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[2196] 一丁目一番地の管理人(その27) 鶴岡次郎 投稿日:2012/03/06 (火) 14:13
土手の森公園殺人事件の被害者・圧村和夫の愛人・金倉ゆり子とその夫・金庫武雄は互いに相手
を殺人事件の犯人だと思い込んでいました。悩みぬいた上で、共に罪の償いをしようと悲壮な決
意を固めて、ある日、夫婦は何もかもすべて告白するべく、対決したのです。

誤解していたことが判り、二人の絆はより深くなりました。ゆり子の浮気もこの強い絆の前では
何も問題になりませんでした。それどころか中年の域に到達してやや中だるみ状態にある二人の
愛情には、ゆり子の浮気は良いカンフル剤になった感がするのです。

ゆり子は全てを説明するため、警察へ出頭する覚悟を固めました。事件当日、土手の森公園で圧
村と会う約束をしていた人物がゆり子だと判ると捜査本部は大いに揺れると思います。暗礁に乗
り上げた感がある捜査に光明が見え始めると思います。のんびりと語り進めます。ご支援くださ
い。

毎度申し上げて恐縮ですが、読者の皆様のご意見、ご感想は『自由にレスして下さい(その
11)』の読者専用スレにご投稿ださい。多数のご意見を待っています。    

また、文中登場する人物、団体は全てフイクションで実在のものでないことをお断りしておきま
す。

発表した内容の筋を壊さない程度に、後になって文章に手を加えることがあります。勿論、誤字
余脱字も気がつけば修正しています。記事の文頭と、文末に下記のように修正記号を入れるよう
にします。修正記号にお気づきの時は、もう一度修正した記事を読み直していただけると幸
いです。

  ・ 文末に修正記号がなければ、無修正です。
  ・ 文末に(2)とあれば、その記事に二回手を加えたことを示します。
  ・ 1779(1)、文頭にこの記号があれば、記事番号1779に一回修正を加えたことを示します。
                                      
                                      ジロー
[Res: 2196] 一丁目一番地の管理人(379) 鶴岡次郎 投稿日:2012/03/06 (火) 14:34
真犯人

事件発生から8ヶ月経過していました。柏木管理官が指揮する土手の森、輪島組組員殺害事件捜
査本部は、完全に捜査が行き詰まっていました。重用参考人として全国手配した竹内寅之助と敦
子の行方は依然不明のままで、何一つ情報が入ってこないのです。

当初、犯人が潜んでいると睨んだ輪島組にも目立った動きはありません。竹内の借金取立てを依
頼された闇組織の動きにも大きな変化は認められないのです。

これまでの捜査で困った時に柏木達を助けた警察庁の伍台参事官も、さすがにもう打つ手がない
らしく、ここ一ヶ月あまり捜査本部に顔を見せないのです。

このまま、数ヶ月過ぎれば、捜査本部は解散の憂き目に会うことは明らかなのです。立花管理官
は勿論、5人の捜査員達もあせっていました。


その日勤めを休んだ夫・武雄に連れ添われてゆり子が所轄署に出向きました。午前10時を少し
回った時間帯で、多くの役所で一番暇な時間帯です。

二人は所轄署の玄関をくぐり、自動車免許関連の手続きで混雑している入口付近を通り越して、
二階に上がりました。そこに刑事課の受付があると教えられていたのです。受付にいる制服婦人
警察官に「土手の森殺人事件に関する情報を提供にやって来た」と武雄が受付に告げました。

受付の警察官は一瞬いぶかしげな表情を浮かべましたが、直ぐに電話器を取り上げ、捜査本部へ
連絡を取り始めました。
来訪者の取次ぎだけですから直ぐに終わりそうなものですが、なかなか電話が終わりませんでし
た。どうやら、捜査本部が取り込んでいる様子で、ゆり子の話を聞くべき担当の手が空かない様
子なのです。

20分ほど受付付近の椅子に座って待たされ、ようやく、捜査本部に隣接した会議室に二人は案
内されました。勿論、二人にとって警察でヒヤリング受けるのは初めての経験です。殺風景な部
屋で、お茶のもてなしも受けないで、10分ほどさらにこの部屋で待ちました。気の短い武雄が
さすがに我慢できなくなったようで、文句を言い出し始めていました。

二人の刑事が部屋に入ってきました。所轄署から捜査本部に参加した熊谷と影沼です。

「お待たせしました。
実はチョッと取り込んでおりまして・・、申し訳有りませんでした。

先ず最初に、お名前と住所を再確認させていただきます・・・」

ゆり子の前に座った中年刑事、熊谷が申し訳なさそうに言い訳を言い、受付で記入した名前と住
所を確認しました。熊谷の側に座った影沼が手帳を開いて、メモ書きの準備を完了しています。

「ところで・・、
被害者・圧村和夫さんとお知り合いだということですが・・」

熊谷がゆり子に尋ねました。二人刑事の様子を見る限り、ゆり子の情報にそれほど期待している
様子は見えません。事件発生後8ヶ月以上たった今でこそ、少なくなりましたが、事件発生当初
は、日に数件、市民からの情報提供があったのです。そして、その実態はほとんど場合、役に立
たない情報ばかりだったのです。

こんな状態ですから、情報提供者との面談を担当してきた二人の刑事が、ゆり子と武雄の前で気
乗りしない態度になるのを責めることはできません。それに、今日は捜査本部で何か異変が起き
たようで、この部屋に居ても捜査本部内の慌しい様子が伝わってくる感じなのです。
[Res: 2196] 一丁目一番地の管理人(380) 鶴岡次郎 投稿日:2012/03/12 (月) 16:48
実は、ゆり子たちが警察にやってきたその日、その日の未明、九州から重大な報告が捜査本部に
届いていたのです。この情報を得て捜査本部は一気に騒然となりました。その影響を受けてゆり
子達は受付で待たされることになったのです。


鹿児島市内の粗末なプレハブ・アパートの一室で乱闘騒ぎが発生しているとの一報が、付近の住
民からその地域の所轄署に届きました。パトカーが駆けつけると、既に乱闘騒ぎは治まっていて、
そのアパートの二階にある部屋の床に、体中を血だらけにして呻いている50歳過ぎに見える男
と、男の身体に取りすがって泣いているネグリジェ姿の若い女性を警官が発見したのです。

男に危害を加えた犯人たちは既に逃走していて、その場にはいませんでした。残された足跡から、
数名の男が乱入してきて、熟睡中の男女を襲ったと警察は判断しました。早朝だったのですが、
市街地でもあり、乱闘のかなり大きな音が響いたので、目撃者は多数いました。

病院に収容された男は幸い意識はしっかりしていて、命の心配はないことが判りましたが、手足
と腹部に複数の骨折が認められ、かなり手荒い攻撃を受けたことが歴然と残っていたのです。犯
人達は側にいた女性には一切の暴行を加えていませんでした。

負傷した男に付き添っていた女は警察の調べに対して、二人は内縁の仲で、的屋の商売をしてい
て、主に九州を地盤にして、その中を渡り歩いていると答えました。あのアパートに移り住んだ
のは一ヶ月前で、市内に知り合いは居ないと告げました。

何故か、女はなかなか身元を明らかにしませんでした。しかし、最後には観念した様子で、男の
名前が竹内寅之助で、女は彼の情婦、敦子だと担当官に告げたのです。そして、犯人に顔見知り
の人はいなかったが、襲撃される心当たりがあり、それゆえ、世間から隠れるようにして暮して
いると告げました。それでも女は隠れ暮す理由までは言いませんでした。


二人が何とも不似合いな年の離れたカップルで、なにやら事情が有りそうな様子であることから
察して、所轄署の担当官はこの事件は痴情か、金銭関係の縺れによる傷害事件だと推測していま
した。そして、的屋だと名乗る被害者の言い分を信用すると、仲間同士のいさかいの線が一番濃
いと判断して、その筋を追うつもりになっていました。そして、ここまでの事件情報を型どおり、
全国ネットにインプットしたのです。

インプットされると直ぐに、警視庁から反応がありました。被害者である男女は全国手配されて
いる殺人事件の重用参考人であることが判明したのです。そして、聞き取り調査のため、捜査本
部から刑事が派遣され、場合によっては警視庁へ身柄の搬送も有りうると連絡があったのです。

警視庁の反応を見て、所轄署の担当官達は慌てました。気を抜いていたわけではありませんが、
この乱闘事件に関して、犯人捜査をそれほど急いでいなかったのです。急遽、所轄署内に捜査本
部が立てられ、数人の刑事が捜査に専従することになりました。この種の事件にしては、異例の
スピード対応でした。


九州からの一報、竹内発見・確保のニュースは久しぶりに捜査本部を興奮させました。竹内が犯
人であると睨んでいる捜査員もいますし、仮に彼が犯人でなくても、彼から事情が聞ければ、一
気に犯人逮捕に漕ぎ着けることが出来ると期待が集まっていたのです。立花の指示を受けて、
尾住、目黒、二名の刑事が朝の一便で九州に飛びました。

そんな時、受付から連絡があったのです。地元の主婦が被害者、圧村和夫に関する情報提供で訪
ねてきたという内容でした。

市民からの情報提供を担当している熊谷刑事は正直、この時、面談をパスしたい気分でした。竹
内確保のニュースに沸く捜査本部内で、その興奮に浸っていたい気分になっていたのです。受付
から何度も催促されて、ようやく二人の刑事はゆり子と武雄の前に姿を現したのです。

二人の刑事を前にして、ゆり子が緊張しながらも、覚悟を決めているのでしょう、あらかじめ頭
の中でまとめていた話の筋を辿りながら話し始めました。武雄はゆり子の右手をぎゅっと握り締
めていました。〈1〉
[Res: 2196] 一丁目一番地の管理人(381) 鶴岡次郎 投稿日:2012/03/13 (火) 16:22
2198(1)

「殺された圧村和夫さんと私は、夫に隠れてお付き合いをしておりました。
お付き合いを始めて、既に数ヶ月経っています・・」

ゆり子が話し始めると、二人の刑事の態度ががらりと変わりました。これまでの警察の調べで、
圧村と親しい人物は男女を問わず皆無でした。それでも肉体関係があった女性は数人以上いるこ
とまでは突き止めたのですが、その全ての相手がその場限りの関係で、しかもすべてプロの女性
だったのです。その意味で、今回、圧村と親しい関係だったと名乗る素人の女性が初めて現れた
ことになるのです。そして、その女性は殺人現場とおなじ町に住んでいたのです。刑事の直感で
これは何かあると、二人の刑事は姿勢を改めたのです。熊谷刑事が緊張した口ぶりで口を開きま
した。

「奥様・・、
事件と重要な関係がありますので、奥様と被害者圧村和夫さんの関係について事実関係を出来る
だけ詳しく聞かせてください。

ああ・・、何でしたら、奥様お一人のほうが話し易いですかネ・・・」

「いえ・・、主人には全て話していますから、
いまさら隠し立てすることは何も無いのです。
ここへ来たのも、主人に強く勧められたからです・・。

何でも聞いてください・・、
和夫さんの・・、いえ・・、圧村さんを殺した犯人が見つかるなら・・、
私・・・、どんなことでも話します・・」

圧村の名前を口にしたことで、それだけで・・、ゆり子は気持を高ぶらせているようで、少し涙
ぐんでいます。その様子を見て、武雄が口を開きました。

「刑事さん・・、
ここへ来るまでに、私達はよく話し合い、妻の浮気は不問に伏すことで私達の間ではこの問題は
解決しております。それどころか、私も圧村さんを殺した犯人を早く見つけて欲しい気持で一杯
です。よろしくお願い申します・・。
ただ、出来ることなら、妻の名前が表に出ないようご配慮願いたいのですが・・」

「事件の進展しだいでは、奥様の名前が表に出る可能性は否定できませんが、
必用がない限り奥様の名前を表に出すことはしないと約束します・・」

「妻か、もしくは、私が・・、犯罪に加担していたら、
名前を伏せることはできないと言う意味ですね・・」

武雄の質問に熊谷が苦笑いを浮かべながら、それでも武雄の質問を肯定する意味で頷いています。

「出来る限りのご配慮で結構です。
よろしくお願いします・・。

ゆり子・・、私は外で待っているから・・」

刑事の意向を汲んで、ゆり子一人で事情聴取を受けるべきだと判断したようで、武雄は二人の
刑事に会釈して立ち上がりました。心細そうな表情を浮かべていますが、武雄の意図が判るので
しょう、ゆり子は無理に武雄を止めようとしませんでした。

「ご主人・・、
後ほどご主人にもお話をうかがうことになりますので、
そのおつもりでお待ちください・・」

一瞬ですが、熊谷刑事が鋭い視線を武雄に送っていました。武雄は黙って頭を下げて、部屋の扉
を開きました。武雄にすれば警察から疑われるのは織り込み済みのことだったのです。
[Res: 2196] 一丁目一番地の管理人(382) 鶴岡次郎 投稿日:2012/03/15 (木) 15:52
「良いご主人ですね・・、
私などにはとても出来ないことです・・。
ああ・・、これは失礼・・」

部屋から出て行く武雄の背中が消えるのを待って、彼と同年代の熊谷刑事がうっかり本音を洩ら
しました。その言葉にゆり子が顔を伏せています。熊谷が頭を掻いて謝っています。

「お二人の関係をもう少し、詳しく教えてください・・・
数ヶ月前にお二人の関係が始ったとおっしゃいましたが、
そこのところから、もう少し詳しく・・」

熊谷に聞かれるままに、ゆり子はカラオケ店で偶然出会い、一目惚れして、その日の内に男女の
関係を持ったこと、それ以来、週に二、三度逢瀬を続けることになったことを説明しました。

「奥様のお話を聞く限りでは、お二人の関係は、ホストとお客のような金銭のやり取りがなく、
純粋な愛人関係だったと受け取れるのですが、そう理解して、いいのですね・・・」

熊谷の質問にゆり子が黙って頷いています。

「圧村さんが組員だと何時頃から判っていましたか・・?」

「最初に会った時から、何となく、素人じゃないと思っていました。
二、三度会うと・・、確信を持つようになっていました・・」

「恐いと思うことはなかったのですか・・?
騙されて、金銭を要求されたり、もっと酷いことをされる心配をしなかったのですか?」

「最初は少し気になりました・・、
でも・・、いつも和夫さんは優しくて、嫌な思いをしたことがなかったのです。
それで・・、何度か会っている内に気にならなくなりました・・
ただ・・・」

ここでゆり子が口を閉ざし、少し紅潮した顔を伏せました。なにやら恥ずかしがっている様子
です。

「ただ・・、何ですか・・・?
奥さん・・、よろしかったら、全部話してください・・」

「ハイ・・・、
恥ずかしいのですが、全部申し上げます・・・。
彼は主人とは違うやり方で私を愛してくれました・・。

ビルの陰だとか、公園の中だとか、それまで経験したことがない場所で抱かれました。レストラ
ンなどでも、他人の眼を盗んで恥ずかしい悪戯をされました。ホテルでも、煌々と照明が点いた
中で、思いも寄らない、死ぬほど恥ずかしい格好で、ビデオで撮られながら抱かれました。後で、
そのビデオを見ながら、また抱かれることになるのです。

ある時、それまで行ったことがないビルの一室で抱かれたことがありました。ホテルでなく、人
気を感じない倉庫の中に居るような気がしました。いつものように彼の愛撫で夢中になった時、
突然、周りの灯りが点きました。

私達・・、数人の観衆が見つめるステージの上で抱きあっていたのです。とっても驚きましたが、
彼が大丈夫だと言うし、私は既に恥ずかしい姿を曝しつくした後でしたから、いまさら騒いでも
仕方がないとあきらめて、彼の言いなりになって、最期まで済ませました・・・。

あれって・・、セックスショウというのでしょう・・・、
ああ・・、どうしょう・・、これって、違法なんですよね・・」

うっかりしゃべってしまって、ゆり子は困った表情を浮かべています。熊谷が黙って頷いて、人
差し指を口にあてて、ニッコリ微笑んでいます。

「ああ・・、ありがとうございます。
どうかご内聞にお願い申します。この件は主人にも内緒にしています。

ただ、このようなお話をすると、嫌がる私に無理やり酷いことをしたように聞こえると思いま
すが、決してそうではありません。私自身、そんな恥ずかしい行為を楽しんでいたのです。
そんな私の気持ちが判っていて、次から次と新しい刺激的な遊びを彼は考えてくれたのです。

セックスショウの件ではさすがに私も文句を言いました。彼は素直に、『・・もうしない・・』
と謝ってくれ、セックスショウはその一度の経験で終わりました。

それでも、こんなことをしていては、堕落してダメになるかもしれないと思うことが何度もあり
ました。そして、私を堕落させるのが目的かなと、彼を疑ったこともありましたが、何度か会って
いる内に、それは私の思い過ごしだと気がつきました。彼なりの愛情表現だと判ったのです・・」

頬を染めて、艶っぽい肢体をくねらせながら説明するゆり子を見ながら、熊谷がことさら難しい
表情を作って、何度も、何度も頷いていました。
[Res: 2196] 一丁目一番地の管理人(383) 鶴岡次郎 投稿日:2012/03/17 (土) 12:08
「奥様のお話しを聞く限りでは、圧村は商売気抜きで奥様とつき会っていたようですね。そう
言ってはなんですが、彼等のような人種にしては珍しいことだと思います。よほど奥様の魅力に
彼は参っていたのですね・・」

熊谷が独り言を言うように、本音を洩らしていました。配下に抱える売春婦を増やすのが女性専
科の組員である圧村の仕事ですから、一年近い長い期間、ゆり子と付き合いながら、彼女を商売
に使わなかったことに熊谷は驚いているのです。彼が言うように圧村にとってゆり子は特別の女
性であったのかもしれません。

熊谷の言葉を聞いて、遠い目つきをしてゆり子は宙を見ていました。その瞳に涙が溢れていまし
た。ゆり子もまた圧村の体に溺れていただけでなく、心も寄せていたのです。

「事件の起きたあの日、和夫さんと夜の12時に、あの森で会う約束になっていて、私はいつも
のように道路脇に車を寄せて待っていたのです。
先ほど申し上げたように、公園で抱き会うのは私達にとって、特別のことではなくなっていて、
気候の良い夜は、出来るだけ公園へ行くようにしていました。

しかし、その日、約束の時間になっても、彼はやってきませんでした・・。

彼は夜の仕事をしていて、時々仕事が抜けられなくなって、それまでも、約束の時間に来られな
かったことが何度もありました。それで、この日も仕事が忙しくなって抜けられなくなったの
だと、私は寂しく納得していました。

しかし、翌朝のテレビニュースを見て判ったのですが・・・、
その頃、彼は死体になっていたのです・・・」

ゆり子がポツリと呟くように言いました。そして大粒の涙を机の上に落としていました。二人の
刑事の表情はそれと判る厳しいものに変わっていました。熊谷刑事が若い影沼に何事か耳打ちし
て、影沼が緊張した面持ちで部屋を出て行きました。

「奥様・・、大丈夫ですか・・、お疲れでしょう・・・
チョッと休みましょう・・」

書記係をしていた婦警の手で部屋にコーヒが運び込まれて、ゆり子と熊谷は楽しげに話し合って
います。熊谷もゆり子もこの地で生まれて育ちましたから、子供のこと、天候のこと、畑の作物
のことなど、地元ならではの世間話で時間をつぶしました。そして、20分ほど経って影沼が
戻ってきました。熊谷を見て、軽く頷いていました。熊谷に指示された全ての準備が整った合図
なのです。

熊谷が笑みを消し、ゆり子に改めて向かい合いました。新しい情報を得て、熊谷の刑事魂に火が
ついたようです。もう・・、容疑者と向かい合う姿勢です。

「それでは奥様・・、おさらいの意味で、
今までお聞きした奥様のお話を、私がここで繰り返し申し上げます。
間違っていたら、訂正してください・・・」

取調べ室の、鏡の向うにある隠し部屋に、立花管理官ともう一人の刑事が詰めています。ゆり子
の話が事件の核心に触れる部分があると判断した熊谷が、影沼刑事に指示して急遽、立花管理官
に連絡したのです。立花管理官とそこにたまたま居合わせた若い刑事・粕屋が取り調べ室の隣の
部屋に来ているのです。

有力参考人として手配していた竹内と敦子が確保できたことで浮き立っていたところへ、圧村の
恋人ゆり子が現れて、事件当夜、被害者とゆり子が犯行現場である土手の森公園で会う約束をし
ていたことが判ったのです。今まで行き詰まっていた事件ですが、ここへ来て次々と重要情報が
集まり始めたのです。興奮を隠せない様子で立花は隣室へ駆け込んだのです。


「・・・と言う経過で・・、
奥様と圧村和夫は、他人眼をしのぶ深い関係になった・・。これで、間違いないですね・・。

お二人の関係はホストとお客の関係のような金銭づくのものではなく、純粋な愛人関係だっ
た・・。少なくとも奥様はそう信じていたし、圧村さんから金銭の無心や、脅かしは一切な
かったことを考えると、圧村さんは奥様を特別の人だと考えていた、私もそう思います。

事件当日、彼との約束で、土手の森公園で会うことになっていたが、約束の午前0時を過ぎても、
彼はそこへ現われなかった。あなたは、午後11時過ぎから、午前2時ごろまで公園内の車道に
停めていた車の中で待って、車から一歩も外へ出なかった。そして、今日は彼が来ないとあきら
めて、あの公園を離れて、自宅へ戻った・・・。

土手の森公園で待っている間も、公園からの帰り道でも誰にも会わなかった。ご主人とは寝室が
別になっていて、自宅へ戻った時、ご主人とは顔を会わせることはなかった・・。

ここまでは間違いありませんね・・」

熊谷の問いかけに、ゆり子がコックリ頷いて、赤裸々に愛人との関係を刑事から説明されて、い
まさらのように恥かしがっています。(1)
[Res: 2196] 一丁目一番地の管理人(384) 鶴岡次郎 投稿日:2012/03/21 (水) 15:06
2201(1)

犯行時刻、殺人現場のすぐ側に、被害者と深い関係を持つ女が居合わせていて、その女にも、そ
してもし浮気の事実を知っていれば被害者を憎んでいるはずの女の夫にも、犯行時刻のアリバイ
を証明する人がいないのです。最重要容疑者が二人現れたことになるのです。

熊谷はゆり子から視線を外しました。少し考える時間が必要な様子です。そして、取調室からは
見えないのですが、鏡の奥に居る立花も何事か考え込んでいる様子です。ゆり子は熊谷が考えて
いることが分かる様子で、物怖じしないで真正面から彼を見つめています。ピーンと張り詰めた
雰囲気中で、長い沈黙が続きました。

