居ないと思いました。
いい加減な生き方をしてきた私がそんな気になったのは、私自身、今でも良く判りませんが、彼 の側に居て、彼を助けることが、私の運命(さだめ)だと思いました。人として何か、生きた証 をこの世に残したかったのです。
あなたには申し訳ないと思いましたが、私が居なくなっても、あなたは一人で生きられるし、私 が居なくても別の輝かしい人生が待っていると確信していました。そして、彼には私しか居ない と思ったのです」
ともすれば溢れる出る涙を抑えながら、敦子は必死で感情を抑えながら話していました。ここで 泣き出しては、せっかくの行為が女の感情論で片付けられるのを敦子は恐れていたのです。
人として生きることの意味を確かめるために竹内に同行したと、敦子は自身の行動を評価してい るのです。汚い女の肉欲や、その場限りの薄っぺらい同情で行動したとは思って欲しくないと敦 子は考えているのです。少なくとも、朝森だけには自身の行動を正確に理解して欲しいと願って いるのです。
「ヤミ金の追っ手から逃げることは想像以上に厳しいものでした。もし、途中で偶然出会った露 天商の仲間の手助けがなかったら、私達はとっくにつかまって、多分、私は売り飛ばされて、今 頃はどこかで身体を売る仕事をしていたと思います。
彼らは私達を匿ってくれるだけでなく、仕事も与えくれました。あの人たちには言葉では言いつ くせないほどお世話になりました・・・」
アパートの管理人夫人である美津崎愛が、彼女の友達である鶴岡由美子に朝森敦子と竹内の逃避 行を話し、これを受けた由美子が由美子の愛人であり、的屋の大親分である宇田川 裕、通称U さんに助けを求めました。Uが全国に回状を出して、竹内と敦子の保護を求めた経緯を朝森健次 郎は愛から聞いて知っているのです。
Uの回状が竹内と敦子を救ったのです。もし、Uの回状が発信されていなかったら・・、敦子が 言うとおり、敦子と再会することは出来なかったと朝森は確信していました。まだ会ったことも ない由美子とUに朝森は心中で深々と頭を下げていました。ただ、朝森はこのことを敦子に告げ るつもりはないようです。
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一丁目一番地の管理人〈402〉
鶴岡次郎
:2012/05/05 (土) 18:13 ID:t./wY4r6 No.2227
「結局、私達の不注意が原因で、最期にはヤミ金の手に捕まりましたが、ここでも私達は幸運に 恵まれました。東京で起きた殺人事件のおかげで、竹内さんの傷害事件が大きく取り上げられま した。もし竹内さんを襲撃した犯人がヤミ金業者の放った手のものだと判れば、ヤミ金業者は警 察から、そして社会から徹底的に追及されます。
警察の目から逃れるために、そして会社を守るため、名前を出さない代償として、借金を棒引き する条件をヤミ金業者は密かに提示してきたのです。勿論、竹内さんは迷わずこの条件を受け入 れました。
これで、私達は晴れて、表に出られる身になったのです。逃げ隠れする必要がなくなった私達に 新たな転機が訪れました。
竹内さんは私と別れると言いました。彼は今までどおり露天商の仲間と一緒に暮すつもりのよう です。もう、東京へも、昔の商売にも戻る気はないとも言っていました・・」
ここで敦子はバッグから二通の封筒を取り出し、その内の一通を朝森の前に差し出しました。
「竹内さんは、あなたに悪いことをしたと言って、心から詫びていました。 これは彼からあなたへの贖罪の気持だと言って渡されたものです・・。 中には、マンションの権利書が入っています。既にあなた名義になっています・・」
ヤミ金の目からマンションを隠すため、竹内は朝森にマンションを売却したことにして、所有者 名義を変更していたのです。勿論朝森は一円も売却代金を支払っていません。
不審そうな表情を浮かべ、封筒から権利書を取り出し、その内容を朝森がチェックしています。
「こんな高価なものを受け取ることは出来ないよ・・。 竹内さんだけが一方的に悪いと言えないのだから・・ 僕だって、竹内さんが犯した罪の片棒を担いだことになるのだから・・・」
竹内と朝森夫妻はスイング仲間で、朝森の見ている前で何度も敦子は竹内に抱かれていたのです。 何度かそんな遊びを続ける中で、竹内は敦子に魅力に取り込まれ、彼女を独占したくなっていた のです。