ようやく考えがまとまったようで、熊谷がゆり子を真っ直ぐ見つめて、ゆっくり口を開きました。

「ところで・・・・、つかぬ事を聞きますが・・・、
ご主人は、奥様が浮気を告白されれるかなり以前から、その事実に気付いていたのではありませ
んか・・、あの事件よりかなり前から、奥さんと圧村さんとの関係をよく知っていたのではあり
ませんか・・?」

鋭い視線をゆり子に向けて、彼女の表情の、一瞬の動きも見逃さない姿勢を熊谷は見せています。
ピーンと張り詰めた雰囲気が部屋中に満ちていました。隣室で聞き耳を立てている立花管理官も
身じろぎもしないでじっとゆり子の横顔を睨みつけています。

その質問を予想していたようで、ゆり子は物怖じしないで、むしろ笑みさえ浮かべながら、熊谷
を見つめ返しています。そして、ゆっくりと口を開きました。熊谷には予想もできなかった、驚
きの内容が彼女の口から飛び出したのです。

「私も・・・、
刑事さんと同じ様に、夫を疑いました・・」

「・・・・・・」

ゆり子の言葉に二人の刑事は息を詰めて、ただ黙り込んでいます。取調室の鏡の向うに居る立花
管理官も驚きの表情でゆり子を見つめています。

「刑事さんがおっしょるように、夫はかなり前から、私の浮気に気づいていたようです・・。
それでも、私が以前にも増して楽しそうに生活しているのを見て、しばらく泳がせる気になった
様です。勿論、その頃、私は夫に浮気がバレているとは夢にも思っていませんでした。

そのまま時間が過ぎたある日、あの事件が起きたのです。圧村さんの事件が報道され、その現場
が自宅に近かったせいもあり、夫はこの事件に最初から強い感心を持ったようです。一方では、
私は必死で平静を装いましたが、夫の眼をごまかすことは出来なかったようで、無理に動揺を押
さえ込んで、正直に感情を出せなかったことで、そのことがさらに彼の疑いを強くした結果に
なっていたのです。

夫は探偵社に頼んで私の行動を調べたりしたわけでありません。日ごろの行動パターンといろい
ろな情報を分析し、私の浮気を確信したようです。最初は、浮気相手が圧村さんだと特定出来て
いなかったのですが、あの事件が発生して、私がひどく沈み込んでいるのを見て、圧村さんが浮
気相手だと見当をつけたようです。

それだけでなく、昨日、彼の話を聞いて驚いたのですが、夫は私が犯人だと思い込むようになって
いたのです。

私と圧村さんの関係は、最初の頃の蜜月期間が過ぎると、二人の間に深刻な金銭上のいさかいが
起こったと夫は考えたのです。刑事さんが心配された筋書きと同じですね・・。やくざと主婦の
純愛なんて誰も、その存在を信じませんからね・・。

やくざの本性を表した彼と切れることもできず、かといって誰にも相談できない私が追いこまれ
て、思い余って、圧村さんを殺したと夫は考えたのです。私は夫の考えをひどい妄想だとその時
は思いましたが、冷静に考えれば、夫の疑いは有りうる話だと今は思い直しています。

そんな最悪のケースを思い描きながら、夫は私を地獄から救い出すと決心してくれていたのです。
昨夜、夫は私に自首を勧めました。逃げ回って一生罪の意識に苛まれるより、思い切って自白し
て、罪を償い、一緒に人生をやり直そうと言ってくれました・・・。嬉しかった・・・・・」

そこでまたゆり子はハンカチを目にあてていました。そんなゆり子に熊谷がやさしい視線を送って
います。
[Res: 2196] 一丁目一番地の管理人(385) 鶴岡次郎 投稿日:2012/03/23 (金) 14:54
「夫が私を疑っていることなど夢にも思っていなかった私は、圧村さんを殺した犯人を憎み続け
ていました。私だけが知っているあの夜の情報を警察に話せば犯人にたどり着く重要な手がかり
がつかめるはずだと思っていましたが、それでも、今日まで警察に出頭する勇気が湧きませんで
した。そのことでは、刑事さんにも、圧村さんにも、謝らなくてはいけないと思っています。

犯人を憎む気持は日増しに強くなり、私なりに犯人探しをしていました。素人の私ですから、刑
事さん達のように本格的な捜査は出来ませんが、誰も知らない私だけが持っている情報を生かし
犯人像を私なりに推理したのです。

土手の森公園はそれほど有名ではありませんので、地元の人以外があの場所へ行くことはほとん
どありません。まして真夜中、あの森に行く人は皆無だと思います、現に、私達は何度もその時
間、あの森へ行っていますが、一度も他人に会ったことがありません。その意味で、犯人が偶然
あの時間、あの場所へ来たとはとうてい思えないのです。したがって、圧村さんがあの日、あの
時間、あの公園に来ることを知ることが出来た人物が犯人だと・・、私は考えました。

携帯電話で連絡することさえ禁じているほど、圧村さんは慎重な方ですから、彼が私とのデート
を他人に話すはずがありません。それで、彼の周辺には犯人は居ないと思いました。

私の周りで、彼を殺したいほど憎み、彼と私のデート時間と場所を知ることが出来る人物・・、
その人が犯人だと思いました。

そこまで考えて、私は恐ろしい結論に到達していました・・。
すべての状況証拠が、犯人は夫だと、私に教えていました・・・」

熊谷刑事も、鏡の奥に居る立花管理官も眼を一杯開いてゆり子を見つめていました。ゆり子は微
笑さえ浮かべて淡々と話しているのです。


「昨夜、二人で話し合いました・・。

それでお互いが、相手を犯人だと疑って、悩んでいたことが判ったのです。
判ってしまえば、笑い話ですが、二人は本当に真剣に悩みました。
そして、悩みぬいて二人が別々に到達した結論でしたが、
話し合ってみると、おなじ結論に到達していることが判ったのです。

二人とも、相手を説得して、警察に自首させて・・、
その上で罪を一緒に償うと決心していたのです・・。

このまま黙っていることも選択肢にありました。
しかし、夫の勧めもあって、こうして名乗り出たのです・・・。

名乗り出れば、二人とも重要容疑者になると判っていました。
だって・・、犯行時刻のアリバイを証明してくれる人は居ないのですから・・・

でも・・・、
私は夫を全く疑っていません。
多分・・、夫も私を信じていると思います・・」

ゆり子の話が終わると熊谷の表情が柔らかくなっていました。ゆり子と武雄への疑いが、彼の中
ではそのほとんどの部分が消えていたのです。その気持は、鏡の向うにいる立花管理官にも共通
したものでした。(1)
[Res: 2196] 一丁目一番地の管理人(386) 鶴岡次郎 投稿日:2012/03/24 (土) 13:35
2203(1)

「刑事さん・・、
話は前後しますが、夫を疑うようになる前に、私の中でもう一人、重要容疑者を取上げていま
した。申し訳ないのですが、私の中ではこの方が容疑者bPだったのです。
・・で、どうしても、この人の素性を知りたいと思い、私は駅周辺の聞き込み調査をやることに
しました・・」

「エッ、奥さん一人で聞き込みをしたのですか・・・
そうですか・・・・、で・・、何時(いつ)のことです・・?
二週間前ですか・・。そうですか・・、

素人の奥さんが聞き込み調査をネ・・
でもどうして、そうな気になったのです・・・」

「彼と電話でデートの約束をした時、
『11時に人と会う約束があるから、それが終わってから森へ歩いて行く・・』
と、彼が言ったのを覚えていたのです。

それで、私・・、最後に和夫さんと会った、この人物が怪しいと思ったのです。
多分その人とは、駅の周りにある飲食店で会ったのだろうと推測しました。

全部の店を回るのは大変ですから、夜の12過ぎまで店を開けている店に絞ることにしたのです。
駅の周りの店は夜11時を過ぎればほとんど閉めることが判りました。12時近くまで開けてい
る店は数軒でした・・・。

それでその数軒の店へ、軒並みにお邪魔したのです・・・」

敦子の証言をここまで聞いて、熊谷と影沼は顔面を蒼白にしています。証言内容そのものも重要
な内容でしたが、敦子が一人で聞き込み調査をした事実が、二人の刑事を打ちのめしていたので
す・・。

「あの夜圧村さんは、あの町で人と会っていたのですか・・・、
その情報をもっと早くつかんでおればなァ・・・・」

最後の言葉を飲み込んで熊谷は悔しそうに下を向いています。事件発生時、初動捜査を誤って、
重用参考人である竹内寅之助と彼の情婦・敦子をまんまと逃がしてしまった苦い経験が熊谷には
あるのです。そして、今、またもや、重大なミスを犯したことに熊谷は気付いていたのです。

ゆり子の話を聞いて、熊谷は駅周辺の繁華街の捜査をほとんどしなかったことをいまさらのよう
に悔いていたのです。被害者圧村の顔写真を持って、聞き込み捜査をしておくべきだったと悔や
んでいたのです。その後悔の念は、次のゆり子の証言により、自己嫌悪するほど絶望感を熊谷に
与えたのです。


「圧村さんと会っていた人物はすぐに判りました・・。

駅裏にある小さな居酒屋のきれいな女将さんが圧村さんの顔をよく覚えていたのです。女将さん
の話では圧村さんと会っていた人は50歳過ぎの方で、頭髪の薄い、背の低い男の方だったそう
です。勿論、私の知らない方でした。

その方は、圧村さんが私に会うため、その店を出た後も居残ってお酒を飲んでいたとのことでし
た。これで、この方のアリバイが証明されたことになり、私の捜査も、推理もここで行き詰まり
になってしまいました・・」

素人捜査が行き詰まって、前に進まなくなったことを、ゆり子はむしろうれしそうに刑事に話し
ました。熊谷は絶望的な表情で鏡の向こうにいるはずの立花を見ていました。


ゆり子の話を隣室で聞いていた立花の指示で、粕屋刑事がその場から居酒屋に飛び、女将の証言
を確かめました。刑事の差し出した写真を見た女将は、あの日圧村と会っていた中年過ぎの男が
竹内寅之助だと即座に証言しました。

事件は8ヶ月前ですが、ゆり子にその話をしてから二ヶ月ほどしか経過していないのです。記憶
力の良い女将にとっては昨日の事のように、圧村のことを思い出すことができたのです。

居酒屋女将の重要証言を得て、竹内には犯行時刻のアリバイが存在することが判ったのです。急
遽、捜査会議が招集されました。連絡を受けた警察庁の伍台参事官も駆けつけてきました。捜査
会議は30分ほどで終わりました。
[Res: 2196] 一丁目一番地の管理人(387) 鶴岡次郎 投稿日:2012/03/28 (水) 17:04
居酒屋家の女将から聞き出した情報は・・、竹内に犯行時刻のアリバイがあるとの情報は、九州
へ飛んだ二人の刑事、尾住と目黒へも直ぐに伝えられました。

うまく竹内を攻めれば、堪えきれずに犯行を自供して、晴れて犯人逮捕もあり得ると、張り切って
九州入りをした二人だったのですが、それが、一転して、竹内のアリバイが証明されたのです。

二人の刑事はとまどいながらも、新しい情報を元に竹内寅之助の取調べを行うことにしたのです。
いや、正確に言えば、容疑者の疑いが消えた竹内は取調べ対象ではなく、事件関係者として聞き
込み調査の対象に変わっていたのです。


全身を包帯で巻き固められた竹内は無残な姿をベッドに横たえていましたが、意外と元気で、主
治医からも短時間であれば取り調べは問題ないと許可が出ました。

「襲ってきたのは数人でした。顔見知りの男は一人もいませんでした・・。
熟睡中いきなりたたき起こされ、何がなんだかわからないまま、ボコボコにされました。
彼らは終始無言で、そうした手荒い仕事に手馴れている様子でした。
私はほとんど抵抗することも出来ないでいました。
気がついた時は病院のベッドの上でした。

こんなことになったのは自業自得だと思っています。
事業に失敗して、文字通り東京から夜逃げした身ですから・・、
たくさんの恨みを買っています。
襲ってくる相手の心当たりは、それこそ数え切れないほどあります・・」

襲ってきたのは、借金を踏み倒したヤミ金の手のものだと竹内には判っているのですが、そのこ
とをはっきりと警察には告げないつもりのようです。当たり障りのないことを言っています。

「今までも、何度か、見張られている気配を感じ取って、そのつど姿を隠していました。
ここしばらく、気配を感じなかったので、油断していました・・。

それにしても・・、私ごときの傷害事件に警視庁の刑事さんが出てくるとは・・・、
夢にも思っていませんでした・・」

警視庁から刑事が派遣されたことに竹内は驚いていました。ヤミ金からの借金を踏み倒したこ
とが、警視庁が出張るほどの刑事事件になったことに戸惑いを隠しきれない様子なのです。


「圧村和夫さんをご存知ですね・・・」

「圧村和夫・・・・?
ああ・・、そうですか・・・、あの事件のことで・・・。

彼の殺人事件の捜査で・・、
そうですか・・、それで判りました・・・・」

圧村の名前を聞いて、警視庁の刑事が出張って来た理由を竹内寅之助はようやく理解したのです。
[Res: 2196] 一丁目一番地の管理人(388) 鶴岡次郎 投稿日:2012/03/29 (木) 20:59

「あの日、圧村和夫さんと、
居酒屋『佳代』で会っていましたね・・」

「確かに、あの事件当日・・・、
多分・・、彼が殺される数時間前だと思います。
彼と『佳代』で会っていました。

新聞報道で彼の死を知り、そのことを証言するべきだとは思いました。
しかし、その頃・・、私は夜逃げの準備に追われていて、
とても・・・、その気になれなかったのです。
申し訳ありませんでした・・」

居酒屋『佳代』で圧村と会っていた事実を竹内はあっさり認めました。二人の刑事が驚くほど、
悪びれた様子もなくその事実を認めたのです。

「圧村さんとはあの日、初めて会ったのですか、
それとも、以前からの知り合いだったのですか・・」

「彼には何度か女性を・・、
ああ・・、まずいな・・・・。
刑事さんを前にしては・・・、言いづらいですね・・」

竹内が口ごもって、口を閉ざしています。苦笑いをしながら尾住刑事が口を開きました。

「竹内さん、大切なことですから、全て正直に教えてください・・。
我々は殺人事件の捜査をしていますから、
それ以外のことに関しては、よほどのことがない限り眼を瞑ります・・」

「そうですか・・、しかたないですね・・、全て話します・・。
今から話す事は、これからは決してしませんから・・。
今度だけは大目に見て許してください・・。

実は・・、彼から定期的に女を世話してもらっていたのです。

その支払いが遅れていて、あの日も、彼が取立てに来たのです・・・
無理して作った100万円を彼に支払いました・・」

「その借金の原因になったのは、
竹内さんと一緒に居る女性・・、
確か敦子さんと名乗る女性なのですか・・」

「いえ・・、彼女は売春婦などではありません・・・。
私からは彼女の素性は一切言えませんが、彼女はずぶの素人です。
ひょんなことで私と不倫の関係になり、夜逃げする時、泣き落して、
一緒に逃げたのです・・。

何の罪もない彼女を巻き込んだことを反省しております。
彼女と彼女の旦那様には申し訳ないことをしたと後悔しております。

これ以上彼女に迷惑をかけるわけには行かないのです・・
彼女のことに関しては何も申し上げることはありません・・」

敦子のことは金輪際話さないと決めているようで、取り付く島もない様子を見せています。竹内
のその様子を見て、敦子のことをこれ以上竹内から聞きだすのは無理だと尾住刑事は判断しまし
た。
[Res: 2196] 一丁目一番地の管理人(389) 鶴岡次郎 投稿日:2012/03/30 (金) 20:50

「それでは話題を変えます・・・。
あの日、居酒屋「佳代」内の様子を思い出して欲しいのですが・・、
100万円を支払った時、圧村さんはそのお金をのどこに収めましたか・・」

死体発見時、財布も、免許書もすべてハンドバックの中に残っていたので、物取りではないと警
察は判断していたのです。それが竹内から受け取ったはずの100万円がどこにも残っていない
のです。100万円を狙った犯行の線が急浮上してきたのです。本部からの指令もあり、尾住刑
事は100万円の行方を探る手がかりを何とか引き出したい様子です。

「100万円は銀行から引き出したまま、銀行の紙封筒に入れていました・・。
彼は紙封筒の中身を確かめ、それを自分の白いハンカチで包んで、黒い手提げカバンに仕舞いこ
んでいました。そういっては何だが、取り出したハンカチが、彼には不似合いなエジプト綿の上
質な物だったからはっきり覚えています・・」

貿易商だった竹内はハンカチが一目で高級なエジプト綿だと見破っていたのです。

「取引が終わった後、酒を勧めたのですが、ほとんど飲まないで、
これから人に会う約束があると言って店を出て行きました・・」

「彼が出て行ったのは何時ごろですか・・?」

「良く憶えていないのですが・・、
11時にあの店で会う約束をして、時間通りに彼はやって来ました・・、
それから多分、30分ほど話しあって別れたと思います・・・」

「11時30分頃、彼は店を出たのですね・・、
それで、竹内さんは何時頃、店を出たのですか・・」

「憶えていませんね・・・、だいぶ遅かったと思います。
金をむしり取られて、むしゃくしゃしていましたから・・、
がぶ飲みしたことは憶えています・・、

女将がカンバンだと言うので、飲み足りない思いでしたが、
店を出て、家に着いた時、3時を過ぎていたと思います・・」

「その日、竹内さん達の他に客は居ましたか・・・」

「憶えていませんね・・、閑散としていたことは確かです。
あの店は良く行く店で、いつもは顔見知りの常連客でいっぱいですが、
あんなに遅い時間に行ったのは初めてだから・・」

「ありがとうございました・・・、
これで、事情聴取を終わります、お休みのところありがとうございました。
我々はこの後、空港に向かい東京へ戻ります。
何かあればまた連絡しますので、その時はよろしくお願い申します・・・」

「そうですか・・・、東京へ帰るのですか・・・。
ところで、今回の傷害事件について、
警視庁はどの程度、関心を持っているのですか・・」

どうやら、竹内は自身の傷害事件をあまりつつかれたくない様子です。

「傷害事件には警視庁は今のところ関心を持っておりません。
こちらの警察が十分調べてくれると思います・・」

ヤミ金が放った追っ手の動向を竹内が心配しているのを良く知っていながら、尾住刑事は努めて
事務的に答えていました。
[Res: 2196] 一丁目一番地の管理人(390) 鶴岡次郎 投稿日:2012/04/02 (月) 11:49

ここで、話を捜査本部が置かれた警察署内に戻します。ゆり子の事情聴取は2時間ほど続きまし
た。それが終わった後、武雄が部屋に呼び込まれて、事情聴取されました。警察はゆり子から聞
いた内容を元にして、武雄にいろいろ質問をぶつけました。武雄は滞ることなく全てを正直に語
りました。彼の証言はゆり子とほぼ同じ内容でした。

この時点で警察は二人の無罪をほぼ確信した様子でした。武雄の事情聴取が終わりに近づいた時、
武雄が思い出したようにして、あのハンカチのことに触れました。そのハンカチは、ゆり子の浮
気相手が圧村だと、武雄が確信した証拠の品でしたが、殺人現場からかなりはなれた場所でその
ハンカチを愛犬・健太が見つけたので、事件とは直接かかわりがないと武雄は判断していたので
す。

「多分・・、妻が話したと思いますが・・・、
事件後一週間近く経った頃だと思います・・・。興味半分で現場近くへ行きました。現場はその
頃、未だ黄色いテープが張り巡らされていて、近づくことは出来ませんでした。それで、仕方な
く付近を歩き回っていた時、家(うち)の飼い犬が被害者のハンカチを見つけました・・」

聞くべきことは全て聞き終わったと少し気を緩め始めていた熊谷刑事が武雄の言葉に強く反応し
ていました。

「ハンカチですか・・、
はて・・、ところで・・、
どうしてそのハンカチが圧村さんのものだと判ったのですか・・?」

興奮を抑えながら、熊谷刑事がさり気なく探りを入れています。ハンカチの言葉に熊谷以上に反
応したのは、鏡の向こうにいる立花管理官でした。この少し前、九州へ出張して竹内と面談した
尾住刑事から、竹内から聞きだした情報の報告が立花管理官に届いていたのです。

竹内が圧村に手渡した100万円の札束を圧村は自分のハンカチに包みこみ、ハンドバックに入
れたのです。まさにそのハンカチが事件現場からかなり離れた場所で武雄が拾得していたのです。
武雄の話を聞きながら、立花は興奮で全身を震わせていました。真犯人を特定できる証拠が遂に
出てきたのです。


「妻が圧村さんにプレゼントした物で、
○▽屋の特製ハンカチですから、私達が見ればそれと判りました」

「そうですか・・、
すぐにでも連絡してほしかったですね・・」

「スミマセン・・・
妻の浮気が公になるのが嫌でしたから・・、
今日まで連絡することが出来ませんでした・・・。

処分の対象になるのでしょうか・・?」

重要な事件の証拠品を一時的にせよ隠匿した罪を、武雄は気にしているのです。

「厳密に言うと違法な行為ですが、私からはなんとも申し上げることは出来ません。ただ、遅れ
ばせながら今日、届け出たわけですから、それほど大きな罪にはならないと思います。私からも
口ぞえします・・・」

「よろしくお願いします」

「ところで・・、
それを取得した場所は、今でも判りますか・・・」

「行き慣れた森ですので、多分、判ると思います・・」

「ああ・・、それはありがたいですね・・
チョッと待ってください・・・」

熊谷がそう言って席を立ち、部屋を出ました。どうやら、立花の指示を確かめるため熊谷は部屋
を出たようです。

熊谷が急ぎ足で取調室へ戻ってきました

「これから、金庫さんの家へ同行して、そのハンカチを受け取り、
ご面倒ですが、お宅の飼い犬と一緒に、取得現場に行きたいのですが・・」

それから、大騒ぎになりました。もう、武雄とゆり子を容疑者と考える者は、警察内に誰も居ま
せんでした。
[Res: 2196] 一丁目一番地の管理人(391) 鶴岡次郎 投稿日:2012/04/03 (火) 13:59
刑事三名が武雄とゆり子に同行して、一旦金倉家に戻りました。問題のハンカチはゆり子が大切
に保管していました。どうやら、事件後8ヶ月経過している上、武雄やゆり子が触ったため、ハ
ンカチから犯人に繋がる証拠の検出は難しそうです。

刑事三人と武雄は健太を連れて現場に出向きました。武雄は迷わず森の中へ分け入り、ハンカチ
を拾った場所を警察に教えました。目立つ大木がある場所でしたので、迷わずその場所を特定で
きたのは武雄にも、警察にとっても幸いでした。

遺体が放置されていた場所とハンカチが見つかった場所は500メートル近く離れていました
ので、どうやらハンカチが見つかった場所は事件発生時警察が捜査をしなかった場所だったよう
です。

改めて多数の警察官が動員され、付近の捜査が実施されました。その結果、凶器と考えられるこ
ぶし大の石が発見されました。深いブッシュの中に落ちていたので、適度の湿気に守られていた
せいでしょうか、石の表面に付着していた血液と皮膚片が二種類採取されました。その内、一種
類の血液と皮膚片は被害者の物と断定され、もう一つのサンプルは犯人の物と推測されたのです
が、警察に保管されているDNAサンプルデータに一致する物はありませんでした。

犯人こそ特定できませんでしたが、犯人と考えられる重要容疑者のDNAが凶器から採取された
ことで捜査本部は勢いづきました。そして、ゆり子が所轄署へ出頭してから三日後、犯人が特定
されたのです。逮捕状の請求が出来る条件が整ったのです。

逮捕状が発行されたその日はよく晴れた日でした、4名の捜査本部刑事と所轄署からの応援者1
6名、計20名の捜査官がパトカーに分乗して、まだ朝もやが消えていない早朝、土手の森公園
がある町へ向かいました。
[Res: 2196] 一丁目一番地の管理人(392) 鶴岡次郎 投稿日:2012/04/04 (水) 12:37
風向井 篤(40歳)はその日も大工仕事にあぶれていました。もう・・、何日も親方から呼び
出しが無いのです。どうやら、たいして腕もないのに、文句ばかり多くて、手の遅い風向井を親
方は見限ってしまって、仕事に呼び出さなくなっているようなのです。

180センチをはるかに超える身体を持て余すようにして風向井はベッドの上で身体を捻りまし
た。100キロを越える体重に耐えかねて、粗末なベッドが軋み音を上げています。その時、扉
を叩く音が響きました。

めったに来訪客は無いのです。来るとすれば管理人が家賃の取立てに来るくらいですが、稼ぎの
少ない彼にしては珍しく、二ヶ月先まで前払いを済ませていますから、管理人を恐れる心配は無
いのです。

「ハ・・・・イ・・、
どなたですか・・・」

六畳一間に狭い流しと洗面所が付いたアパートですから、ベッドの上にいてもドアー越しで来客
と対応できるのです。

「朝早くから失礼します・・・。
近所に新規開店したスーパーの者ですが・・・、
ご挨拶でご近所を回っています・・。
たいしたものではありませんが、スナックをサービスで配っています・・」

野太い男性の声が答えました。朝食前の風向井は、何も疑いを持たないで、扉を大きく開きま
した。捜査員がなだれ込みました。


居酒屋の女将の証言で、あの日、あの時間、竹内と圧村の他にただ一人お客がいて、その人物が
常連客の風向井であることはすぐに判明しました。警察は、風向井の身辺調査を慎重に始めまし
た。すると、8ヶ月前の事件発生直後、2ヶ月ほど滞納していた部屋代を一括納入していたこと
が判りました。さらに、その時、風向井は10ヶ月分の部屋代を前払いしていたのです。この時、
総額70万円ほどの出費になったはずです。

そして、風向井の身辺調査をしていた警察は決定的な証拠をつかんだのです。風向井の捨てたご
みの中にあったちり紙から採取したDNAと凶器にへばり付いていた皮膚片のDNAが一致した
のです。

風向井はあの日も仕事に干されていて、家賃を二ヶ月以上滞納し、その日はいよいよ追い込まれ
て、朝から満足な食事も取れない状態だったのです。つけで飲み食いするつもりで、夜の10時
過ぎ佳代に入ったのです。そして、聞くともなしに聞いていた圧村と竹内の会話内容から、竹内
が取り出した物が大金の紙包みだと見破っていたのです。

店を出た圧村の後をつけながら、風向井は金包みの入ったハンドバッグを奪う算段をしていまし
た。しかし、彼とおなじ程度の体格を持ち、見るからに喧嘩の強そうな圧村を襲い、ハンドバック
を奪う自信が彼には湧かなかったのです。下手をすれば、その場に叩きつけられ、警察に突き出
されるかもしれないと思ったのです。

良い思案が浮かばないまま、風向井は尾行を続けました。あきらめようと思った時、圧村の足が
街中から、人気のない河原に向かい、そして暗闇の土手の森に向かったのです。風向井はこれこ
そ神が与えてくれたチャンスだと思ったのです。


暗がりを利用して、背後から、足音を忍ばせて、圧村に急接近し、手にした拳大の石で彼の頭部
に一撃を与えたのです。血を吹き、倒れこんだ圧村の手にあるハンドバッグの中から、金包みを
抜き出し、後も見ないでその場から逃げました。

殺すつもりはなかったと風向井は自供しました。凶器の石は逃げる途中、金を包んでいたハンカ
チと一緒に森の中に棄てたと言いました。

奪った金は部屋代と飲食代で使い切り、二ヶ月先まで家賃を払っているのが唯一の残金だと言い
ました。こうして、あっけなく土手の森組員殺人事件は解決しました。
[Res: 2196] 新スレへ移ります 鶴岡次郎 投稿日:2012/04/07 (土) 15:57
新しい章を立てます。   
               ジロー

[2178] 一丁目一番地の管理人(その26) 鶴岡次郎 投稿日:2012/01/30 (月) 15:15
殺された輪島組の構成員、圧村和夫には、彼にはいかにも不似合いな愛人がいることが判りま
した。彼の愛人、金倉ゆり子は土手の森公園のある町に住む主婦です。ゆり子の存在は警察は勿
論、圧村の仲間も知らないようです。

ゆり子が警察に出頭して、圧村との愛人関係を話せば、事件は一気に新展開を迎えるはずですが、
とうていゆり子にはその勇気が湧かないようです。このままではこの事件は迷宮入りする可能性
さえ見せ始めているのです。

逃亡した竹内寅之助、彼の愛人・朝森敦子は無事に逃げ終えることが出来るでしょうか、事件と
ストリーはいよいよ終盤に入りますが、のんびりと語り続けます。ご支援ください。

毎度申し上げて恐縮ですが、読者の皆様のご意見、ご感想は『自由にレスして下さい(その
11)』の読者専用スレにご投稿ださい。多数のご意見を待っています。    

また、文中登場する人物、団体は全てフイクションで実在のものでないことをお断りしておきま
す。

発表した内容の筋を壊さない程度に、後になって文章に手を加えることがあります。勿論、誤字
余脱字も気がつけば修正しています。記事の文頭と、文末に下記のように修正記号を入れるよう
にします。修正記号にお気づきの時は、もう一度修正した記事を読み直していただけると幸
いです。

  ・ 文末に修正記号がなければ、無修正です。
  ・ 文末に(2)とあれば、その記事に二回手を加えたことを示します。
  ・ 1779(1)、文頭にこの記号があれば、記事番号1779に一回修正を加えたことを示します。
                                      
                                      ジロー
[Res: 2178] 一丁目一番地の管理人(その26) 鶴岡次郎 投稿日:2012/02/01 (水) 13:15

疑 惑

忘れようとしても、日が経つにつれ、より鮮明に圧村と過ごした日々がゆり子の脳裏に浮かび上
がっていました。都心のカラオケ店で初めて出会った時のこと、そして、ビルの陰で初めて彼に
抱かれて、そのあまりの快感で失神してしまったこと、土手の森公園や、ホテル、そして車の中
で彼に抱かれた日々のこと、それらが昨日のことのように思い出されるのです。

珠子に誘われてカラオケ・レストランに行く習慣は続けていますが、圧村を失って以来、なにや
ら空しくて本当は行きたくないと思うことが多いのです。ただ、珠子に不審感を抱かせることを
警戒して、レストランに行く習慣は続けているのです。


事件発生から二ヶ月も過ぎると、地元のメデイアでも一切事件のことは扱わなくなりました。そ
の扱いに反比例して、ゆり子の事件への関心は高まっていました。地元署に捜査本部が置かれて
いることをゆり子は勿論知っていました、できることなら、捜査本部の捜査状況を知りたい、ど
の程度まで犯人像に警察が迫っているのか、その実態を知りたいとゆり子は切望しました。

何の伝もないゆり子が捜査本部の事情を知る手段は勿論ありません。それでも、週刊誌や、イン
ターネットなど、あらゆるメデイアの情報を集めて、一通りの知識を持っていて、どうやら警察
の捜査が行き詰まっていることを知っていました。そして、その行き詰まっている捜査状況を好
転させる有力な情報をゆり子自身が握っていることを彼女は自覚していたのです。


「この事実を話せば、捜査は大きく進展するはずだけれど・・、
これだけは、できない・・、
家族を犠牲にすることはできない・・・」

毎日、事件のことを考えながらゆり子は苦悩しました。

「圧村さんの死体が何故、土手の森公園で発見されたのか、
何故、圧村さんがこの町へ来て、公園まで足を延ばしたのか、
その理由を、おそらく警察は掴んでいないだろう・・・・・。

その理由を知っているのは、おそらく私だけ・・・」

最期に行き着くのはいつもこの結論でした。この事実を警察に告げれば、案外簡単に、犯人は逮
捕されるとゆり子は考えていました。しかし、警察に行く決断できなかったのです。それでいて、
犯人を憎む気持ちは日増しに強くなっていたのです。そして、行き着いたのは、犯人を彼女自身
で探し出すことでした。

素人で、一歩も家庭から出たことがない主婦のゆり子が警察でも手を焼いている犯人探しができ
るはずがなく、そんな望みを持つこと事態、奇異に思えるのですが、毎日のように事件のことを
考えていると、自然とそんな発想が彼女の中に湧きあがっていたのです。


「あの日・・、
圧村さんは私と、森の公園で会う約束をしていた。
それを知っているのは私と圧村さんだけ・・。

そして、あの日、圧村さんは仕事で人と会う約束をしていた。
打ち合わせの後、徒歩で公園へ来ると言っていた・・・。
・・と言うことは、打ち合わせ場所はこの町のどこか・・
公園から徒歩圏内にある場所だ・・・。

この町のどこかで、圧村さんと会った人物、
彼か・・、彼女か・・、
その人物・Xが事件のカギを握っている・・・」

ゆり子の住む町のどこかで、おそらく喫茶店か、居酒屋の片隅で圧村とXは話し合いをしたに違
いないとゆり子は結論付けました。そして、池袋の街角で買春婦を斡旋している圧村に、ビジネ
スマンのような商取引の打ち合わせが必要になるはずがなく、その話し合いの内容はどこか後ろ
暗い、女か金にまつわるいざこざだとゆり子は想像したのです。
[Res: 2178] 一丁目一番地の管理人(364) 鶴岡次郎 投稿日:2012/02/03 (金) 13:39
圧村の仕事場からゆり子の町へ来るには、地下鉄を乗り次いで来るのが普通のルートです。そし
て、打ち合わせ場所としてこの町が選ばれ、Xがそれに同意したということは、Xはこの町の住
人であるか、少なくとも土地勘のある人物と考えていいのです。

ここまで考えて、とりあえず、あの日、圧村とXが打ち合わせをした場所を特定することから調
査を始めるべきだとゆり子は考えました。


夜12時近く、ゆり子は駅周辺を歩き回りました。駅周辺の商店街は案外狭く、その上、サラリ
ーマンの帰宅時間を過ぎる10時過ぎには、大体の店は閉めるのです。12時近くまで開いてい
る店は数軒しかないことが分かりました。その事実を確かめて、ゆり子は小躍りするほど喜んで
いました。これなら簡単に調べられると思ったのです。そして、翌日のお昼過ぎ、一軒、一軒聞
き込みを開始しました。

聞き込みを開始して3軒目に、案外簡単にヒットしました。身長が高く、イケ面の圧村は印象が
強かった様子で、駅裏の小料理屋の女将が圧村を覚えていました。

「この人、知っている・・・、
それまでに、一度も来たことがない人だったし・・、
こんなにイケ面で、背が高いでしょう・・、
女なら、誰でも忘れないよ・・・」

ゆり子と同年輩で、丸顔で垢抜けした美人の女将がゆり子の差し出した写真を手に取り、懐かし
そうに話しました。

「何日(いつ)だったかな・・・、
日付まで、はっきり覚えていないけれど・・、
カンバンが近い遅い時間だったことははっきり覚えている・・。
それまで、お馴染のお客が一人きりだったからね・・・。

そう・・、そう、
彼と、もう一人背の低い、頭髪の薄い中年男が一緒だった・・」

遂に謎の人物が登場したのです。背の低い、禿の中年男がXだと判ったのです。ゆり子は高鳴る
胸の鼓動を自身ではっきり感じ取っていました。こんなに簡単にXにたどり着くとは夢にも思って
いなかったのです。 
[Res: 2178] 一丁目一番地の管理人(365) 鶴岡次郎 投稿日:2012/02/04 (土) 12:14

「ところで、この方・・、何と言う人・・、
そう・・、木村さんて言うの・・・、
名前も良いわネ・・」

咄嗟の判断でゆり子は圧村の名前を伏せました。女将がにんまり笑って、ゆり子の顔を覗きこむ
ようにして尋ねました。

「それで貴方との関係は・・・?」

「・・・・・・・」

「もしかして、不倫のお相手・・?
隠さなくても良いのよ、こんな商売だからなんとなく判るの・・、
いいわね・・、うらやましい・・」

唐突な質問にゆり子が当惑しているのを笑ってみながら、女将は一人で納得しています。

「でも、この店へ人探しに来るっていうことは・・・、
彼との仲が上手く行っていないのネ・・・、
突然連絡が途絶えたとか・・、よくあることョ・・・」

これも図星です。ゆり子は笑みを浮かべて女将の推理を聞く姿勢を示しています。

「それに・・、彼・・、素人ではないでしょう・・・。
あなたはどこから見ても良家の奥様・・・。

危ない火遊びね・・・・
でも一度彼の味を知ると、女をそれが忘れられなくなる・・。
どう・・、図星でしょう・・、うらやましい・・・・・、

でも・・、あなたも・・きっと、苦労するよ・・・・・」

身に覚えがあるようで、女将は他人事でない口ぶりです。

「でも・・・、彼となら・・・、
私だって・・、酷い目に合うと判っていても、
苦労をしてみたい・・・・
ウフフ・・・、ゴメンナサイね・・」

おしゃべりで、勘の良い女将は、ゆり子と圧村の関係をかなり正確に見通していました。ゆり子
は観念した様子でことさら隠す様子を見せないで、所々でコックリ頷きながら、苦笑いをしてい
ます。その態度が女同士の親近感を更に高めたようで、女将の口は更に滑らかになっていました。

「そういうことなら、何とか力になるわ・・・・
一寸、待って・・・
だんだん、思い出してきた・・・・」

女将は自身で推理したゆり子の境遇に共感して、他人事ではない様子を見せているのです。それ
に、お昼を過ぎ、夜の忙しい時間までには少し間がある暇な時間帯であったこともゆり子に幸い
したようです。女将はゆったり構えて、熱心にあの日の記憶を掘り起こそうとしています。
[Res: 2178] 一丁目一番地の管理人(366) 鶴岡次郎 投稿日:2012/02/07 (火) 14:34
「そう・・・、そこに二人は座った・・・
もう一人のお客様、お馴染みさんは、いつもの場所、奥のテーブルだった・・」

当日のイメージを頭に思い浮かべる仕草をして、入口から一番離れたカウンターの奥を女将は右
手で指示(さししめ)しました。

この店には、数人座れるカウンター席と、4人がけのテーブルが三つ置いてあるのです。女将の
記憶が正しいとすると、その日、その時間、客は三名しかいなくて、馴染み客が一人、奥のテーブ
ル席に居て、圧村と中年男がカウンター席に座っていたのです。

「何か大切な用件があるようで、酒は後にすると言って、
二人は真剣な表情で、それでも和やかに話し合っていた・・。
親しい友達関係には見えなかったけれど、喧嘩をしている様子はなかった。

しばらく話し合った後、背の低い中年男が紙包みをカバンから取り出し、
木村さんに手渡した。

木村さんは、紙包みを受け取り、
持っていたハンドバックに大切そうに仕舞いこんでいた・・・。

私の勘だけれど・・・、
あの紙包みは、お金ネ・・・、
100万円・・、多分間違いない・・・」

女将は記憶力が良いようで、二ヶ月以上前の、当日の様子を克明に憶えていて、それを丁寧に話
しています。

「お金の受け渡しが終わると、二人の話し合いは終わったようで、
酒を注文して二人は飲み始めた・・。

その中年男はお酒好きな様子で、ぐいぐいと飲んでいた・・。
木村さんもいける口のように思えたけれど、
時々、時計を見ながら、落ち着かないようすだった・・。

それでも、しばらく二人で飲んでいた・・・。
やがて、しびれを切らしたように木村さんが立ち上がった・・。

私もカンバン時間を気にしていたから、その時間を良く覚えている・・、
12時少し前に、彼は席を立ち、店を出た・・・」

ゆり子との約束の時間が12時ですから、圧村は店を出て、そのまま、徒歩で公園に向かったと
ゆり子は考えました。

「その中年男はどうしましたか・・・、
一緒に店を出たのですか・・・・」

「さて・・、良く憶えていないけれど・・・、
多分・・・、彼はお店に残ったと思う・・、
木村さんは一人で出た行ったはず・・」

女将が宙をにらみ当日の記憶を掘り起こそうとしています。ここが犯人割り出しの大切なポイン
トですから、すがりつくようにゆり子は女将に視線を向けています。
[Res: 2178] 一丁目一番地の管理人(367) 鶴岡次郎 投稿日:2012/02/08 (水) 10:58

「そう、そう・・、思い出した・・・。
木村さんがお勘定しようとしたら・・、
中年男がその手を押さえて、彼が払うと言っていた・・。

そして・・、奥に居たお客さんも木村さんの後から出て行った・・・、
お店に残ったのはその中年男、一人だった・・」

ようやく当日の光景をはっきりと思い出したようで、女将が得意そうな表情で、断定的にゆり子
に説明しています。ゆり子が嬉しそうな表情を浮かべています。

「彼は、それから一時間以上は飲んでいたわね・・、
私・・・、カンバン時間を気にしていたから、良く憶えている・・。
間違いない・・・・・・」

圧村が店を出た後、その中年男は店に止まり、酒を飲み続けていたのです。これでその中年男の
アリバイは証明されたことになります。


思いつきで始めた聞き込み調査は大きな成果を上げましたが、てっきり犯人だとゆり子が思って
いたXにはかなり明確なアリバイが存在したのです。

X以外に犯人が存在する。ゆり子はそう確信しました。その犯人・Yは圧村が公園に行くことを
知っていた・・、あるいは彼の後をつけて・・、公園で犯行に及んだのです。

Yは誰か・・・。

ゆり子の推理はここで全く動かなくなりました。ゆり子の持つ情報が少なすぎるのです。も
し・・、ゆり子がつかんだ情報を警察に届ければ、事件は一気に解決する可能性があったので
すが、この時点でもゆり子は警察に行く決断をしませんでした。


それから、来る日も、来る日も、ゆり子は事件のこと、圧村と過ごした日々を思い出し、悶々と
して過ごしておりました。しかし、ゆり子にも生活があります、事件のことばかり考えてはいら
れないのです。

居酒屋での聞き込みから一ヶ月が過ぎ、そして、三ヶ月過ぎると、さすがに、あの殺人事件のこ
とを考える時間が少なくなり、事件発生から、8ヶ月近く経つとゆり子はほとんど事件のことを
考えなくなりました。いえ・・、考えることに疲れ果てたと言うのがゆり子の現状をより正確に
表現していると思います。

それでも何かの弾みで、圧村と過ごした楽しい時間を思い出すことがあります。彼との思い出は
楽しいことばかりで、ゆり子は涙ぐみながらも、思い出の中で、もう一度、圧村に抱かれ、想像
の中で奔放に女を燃やし尽くしていたのです。

そして・・・、思い出から現実に戻ると、ゆり子はやりきれない寂寥感に取り込まれました。

「私・・・、
このまま、女を終えるのかしら・・・」

50の坂が見え始めていることもあり、再びあのきらめく感動の時間は自分にはもう・・、やって
来ないだろうと思うようになっていたのです。このころには、犯人を捜す意欲は完全に失しなって
いました、それだけでなく、日々の生活に張りをなくしていたのです。圧村と付き合っている頃に
比べると、20歳近く年をとったように見えるのです。(1)
[Res: 2178] 一丁目一番地の管理人(368) 鶴岡次郎 投稿日:2012/02/09 (木) 11:56
2183(1)

ある休日の昼下がり、ゆり子は日当たりの良い、縁側に腰を下ろして、珍しく縫いものをしてい
ました。そこへ、庭仕事をしていた夫・武雄がやってきました。手に布切れをぶら下げています。

「犬小屋を掃除していたのだが・・・、
こんなものを健太の小屋の中で見つけたよ・・・」

夫が手にした布切れを見て、ゆり子は全身の血が引くような気分になりました。おそらく彼女の
表情にもはっきりと驚愕の印が表れたはずです。しかし、武雄はゆり子の変化に気がつかない様
子です。

「私か、お前の物かと思ったが・・、
イニシャルが違うから・・、
健太がどこかで拾ってきたものだね・・」

武雄が手にした布きれは、男物のハンカチで、KAのイニシャルが刺繍してありました。ゆり子
が圧村和夫にプレゼントしたものです。実はこのハンカチはゆり子の町にある有名ブテイック特
製の製品で、見る人が見ればそれと判る品なのです。勿論、夫・武雄も、ゆり子自身もこのブテ
イックのハンカチを愛用しているのです。

「そうね・・、
何処で拾ってきたのかしら・・、
こちらに下さい・・、私が棄てておきます・・」

冷静さを取り戻したゆり子はそう言って、夫・武雄からその布切れを受け取りました。

もし、警察の手にこのハンカチが渡っていれば、それが街の有名プテイック特製の品だと判り、
その発注者であるゆり子の名前が浮かび上がったはずなのです。健太は意図しないでゆり子を
救ったことになるのです。

布切れを手渡すと、武雄が縁側に腰を下ろしました、少し庭仕事を休むつもりのようです。子供
たちが家を出て行って以来、不眠症にかかり、朝の苦手なゆり子と、朝の早い武雄の間にすれ違
いの生活習慣が定着して、食事時以外二人がゆっくり話し合うことが少なくなっているのです。
こうして、縁側に二人のんびり座ることなど、久しく絶えていたのです。