そんな気持を竹内が抱き始めた頃、あるホテルで竹内の顔見知りである大企業の重役が敦子と一 緒に居るところを竹内が目撃しました。敦子に並々でない興味を持つようになっていた竹内は、 探偵を雇って敦子とその重役の関係を調べさせたのです。
探偵の報告は竹内の予想を超えたものでした。敦子は高級売春組織の女で、その重役はその客で あることが判ったのです。その事実を知った時、竹内は正直、敦子から手を引こうと思いました。 秘密組織の恐ろしさを竹内は良く知っていたのです。しかし、敦子の魅力に抗し切れなかった竹 内は、この事実を自身の欲望を遂げる道具に使ったのです。
「奥さんが高級コールガール組織に身を置く売春婦だとわかれば、 朝森さんの会社での立場はなくなりますね・・。
私だって、好きで事を荒立てるつもりはありません。 月の内半分、奥さんが私のマンションで暮らしていただければ良いのです。 それだけで、私はこの事実を全て忘れます・・・」
竹内から明かされた事実・・、妻が売春婦である事実は朝森に衝撃を与えました。スワップ愛好 家ですから、他人に妻を抱かせることには免疫があるのですが、まさか敦子が売春組織に身を落 しているとは夢にも思っていなかったのです。
最初は敦子への怒りで一杯になったのですが、少し冷静になると別の心配が彼の頭を占領しまし た。その頃、朝森は熾烈な課長昇進競争の渦中にいたのです。そんな時、妻が高級コールガール 組織に籍を置いている事実がバレると朝森の将来は閉ざされるどころか、会社にいることさえ難 しくなるのです。なんとしても秘密を守りきりたいと朝森は考えたのです。この時、朝森には敦 子の立場を考える余裕がなかったのです。
頭を抱えて悩んでいる朝森を見て、敦子は彼女自身から申し出て、竹内のところへ行くと言い出 したのです。朝森はただ頭を下げて敦子を見送ったのです。
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一丁目一番地の管理人〈403〉
鶴岡次郎
:2012/05/06 (日) 13:32 ID:De6rmYmo No.2228
- この時以来、二人の間に微妙な風が流れるようになったことは否めません。そして、竹内が夜逃
げすることになった時、敦子の背中を押したのも、二人の間に発生したこの微妙な感情だったの です。
安易な道を選んで敦子を人身御供に差し出した罪の意識を、敦子が去って以来、朝森はずっと抱 き続けているのです。その気持があるからこそ、竹内と一緒に逃げた敦子を朝森は何時までも待 ち続けることが出来たのかもしれません。
一方敦子は竹内の言いなりになりながら、次第に竹内との生活に溶け込んでいたのです。
「・・そうですね、男と女、どんなに思い合っていても、カラダの関係が切れると疎遠になりま すね、逆にそれほど好きでなくても、カラダの相性がいいと、女はダメですね・・。その男から 離れられなくなるものですね・・」
「アラ・・、敦子さん・・、真に迫った感想ね・・・、 何か・・、身に覚えがあるの・・、 でも・・、いつも言っているように、お客様には特別の感情は持ってはダメよ・・」
数ヶ月ほど遡ったある日、ここは桜子の事務所で、その月の売春手当てを受け取るために敦子は 会社が終わった後この事務所へやってきたのです。いつものように男と女の生々しい体験話にな っているのです。
「いえ・・、ご心配なく、お客様には惚れたりしません・・・、 でも・・、最近チョッとしたことがあって、主人の元を離れているのです・・。
中年過ぎの男性に少し脅されて、一緒に暮らしています。 最初は彼の玩具になるのがたまらなく嫌でしたが、 毎日、変態的な愛撫にさらされていると、それが普通になって・・、 いまでは・・、それが楽しみで、 もう・・、彼無しでは暮らせなくなりました・・・・ 女って・・、本当にスケベな動物ですね・・・
この間も・・、寝室で十分抱き会った後、 下着も着けないで、ワンピース一枚で外へ連れ出されて、近くの河原へ行った。 河原の土手にはかなりのカップルが集まっていて、その中で真っ裸にされて・・・、 私・・、もう・・、夢中・・になっていました・・」
決して桜子に救いを求めたわけではなかったのです。むしろ、充実している性生活のお惚気話を 桜子に聞かせるつもりだったのです。桜子の表情がそれと判るほど変わっています。
「敦子さん・・、 裸で抱き合った話はもう、いい・・ それよりも、その竹内と言う男、何処まで知っているのかしら・・」