少し驚いた様子で、それでも嬉しそうにゆり子は立ち上がり、甲斐甲斐しくお茶の支度を始めま
した。

「すっかり温かくなったネ・・・
もう直ぐ、桜が咲くよ・・・」

ゆり子が入れた煎茶をおいしそうに飲みながら、武雄がポツリとつぶやきました。

武雄の背中を見ながら、ゆり子は黙って頷き、そして庭の隅にある桜の古木に視線を移しました。
それだけのことで、武雄が側にいるだけで、ゆり子はこれ以上は考えられないほど、幸せ感で一
杯になっていました。

武雄の優しい気持ちが彼の身体から匂い立ち、ゆり子の傷付いた心と身体を包んでいたのです。
こみ上げる激情をゆり子は抑え切れなくなって、武雄に気づかれないよう、そっと涙を拭いてい
ました。

〈圧村のことさえなければ・・、
武雄を裏切ってさえいなければ・・、
この幸せな時間を10年先も迎えることが出来ると確信できたのに・・・〉

今の幸せを噛み締める一方で、いまさらのように自身の犯した罪の大きさにゆり子は慄(おのの)
いていたのです。
[Res: 2178] 一丁目一番地の管理人(369) 鶴岡次郎 投稿日:2012/02/17 (金) 14:39

「ところで・・・
以前から気になっていたのだが・・・
少し元気がないようだが・・、
心配事でもあるのか・・・・」

無関心であれば、とうてい気がつかないゆり子の微妙な変化に武雄は敏感に気がついていたので
す。びっくりした表情でゆり子は武雄を見ていました。圧村の死体発見以来、ゆり子自身は事件
の影響が態度に出ないよう注意をしてきました。さすがに親友の珠子はゆり子の変化に気が付い
ていましたが、『・・あの人とは別れた・・』と言うゆり子の言葉を信用して、それ以上の追求
をしないのです。

そして、〈・・多分夫は気がつかないはず・・、それほど私に関心を持っていないから・・〉と、
武雄には油断していたのです。武雄の優しい気持ちをゆり子はこころからうれしいと思っていま
した。それでも、ここで本音を言い出すわけにいかないとゆり子はここでも嘘を言ってしまった
のです。

「うん・・・、少し・・、
身体がだるい気がするの・・・。
もしかすると・・、更年期の前触れかも・・・、
一度、佐竹さんに診てもらいます・・・」


心中で武雄に謝りながら、塞ぎこんでいるのは体調不良だと言い訳をしたのです。近所の家庭医、
佐竹医院の診断を受けるとゆり子は言ったのです。

「そうか・・・、
それには気づかなかった・・、
女の人は大変だね・・、無理しないようにね・・」

「ハイ・・・」

武雄は振り返って、優しい微笑を見せています。ゆり子は思わず顔を伏せて、そっと涙を拭いて
いました。武雄が驚いた表情を浮かべその涙を見ていましたが、ゆり子が顔を上げる前に視線を
逸らして、元のように背中を見せていました。

〈ここで全てを告白したい・・、
こんな優しい旦那様を騙せない・・。
この瞬間を逃すと一生告白できないかも・・〉

顔を上げ、夫の背中を見つめていたゆり子が思いつめた表情を浮かべていました。

「ダメね・・・、
身体の調子が悪いと涙脆くなって・・・。

ありがとう・・、ご心配かけました・・・、
でも・・、うれしい・・、気にかけてくれたんだね・・、
少し休めば大丈夫だと思う・・

ネェ・・・・・」

ゆり子はそこで口を止めました。次に続く「・・・お話があります・・」、その言葉がどうして
も切り出せなかったのです。

〈ここで告白すれば、私は楽になるかもしれない・・・、
でも・・、旦那様を逃げ場のない、怒りの地獄へ突き落すことになる・・・。

散々裏切り行為を重ねた上に、更に旦那様を苦しめることなど出来ない・・、
私一人が苦しめば良いのだ・・・〉

湧き上がってくる告白の衝動をゆり子は必死で押さえ込んでいました・・。
[Res: 2178] 一丁目一番地の管理人(370) 鶴岡次郎 投稿日:2012/02/18 (土) 16:22
あの森の事件で、もし圧村がケガをしただけで、命を喪っていなければ、多分ゆり子は全てを武
雄に告白したでしょう。そして、その告白はゆり子の贖罪の気持ちを込めたものになり、武雄が
望めば、ゆり子と圧村に思う存分の処罰を下すことが出来たはずです。しかし、彼が殺された今
となっては、告白は武雄に大きな負担を与えるだけで、彼にとって、何一つプラスにならない、
むしろ大きなわだかまりと、持って行き場のない怒りの感情だけが彼の中に残ることなると、ゆ
り子は気がついていたのです。

下を向いたまま涙を堪えているゆり子の中でそんな心の葛藤が起きていることなど夢にも考えて
いない様子で、武雄はゆり子に優しい視線を送り、茶碗に残ったお茶を一気に飲み干し、庭仕事
の続きをするつもりのようで、ゆっくり腰を上げ、ゆり子に声をかけて、裏庭に向かいました。

そのがっしりとした後ろ姿をぼんやりと、ゆり子はただ呆然と見送っていました。

そして、ゆり子は、圧村が残した薄汚れたハンカチに・・、
ゆり子がしっかり握り締めていたハンカチに・・、視線を移しました・・。

その時・・・、
何の脈絡もなく・・、
突然ゆり子の脳裏に、ある疑惑が浮かび上がりました・・・。

「夫は・・、
私と圧村の関係を知っている・・」

庭仕事に戻る夫・武雄の後ろ姿を見つめながら、ゆり子は声に出して呟いていました。健太の小
屋で拾ったハンカチをゆり子に見せた、その夫の意図をゆり子はこの時、はっきりと理解してい
ました。ゆり子の浮気を知っていることを教えるつもりで、武雄はそのハンカチを届けたのだと
ようやくゆり子は武雄の意図を理解したのです。


ゆり子が圧村と知り合うかなり前のことですが、農協幹部の慰安旅行で近郊の温泉に行った時、
武雄はその地で女を買ったのです。それをゆり子は知り合いから後になって聞いたのです。

男にはありがちなことだと親友の珠子は慰めてくれたのですが、家付きでわがまま一杯に育った
ゆり子はどうしても夫の裏切り行為を許すことが出来なかったのです。

「じゃ・・、どうするの・・?
時間を元に戻すことが出来ない以上、別れるしか道がないよ・・、
そこまでするつもりはないでしょう・・。

それとも、ゆり子も浮気をする・・・?」

ゆり子の機嫌がいつまでも元に戻らないことにいささか手を焼いた珠子が投げ出すように言った
言葉にゆり子が飛びつきました。

珠子は結構遊んでいて、成り行きで浮気をすると言い張ることになった、ゆり子に若いホストを
紹介したのです。ゆり子は夫・武雄にもことさらその行為を隠そうとしませんでした。いえ、む
しろ、一晩無断で外泊して、浮気を武雄に知らしめようとさえしたのです。
[Res: 2178] 一丁目一番地の管理人(371) 鶴岡次郎 投稿日:2012/02/20 (月) 13:58
幸いと言うか、この事件で金蔵夫妻の仲に決定的な亀裂は発生しませんでした。夫の浮気への仕
返し行為だとはいえ、夫以外の男に初めて肌を許したのです。ゆり子は大いに反省しました。し
かし、素直に武雄に告白して謝ることが出来ませんでした。ゆり子は一人で悩み、一人で引きこ
もり、数ヶ月、二人の間に夫婦関係のない期間が有りました。

武雄は出来た人物で、ゆり子の浮気に感ずいていながら、これといった変化を態度に見せません
でした。根負けしたゆり子が武雄に告白し、武雄が笑って、「・・これでお相子だね・・」と言
い、それで二人の仲は元に戻りました。

この事件を境に、二人の間により強い絆が出来たようです。夫婦というの名の下に、心も身体も
相手を独占できると思い込んでいたことへの反省が、ゆり子と武雄の中に芽生えていたのです。
少し油断をすれば他の女や男に、相手の心や身体が靡くことがある現実を二人は思い知らされた
のです。同時に、相手が他の女や男に身体を許すことへの抵抗感・・、更に言えば嫌悪感が消え、
〈・・そんなことも有りうることだ・・、生身の身体であれば、絶対起こりえないことではな
い・・〉と、相手の浮気を現実問題として捉える素地が二人の中に出来上がっていたのです。

一度浮気を経験したゆり子は気持の上で、浮気への抵抗感が希薄になっていたと思います。子育
てを卒業した余裕も、そんなゆり子の気持を後押ししました。カラオケ店の薄暗い廊下で、一目
で圧村に惹き付けられ、二時間と経たない内に男女の関係を持ち、互いに素性を明かさないまま
逢瀬を重ねる仲になりました。二人共に先行き破綻が見えている仲だと知りながら・・、いえ、
多分それ故にこそ、二人きりの時は全てを忘れて愛欲に淵に深々と沈み、その快楽に酔いしれた
のです。

ゆり子は圧村に惹き付けられながら、その一方では、夫・武雄への愛情をより強くしていました。
奇妙な現象ですが、後ろ暗い、申し訳ないと思う、夫への感情が、ゆり子の武雄への愛情をより
強くしていたのです。
もし、圧村との関係を少しでも夫から追及されれば、正直に全てを打明け、罪の償いをする覚悟
をゆり子は固めていました。そして、その裁きの場が一日でも早く来てくれることを密かに願望
していたのです。

自身では夫に告白する勇気も、圧村に別れ話を切り出す決断力もないのに、夫に圧村との関係が
バレて、圧村との関係が破局を迎える日を、密かに待ち望んでいたのです。

そんな矛盾した気持を抱きながら、圧村に抱かれると、狂ったように彼の唇を、そして肉棒を求
め、狂いに狂っていたのです。嵐が去った後、彼女自身が自身の淫らに乱れる姿を思い出し、い
つも自己嫌悪していたのです。


庭仕事に戻る武雄の姿はゆり子の視界から既に消えているのですが、ゆり子は身じろぎもしない
で武雄の姿が消えた裏庭の方向を睨んでいました。今、ゆり子の脳裏に恐ろしいストリーが描か
れているのです。

〈もしかすると・・・・
いえ・・・、そんなはずがない・・・、
でも・・・、その可能性が一番高い・・・、

ああ・・・、
私はとんでもないことをしてしまった・・・
取り返しのつかないことをしてしまった・・・〉

ゆり子の脳裏に浮かんだ恐ろしいストリー・・、それは・・。

ふとしたことから、ゆり子の言動に疑惑を感じ取った武雄は・・、おそらく探偵を雇い、ゆり子
の身上調査をして、圧村とゆり子の関係を知ったのです。勿論、ゆり子が土手の森公園で圧村と
頻繁に会っていることも武雄は知ったはずです。そして、出来ることなら、彼自身の目でゆり子
の浮気を確かめたい、二人の浮気の現場に乗り込みたい、そう考えたのです。浮気を暴いた後は
どうするか、その時、武雄は何も考えていなかったはずですが、とにかく自らの手で浮気を暴く
ことが必用だと考えたのです。

あの日、ゆり子が車で出かけた後、武雄は見当づけて裏庭から公園に入り、ゆり子が公園内の一
般道に路上駐車しているのを確かめた後、圧村が駅の方向からやってくる道筋を予測して、待ち
伏せをしていたのです。

深夜の森の中を歩く圧村はまったく無警戒でした。そして金倉武雄にしても、圧村を殺す意図は
なかったのです。憎い妻の浮気相手を見た時、彼の中に怒りが爆発し、圧村を襲うなど考えても
いなかった筈ですが、気がついた時は、圧村に後ろから一撃を加え、運悪く手元が狂い、武雄の
一撃は圧村の急所を撃っていたのです。

このゆり子推測は、何処にも無理がなく、恐ろしいほど可能性が高いのです。街の居酒屋で圧村
と会ったXが犯行を犯したと考えるより、その可能性ははるかに高いのです。


「あの人がやったのなら・・、
全て・・、説明がつく・・」

夫以外に犯人は考えられないとの結論に到達したゆり子は、蒼白な表情になり、自ら考え出した、
恐ろしい結論に慄(おのの)いていました。

身体が震えるほどの衝撃を受けていました。自身の浮気が元で夫・武雄に殺人の大罪を犯させた。
全て、彼女のせいだと、ゆり子は自身を強く責めていました。

そして、突然・・、目の前が真っ白になり、ゆり子は暗い穴倉に真逆様に落ちて行きました。(1)
[Res: 2178] 一丁目一番地の管理人(372) 鶴岡次郎 投稿日:2012/02/23 (木) 15:49

眼を開けると武雄が微笑んでいました。居間になっている12畳の和室にゆり子は寝ていました。
寝室から持ち出してきたらしい、羽根布団がゆり子の体にかかっていました。

「戻ってきたら、お前がうつ伏せになって倒れていた・・・
力尽きて倒れた様子だった・・。
医者を呼ぼうと思ったが、呼吸がしっかりしていたから、
とりあえず、ここに寝かしてつけて、様子を見ることにした・・

どうだ・・、気分は・・・」

「ハイ・・・、大丈夫です・・、
立ち上がろうとしたら・・、くらくらとして・・・
スーッと気が遠くなりました・・」

ゆり子が微笑みを反し、武雄がゆっくり頷いていました。


その日から二日間、夫・武雄の勧めるまま、ゆり子は家事を止めてのんびりと過ごしました。心
労が重なり、その上、十分な食事と睡眠をとらなかったせいで、身体が衰弱していたようです。
佐竹医院でも過労が原因だと診断されました。

二日間の休養で体力が回復すると、ゆり子の中に新たな気力が沸きあがっていました。


「このまま逃げていても、何も解決しない・・、
夫に全てを話そう・・、
そして、夫が犯行を認めたら、一緒に罪を償おう・・・」

そう・・決心すると、何も恐れるものはなくなりました。久しぶりに、ゆり子はぐっすりと眠る
ことが出来ました。元々、不眠症の持病があり、圧村と付き合うようになって、その病状は消え
ていたのですが、彼の死後、以前にもまして不眠症に悩まされるようになっていたのです。

全てを夫・武雄に話し、その結果、発生するあらゆる問題に真摯に向き合うと決心すると、全身
から憑き物が落ちたように、身体が軽くなり、良く眠れるようになったのです。


ゆり子が縁側で倒れてから、一週間後の土曜日、ゆり子と武雄は夕食後居間で炬燵に入って向き
合っています。卓上には熱燗と夕食の残り物である焼き魚があるのですが、二人ともこれから始
まる話し合いを予想して、それに手をつけていないのです。

「あのハンカチのことですが・・・、
何時・・、何処で・・、拾ったのですか・・・」

「あの日の朝、パトカーのサイレンを聞いていたし、午後のテレビニュースも見たので、
勤めに出ても、あの殺人事件のことが気になっていた・・。

殺人事件があったその日の夕方、仕事を早めに切り上げて、
興味半分、不安半分の気持ちで、健太と一緒に森の現場へ行った。

未だ、警察の立ち入り禁止のテープがあって、現場には近づけなかったが、
付近をブラブラしていたら、健太の鳴き声が聞こえた・・。

泣き声に導かれて健太に近づくと、現場からかなり離れた場所で健太が・・、
あのハンカチを咥えて座り込んでいた・・。
多分、健太は私にハンカチのことを教えたかったのだと思う・・・」

「・・・で、そのハンカチを誰のものだと思ったのですか・・」

本人は気が付いていないのですが、ゆり子の口調は取調官のように、慎重に遠回りしながら、そ
れでも、犯人から自白を導き出そうとする意図がありありと見える口ぶりなのです。そんなゆり
子の態度を武雄は笑みを浮かべて受けいれています。
[Res: 2178] 一丁目一番地の管理人(373) 鶴岡次郎 投稿日:2012/02/26 (日) 15:45

「手に取ってみて、あの店のハンカチだとすぐ判った・・・。
そして、これはゆり子のものだと直感した・・・・。

しかし・・、イニシャルが違うので、ほっとした・・・。
一旦は捨てたのだが・・、健太が再び口に咥えていた・・。

健太がハンカチに執着する様子を見て・・、
これは・・、健太の知っている人物の所有物だと思った・・」

ここで、武雄がゆっくり顔を上げ、優しい視線をゆり子に送り、じっと彼女を見つめました。ゆ
り子もじっと武雄の表情を見つめ返しています。

「何もかも知っているのですね・・・、
何時からですか・・・?」

「・・・・・・・・・・・・・」

真っ直ぐに武雄を見つめてゆり子が聞いています。武雄は黙って笑みを浮かべ、ゆり子の視線を
優しく受け止めています。予想したとおり、武雄が何もかも承知しているとゆり子は感じ取って
いました。奈落に落ちそうになる気持ちを奮い立たせて、ゆり子は何とか堪えて、武雄を見つめ
ていました。

「お前に男がいると疑いだしたのは、もう・・、随分前のことだ・・・、
不眠症に悩んでいたお前が、すっかり元気になっているのを見て、
何かあると、気がついたのだ・・・。

確信を持ったのは、風呂場にあったお前の汚れた下着を見た時だった。
明らかな男の匂いを・・、私とは違う匂いを・・、嗅ぎ取ってしまった・・。

それ以降、それとなく注意してみると、
お前の体に、方々に、男の愛撫の後が残っていた・・。

首の裏、乳房の下、そして、あそこの周りに・・。
男なら誰でも興味を持つ場所だが、そこはお前の一番感じる場所だと私だけが知っている場所に、
既に別の男が到達した印があったのだ・・」

「・・・・・・・・」

生々しい夫の言葉に、さすがにゆり子は堪えられなくなったようで、頭を下げ、固まっていま
した。

「勿論、それを知った時煮えくり返るような気分になった・・、
今でも、その怒りが完全に消えたとは言い切れない・・・。

しかし、お前が見違えるように明るく振舞うようになり、
以前にも増して、私を大切に扱ってくれるようになっていた。

夜も良く寝れている様子だし、お前の体調も良さそうだし・・、
これは、これで、良いことだと思うことにした・・・。
そして・・、少し様子を見ようと思った・・」

「・・・・・・・・」

意外な武雄の言葉にゆり子がびっくりして顔を上げ、武雄の表情をうかがっています。武雄が微
笑を浮かべ、何度も、何度も頷いています。
[Res: 2178] 一丁目一番地の管理人(374) 鶴岡次郎 投稿日:2012/02/27 (月) 14:39
「そうなんだ・・、
お前が驚くのはもっともなことだ、
私自身でも良く判らない感情の動きに、正直驚いている。

お前の浮気に気づいていながら、
おまえが楽しそうにしているのを見て・・、
しばらくはこのまま様子を見ることにしたのだ・・、

多分・・、昔の私なら、お前を殴りつけていたと思う・・。
こうなったのは年のせいかなと、思っているが、
一方では、この状況下で冷静にいられることには満足している」

武雄が苦笑しながら説明しています。ゆり子は黙って夫を見つめています。妻の浮気に気づいて
いて、黙っている武雄でないことはゆり子が一番良く知っているのです。どちらかと言えば気の
強い、短気な武雄なのです。それだけに、武雄の言葉を全面的に信用することが出来ないゆり子
なのです。

「男の素性を調べようかと思ったこともあった・・。

しかし、男の素性を知ることで、何とか落ち着かせた私の気持ちが揺らぐことが心配になり、何
も知らないままで、しばらくお前の様子を見ることにしたのだ。

今でもこの判断は間違っていなかったと思う。
もし、男の素性を知っていれば、それが誰であれ・・、
私は、報復なり、何か行動を起こすことになっただろう・・・」

「エッ・・・、では・・・、
圧村さんのことは何も知らないのですか・・。

アッ・・、
私・・・・、とんでもないことを・・・・
スミマセン・・・・、本当にスミマセン・・・・」

うっかり男の名前を口に出し、浮気を自白したに等しいことを口走ってしまったゆり子が何度も、
何度も頭を下げています。

「やはり、あの男が・・・
お前の浮気相手だったのか・・・、

そうだったのか・・・・・、
そうであって欲しくないと願っていたのだが・・・」

圧村という名を聞いただけで、武雄には思い当たる人物がいるらしく、それまで冷静に話してい
た武雄が珍しく動揺した表情を浮かべ、明らかに落胆して肩を落しているのです。

圧村の名前が武雄が激しく動揺させた様子を見て、ゆり子は彼女が書いた最悪のシナリオが現実
問題になったことを教えられていました。

「あのハンカチが森の死体の持ち物だと気づいていたのですね、
そして、そのハンカチは私が圧村さんにプレゼントしたものだと疑っていたのですね・・・」

真っ直ぐに武雄を見詰めて、ゆり子が低い声で質しています。武雄がゆっくり頷いています。

「そうですか・・・・、
やっぱり、何もかも知っていたのですね・・、

私がバカでした・・・・、
あなたに隠し事をするなんて・・・、
こうなることにもっと早く気づくべきでした・・・」

圧村のことなど知らないと、武雄に言って欲しかったのです。その最後の望みが断ち切られて、
ゆり子は絶望のどん底に叩き落されていました。首を垂れ、じっとかたまっています。もう涙さ
え出すことが出来ないのです。

そんなゆり子を武雄が見つめ、涙を溢れさせていました。
[Res: 2178] 一丁目一番地の管理人(375) 鶴岡次郎 投稿日:2012/02/28 (火) 13:27

夫に全てを知られ、今はその罪の重さに堪えかねて、ただうな垂れているゆり子を武雄はいたわ
りの気持を込めて、優しい瞳で見つめていました。武雄にしても、最悪のシナリオが現実のもの
になったことを認めざるをえない状況に追い込まれていたのです。

重苦しい雰囲気の中で二人は凍りついたようにじっとその場に固まっていました。このまま時間
が止まってしまったような・・、むしろ、そうあって欲しい気持が二人を支配していたのです
が・・、最初に動き出したのは武雄でした。

「ゆり子・・、
苦しかったろう・・・、
もう・・、いいんだ・・、
何もかもすべて打明けて欲しい・・・・。

お前が圧村を殺したのだな・・・?」

「エッ・・・、何ですって・・・、
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

びっくりしたゆり子が頭を上げ、驚愕の表情で武雄を見つめています。武雄は強い視線をゆり子
にあてていました。

「お父さんが殺(や)ったのではないのですか・・・・?」

今度は武雄が驚愕の表情を浮かべる番です。しばらくにらみ合いを続けていた二人の均衡状態を
破ったのはこの時も武雄でした。

「ハハ・・・・、
そうか・・、そうか・・・、
そうだったのか・・・、

良かった・・、良かった・・・。
ハハ・・・・・・、本当に良かった・・」

楽しそうに、心から笑っています。そして、卓上の杯を取り上げ、冷えた澗酒を注ぎ、おいしそ
うに飲み干しました。そんな姿を、ゆり子は涙を浮かべて見つめていました。

「笑ってしまうな・・・、
てっきりお前があの男を殺したと思い込んでいた・・・。
お前はお前で、私が犯人だと思っていたんだネ・・・。

圧村がお前の恋人で、何らかの仲たがいが発生して、
お前が彼を殺(や)ったと・・、
あのハンカチを発見した時、そのことを悟った・・・、
そして、生涯、このことは口を閉ざすと決心したのだが・・・、

最近、お前の様子を見て・・、
人生を棄てたようにしているお前を見て・・、
このままではダメだと考え直したのだ・・・。

たとえ、これから先、どんな過酷な人生が待っていようとも、
私はお前を守り切るつもりで、あのハンカチを見せたのだ・・・」

「お父さん・・・」

ゆり子は声を出して泣き崩れました。
[Res: 2178] 一丁目一番地の管理人(376) 鶴岡次郎 投稿日:2012/02/29 (水) 12:04

ゆり子が完全に堕ちたと分かると、ヤクザの本性を現し、圧村はゆり子を脅かし、金品をせびる
ようになり、誰に相談することも出来ないゆり子は困り果てました。そして、森に呼び出された
あの日、夢中で圧村の後から一撃を浴びせた・・。武雄はゆり子の犯行をそのように考えていた
と・・、ゆり子に説明しました。

そして、罪の意識に苛まれ、生きる気力さえも失っているゆり子を見るにつけ、このままではゆ
り子は勿論、武雄自身もダメになると判断して、武雄は大きな決断をしたのです。

あの日、ゆり子に証拠のハンカチを見せたのは、ゆり子の告白を導き出したいと考えたからだった
のです。一度は生涯ひた隠しにすると決めていたゆり子の犯行を表沙汰にして、罪の償いをさせ
よう、ゆり子共々、罪の償いをしようと、武雄は悲壮な決心を固めていたのです。

「お父さんがそこまで考えていたとは・・、
今の今まで気がつきませんでした・・・。
私のようなバカで、何一つ取り得のない女を、
そこまで思っていただけるとは、いくら感謝しても足りません・・・」

涙を溢れさせて武雄の話を聞いていたゆり子が声を絞って、何度も、何度も頭を下げていました。

「聞いてください・・、
私の犯した罪の全てを、ありのまま話します・・。
男の体に溺れて、我を忘れていたバカな女の話を聞いてください。

その上で、お父さんの気の済むようにしてください・・」

ゆり子は涙ながらに全てを武雄に告白しました。圧村との出会い、そして圧村と過ごした情熱的
な時間、犯人探しで居酒屋に聞き込み調査をした話、その全てをゆり子は話しました。武雄は、
表面上は笑みさえ浮かべて黙って聞いていました。

ゆり子の浮気は既に知っている事実ですし、若いヤクザの体とその性技に溺れ、ゆり子が女の炎
で身を焦がしたことは容易に想像できたことだったのです。それでも、ゆり子から直にそのこと
を聞くと、武雄の中に生々しい感情が吹き上がっていました。しかし武雄はいとも簡単にこの感
情を押さえ込んでいたのです。

もし、武雄がゆり子の殺人行為を疑っていなければ、ここまで冷静にゆり子の告白を聞くことは
出来なかったと思います。妻の大罪に疑いを持って以来、悩み続け、最後には妻の罪を公にして、
罪の償いを妻と一緒にしようと決心するまでの辛い苦悩の時間が、武雄を大きく成長させていた
のです。彼の中に大きく育てられていた優しい労わりの心が、浮気の告白などいとも簡単に飲み
込んでいたのです。武雄はひとまわりも、二周りも、男として成長していたのです。

「・・・・・これで全部です。バカな私を笑ってください・・・」

全てを語り終えたゆり子は爽やかな表情で武雄を見つめていました。

「半年以上私達の関係は続いたのですが、
お父さんに気づかれていると思ったことは一度もありませんでした。

いえ・・、それどころか、気づいて欲しいといつも思っていました。
でも・・、お父さんは何も言わなかった・・・。

あの時、ハンカチを見せられて、
私の浮気をお父さんが気づいていることを知りました。

そして、恐ろしい妄想の虜になったのです・・・・」

武雄が犯人だと疑い始めた説明をしようとして、さすがにそこまでは言えないようでゆり子は口
をつぐんでいます。

「お前達の関係を知った私が・・、
嫉妬に狂って彼を襲ったと思ったのだね・・・?」

始終笑みを浮かべてゆり子の告白を聞いていた武雄が口を開きました。申し訳なさそうな表情を
浮かべてゆり子が頷いています。
[Res: 2178] 一丁目一番地の管理人(377) 鶴岡次郎 投稿日:2012/03/02 (金) 11:12

「いやいや・・、気にすることはない・・、
お前が疑り深いわけではない、ここまで条件が揃えば、誰だってそう思うよ・・。

居酒屋で圧村さんと話し合っていた中年男のアリバイは証明されたわけだから、ゆり子でなくて
も、事件の経過をここまで知っていたら、誰だって私が怪しいと思うよ、もし警察がゆり子の
持っている情報を掴んでいれば、とっくに、私は重用参考人として取り調べられていたはずだ
よ・・。

ところで、私が犯人だと判った時・・・、ゆり子は何を思ったの・・?」

「私・・、
取り返しのつかないことをしてしまったと思いました・・」

間を置かないで、素直な表情でゆり子が答えています。

「お前が・・?
はて・・、どうしてそう思ったのだ・・、
罪を犯したのは私だろう・・」

「お父さんを犯罪に走らせたのは私だと思いました。
私が浮気さえしなければ、何も起こらなかったのです・・、
あの人だって、森で襲われることがなかったのです・・・
全部・・、私のせいなのです・・・・」

堪らなくなったのでしょう、涙があふれ出てゆり子の頬に光る筋を作っていました。武雄はその
涙を美しいと思っていました。

「そうか・・、
それでお前はあの時・・、全てを知った時、堪えられなくて・・、
縁側に倒れこんだのか・・・、病気ではなかったのだ・・・。

あまりにも過酷な状況変化に耐え切れなかったのだね・・・・・
無理のないことだ・・・」

縁側で倒れていたゆり子を思い出したのでしょう、武雄が呟いていました。

「圧村さんには申し訳ないけれど、このまま黙っていようとも思いました。
しかし、それではこれから先、お父さんは苦しみ続けることになる、
そんな苦労をお父さん一人に負わせるわけには行かないと思いました。

お父さんと話し合って、真意を確かめて、その上で・・、
今後のことを決めようと思いました・・・」

「それで、『話がある・・』と、お前から誘ったのだな・・・。
お前から殺人の告白があると思い込んで、その覚悟は固めていたが・・、
じつのところは、私が裁かれることになっていたのだ・・・、
お前はお前で、私を救う計画を持っていたのだ。

知らないとは恐ろしいことだね・・・、気が付かなかったな・・・」

人生を十分に知っているつもりになっていたのに、側にいる妻の考えていることさえ掴みきれて
いなかったことが判ったのです。武雄は、いまさらのように人の世が不可解な神秘のベールに包
まれている事実を悟り、襟を正す気持ちになっていたのです。

「ハイ・・、おっしゃるとおりです。
お父さんにすべてを告白して、その後、お父さんが罪を認めれば・・、
一緒に罪を償う相談をしようと思っていました。

もし、どこまでもお父さんが罪を隠すつもりなら・・、
その時は、それも仕方がないと思っていました。

どちらにしても、これから先どんなことが起きても、
お父さんからは離れない覚悟を固めていました・・・」

二人はじっと見詰め合っていました。長い夫婦生活の中でこの瞬間ほど心が通じ合ったことがな
いと、二人は感じていたのです。
[Res: 2178] 一丁目一番地の管理人(378) 鶴岡次郎 投稿日:2012/03/05 (月) 12:34
「圧村さんのことだが・・・、
私は大きな誤解をしていたようだな・・・。

ゆり子の話を聞いていると・・、
彼は素晴らしい人だったんだね・・・、

男気に富んでいて、思いやりがあって、
それでいて押し付けがましくない・・。

それに、背が高くて、イケ面だし・・・
まるで私と逆だョ・・・、チョッと妬けるョ・・・」

武雄の言葉にゆり子が涙ぐみながら微笑んでいます。浮気相手を夫に告白して、その相手がこと
もあろうに、やくざ組織に身を置く男だったのです、圧村との関係をあしざまにけなされても文
句ひとつ言えない状況だったのです。武雄はそんなゆり子の心配をよそに、圧村を正当に評価し
ているのです。圧村のことをこんなに楽しく武雄と話し合えるとはゆり子は夢に思っていなかった
のです。

「ゆり子の話を聞いていて一番妬けるたのは・・、やはりアノことだね・・・」

「エッ・・・」

「お前とあいつが抱きあっている姿を想像すると、
なんだか切なくなるんだ・・」

「スミマセン・・・」

告白の中で、武雄は二人の情事についてかなり突っ込んで質問しました。恥ずかしがりながら、
ゆり子はそれが義務だと思ったのでしょう、街の中や、公園で抱かれた状況をできる限り詳細に、
隠さず武雄に説明したのです。どうやらその誠意が武雄を逆に苦しめたことに気づいて、ゆり子
は申し訳なさで、しょげ返っているのです。

「いやいや・・、そんなにしょげるなよ・・、
お前を苛めるつもりはないんだから・・、
これで、けっこう、楽しんでいるんだから・・・」

武雄の慰めはゆり子には通じないようで、あそこまで赤裸々に説明することはなかったと反省し
て身を縮めて、申し訳なさを精一杯、表に出しています。

「ホテルだけでなく、街の中や、公園でも抱かれたのだろう・・。
誰が見ているかもしれない屋外で抱き合うなんて・・、
憧れるけれど、私には自信がなくて、とても出来ないことだよ・・・。

彼はその道のプロだから・・、
女を喜ばせる術も素晴らしかったのだろうね・・、
そういっては何だが・・、持ち物も凄かったんだろう・・?
ゆり子が夢中になって当然の男だったんだね・・・。

これから先が思いやられるョ・・・、
私一人では、彼のようにお前を喜ばすことはできないからネ・・・
誰か助っ人が必要になるかもネ・・・、
ハハ・・・・・」

楽しそうに武雄が話しています。言葉もなくゆり子が恥ずかしがっています。身を捩ってはずか
しがっているのです。それでも、武雄が屈託なくゆり子と圧村の情事を口にするのを見て、ゆり
子はようやく武雄の真意を理解したようで、救われた思いになっていたのです。許されないまで
も、武雄は浮気を事実として受け入れて、そんなに根に持っていない様子なのです。ゆり子は彼
の大きな愛情に心から感謝していました。

一方武雄は、武雄の戯言をゆり子が否定しないで、ただ恥ずかしがっている様子を見て、どうや
らゆり子が想像以上に圧村の身体に溺れていたことを改めて悟っていました。そして、暗闇に包
まれた公園で全裸の身体を波打たせて、悶えているゆり子の肢体を想像して、武雄の中に新たな
嫉妬の炎が燃え広がっていました。しかし、その感情は武雄にとって決して悪いものでなく、そ
の激しく、甘い感情を彼は楽しんでいたのです。

「それにしても、彼には一度会って、話をしたかったな・・・。
もっと早く、ゆり子から説明が欲しかったョ・・・

多分・・、彼とは友達になれたと思う・・・」

口に出してみると、妻敵(めがたき)であるはずの圧村と本当に仲良くなれたはずだと、武雄は
本気で思っていたのです。ゆり子は黙って微笑んでいました。

「彼のためにも、犯人探しに協力すべきだよ、
警察にゆり子の知っていることをすべて説明しよう・・、
それが、彼の菩提を慰める供養にもなることだよ・・・」

武雄の言葉にゆり子は何度も頷いていました。そんなゆり子を見つめていた武雄が、いたづらを
思いついたような子供のような表情を突然浮かべ、ゆり子に話しかけました・・。

「ところで・・・、
暖かくなったら・・、裏の公園へ一緒に行かないか・・、
LEDランプと、シートを準備して・・・。

野外でお前を抱いたことがないから、
圧村さんのようには上手く出来ないと思うが、
お前がリードしてくれれば、何とかなると思うョ・・・」

「ああ・・、そんなこと・・・、
お父さん・・、うれしい・・・、
きっとですよ・・、楽しみにしています・・。

それから・・・、蚊取り線香を忘れないようにします・・。
それが無いと大変なことになるんです・・・。
ウフフ・・・」

そう言って、ゆり子が立ち上がり、武雄の側に歩み寄り、彼のひざに腰を下ろし、首に両手を絡
めて唇を押し付けました。口に含んでいた酒が武雄からゆり子に注ぎ込まれています。ゆり子の
喉がかすかに動いて、甘い酒が女の中に流れ落ちていました。
[Res: 2178] 新スレへ移ります 鶴岡次郎 投稿日:2012/03/06 (火) 13:57
新しい章を立てます。        ジロー

[2161] 一丁目一番地の管理人(その25) 鶴岡次郎 投稿日:2012/01/07 (土) 14:41
警察庁の高官、伍台参事官が捜査本部に顔を出し、彼の考えを説明しました。仲間同士のいさか
いが高じた単純な殺しと考えられていた事件の背景に意外な事実が隠されていることを捜査員は
知ったのです。捜査が行き詰まっていた土手の森組員殺人事件の捜査本部は色めき立ちました。

捜査員たちが調べた結果、竹内の会社を倒産に追い込むよう、○△銀行に圧力をかけたのは、伍
台が考えたように、真黒興産でした。ついに真の黒幕、真黒興産がその尻尾を捜査当局に見せた
のです。

果たして、伍台は・・、そして柏木が率いる捜査本部は、真黒興産の悪事を暴き立てることが出
来るでしょうか・・。当局は竹内夫妻を捉えることが出来るでしょうか・・。相変わらずゆっく
りと語り続けます。ご支援ください。                


毎度申し上げて恐縮ですが、読者の皆様のご意見、ご感想は『自由にレスして下さい(その
11)』の読者専用スレにご投稿ださい。多数のご意見を待っています。    

また、文中登場する人物、団体は全てフイクションで実在のものでないことをお断りしておきま
す。

発表した内容の筋を壊さない程度に、後になって文章に手を加えることがあります。勿論、誤字
余脱字も気がつけば修正しています。記事の文頭と、文末に下記のように修正記号を入れるよう
にします。修正記号にお気づきの時は、もう一度修正した記事を読み直していただけると幸
いです。

  ・ 文末に修正記号がなければ、無修正です。
  ・ 文末に(2)とあれば、その記事に二回手を加えたことを示します。
  ・ 1779(1)、文頭にこの記号があれば、記事番号1779に一回修正を加えたことを示します。
                                        ジロー
[Res: 2161] 一丁目一番地の管理人(348) 鶴岡次郎 投稿日:2012/01/07 (土) 15:30

もう一人の目撃者

ここで少し時間を遡って、圧村の死体が発見された事件が発生する数ヶ月前にもどります。

ここは土手の森公園の中です。この公園は昼間ほとんど寄り付く人はいないのですが、日が落ち
てから訪れる人が多いのです。日が落ちると公園内の散歩道に沿って、淡い光を放つ街灯に灯が
入ります。散歩道を歩くには不都合ない程度の明るさですが、一歩森に足を踏み入れると、そこ
は闇の中です。

大川沿いの土手の上を散歩しているカップルがこの森に迷い込むことはそれほど珍しくなく、あ
らかじめそのつもりで簡易シートを準備しているカップルさえいます。興に乗って全裸になって
も誰も咎めません。

気候のいい今の時期、声を抑えて絡み合うカップルが、多い時には10組を越えることがあるの
です。カップル同士は互いの存在に気づいているのですが、暗闇で互いの顔は見えないのです。
それが刺激になって、この公園へ定期的に訪れるカップルもいるほどなのです。

勿論、カップルだけでなく覗きを趣味とした人物達も徘徊していて、それなりに危険な状態なの
ですが、ここ数年深刻な性犯罪は発生していないのです。


十年ほど前、カップルが襲われ、男性、女性共に瀕死の重傷を負う事件が発生したことがありま
した。当然のことながら、夜、この公園を締め切る案も出ました。当時の所轄署の署長が出来た
人物で、公園を締め切る案を退け、公園の警備を充実する道を選んだのです。

それ以来、おまわりさんが散歩道を自転車で30分毎に見回りに来るようになったのです。その
おかげで、ここ数年、深刻な性犯罪は発生していないのです。噂では、覗き屋仲間の中にも出来
たリーダが居て、覗きを楽しむためのルールを決めて、行過ぎた犯罪行為を彼等自身が厳しく取
り締まっていると言われているのです。この治安の良さも、カップル達がここへ来る理由になって
います。

それでも夜の10時を過ぎると人影は完全に消えます。おまわりさんの見回りも11時を過ぎる
と朝までは中断されます。それと同時に覗き屋達もこの場を去るのです。


全く人影が消えた夜の12時近く、ここへ週に一度か二度はやってくる中年カップルが、今日も
現われました。慣れた動作で男がシートを敷き詰め、LEDランプを点灯しました。淡い光が周
りを照らしています。遠くから見ると真暗な森の中で、ランプの光で作られた僅かな空間が浮か
び上がり、その中で、男と女の影がゆるやかに動いています。

シートを敷き終わった男が蚊取り線香に火を点けました。ゆるやかに立ち上がる煙が芳香を残し
て闇に吸いこもれています。女が男に背を向け、屈み込んでタオル地のシーツを広げています。
淡いLEDランプの光が女の後ろ姿を照らし出しています。男は女の後ろ姿をじっと見つめてい
ます。

女はミニのワンピースを着けていて、屈み込むと臀部が丸出しになっています。いつものことで
女は下着を着けていないのです。持ち上げた臀部の中央に比較的濃い陰毛に飾られた亀裂が見え
ます。女は勿論男の視線を意識しています。ゆっくりと脚を開き、臀部を更に高く上げています。

明らかに濡れたその部分がLEDランプの光を受けて煌いています。
[Res: 2161] 一丁目一番地の管理人(349) 鶴岡次郎 投稿日:2012/01/08 (日) 11:00
「・・ゆり子・・」

男が低い声で呼びました。女がゆっくりと頭だけを振って、男を見ています。臀部は男に向けた
ままです。

「・・三日ぶりだな・・」

黙って頷く女の瞳が情欲で潤んでいます。男が手を伸ばしました。男の動きを見て、女がさらに
大きく両脚を開き、これ以上は無理と思える位置まで尻を持ち上げています。亀裂の全貌を男の
視線が捉えています。そこは愛液が溢れ出て、大腿部の曲線に沿って光る筋ができているのです。

「相変わらず凄いネ・・・」

「嫌・・・、
アッちゃんのせいよ・・・、
したかった・・・・・」

女がすねて尻を振っています。それでも両脚は大きく開いたままです。男の指が亀裂に届きまし
た。そして人差し指をゆっくり埋没させています。

「ああ・・・・」

顔を天に向け、眼を閉じ、口を僅かに開いて、絶え入りそうな、それでいて抑えた声を女が発し
ています。男の指がゆっくり動き、そこから淫靡な水音が湧き出ています。

「ああ・・・、
良い・・・ィ・・・・」

女が突然立ち上がり、ワンピースを脱ぎ捨てました。全裸です。男の首に両手をかけて、唇を押
し付け、激しく唇を吸い始めました。男も器用に、素早く、ズボンとアロハ・シャツを脱ぎ捨て
全裸になっています。

男の股間のものが女の腹部を強く圧迫しています。女はもう狂いだしたように、なにやら喚きな
がら、男の顔を嘗め回しています。それでもしっかりと男根を右手で握っているのです。明らか
に女が男をリードしているのです。


女の股間に男が顔を押し付ける頃から、攻守は逆転します。女は与えられた男根を握り締め、あ
る時はそれに食らい付き、ある時は森中に響くほどの悲鳴を上げています。そして股の間にある
男の頭を両脚で強く締め付けて、知っている限りの隠語を連発するのです。

誰に咎められる心配のない漆黒の闇が全てを包み隠した森の中で、男と女は獣に戻るのです。


両手を草地に着いた女を、男が後から犯しています。男の腰がリズミカルに動き、女が草地に頭
をつけて、悲鳴を上げています。二人の接点から多量の液体が草地に落ちて、ポタポタと音を立
ています。やがて・・、女は野鳥のような悲鳴を一声残して崩れ落ち、果てました。

草地の上に長々と身体を投げ出した女から離れた男根は乳白色の愛液にまみれ、その先端から
雫が、糸を引いて草地に垂れ落ちています。男はまだまだ堪えているようです・・。


起き上がった女が男根を咥え、舌と唇を精力的に使って愛液をぬぐい取っています。見る見る内
に女の顔が愛液と唾液でヌラヌラと濡れています。女が男を見上げて淫靡な笑みを浮かべていま
す。男根が一気に膨れ上がっています。女が呻きながらそれを頬張っています。

たまらなくなった男がいきなり女を抱き上げました。女の両脚を思い切り開き、男根の上に女の
尻を落下させています。悲鳴を上げて仰け反る女、男が女の腰を両手で支え、激しく腰を突き上
げています。女は既に狂いだしています。

女を抱き上げ、深々と刺し貫いたまま、男は数歩、歩きました。ちょうど枝振りのよい立ち木を
男は見つけました。女をゆっくり地面に降ろし、女の右足を立ち木の枝に掛けました。

片脚を高々と上げた不自由な姿勢で女は男根を受け入れています。こんな姿勢でも男根は十分に
膣を埋め尽くしているのです。それだけ男のモノが立派だといえます。

不自由な姿勢で挿入され、女は異常な部分に刺激を受けたのでしょう、狂ったように悲鳴を上げ、
やがて崩れるように地面に倒れました、そして、そのままそこで果ててしまったのです。力なく
拡げられた女の股間から白い愛液が滲み出ていました。男はここでもじっと堪えているようです。


しばらくして、『キャキャ』と、子供のような声を上げて森の中を逃げ回る女の姿がいました。
女の後を男が笑みを浮かべて追っています。女の股間から愛液が滴り落ちています。走る男の股
間で男根が勇ましく揺れています。そして街灯に照らし出された散歩道の上で女は捕まりました。

男が女を押し倒し、女の両脚を肩に乗せて、正上位で挿入しました。絶叫する女、唸り声を上げ
る男、誰もいない森の中に二人の歓喜の声が吸い込まれています。やがて、女が一声悲鳴を上げ、
男の身体が痙攣して、二人は折り重なって、路上で動かなくなりました・・・。


それから三時間ほど男と女の戯れが続きました。やがて、男と女は全く動けなくなって、全裸の
身体をシーツに投げ出して、肩で大きく息をしています。戦いは終わったのです。間も無く、夜
明けです。