少し上気した表情で、竹内との情事を得意そうに話している敦子の口を桜子が邪険に止めました。 そして、最期の言葉を独り言のように呟いて、桜子は目の前に居る敦子を無視して、自分の世界 に入り込んでいたのです。
組織の秘密を部外者に知られた。まさに桜子にとっては最悪の事態が発生していたのです。この 失態が組織上層部に知られると、組織の幹部にまでのし上がっている桜子の立場は一気に落ちま す。
「敦子さん・・、なんでもっと早く知らせてくれなかったの・・ いいわ・・、敦子さんはそのまま今の生活を続けてちょうだい、 それでも、何か変化があったら、必ず知らせるのよ・・」
まずい事をしゃべってしまったと、敦子は反省をしていましたが、この時点でも、本当の意味で 桜子の気持ちを敦子は理解していませんでした。そして、お金を受け取り、逃げるように桜子の 事務所を後にしました。後に残った桜子は一人何事が考えに耽っていました。そして、20分近 く考え込んだ後、ケイタイを取り出し、長い間、相手と話をしていました。
こんな場合、通常なら組織の上層部に相談して対処方法を決めるのですが、桜子はこの程度なら 自身の裁量で極秘裏に処理できると踏んで、かねて知り合いの圧村和夫に命じて、竹内に脅しを かけたのです。後になって考えると、桜子のこの判断が甘かったのです。彼女の犯した過ちが真 黒興産の屋台骨を揺るがすことになるのです。
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一丁目一番地の管理人〈404〉
鶴岡次郎
:2012/05/07 (月) 10:47 ID:QSmHqQf2 No.2229
敦子を手に入れて、有頂天になって新婚生活を楽しんでいる竹内のところへ、圧村和夫が突然訪 ねてきました。その道のプロである圧村の脅しに竹内は一も二もなく屈しました。慰謝料として 要求された100万円も言われるまま工面して差し出すことにしたのです。おそらくこの100 万円は桜子の懐に入らず、圧村の収入になるものだったと思われます。
竹内が100万円を差し出し、敦子を開放する・・、ここで終わっていれば、敦子がアパートに 戻り、朝森と敦子は以前のままの生活を続けることが出来たのです。また、桜子の売春組織も安 泰だったのです。そして、真黒興産は竹内の取引銀行に圧力をかける必要がないわけですから、 竹内は苦しい中、頑張り通し、会社を持ち堪えることが出来た可能性が高いのです。
しかし、人の世には意外な落し穴がいつも待ち受けています。竹内が差し出した100万円が土 手の森殺人事件を誘発したのです。圧村和夫が殺され、竹内が工面した100万円は奪われまし た。そして、偶然とはいえ、何かに導かれるように、敦子が死体の第一発見者になったのです。
買春組織の秘密が竹内と敦子から漏れるのを防ぐ目的で、真黒興産が動きました。売春組織を解 体することを決め、その時間稼ぎの意味で竹内と敦子の身柄を一時隠すため、取引銀行に圧力を かけ、竹内への融資を打ち切らせたのです。銀行からの融資を断たれた竹内商事は倒産に追い込 まれ、竹内は真黒興産が描いた筋書き通り、夜逃げすることになりました。敦子が竹内に付いて 行かなければ、事態は少し変わっていたのですが、彼女は逃避行の道を選んだのです。こうして、 この土手の森殺人事件は人々の運命を大きく狂わせることになったのです。
「竹内さんはあなたに酷いことをしたと謝っていました。これからは、過去を忘れて露天商の親 父として、人生を楽しむと言っていました。そんな彼にマンションは不用だから、売るなり、そ のまま使うなり、好きにしてくれと言っていました。
勿論、私はこれを受け取るのを拒否しましたが、彼は聞き入れてくれませんでした。考えたので すが、私はともかく、あなたにはこれを受け取る資格があると思います。必死で守った財産を竹 内さんはあなたに受け継いで欲しいのだと思います」
「判った・・、 しばらくはこれを預かることにしよう・・、 将来、竹内さんがこれを必要とするようになった時は、黙って返却することにしよう・・。
ところで、もう一通の封筒は・・・、 ああ・・、これは・・、竹内さんが持っていた敦子のアレか・・・」
以前竹内から見せられていて、その封筒の中に、敦子が高級コールガールをしていた事実を暴く 証拠の品、探偵が撮影した写真と報告書が入っているのです。
「ハイ・・、 このことではどのような申し開きも出来ないと、 竹内さんはただ頭を下げていました。 私達の手で、処分して欲しいと託されました・・」