やがて、男と女はゆっくりと立ち上がり、のろのろと衣服をつけて・・、といっても、女はワン
ピースを濡れた体にかぶるだけですし、男はアロハシャツとショーツをつけて、ズボンを履けば
終わりです。二人の身体から強烈な性臭が発散されているのですが、そんなこと二人はかまって
いないようです。

手を繋ぎ合って、ゆっくりと森の中を抜けて、森の奥を走っている車道に戻ります。二人に言葉
はありません。股間から全身に広がる痺れるような快感がこの時もなお、二人を虜にしていたの
です。道路脇に停めていた車に二人が乗り込み、車がゆっくりとスタートしました。テールラン
プの赤い光が濃い朝もやの中で滲んでいました。そして、二人を乗せた車が消えた道路を濃い朝
もやが、何事もなかったように包み込みました。
[Res: 2161] 一丁目一番地の管理人(350) 鶴岡次郎 投稿日:2012/01/10 (火) 14:02
江戸時代から続く旧家の跡取り娘に生まれた金倉ゆり子はここ数日、なんだかいらいらしている
ようで、落ち着きません、その理由を本人は勿論良く知っているのです。しかし、こればかりは、
旦那は勿論、他人に相談することが出来ないことだと判っているのです。そして、彼女一人で頑
張ってもどうにもならない問題だということも判っているのです。

そんな状態ですから、大好きなカラオケに行っても心から楽しめないのです。幼馴染で、ゆり子
と同じ様に婿取りをして農家の実家を継いだ倉内珠子が今日もカラオケを誘いにくる予定です。
二人とも45歳になり、子育ても終わり、舅、姑を無事天国へ送り届けて、二人とも夢に見た有
閑マダムの生活を楽しめる環境に身を置いているのです。


そこはフランス料理専門のレストランでありながらカラオケを売り物にしている店です。正面に
しっかりした舞台があり、照明、音響設備とも専門のスタジオ並み設備を売り物にしているので
す。舞台の前に四人掛けのテーブルが20卓ほど余裕を持って並べられていて、お客は食事をし
ながら自分の予約した番が来れば舞台の上に立って持ち歌を披露するのです。普通のカラオケと
比較すると相当割高になりますが、本格的な舞台で、他人に見られながら歌えるので、地元のカ
ラオケ好きの間では評判のいいレストランなのです。

ゆり子と珠子は週に二度ほどここへやってきて二時間ほど、それぞれ三曲ほど歌い、おしゃべり
を楽しむのが習慣になっています。


「ゆり子・・、
今日、いつもの調子が出ないネ・・・
なんだか元気がないョ・・・、

彼と・・、上手く行っていないの・・」

一曲歌って戻ってきたゆり子に珠子が声を掛けています。

珠子には何も隠さず話しているのですが、ゆり子にはダブル不倫の仲である愛人がいるのです。
そして、男とのセックスが上手く行っていないと、ゆり子の声に張りがなくなることも、珠子は
良く知っているのです。


一年ほど前、短大の同窓会の流れで寄った池袋にあるカラオケバーで40歳前のサラリーマン、
圧村和夫と知り合い、酔いの勢いで、その夜男女の関係になったのです。

夫以外の男を初めて経験したゆり子は、圧村に夢中になりました。互いの身の上話は出来るだけ
避けているのですが、それでも、双方共に家庭を持つ身であることは、暗黙の了解事項です。

圧村が問わず語りにゆり子に告げたことですが、彼は夜のサービス業関係の仕事をしており、二
人が会える時間は昼間か、勤務明けの夜半過ぎになるのです。旦那のいない昼間は勿論、ゆり子
はある事情で比較的夜の時間も自由になるので、圧村の時間が空けば、ホテルや、カラオケバー
などで、二人は逢瀬を楽しんでいるのです。

そして、数ヶ月ほど前、ひょんなことで訪れた土手の森公園でのセックスに二人は虜になりまし
た。ゆり子の自宅に接近した場所ですから、それなりに危険はあるのですが、一度知った禁断の
味はあらゆる不安を吹き飛ばし、最近ではそのことを思うだけでゆり子の身体が濡れるほど、公
園でのセックスに溺れているのです。


ゆり子の夫、金倉武雄は入り婿で50歳になり、このあたりでは珍しくなった半農のサラリーマ
ンです。JAに勤めながら、代々引き継いできた田畑を耕し、主として野菜を市場に出荷してい
るのです。子供たちも独立し、土手の森公園の近くにある古い大きな家に金倉夫妻は愛犬の柴犬
一匹を飼って暮しているのです。


金倉家があるあたりに都市化の波が押し寄せて来たのはゆり子が生まれる以前の頃で、今では都
市化を促進するより、田畑を残す運動が盛んになっているのです。その意味で・・、金倉家の田
畑は以前に比べると十分の一以下になっているのですが・・、このあたりでは天然記念物のよう
に大切な存在になっているのです。


「彼と連絡が取れないのよ・・・」

席に戻ったゆり子がそう言って、テーブルからワイングラスを取り上げ、一気に飲み干しました。
女の欲求不満を露に見せているゆり子を珠子が笑みを浮かべて見ています・・。
[Res: 2161] 一丁目一番地の管理人(351) 鶴岡次郎 投稿日:2012/01/12 (木) 13:49

「それで、何時からなの・・、
彼から連絡がないのは・・・?
ケイタイも通じないの・・?」

「彼の方針で、私達はケイタイでは連絡をとらないの・・、
互いにケイタイの番号は知らない。

私は自宅の電話を使用し、彼は公衆電話を使っている。
だから、彼から連絡が来ないと、何もできないのよ・・・
もう・・、三週間連絡が来ない・・・」

「三週間か・・、チョッと心配だね・・・、
でも・・、私なんか、三ヶ月以上レスよ・・・
マア・・、それはいいとして・・・。

それにしても・・ケイタイを使わないなんて、
凄い秘密主義ね・・・、さすがネ・・・」

「少し心配になって・・・、
彼と初めて出会った池袋のカラオケバーへ、二度ほど顔を出した・・。
けど・・、何も得ることはできなかった・・・。

昨日・・、思い切って・・、
彼に名前だけを教えてもらっていた勤め先へ連絡したけれど、
その会社は池袋にある婦人服の仕立て屋だった・・」

「じゃ・・、あなたは騙されていたわけだよ・・」

「うん・・、いつ頃からか、なんとなく・・、そんな気がしていた・・。
真面目なガードマン勤務を装っていたけれど、
お店やホテルに入った時、時々、オヤッと思う雰囲気を出していた。
だから、彼の勤め先の会社が存在しなくても、驚かなかった・・」

「それって・・、この道の人・・」

珠子が左手人差し指で自分の頬を切りつける真似をしました。

「ウン・・、そうかもしれない・・・。

ガードマン勤務だと言っていたけれど、
風俗関係の仕事をしていると思っている・・・、
でも・・、確かなことは判らない・・・・。

でも・・・、私には優しいの・・・。
ホテル代は毎回私が出していたけれど、お金を要求するわけでもなく、
普通の恋人だった・・・」

「でも・・・、そっち系の人って
ベッドでは凄いと言うじゃない・・・」

ゆり子の恋人を勝手に組員だと決め付けてしまって、卑猥な笑みを浮かべ、声を潜めて珠子が聞
いています。
[Res: 2161] 一丁目一番地の管理人(352) 鶴岡次郎 投稿日:2012/01/13 (金) 15:14
「それは、凄いよ・・、
初めて出会った時から、凄かった・・

危ない男だと判っていても・・、
もう会うのは止そうと、何度も思ったけれど・・・、
約束の時間が近づくと、お化粧にとりかかっていた・・・」

ゆり子がしんみりした調子で語っています。女だけに・・、ゆり子の気持ちが判るだけに・・、
笑みを浮かべていた表情を消して、珠子がそっと頷いています。

「あの人のことは、珠子以外、誰にも話したことがない・・、
珠子にも、今日まで、詳しいことは何一つ話さなかった・・、
未だ、彼の名前は言えないけれど・・
少し話を聞いて欲しい・・・」

ゆり子が愛人との出会いを話し始めました。他人に話すことで苦しみから逃れられるとゆり子は
思っているようです。その意味で、親友の珠子は格好の聞き手なのです。


一年前、池袋のカラオケ店で、偶然店の通路で二人は出会ったのです。ゆり子は数人の同窓生と
一緒でした。部屋に落ち着いた後、お手洗いに行き、その帰りだったのです。ちょうどその時来
店して来た圧村とバッタリ、通路で顔を会わせたのです。

「薄暗い通路の向うから大股でやってくる男性を見て・・、
私はハッとした・・・。
大げさに言うと、これが運命の出会いだと、その瞬間思った・・」

その時を思い出しながら、うっとりした表情でゆり子が珠子に告げました。

なんとなく危ない雰囲気を漂わせ、180センチ近い長身にダーク系のシャツとズボンをまとい、
金色のネックレスと片方だけに付けたイアリングを揺らせながら大股に歩く姿は、圧倒的な存在
感を見せていました。少し酔っていたゆり子は普段なら決してそんなことはしないのですが、
じっと彼を見つめ、彼女の視線に気づいた圧村が彼女を見ても、視線を逸らさなかったのです。
二人は通路ですれ違いながら、視線を絡ませ合っていたのです。

彼は女性二人を連れていました。二人の女性は三十前後の美人で、その服装、雰囲気から明らか
にお水系の女だとゆり子は判断していました。

圧村は女性二人に何事か告げ、二人を先に行かせ、その場に立ち止まり、ゆり子を振り返りまし
た。なぜかゆり子も立ち止まり、圧村の後ろ姿をじっと見つめていたのです。男が立ち止まり、
彼女に向かって近づいてくるのを、ゆり子はじっと見つめていました。

「奥様・・・、
失礼ですが、どこかでお会いしたことがございましたか・・?」

満面に笑みを浮かべ、ゆり子の体に触れるほど接近してきた圧村が、丁寧に頭を下げ、質問しま
した。ゆり子は落ち着いて、それでも口を開かないで、ゆっくり首を振っていました。

「そうですか・・・、
てっきり、お会いしたことがある方だと思いました。
実は、夜の仕事をしていて、たくさんの方と出会うことが多いので、
失礼があってはいけないと思って、声をかけました・・・」

「いえ・・・、私こそ失礼しました・・・、
女もこの歳になると遠慮がなくなって・・、
それに少しお酒をいただいていますので・・・、
つい・・・、お姿に見惚れてしまいました・・・」

満面に笑みを浮かべ、それでも少し恥ずかしそうに、ゆり子が答えています。

その場で二人は何事か楽しそうに話し合っていましたが、やがて、圧村がゆり子の肩を引寄せ、
通路に置かれた大きな観葉植物の陰に彼女を抱き抱えるようにして連れて行きました。突然のこ
とでしたが、ゆり子は男の行為を嫌っていないようで、素直に圧村に従っています。

背の高い圧村の姿をも隠してしまうほど大きい観葉植物の陰で、二人はどちらからともなく唇を
寄せ合い、互いに舌を挿入するデイープキッスを交わしました。通路を何人かの客や、従業員が
通りかかりましたが、二人の様子に気がついていても、立ち止まったりしません。

「珍しいね・・、
ゆり子がそんなに積極的になるなんて・・
きっと・・、ゆり子をひきつける何かがその男に備わっていたのね、

・・で、それからどうしたの・・・」

友の身を心配する気持が半分、危ない男の魅力に屈したゆり子の成り行きを確かめたい、スケベ
な気持ちが半分、珠子が身を乗り出して、話の続きを促しています。
[Res: 2161] 一丁目一番地の管理人(353) 鶴岡次郎 投稿日:2012/01/14 (土) 16:00

「チョッと待って・・、
いろいろ思い出しながら話しているのよ・・。

珠子、本当に私のこと心配している・・?
なんだか、スケベな私をからかっているような気がする・・」

ゆり子が少しムッとした表情を見せて、珠子を睨んでいます。珠子は一向に怯まない様子です。
ゆり子が笑いながら話を続けています。

「一時間ほど、カラオケを別々に楽しんだ後・・、
近所の喫茶店で落ちあうことにした・・」

「・・・で、その夜、彼に抱かれたのネ・・・
そして、彼に・・、
ううん・・、彼のモノに・・・、
取り込まれてしまった・・・・。
そうでしょう・・・・・・・」

好色そうな笑みを浮かべ珠子がズバリと言っています。その時のことを思い出したのでしょう、
情欲で瞳を濡らしたゆり子がコックリ頷いています。

「私が喫茶店に行くと、既に彼が来ていて、私を見ると立ち上がり、
その喫茶店を直ぐに出た。そして・・、暗いビルの陰に連れ込まれた・・・」

「アラ、アラ・・・、
外で抱きあったの・・・、
刺激的!・・・」

珠子が大きな声を上げたので、近くの席に居るお客が笑顔を二人に向けています。慌てて、珠子
が頭を下げています。

「タマちゃん・・、興奮しないで・・」

「ハイ、ハイ・・、
・・でそれから・・」

「そこで・・・、
抱きしめられ、激しく唇を吸われた・・・、
恥ずかしかったけれど、
私は、直ぐに舞い上がってしまった・・・」

「・・・・・・」

生唾を飲み込みながら珠子が聞いています。
[Res: 2161] 一丁目一番地の管理人(354) 鶴岡次郎 投稿日:2012/01/16 (月) 11:16

「あんなに情熱的にキッスされたの、初めてだった・・、
それにとって上手いの・・、
舌を吸い込まれて、口の中を彼の舌が動き回るの・・
まるで、犯されているような気分になった・・・

私・・、それだけで・・・」

さすがにそれ以上は言えなくなって、ゆり子が口を止めました。

「それだけで、溢れるほど濡れたのでしょう・・・、
ベトベトになって、立っていられなくなったのでしょう・・、
ああ・・、いいな・・、
私、たまらない・・・、濡れてきた・・、ウフフ・・・」

珠子が身体をくねらせて、鼻を鳴らしています。そんな様子を見て、ゆり子も笑いながら、頷
いています。もう・・、女だけの世界に二人は入り込んでいます。

「彼の手が伸びて・・、
恥ずかしいところを、ショーツの上から、触られた・・・」

「凄い・・、
でも・・、いくらビルの陰でも、人通りはあるでしょう・・」

「うん・・、絶えず人が通っていた。
最初はかなり抵抗した・・、
そうしたら・・、彼が私の耳に囁いた・・・

私達からは見えるけれど、
通行人から私達は見えないと・・・、
・・で、少し、安心していた・・」

ゆり子の言葉に珠子が頷いています。

「本当のことを言うとネ・・・、
彼の手が、恥ずかしいところへ届い時、
私は・・、どうでも良い気持ちになった・・。

恥ずかしかったけれど、
私、そう・・して欲しくて、そっと・・、脚を開いていた・・」

「ストッキングはどうしたの・・・?
ピリピリと・・、彼の指が破いたの・・?

パンストの裂け目から・・、
ゆり子のアソコが顔を出して、泡を吹いていたりして・・・、
ああ・・、たまらない・・・」

「嫌ね・・・、珠子は本当にイヤらしい・・、
パンストはカラオケーで脱いでしまっていた。
生足で彼に会いに行った・・・」

「なん・・・だ、
ゆり子も、最初から、その気になっていたんだ・・」

「でも・・、そのビルの陰では、
キッスとせいぜいタッチまでだと思っていた・・。

ところが・・、さんざ指を使った後、
彼がショーツを脱がし始めたの・・・、
私、びっくりした・・・・・。

まさかと思う気持と、そうして欲しい気持が、交差して、
私・・、混乱していた・・・」

珠子の顔を見て、彼女の反応を確かめながらゆり子は話しています。口を少し開き、それが欲情
した時の癖のようで、無意識に舌で唇を舐めながら、珠子は、欲情した瞳の色を隠さないで聞い
ています。
[Res: 2161] 一丁目一番地の管理人(355) 鶴岡次郎 投稿日:2012/01/17 (火) 14:30
「ショーツを下ろされて、
ハイヒールを脱がされ、裸足になり、
スカートを腰までまくり上げられ、
ショーツを片足に引っ掛けたままの姿にされた・・」

「・・・・・・・」

珠子はもう言葉を発しません。どうやら、珠子自身、ゆり子に感情移入して、自身が男根を受け
入れるつもりになっている様子です。

「後から、私のその部分を覗きこみながら、
『ビッショリだよ・・』と、彼が言った・・。

彼のと息をその部分で感じ、
足の裏で、コンクリートの冷たい感触を味わい・・、
もう・・、それだけで全裸になったような気分だった・・・

恥ずかしくて・・、それにも増して、嬉しくて・・・、
どうにでも、好きなようにしてちょうだいと言う気分だった・・・」

その時を思い出したのでしょう、眼を閉じて、ゆり子がじっと何かに堪える表情を浮かべていま
す。珠子が唇を舐めながらそんなゆり子を見つめています。二人の女の周りに、濃厚な女の香が
立ち上がっているのですが、二人は勿論気がつきません。

「彼が私の手をとって、彼のモノを握らせた・・、
それまでに、その存在を私のお尻は感じ取っていたけれど、
実際にそれを握ると、私の身体から力が抜けた・・・」

「大きかった・・・・?」

珠子が声を上ずらせて、低い声で聞いています。

「凄く・・・、
固くって、握りきれないほど大きかった・・・。
ごつごつしていて・・、それに・・、良い匂いだった・・。

私が指に力を入れると、それはグーッと膨張した・・、
ああ・・、思い出す・・」

「・・・・・」

ゴクリと珠子が生唾を飲み込んでいます。二人の女は黙って眼を合わせています。

「言われるまま・・、ビルの壁に両手をつけて・・、
両脚を一杯開いて、お尻を思い切り突き出した・・・、
私の身体から、お汁が・・地面に滴り落ちていた・・・。

そうしたら、いきなり、後から・・・、
スルリと、彼は入って来た・・・。

最初はゆっくりと・・、そしていきなり一気に打ち込んできた・・。
グッ、グッ・・と、無理やり押し広げられて、息が詰まる思いだった・・。
これ以上は無理と思った瞬間、それは進行を止めた・・。

私の中に巨大な物が居座っている、不安な気持ちになっていた。
次の瞬間、彼が前後にゆっくり動き出した・・。

『ダメ・・、ダメ・・・、壊れる・・・ゥ・・』
私は、そう・・、絶叫していた・・・。
でも彼は攻撃を緩めるどころか、更にピッチを上げてきた・・。

体中が一気に燃え上がった・・。
私・・、多分、凄い声を出したと思う・・・、
彼に突き上げられながら、通りを見ると、
通行人が私達のいる暗がりを不審そうに見つめていた・・、
私・・、更に声を張り上げていた・・・・」

「欲しい・・、私も、欲しい・・・
グッ・・と、入れて欲しい・・・・、フッ・・・」

宙に視線を泳がせて珠子が呟くように言っています。ゆり子もまた・・、珠子の存在を無視して
宙を見つめて話しています。二人の女はそれぞれに、互いの存在を忘れ、自身の体に男根を深々
と受け入れた妄想状態になっているのです。

「ガンガンと突き上げられ・・、
私の両足が宙に浮いていた・・。

股の間から、私の汁が滴り落ち、音を立てて地面に落ちていた・・。
子宮が強く圧迫され、アレの先端が子宮の中へ入るのを感じた・・、
凄い痛みと・・、それを上回る痺れを感じた・・、
頭の中が真っ白になって・・、私は地面に崩れ落ちていた・・」

ゆり子と珠子が顔を見合わせて、大きく息を吐いています。そして、ももじもじと大腿部を擦
り合わせているのです。股間が恥ずかしいほど濡れているのを互いに感じ取っているのです。
[Res: 2161] 一丁目一番地の管理人(356) 鶴岡次郎 投稿日:2012/01/18 (水) 15:05
「しばらくして、彼の腕の中で目覚めた・・、
彼がやさしくキッスをして、『ゆり子、良かったよ・・』と言ってくれた。
でも、多分、彼は終わっていなかったと思う・・・
私は夢中で、どんなことを叫び、どんな恥ずかしい格好をしたのか、
記憶がなかったけれど、彼は常に冷静で、周囲に気を使っていた・・」

「さすがだね・・、彼・・、
どんな時でも自分を失わないのだね・・、
変な男だったら、あなたメチャメチャにされていたよ・・・、
そして、そこで、曝し者になっていたかもしれないよ・・・」

「うん・・、
後になって、彼でよかったと思った・・」

男が節度を守って、ゆり子を抱いたことを二人の女は評価しているのです。確かに、男がその気
になれば、もっと破廉恥に、激しくくゆり子を攻めることは出来たはずなのです。あの時、舞い
上がっていたゆり子は男のどんな攻めをも、大人しく受け入れたはずなのです。そうなると、通
行人がたくさん集まってきて、ゆり子は恥ずかしい姿を曝し、その後、輪姦など、ひどい目に遭
う可能性も高かったのです。

「彼は何処までもやさしかった・・、
私を抱きしめ、優しくキッスをしてくれた・・・
そして、私の身体をハンカチで優しく拭いてくれた・・、

アソコも丁寧に拭いてくれた・・、
それで・・、私・・、また欲しくなった・・

我慢できなくて・・、彼のズボンの前に手を伸ばしたら・・・
彼が私の手を止めた・・・・」

「ゆり子から仕掛けたの・・・、
本当にスケベだね・・・、

でも、判る、私だって・・、
そんな状況だったら、もう一度抱いて欲しいと、言い出すと思う。
そして、歩けなるほどメチャメチャにして欲しいと、おねだりすると思う・・。

でも、どうして・・?・・
どうして、彼がゆり子の手を止めたの・・・
彼だって、もっとやりたいはずよね・・・・」

「彼、夜の仕事があるからと言った・・・、
男はこんな時でも仕事を忘れないのよネ・・・。
無理は言えないから、体が欲しがっていたけれど、我慢した・・」

「そうだよね・・、
仕事を大切にしない男は信用できない・・。
それに・・、それ以上するんだったら・・、
ホテルへ行かなくちゃ、危険だもんね・・」

「うん・・、そうだと思う・・・
私のもだえ声を聞いた通行人たちは、それまでは見逃してくれたけれど、
夜が更けて、通りには酔っ払いが増えていたから・・、
あのまま、あそこにいたら、危険だった・・」

まじめな表情に戻って、ゆり子が答えています

「私が身支度するのを、彼は私に背を向けて待っていた・・・。
いっぱい濡れていて、小さなハンカチでは拭いきれなかった・・・
彼が振り向いて、着ていたアロハシャツを脱いで私に差し出してくれた・・・」

男が差し出すシャツをゆり子は受け取ることができませんでした。これから仕事に向かう男の
シャツを女の汁で汚すことを躊躇したのです。

「かまわないよ・・、濡れたって・・・
ゆり子の香りを、残しておきたいから・・」

微笑を浮かべて男が言いました。泣き出しそうになるのを必死でこらえて、ゆり子は無理やり笑
顔を作り、シャツを受け取りました。シャツから強い男の香りが立ち上がり、女の鼻腔を刺激し
ました。女はシャツを顔に押しあて、深々と息を吸い込みました。

「ハイ・・・、お借りします・・・。
ああ・・、いい匂い・・・・。

お願いがあります・・・。
私を・・、私の恥ずかしい姿を見ていてください・・・」

男はゆっくりうなずきました。そして、ゆっくりと腰を下げ、女の股間がよく見える位置に姿勢
を整えました。

女は両足をいっぱい開き、股間の隅々まで・・、陰部の襞、一一つを指で押しげ、丁寧に、シャツ
でぬぐいました。拭いても拭いても、あふれ出る愛液はシャツをしとどに濡らしていました・・。

「ああ・・、恥ずかしい・・・
拭いても・・、拭いても溢れ出てくる・・・」

股間を拭く手を止めて、女が股間を男の顔に差し出すようにしています。男が黙って、股間に顔
を寄せ、音を立てて、愛液をすすりました。男の頭を両手で押さえて、ゆり子が天を見上げて、
悲鳴を上げています。愛液が噴出し、男の顔、そして、たくましい半裸の体を濡らしていました。

それからしばらくして、愛液で濡れたシャツを身に着けた男に手を引かれて、ゆり子は近くの地
下鉄の駅へ行き、そこで男と別れました。

「う・・・ん、なんだか切ないね・・、
男も立派だけれど、ゆり子もさすがだよ・・・
でも・・・、ゆり子が真剣になりそうで心配・・・。

・・・で、当然、次に会う約束をしたのでしょう・・・」

男とゆり子の別れ際の話を聞いた珠子が盛んに感心しながらも、その男にゆり子が本気でおぼれ
るのを心配しています。 (2)
[Res: 2161] 一丁目一番地の管理人(357) 鶴岡次郎 投稿日:2012/01/20 (金) 14:19
2170(2)


「うん・・・、
ケイタイは使わないと、彼が提案して、
私は、自宅の電話番号を教えた・・、

翌日、昼間、彼から連絡があった・・。
それから、ほとんど毎日のように連絡を取り合い、
一週間に二度ほどの頻度で抱いてもらった・・、

抱かれれば、毎回失神している・・・」

「エッ・・、失神・・、
私・・、経験がない・・・、うらやましい・・」

珠子が本当にうらやましそうな表情を浮かべています。

「そんな仲になっていて、三週間も連絡が来ないとは・・・、
彼・・、若い恋人ができたのね・・」

少し意地悪な気持になった珠子がからかい気味に言っています。

「違う・・、以前から女の影はいつも漂っていた・・、
香水の移り香だとか・・、ハンカチなどの持ち物・・、
他の女としたセックスの残り香でさえ、私は何度も嗅ぎ出していた・・・

彼の周りには何人もの女の影がいつもまとわり付いている・・。
彼は私一人のモノでも、奥さんのモノでも、
まして、何処のウマの骨とも判らないあばずれ女のモノでもないのよ・・・」

「へェ・・・、
ゆり子って案外心が広いのね・・、
でも・・、他の女達もゆり子と同じ気持だと、何故、断言できるの・・・」

「彼のモノとそのテクが素晴らしいからよ・・・、
そしてベッドの上では超人的に強いの、女が倒れるまで何時までも・・・。

あんな男は、一人や、二人の女を相手にして、満足するはずがない・・。
彼に抱かれた女は、みんなそのことに気づいているはず・・。

彼に抱かれている時だけ彼を独占できれば、私は満足・・、
多分・・、他の女も同じ気持だと思う・・・・」

「そうなの・・・、
そう言われると、反論できないね・・」

それから取り留めなく二人の話は続きました。ゆり子の憂うつの種は消えないものの、珠子に男
との際どい話を告白したことで、かなり気分は楽になったようです。カラオケレストランに来た
時とは見違えるような、朗らかな表情でゆり子は店を出て自宅へ戻りました。
[Res: 2161] 一丁目一番地の管理人(358) 鶴岡次郎 投稿日:2012/01/21 (土) 10:49
三日後、ゆり子と珠子、二人が例のカラオケ・レストランに現われました。

「ゆり子・・、どうしたの・・・、
すっかり調子を取り戻したね・・」

一曲、色っぽく、豊かに歌い切ったゆり子に、ほぼ満席に近い観客席から拍手が贈られています。
一旦腰を下ろしたゆり子が立ち上がり、丁寧に各テーブルに頭を下げています。

「判った・・、
彼に抱かれたのでしょう・・・。
そして・・、いつものように失神した・・・。
このスケベ・・、くやしい・・・・・」

「ウフフ・・・、
判る・・、昨夜・・、彼に呼び出されて・・・、
土手の森公園で・・、ほら・・、こんなに蚊に射された・・」

テーブルの陰でワンピースのスカートの裾をそっと持ち上げ、その部分を見せています。太股の
付け根までが露になり、薄いピンクのパンテイが見え、股間に近い部分に、二、三箇所、赤い腫
れが残っているのです。

「ヘェ・・・、アソコでやったの・・・・
それにしても、随分射されている・・・、
判った・・、マッパになったのでしょう・・

もっと上の方も・・、大事な所も射されていたりして・・、
アッ、そうか・・、それはないね、
アソコは別のものが突き刺さっているからね・・、
ああ・・くやしい・・・・・・」

珠子がそう言って、露になっている大腿部を思い切り、抓りました・・。

「痛い!・・」

ゆり子が大声を上げ、慌てて口を押さえています。幸い、カラオケの最中でゆり子の悲鳴を聞き
とがめる人は誰も居ませんでした。二人は首をすくめて、笑っています。

「ウフフ・・・、彼・・、久しぶりだったから情熱的だった・・・
何度も、何度も、私・・、気絶した・・・
最高だった・・・・・・・・
蚊に射されたのも後になって判ったほどだった・・・・。

蚊さえいなければ、愛しあうには公園は最高の場所よ・・
夜遅くなると、誰も来ないの・・・、
二人とも、生まれたままの姿に戻って、
大声を張り上げて、愛しあうのよ・・・・。

私・・、いつもは蚊取り線香とシートを用意して行くのだけれど・・・
昨夜は、久しぶりの連絡だから舞い上がってしまって・・・
つい、忘れてしまった・・。
全身いたるところを咬まれてしまった・・・、今でも痒くって・・・。

でも・・、蚊に刺された痒みよりも、
彼に突き抜かれた痺れが、アソコに残っていて・・・、
私・・・、幸せ・・・・ウフフ・・・」

「コノ・・ゥ・・、スケベー・ゆり子!・・」

珠子がゆり子の額をかなり強く叩いています。ゆり子が淫蕩な表情を浮かべ笑いながら、スカート
の裾を下ろしました。珠子も嬉しそうです。

「ネェ、ネェ・・、公園でどんなことするの・・?」

「聞きたい・・?」

「ウン、聞きたい・・」

「二人とも真裸になってネ・・・、
街灯に照らし出された道の上で、抱き会うの、
コンクリートの固くて、冷たい感触がたまらないの・・、

彼が私の両脚を思い切り拡げて、肩に担ぎ上げ・・、
アソコに齧り付いてくるの・・・
私は悲鳴を上げてアソコから、お汁を一杯吹き上げるの・・・」

「ああ・・、そんな・・・、
たまらない・・・」

「ウフフ・・、珠子、大丈夫・・?」

二人の女は額を突き合わせて、顔を真っ赤にして、ひそひそと話しています。他の人が歌うカラ
オケの声が響いていますが、猥談の世界に入り込んだ二人には別世界の出来事なのです。二時間
余り、二人の女はカラオケを忘れて、男達との体験を互いに披露して、猥談に花を咲かせたので
す。

そして・・、それから三日後、あの殺人事件が発生しました。(1)
[Res: 2161] 一丁目一番地の管理人(359) 鶴岡次郎 投稿日:2012/01/22 (日) 11:13
2172(1) 

その日、ゆり子は圧村から呼び出しを受けていました。午前0時に、土手の森公園で、いつもの
ところで落ち合う約束をしていたのです。デート場所を公園にしようと、言い出すのはほとんど
の場合ゆり子で、圧村が公園を指定するのは珍しいのです。ゆり子が不審に思って問い質すと、
その日、圧村はゆり子の住む街で仕事の打ち合わせがあると彼女に告げました。打ち合わせが終
わった後、公園に徒歩で来るつもりだと言いました。

ゆり子は圧村の言葉を何気なく聞き流していましたが、後になって、『・・・○○街で仕事相手
と会うことになっている・・』と、言った圧村の言葉が重要な意味を持つようになるとは、その
時、ゆり子は夢にも思っていなかったのです。


指定された時間の20分前に、ゆり子は車を運転して土手の森公園に着きました。公園内には駐
車場はありません。公園へは車で来れない様になっているのです。森の中を貫通する一般道の路
肩に駐車して、ゆり子は圧村をそこで待つのです。徒歩でやってきた彼が車を見つけて、二人で
森の中へ入り、明け方まで愛し合うのがいつものやり方なのです。

その日、午前二時ごろまでゆり子は待ちました。連絡手段は無いのですから、ゆり子はただ待つ
だけでした。そして、その日、圧村はついに現われませんでした。以前にもすっぽかされたこと
があったので、仕事の関係で来れなくなったのだとゆり子は思いました。こんな時、圧村も心得
ていて、夜中にゆり子の家へ連絡してくることはないのです。

「健太・・、
圧村さんは来れないんだって・・・
帰ろうか・・・」

ゆり子が左手を伸ばしました。

助手席に座っていた茶色の柴犬が、ゆり子の気持を察してか、鼻を鳴らしながら、彼女の手を舐
めていました。


40歳を過ぎて、子供たちが独立して家を出た頃からゆり子は不眠症に悩まされるようになって
いました。眠れない夜、愛犬をお供に夜の散歩をするのがゆり子の習慣になったのです。最初の
内こそゆり子の夫、金倉武雄は、愛犬・健太と一緒に出かける妻ゆり子を心配して一緒に散歩に
付き合っていたのですが、朝の早い武雄は、何時しか彼女が出かけたのも、家に戻ったのも知ら
ないで寝ていることが多くなっていたのです。

そんな事情ですから勿論寝室は別にしていて、必用になれば・・、大体の場合ゆり子が動き出す
のですが・・、相手の寝室を訪問することになっているのです。

圧村と付き合うようになってから不眠症そのものは嘘のように消えたのですが、夜の散歩の習慣
は以前どおりつづけていたのです。その習慣が圧村と会う時間を作ることになっていたのです。


土手の森公園で発生した殺人事件は、地元では大きなニュースになりました。死体が発見された
現場はゆり子の自宅から徒歩でも行ける場所で、幼い頃からの遊び場所でもあったのです。

ゆり子の家から公園は行くには、正規の道を通るとかなり遠回りになるのですが、ゆり子の自宅
は森に接するように建っていて、自宅の裏口を出るともうそこは公園の森になっているのです。
地元の人しか利用しない獣道のような細い道を少し歩くと、舗装された散歩道にたどり着くので
す。

死体発見のテレビの一報に続き、その日の夕刊では死体の身元が判明し、都内の池袋に縄張りを
持つ輪島組の構成員、圧村和夫だと報じられていました。

ゆり子はその新聞記事を冷静に見ていました。死体の第一発見者の名前は報じられていませんで
したが、近くに住む主婦が早朝ランニング中に森の中で発見したと報じられていました。新聞で
見る限り、事件発生の前後、公園近辺で不審者を見たという記事はどこにもありませんでした。
[Res: 2161] 一丁目一番地の管理人(360) 鶴岡次郎 投稿日:2012/01/23 (月) 16:37
圧村との関係を誰にも知られていないとゆり子は確信していました。圧村はケイタイさえ使用し
ないほど注意していましたから、彼の遺留品からゆり子の名前が出ることないと安心していまし
た。親友の珠子にさえ圧村の名前を教えていないのです。このまま黙っていれば、圧村とゆり子
の関係はゆり子の思い出の中だけに残っていて、闇に葬り去ることができると、ゆり子は考えま
した。

変化を気づかれないように、普通の生活をすることにゆり子は努めました。さすがに、カラオケ・
レストランで珠子が恋人のことを話題に出した時は少し慌てました。

「一週間前に会った時、もうこれっきりにしようと、
彼から言い出した・・・」

「どうして・・、
お互い、気が合っていたじゃない・・
何かあったの・・」

「問い詰めたら・・、
彼の周辺を嗅ぎまわる探偵らしき人物がいたらしいの・・・、

彼の不倫相手は私以外にも居たから、
主人が派遣した探偵である可能性は低いけれど、
『ここらが、潮時だ・・・』と、彼は考えたの・・・、

彼は、素人相手にことを構えることを極端に嫌っていたから、
私との仲も、少し冷却期間をおきたいと言った・・」

いろいろ考えた末、ゆり子はこのストリーを作り上げて、聞かれれば珠子にそう説明するつもり
で準備していたのです。当然のことながら珠子はびっくりしていました。それでも、ゆり子夫妻
のことを考えると、不倫の関係は深みに嵌る前に精算するのが良い・・と、納得した表情を見せ
たのです。それ以来、珠子も気を使って恋人のことは話題にしなくなったのです。

ただ、事件発生から一ヶ月以上過ぎた今、ゆり子が気にしていることが一つあります。裏庭で放
し飼いにしている愛犬の健太が、あの事件以来、時々裏口を出て、公園に出かけることが多く
なっているのです。30分もすれば必ず戻ってくるので、ゆり子は勿論、健太が森へ遊びに行く
のを知っているゆり子の夫・武雄も特別関心を持っていない様子なのです。


ある日の朝、いつものように健太が裏口を出ました。ゆり子が健太の後をつけていくと、獣の勘
というのでしょうか、健太はあの死体のあった場所に迷わず行き着き、そこで、鼻を地面に押し
付けて、そこを去りがたい風情を見せるのです。勿論ゆり子はその訳を知っていました。


圧村と健太とは最初の出会いから何故か気が合っていました。ホテルでのデートだからと健太を
連れて行かないと、圧村は本気で不機嫌になるほどだったのです。公園での戯れの時は、二人が
全裸で激しく絡み会う側で、健太は満足そうな表情をして、二人の愛の飛沫が降りかかるほど近
くに寄り添っていたのです。そして、圧村の死体を最初に発見したのは健太だったのです。


あの日、約束の時間に圧村が現われないので一旦は車で家に戻ったものの、何かの都合で圧村が
遅れて来るかもしれない・・、あの人のことだからじっと朝まで待っているかもしれない・・、
そう思うと確かめないではいられなくなり、朝日が出るのを待って、健太と一緒に裏庭から森に
入ったのです。

健太の激しい鳴き声で側に寄ってみると、そこに圧村が倒れていたのです。急いで彼の手を握り
締めました。そのあまりの冷たさに思わずゆり子は手を引いていました。不思議にゆり子の瞳か
らは涙は出ませんでした。しばらくは彼の側に腰を下ろしていたのですが、次第に落ち着いてく
ると、そうしては居られないことに気がついたのです。

生きていれば、迷わずゆり子は救急車を呼んだと思います。しかし、愛人が明らかに息をしてい
ないことを知り、激しい心の葛藤がゆり子の中で始まっていたのです・・・。
[Res: 2161] 一丁目一番地の管理人(361) 鶴岡次郎 投稿日:2012/01/27 (金) 16:05
〈ここから逃げなさい・・、
そうでないと、あなたの人生はここで終わるよ・・〉

〈でも・・、いくらなんでもこのまま放置しておけない・・、
そんなことをすると・・、私は一生悩み続けることになる・・〉

〈では・・、いいの・・?
主人に不倫がバレて、その相手がヤクザで、こともあろうに死体になっている。

離婚だけではすまない・・、
ことと次第では警察に捕らわれることになる・・。
あなただけの問題ではない、主人や、子供どうなるの、
家族全員が被害を受けることになる・・。

今なら、誰にも気づかれずにこの場を逃げ出せる、
誰かに見つかったら、それで終わりよ・・、急ぎなさい!・・〉

もう一人の冷静なゆり子の説得が勝りました。ゆり子はゆっくりと立ち上がりました。遺留品と
指紋を残さないように慎重に調べ、その場を離れようとしました。

立ち上がり、元来た道へ戻ろうとした時・・、愛犬の引き綱を引く右手が引っ張られるのです。
健太が・・、その場を離れようとしないです。いえ・・、その時、ゆり子は圧村の意志が健太に
乗り移って、彼女を引き止めていると受け止めていました。

〈圧村さん・・、ゴメンナサイ・・・、
私・・、あなたを見捨てます・・、
許してください・・・〉

遺体に向かって、ゆり子は深々と頭を下げました。それまで堪えていた涙が一気に溢れ出ていま
した。

「健太・・、お前はしばらく、彼の側に居て上げなさい・・。
誰か親切な人が通りかかったら、後はその人にお任せして、
私のところへ戻って来るんだよ・・、

向うで、待っているから・・。
それまでは、私に代わって、圧村さんを守ってあげて・・」

声に出して、愛犬に伝えながら、ゆり子は引き綱のフックを外しました。健太は圧村の身体の上
に、自身の身体を乗せて・・、それはあたかも自身の体温で冷たくなった圧村を暖めているよう
な様子でしたが・・、ゆり子を見て、はっきりと頷いたように見えました。


遺体の側を離れ、森の中から出て、コンクリートで舗装された散歩道に上がり、更にその道を横
切り、自宅へ抜ける方向に向かって、森の中へ足を踏み入れ、散歩道から10数メートル離れた
時でした。

その時・・、軽快な靴音が遠くから聞こえてきたのです。急いで大木の陰に身をひそめ、散歩道
を見ると、白いランニングウエアーをつけたスタイルのいい女性が駈けて来たのです。

散歩道は朝日を受けて明るく照らし出されていて、白いランニングウエアーの女性が立ち止まった
のが、ゆり子からはっきり見えました。

ゆり子は木の陰から身体を少し出してその女性を見ていました。女性がゆり子のいる方向へ突然、
視線を向けました。『見つかった・・・』、ゆり子はあわてて木の陰に隠れながら、そう思って
いました。

二人の距離はそれほど離れていないので、通常ならその女性がゆり子の存在を知ることは出来る
はずですが、暗い色彩の衣服をまとったゆり子は森の闇に溶け込んで、女性からはゆり子が全く
見えないようです。女性は路上で手足の屈伸運動をしています、どうやら、ランニングをそこで
止め、しばらく休憩した後、来た方向へ戻るつもりの様です。
[Res: 2161] 一丁目一番地の管理人(362) 鶴岡次郎 投稿日:2012/01/28 (土) 14:57

女性に気がついたのはゆり子だけではありませんでした。健太もゆり子より早く彼女の足音に気
がついていたのです。そしてその女性が圧村を助けてくれる人だと判ったのでしょう、圧村の身
体から飛び降り、女性に向かって駆け出していたのです。

ランニングをしていてここまで駈けて来た竹内敦子の目の前を健太は駆け抜けました。『後はお
願いします・・』、もし健太が口が効けたら、そう言っていたと思います。

健太の後ろ姿を見送り、そして、彼が森の中から出てきた方向に視線を移した敦子が圧村の遺体
を発見しました。木漏れ日が圧村の遺体をぼんやりと浮き上がらせていたのです。道路の中央に
立って、警察に電話をしている敦子をゆり子はじっと見つめていました。

「これで・・、圧村さんは救い出される・・。
さようなら・・・、本当にありがとうございました・・・・。
圧村さんのことは忘れません・・・・・」

ゆり子はそう呟いていました。彼女の瞳から涙が溢れて出ていました。

敦子が長い電話を終え、土手に向かって、駆け出したのを見届けて、ゆり子と健太は隠れていた
大木の陰から姿を現し、死体と敦子の後ろ姿に向かって深々と頭を下げ、自宅へ通じる道を辿り、
森の奥へ消えたのです。


それから10数分後、辺りは騒然としたサイレンの音に包まれました。ゆり子の自宅へもその騒
音は届いていました。寝室から眠気眼(ねむけまなこ)をこすりながら、ゆり子の夫・金倉武雄
が出てきました。ゆり子は台所に立って、朝餉の支度を始めていました。

「サイレンの音でしょう・・・、
何だろうね・・・?
公園の方から聞こえるけれどネ・・・」

夫の問いかけに、ゆり子は背中でそう答えていました。彼女の瞳に涙が溢れ出ているのを、勿論
武雄は気づきませんでした。

「何か事件かな・・・、
さて・・、どうしょうかな・・・」

武雄がそう呟きました。壁の時計を見て、もう一度ベッドに戻るか、洗面所に行くか、武雄は真
剣に考え込んでいるのです。彼の眠りを破ったサイレンのことをこれ以上究明するつもりは、彼
にはなさそうです。いつもと変わらない、金倉家の朝です。

朝日が差し込む広い庭に置かれた人一人は楽に住めそうな犬小屋の中で、健太は身体を長々と伸
ばして、うとうととしていました。彼は彼なりに、圧村と過ごした楽しい日々を思い出している
のでしょう。
[Res: 2161] 新しい章を立てます 鶴岡次郎 投稿日:2012/01/29 (日) 13:05
新らしい章を立て、新スレへ移ります。   ジロー

[2151] 一丁目一番地の管理人(その24) 鶴岡次郎 投稿日:2011/12/12 (月) 14:09
敦子は自らの意志で竹内の逃避行に同行すると決めました。全財産を失い、ヤミ金の取立て屋か
ら逃げる50男に将来がなく、行く手には破滅が待っているのが、敦子にも良く判っているので
す。そして、夫、朝森への愛情はこの時点でも衰えていないのです。「何故・・」と、言いたく
なるのは朝森だけでないはずです。

竹内を追うのは、ヤミ金の取立て屋だけではありません。竹内は土手の森公園の組員殺人事件の
重用参考人として、警察から全国に手配されているのです。そして、愛と由美子が手配した的屋
組織の目も二人を追うことになります。真黒興産もこのまま黙っているとは思えません。

毎度申し上げて恐縮ですが、読者の皆様のご意見、ご感想は『自由にレスして下さい(その
11)』の読者専用スレにご投稿ださい。多数のご意見を待っています。    

また、文中登場する人物、団体は全てフイクションで実在のものでないことをお断りしておきま
す。

発表した内容の筋を壊さない程度に、後になって文章に手を加えることがあります。勿論、誤字
余脱字も気がつけば修正しています。記事の文頭と、文末に下記のように修正記号を入れるよう
にします。修正記号にお気づきの時は、もう一度修正した記事を読み直していただけると幸
いです。