「う・・・ん、こんな形でこの品と再会するとは・・・・。
竹内さんからこの証拠を見せられ、敦子の隠された秘密を教えられ、脅された時、本当にびっく りした。そして、その時、敦子に裏切られたとの思いが強く、自分の立場ばかり考えて、お前を 守ることを忘れていた。竹内さんの要求に対して、僕はもっと強く抵抗すべきだったと後になって 随分と後悔した。お前を竹内さんに差し出したことを申し訳なく思っている。
あの時の僕は男の風上にも置けない奴だと、今でも自己嫌悪している・・・」
朝森が深々と頭を下げています。悲しそうな表情を浮かべ敦子が朝森をじっと見つめています。 竹内の脅しに屈したことは、朝森にとっても、敦子にとっても、決して思い出したくないことな のです。
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一丁目一番地の管理人〈405〉
鶴岡次郎
:2012/05/15 (火) 12:29 ID:kfA5WQT2 No.2230
- 「僕のこと酷い男だと思っただろう・・・、
捨てられて当然の男だよな・・・・」
「・・・・・・・」
何か言わなくてはと思っているのですが、敦子は何も言えないのです。ここで恨みの言葉でも出 すことが出来れば、敦子は勿論、朝森も救われるのですが、敦子はそれさえ出来ないのです。自 身の傷跡をそれぞれに自分で舐めることしか出来ない二人は、そのまま黙って下を向いていまし た。
朝森がゆっくりと口を開きました・・。過ぎたことを何時までも悔いていても、何も進展はない と朝森は考え直したようです。すっきりとした表情に戻っています。
「ところで・・・、 あの組織とは・・、今も縁が切れていないのだろう・・・」
二人にとって大切な問題が未だ未解決であることに朝森は気が付いたのです。竹内とのことは解 決しても、敦子は売春組織から開放されていないはずで、むしろその問題がより重要であること に改めて朝森は気が付いているのです。
「安心してください・・。 アノ稼業から足を洗うことが出来ました・・」
「エッ・・、本当なの・・・・ 良く判らないが、一度その道に足を踏み入れると、金輪際、抜け出すことは難しいと聞いてい るが、この先、組織から呼び出されることはないのか・・」
「貴方が言うように、アノ組織から抜け出すことが難しいのは確かです。私も組織の仕組みが判 るにつけ、あの組織から逃げ出すことは、永久に不可能だとあきらめていました。
それが、意外なことに、会社はあっさり私を開放すると言ってくれました・・。 それどころか、退職金を50万円もくれたのです・・・。
余談になりますが、この50万円は一文無しで夜逃げした竹内さんと私にとって、天からの授か りものに近い貴重なお金になりました」
驚きの表情で朝森が敦子を見つめています。そんなことがあるはずがないという朝森の表情なの です。敦子が微笑を浮かべて何度も頷いています。
敦子が売春組織に囲い込まれた事実は拭いがたい傷跡を二人の心に残しているのです。この問題 がクリアーされない限り、二人の仲が元に戻ることはないと二人は思っているのです。そして、 この問題を解決するのは難しく、しばらくは敦子の売春行為を黙認して、時が解決してくれるま で一時的に棚に上げて、二人の生活を続けようと、朝森は悲壮な決意を固めているのです。それ だけに、敦子が組織から開放されたと聞かされても、そのまま鵜呑みにできない朝森なのです。
「あなたが疑うのはもっともです・・。私だって、組織から開放すると聞かされた時は、何か裏 があるはずだと疑いました。しかし、やがて、ことの真相が判ったのです。あの土手の森殺人事 件が勃発して、私が第一発見者になり、警察と深く接触することになりました。この事実が私に 幸運を呼び込んだのです・・」
朝森を見つめる敦子の瞳に涙が溢れています。朝森は戸惑いの表情を隠しきれません。
「警察から最初の事情聴取があった直後、組織の一員が私に接触してきました。てっきり新しい 仕事の話だと思っていたところ、買春組織から抜けるよう要請されたのです。勿論願ってもない ことだったのですが、とても言葉通りには信じられなくて、私はその男の真意を探っていました。
男はさらに言葉を続けて、売春行為とその組織に関して一切口を封じることを条件にして、私の 身柄を解放してもいいと、言ったのです。どうやら、殺人事件の第一発見者となった私は、組織 にとって危険な人物になっていたようなのです・・」
「そうか、そんな経緯があったのか・・・・」
半信半疑ながら、敦子が足を洗えたことを朝森はようやく信じ始めていました。〈1〉
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一丁目一番地の管理人〈406〉
鶴岡次郎
:2012/05/18 (金) 10:57 ID:ED/uktXY No.2231
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「組織もお前の口を恐れているのだな・・ それはそれで別の心配があるが・・、 ここまで何を起こらなかったのだから・・、 その心配はないか・・・」
独り言のように呟き朝森は何か思いにふける仕草を見せていましたが、直ぐに平静を取り戻し、 笑みを敦子に向けました。
「あの仕事から完全に足を洗えたことはこの上ない良いニュースだ。 ひとまずはこれで安心だ・・・。 しかし、この先、組織が約束を守らない懸念が少しでも出たなら、 思い切って警察に出向いて全て話すべきだと私は思っている。
警察に話すことで、ことが公になり、僕が職を失うことになっても、 お前を守るためなら、そんなこと、僕は何とも思わない・・。
もう・・、逃げるのはよそう・・、 お前さえ側にいてくれれば、他に何も要らない・・・」
「ありがとうございます。 こんな私に、そこまで言っていただけるなんて・・、 お礼の言葉もございません・・・」
深々と頭を下げて敦子はその姿勢のまま頭を上げることが出来ませんでした。竹内から脅かしを 受けた時、どうして、もっと強く出てくれないのかと、朝森を恨んだこともありました。夫との 仲がそれだけの関係なら、朝森と切れても悔いはないと自身に言い聞かせたこともあったのです。
「元はといえば、誰が悪いのでもなく、全て私が悪いのです。 綺麗だとか、スタイルがいいとか煽てられて、軽い気持でその道に入ってしまって、気がついた らがんじがらめに縛られて、組織の一員になっていました。 逃げたくても、売春婦である事実を世間にばら撒くと脅されると、どうにもなりませんでした。 完全に私は籠の鳥になっていたのです。
一方、今回のことで気が付いたことがあります。会社は秘密組織の実態が警察の手で暴かれるの を、酷く恐れていました。私自身、組織の実態はほとんど知らされていませんが、それでも私か ら組織の秘密の一端が漏れ出すことを会社は極端なまでに恐れていたのです。
・・・ということは、私は組織の生命線を握っているのだと、気がつきました。 いえ・・、正確に言うと、露天商の仲間である君江姐さんから、そのことを教えてもらったので す・・」
君江には心を許し、全てを話していた敦子です。組員を夫にしていた経験を持つ君江には、組織 の弱点が見通せたのです。
「売春婦である事実が組織の手で暴かれるのを敦子さんが恐れているように、 敵もあなたが握っている組織の秘密が洩れるのが恐いはず・・、 50万円を出したのはその口止め料だよ、お互い相手の弱点を握っているのよ・・。
だから、そんなにおびえる必要はない・・。 ただ、組織は本当に恐いから、決してこのことは誰にも言わないことだね、 私も今日聞いたことはすべて忘れることにする・・。
警察に行くのは、最期の、最期・・・、 本当に追い詰められて、どうにもならなくなった時だよ・・。
まァ・・、状況から見て、敵もむやみなことはしないと思う・・、 一生口を閉ざす覚悟でいるのが賢明だと思う・・」
君江はそう言って、それ以降、このことには一度も触れたことが無いのです。
「そんな事情ですから、組織と縁が切れたのは確実だと思います。 もし、万が一にも、これから先、組織から呼び出しがあるようでしたら、 今度こそ、私は迷わず警察に出向きます・・」
やや蒼白な表情になり、敦子は朝森をしっかり見つめて話しています。彼女の固い決意が朝森に も十分判った様子です。
「敦子は強くなったね・・、 これから先、何が起きても、二人で頑張れば、何とかなるよ・・。
考えてみれば・・、 組織から足を洗えたのも竹内さんのおかげだといえる。 その意味でも、竹内さんにはお礼を言わなくてもいけないね・・。
大きな遠回りをしたけれど、 僕達、ようやく、本当の結婚生活のスタートラインに着いたのだね・・」
「・・・・・・」
敦子が黙って朝森を見つめて、なんども何度も頷いています。
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