  ・ 文末に修正記号がなければ、無修正です。
  ・ 文末に(2)とあれば、その記事に二回手を加えたことを示します。
  ・ 1779(1)、文頭にこの記号があれば、記事番号1779に一回修正を加えたことを示します。
                                        ジロー
[Res: 2151] 一丁目一番地の管理人(340) 鶴岡次郎 投稿日:2011/12/12 (月) 14:19

伍台の登場

管理人夫妻にお別れを言って、泉の森荘を出た敦子は、そこからバスと電車を乗り継いで、40
分後には羽田に着いていました。羽田の待合ロビーの片隅に、竹内が先に来て彼女を待っていま
した。

敦子の姿を認めた竹内が驚きと感動の表情を浮かべていました。おそらく敦子は来ないだろうと
思っていたのです。二人ともケイタイ電話を解約していますから、連絡手段は無いのです。それ
でもムダになるのを承知の上で、竹内は搭乗券を購入しておいたのです。定刻30分前に敦子は
やってきました。もう少し敦子が遅かったら竹内はゲートをくぐっていたでしょう。

互いに見つめあい、そっと頷き、右手と左手を握り合い、二人は黙ったままゲートに向かいまし
た。二人とも手荷物だけの軽装です。

二人は羽田発午後6時の便で福岡に飛びました。そして博多駅から新幹線と特急を乗り継ぎ、そ
の日の内に大分駅に着きました。竹内にとっても、敦子にとっても大分は縁もゆかりもない土地
です。追っ手がかかることを意識して、福岡空港から博多駅に着いた時、竹内が決心して、あえ
て、大分を選んだのです。

大分駅前にあるビジネスホテルでも、敦子がチェックイン手続きをする間、竹内はホテルの外で
待っていました。

二人は警察から追われていることには気づいていません、それでもヤミ金の取立て屋の眼を考
えて、二人揃ってチェックイン手続きをしなかったのです。勿論、偽名で手続きをしています。

翌日、二人は全国に名前の知られた温泉地に姿を現していました。

街はずれにあるそんなに大きくない温泉旅館に投宿した二人は、ここでやっと一息ついていまし
た。食事が終った後、女将の勧めに従い二人は浴衣姿で街に出ました。この街には、夜ともなれ
ば年中屋台が出ていて、浴衣姿の観光客がそんな屋台を冷やかして回るのです。

屋台からの淡い光を受けながら竹内の腕にもたれかかり、おそらくは束の間の幸せな時間を敦子
は楽しんでいました。竹内はこんな時でも油断無く背後や左右に眼を配っていました。そんな竹
内ですが、何軒目かに訪ねた射的屋の親父が竹内と敦子を見て、少し表情を動かし、店の奥へ消
えたのには気がつかなかったのです。

その夜、竹家と敦子の部屋へ射的屋の親父が訪ねて来ました。てっきり取立て屋の一味だと竹内
は思ったようで、観念した表情でその親父を迎え入れました。親父と竹内は酒を飲みながら、一
時間以上話し合っていました。

射的屋の親父と話し合った後、竹内の表情にある種の余裕が出ていました。その地に二泊して、
その後、二人の影はこの温泉地から忽然(こつぜん)と消えました。


二人は気がつかないでいたのですが、竹内がマンションを出た時から、彼の後を尾行する一つの
影がありました。羽田から福岡までの機上でも、福岡から大分の列車内でも影は二人をしっかり
尾行していました。大分市内から温泉地へ向かうバスの中にも、影は付きまとっていました。

温泉地の宿に落ち着き、射的屋の親父と竹内が接触するところも、その影はしっかり確認してい
たのです。

その影はただ二人の行方を確かめることが目的のようで、二人を捕らえるのが目的ではないよう
です。誰にも知られないで密かに行動していると思い込んでいる竹内と敦子の行く先は、筒抜け
で、どこかの誰かに報告されているようです。
[Res: 2151] 一丁目一番地の管理人(341) 鶴岡次郎 投稿日:2011/12/13 (火) 14:16
土手の森で組員の死体が発見されてから二ヶ月、捜査は完全に暗礁に乗り上げていました。伍台
に指摘され、初動捜査で大きなミスを犯したことに気が付いた直後、捜査本部は立花管理官以下、
全員がリベンジに向けてしゃにむに頑張ったのです。しかし、簡単に追えると思っていた竹内と
敦子の足取りが全くつかめないのです。

一方、捜査本部は輪島組内部犯人説を完全に棄てたわけでもなく、輪島組の捜査にも人を割いて
いたのです。そして輪島組の捜査からも新たな事実は何も浮かび上がってきませんでした。本部
内に焦りが出てきて、最近ではなにやら沈痛な雰囲気にさえ包まれているのです。

立花も以前ほど元気がありません。初動捜査を間違って、重要容疑者をむざむざと逃がしてし
まった悔いだけが、彼の中で日々鮮明になり、捜査会議を開いても歯切れの良い立花節が消えて
いるのです。こうして指揮官と捜査員全員に拭いきれない疲労と焦燥感が溜まっていたのです。

そんな不活性な雰囲気に包まれたある朝、いつものように捜査会議が開かれていました。今日も
目新しい報告は何もありませんでした。立花が捜査会議の終わりを告げようとした、その時突然
伍台参事官が捜査本部に顔を出しました。端正な顔に満面の笑みを浮かべて、その場の全員に労
いの言葉をかけていました。

直属の上司ではありませんので、慇懃無礼に捜査本部への入室を断られてもいたし方がないので
すが、彼の訪問を心待ちにしていたかのように立花管理官が席を立ち、伍台に中央の席を譲り、
5人の刑事達が笑みを浮かべて伍台を快く迎え入れました。

輪島組内に容疑者がいると決め込んでいた捜査本部の思い込みを正し、竹内と敦子を重要参考人
として、見直すことが出来たのは伍台のアドバイスのおかげだと捜査本部の全員が理解していま
す。そしてもし、伍台のアドバイスがなければ、事態は今以上に酷いものになっていたと全員が
思っているのです。それだけに、伍台に対して心から敬意を払って出迎えているのです。そして、
出来ることなら彼のさらなるアドバイスをもらいたいとさえ思っていたのです。


立花が捜査の進行状況を説明しました。直属の上司に報告する時以上に丁寧に心を込めて説明し
ています。

「見掛けは単純に見えますが、案外奥が深いようですね・・、
さすがの皆様も苦労されているようですね・・・」

あまり進展がない捜査状況に伍台も顔を曇らせていました。


「私なりに今回の事件には深い関心を持っておりまして、皆さんほどではありませんが、事件に
関していろいろ考えております。今まで、直接関係のない私が捜査に口を出しても、嫌な顔一つ
見せないで、親切に対応いただいている立花管理官や皆さんに更に甘えることになりますが、今
日は私の考えを参考までに聞いていただきたくて、嫌われるのを覚悟して、こうしてずうずうし
く顔を出した次第です・・・」

そう前置きして、伍台が語り始めました。

捜査が行き詰まり、藁をも掴みたいと思っている時に、全員が待ち望んでいた伍台の登場です。
緊張した表情で次の言葉を待つ姿勢を見せています。
立花の横に席を占めた伍台が臨時の捜査本部の責任者に就いた様な雰囲気になっているのです。
それまでの何処か投げやりな、沈みきった捜査本部の雰囲気が一掃され、伍台を見つめる全捜査
員の視線に光が戻っていました。


一年前の売春組織の摘発事件を伍台は簡単に紹介しました。勿論ここにいる全員が、警察の歴史
に名を残す快挙だったと評価されているあの事件も、それを取り仕切った伍台参事官の名声も良
く知っているのです。

「警察庁幹部も、世間も、あの手入れは大成功だったと評価してくれました。
しかし、私自身は大物を釣り上げ切れなかったことをいまだに悔やんでいます。

あの事件で摘発できた売春組織以外に、さらに悪質な組織が隠されていたと私は後になって気が
付きました。そして、今もその組織は何処かで健在であると私は確信しています。それで、私な
りに密かに調査を続けているのです。

以前摘発した売春組織の主役だった輪島組は、今は昔日の影もないほど落ちぶれていますが、そ
れでも今なお私の調査対象の一つです。そんな関係で、皆さんの事件が私の調査網に引っかかった
のです・・・」

予想もしなかった伍台の話に、会議室内に緊張が走っています。
[Res: 2151] 一丁目一番地の管理人(342) 鶴岡次郎 投稿日:2011/12/15 (木) 13:29
「今回の殺人事件に関してですが、立花さんからご親切に事件の経過をその都度お知らせいただ
いておりますので、私なりにいろいろ分析することが出来ました。その結果、私が追っている闇
の売春組織がこの事件に何らかのかかわりを持っている疑いが限りなく色濃くなりました・・」

その場にいる全員が伍台の話に驚いています。

「もし許していただけるのであれば、この事件に関して私が考えていることを皆様に聞いていた
だきたいと思っています。捜査に直接関わっていない私の分析結果は案外、皆様の参考になると
ころもあるだろうと、勝手に思い込んでいます。

いかがでしょうか、私の考えを聞いていただけますか?・・・」

「こちらからお願いしたいと思っていました。
ぜひ・・、参事官殿のお考えを教えてください・・」

立花管理官以下全員に異論はないようで、立花の言葉に全員がうなづいています。

「それでは少し時間をいただきます・・・。

仮に失踪した竹内寅之助の犯行だとすると・・、
彼の殺人の動機は何でしょう・・・」

伍台がゆっくりと全員を見回しました。

誰も、答えることが出来ません。実は捜査本部内でも竹内の犯行動機が判らなくて、彼を容疑者
として全国手配できないで、重要参考人として手配した経緯があるのです。今まで何度も、何度
も話題に出して、検討したのですが、答らしきものにさえたどり着いていないのです。

「竹内が被害者圧村さんのお客だったと考えられませんか・・・?
竹内が圧村から売春婦の斡旋を受けていたと仮定したらどうですか・・・」

全員が大きな衝撃を受けていました。

圧村の仕事は街でたちんぼうの斡旋をするのが仕事です。そうであれば、独身の竹内が彼と接触
をして、女の斡旋を受けていたと考えるのはあり得る自然の流れなのです。伍台に言われて初め
てその可能性が高いことに全員が気が付いているのです。そして、どうして、そのことを考えな
かったのかと全員が悔しがっていました。

「竹内が圧村のお客だとすると、
殺しの動機は、女の取引に関する縺れが原因と考えるのが筋です。

そして・・・、
竹内と一緒に逃げている敦子は多分売春婦です。
圧村と敦子はどこかで繋がっているはずです・・」

謎の女、敦子が売春婦だと伍台は断言しているのです。ついに謎の美女の素性が見えてきたので
す。伍台の推測に反論か、それが出来なくても、何か質問でもしたいと思っているのですが、伍
台の見事な解説に虚を突かれて全員が言葉を発することさえできないのです。
[Res: 2151] 一丁目一番地の管理人(343) 鶴岡次郎 投稿日:2011/12/16 (金) 11:21

「いままで申し上げたことも、これから言うことも、目下は何の証拠もない、
私が机上で組み立てた推測ですから、そのつもりで聞いてください。

偶然に買った敦子に竹内がぞっこんほれ込み、
売春婦である敦子を自宅に連れ込み、軟禁状態にしたと考えてみました。

女を縛りつけ、中々開放しない竹内に圧村が脅しをかけた・・。
大切な商品を独占されたのでは、商売に差し障りますからね・・、
女を預かる圧村としては当然の行為だと思います。

ここまでは、よくある売春婦とお客の典型的なトラブルですね・・」

伍台の話を聞いている全員が頷いています。

「ここまで考えきて、私は自分の推理に違和感を感じ始めていました。

皆さんから聞いている情報を集約すると、敦子は高級マンションの住人に化けてもおかしくない
ほどの高級なイメージを備えた女です。そんな敦子を圧村が支配しているたちんぼうの一人と考
えるのは無理があると思いました。それで私は彼女を高級コールガールの一員だと考えたのです。

敦子を高級コールガールだとすると、金に余裕のある中小企業の社長である竹内でも長期間買い
占めることは、主として経済的理由で出来なかったはずです。また、敦子自身にも、高級コール
ガールに良く見られる現象ですが、彼女は表の顔を持っていたはずで、長期間自宅や表の職場を
空けて、竹内の妾同様の生活をすることは難しい事情があると思います。

それで、竹内は敦子を何らかの手段を使って軟禁状態にした・・。あるいは、竹内と敦子の間に
男と女の感情が生まれ、敦子の意志で竹内と同棲を始めた・・。
それ以外の理由があるかも知れませんが、いずれにしても、竹内と敦子は売春組織の眼をかいく
ぐって同棲生活を始めたわけです。

これは敦子の所属する影のコールガール組織にとっては迷惑な話です。そこでコールガール組織
が動くことになった。多分、この組織は見かけは合法的な鎧を着ているはずですから、力仕事の
出来る兵隊を持っていないと思われます。そこで頼りになるのが非合法組織です。

今の輪島組に高級コールガールを牛耳る力はありませんから、和島組とこの高級コールゴール組
織とは直接関係がないはずで、おそらく、敦子は圧村とは面識がないと思われます。

何らかの個人的つながりで、竹内を脅す仕事を圧村は影の組織から直接、個人的に請け負ったの
だと思います・・。個人的と言ったのは、輪島組が組員を総動員して圧村の足取りを追っている
からで、もし、組として仕事を請け負っていれば、ああまで騒がないと思います・・」

伍台の口は滑らかです。いろいろな情報を集めて、彼なりに練りに練って作り上げたストリーな
のです。それなりに事実に近いと自信を持ち、捜査本部の皆に聞かせるつもりになって、ここへ
やってきたのです。

「圧村が突然接触して来て、ヤクザから脅かされた経験の少ない竹内は慌てたと思います。敦子
を手放せば、全て解決するはずなのですが、それでも敦子を手放したくなかった、それだけ敦子
に惚れていたのだと思います。

あの夜、多分、土地勘のある竹内があの土手の森公園を指定して、話し合いを持ったのだと思い
ます。双方共に、金銭で解決する予定だったと思います。ところが、その頃、竹内の商売が上手
く行ってなくて、彼に金銭的余裕がなかったことが話し合いを縺れさせました。

そして、圧村は背後から一撃されて一命を落した。組員で、屈強な、圧村は素人の小男である竹
内の襲撃を全く警戒していなかったと思います。そして竹内にも殺意はなかった・・。何かの弾
みで圧村は命を落した。多分そんなところだと思います・・。

そして事件の翌朝、皮肉な偶然と言うのでしょうか、敦子が早朝ランニングの途中で圧村の死体
を発見した。多分、竹内の計算の中には敦子が圧村の死体を発見する筋書きは無かったと思いま
す・・」

伍台の熱弁は未だ続きそうですが、先ほどから少し立花の様子が少し変なのです。辛い様子を見
せているのです。そして、思い切った様子で立花が口を開きました。
[Res: 2151] 一丁目一番地の管理人(344) 鶴岡次郎 投稿日:2011/12/19 (月) 13:53

「参事官、ここまでお話をいただいておりながら、いまさらこんなことを言うのは、誠に失礼な
のですが、お許しをいただきたいことがあります・・。

唯一つ、参事官に報告していないことがあります」

立花が椅子から立ち上がって、側に座っている伍台に向かって深々と頭を下げました。

「実はこの捜査本部以外にはその事実を伏せているのですが。凶器が見つかっているのです。

河原でよく見かける直径10センチほどの丸石で、死体から10メートルほど離れた草地で見つ
かりました。丸石には圧村の血液と頭髪がべっとり付いていて、傷跡と整合することから、鑑識
はこの丸石が凶器だと断定しています。

問題はその丸石に残された血染めの掌紋で、男性の右手のものだと判っています。

これまで調べた結果、輪島組にその掌紋と合致する男はいませんでした。竹内のマンションと事
務所を調べ、かなりの掌紋を採取しましたが、丸石に残された掌紋と合致するものはありません
でした・・」

「なるほど・・・、そういうことですか・・・。
・・と言うことは・・、
・・立花さんも、竹内犯人説にかなり疑問を持っているのですね・・

これは面白くなってきましたね・・・、
いや、いや、失礼・・・、『面白くなってきた』とは失言です、忘れてください・・・」

外部に洩れることを嫌って、捜査の作戦上、凶器発見の情報を伏せることはよくあることですか
ら、伍台もそのことで立花に文句を付けることはしません。一方せっかく熱弁を振るった伍台の
分析結果を根底から覆す事実を隠していた立花はすっかり恐縮した様子を見せています。それで
も、伍台が笑ってその事実を受け入れたのを見てちょっと安堵していました。

「良く事情は判りました。
どうか座ってください・・・」

立花の手をとるようにして、側の椅子に座らせて、伍台は笑みをたたえたままゆっくりと話し始
めました・

「凶器のことを私に伏せていたことを立花さんは随分と気にされているようですが、安心してく
ださい、この事実で私の分析結果はそれほど大きな影響を受けません・・、その理由は後で述べ
ます。説明を続けます・・。

多分・・・、
敦子は圧村と竹内のトラブルに気づいていなかったと思います・・・。

ただ、コールガールの素性がバレるのを恐れる気持は敦子に強かったはずで、
第一発見者になった時、警察へ通報する前に、敦子は自宅の竹内に相談の連絡を入れたはずです。
これは、敦子のケイタイか、竹内のケイタイを調べるか、それが出来ないのであれば受発信履歴
を電話会社で調べれば立証されるはずです。

結果、竹内は敦子が第一発見者になることも、竹内敦子と名乗ることも許しました。

もし、竹内が犯人だとすると、何故こんな危険な賭けをしたのか・・、
敦子が黙ってその場を去っていれば、竹内は疑われずに済んだのです・・。
この疑問点があるため、私は竹内犯人説を全面的に支持できないでいるのです。

そして、先ほどお聞きした凶器に残された掌紋、自宅や事務所に残された掌紋が竹内のものだと
特定されていませんから、完全に無実だとまでは断定できませんが、竹内犯人説はかなり薄れま
したネ・・・」

凶器に残された掌紋の該当者が居ない事実を知る以前から、どうやら伍台は竹内犯人説にかなり
疑いを持っていたようなのです。そのことを知って立花は伍台の鋭さをいまさらのように実感し
ていたのです。
[Res: 2151] 一丁目一番地の管理人(345) 鶴岡次郎 投稿日:2011/12/30 (金) 12:03

「もし竹内が犯人でないとしても・・・、
先ほど私が説明したストリーを大筋では変える必要はないと思っています。

竹内と圧村の関係も、敦子が高級コールガールである設定も変更する必要はないと思っています。
そして、圧村と竹内は敦子のことでかなり険悪な関係にあったのは事実だと私は今でも信じてい
ます。

そんなわけで、竹内が犯人でないとしても、竹内と敦子が重用参考人であることは変わりません。
とにかく今は、竹内夫妻の身柄確保が一番大切です・・・。

一方・・、竹内が犯人だとすると・・、
敦子が第一発見者となることを竹内が何故許したのか、この疑問は残ります。

可能性としてはかなり薄いのですが・・、
敦子を第一発見者にすることによって、自身の犯行が隠される・・、
竹内がそう考えた可能性があります・・・。

ご存知のようにこの作戦はある意味で成功して、
皆さんの初動捜査を惑わす効果をあげました・・・」

事件発生直後、敦子の事情聴取をしながら、まんまと敦子に騙されて、結果として竹内達を取り
逃がしてしまった熊谷と影沼が、伍台の最後の言葉を聞いて、下を向いています。

「いえ・・、いえ、皮肉のつもりで言ったのではありません。
皆さんを責めるつもりは勿論ありません・・・。
あの状況下で敦子が竹内の妻ではないと・・、
疑問を挟むことは難しかったと思います。
私が敦子に面談しても、あの時点では騙されたかもしれません・・。

おそらく、あの時点で、敦子は竹内から何も知らされていなかったと思います。
竹内の犯罪に彼女自身が加担しているなど夢にも思わなかったはずです。
ただ、コールガールである事実を隠すため、竹内の妻を名乗ったのです。

敦子にほとんど罪の意識がなかったために、
ベテランの皆さんの鋭い眼をまんまと欺くことができたのです。

こういうのを、「無作意の作為」と私は呼んでいます・・。
犯人にこれを使われるとどんなに優秀な捜査官でもお手上げです・・・」

全員が頷いています。熊谷と影沼が感謝の表情を浮かべて伍台に頭を下げています。

「今回の事件で私は目に見えない影の組織の動きを感じています。
私がそう思った第一の疑問は竹内商事の倒産です。

竹内が逃げ出した直接の原因は、彼の会社の倒産です。これは明らかです。しかし、私が分析し
た結果、この倒産劇があまりにタイミングが良すぎて、作られたものだと思わざるを得ないので
す。

竹内商事の経営内容はこの時期ですから、決していい内容ではありません、しかし、上手く泳げ
ば、倒産を避けることさえ出来た経営内容でした。

あの会社に止めを射したのは、長年取引をしていた○△銀行です。あの殺人事件の三日後、突然
貸し剥がしをしたのです。切羽詰った竹内はヤミ金から金を借り、あっという間に倒産に追い込
まれました。

この貸し剥がしは決して犯罪行為ではありません。ただ、長年の取引先である顧客に実行する行
為ではありません。それまでの竹内商事と銀行の良好な取引関係を考えると、今回の処置はあま
りに過酷な行為でした。銀行に何者かが圧力をかけたと私は睨んでいます。

そして、二番目の疑問は、竹内と敦子が逃走してから一週間以上経っているのに、二人が逃げた
足取りをベテランのあなた方が掴むことが出来ないことです・・・。

借金苦による普通の夜逃げで、竹内は警察に追われていることを知りませんから、皆さんの手に
かかれば半日でその足取りをつかめるはずですよね・・・。

誰かが・・、ヤミの事情に精通した誰かが、彼等の逃亡に手を貸して、竹内達を隠している・・、
私はそう睨んでいます。警察も、取立て屋も、よほどの幸運に恵まれない限り、彼らを見つけ出
すことは出来ないと思います。

そして、銀行に圧力をかけた者と竹内の逃亡に手を貸している人物は同じ組織に所属していると
思います・・」

ここまで来ると、捜査本部の全員が伍台の解説に聞きほれていました。異論を挟むどころか、感
嘆の声さえ出せないのです。


      −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
風邪をひき、二週間あまり寝込んでいました。年の暮れ慌しい時にだらしがないことです。これ
が本年最期の投稿になると思います。

来年が良い年になることを願っております。皆様のご健勝とご多幸をお祈り申し上げます。
                                  ジロー 拝   
[Res: 2151] 一丁目一番地の管理人(346) 鶴岡次郎 投稿日:2012/01/05 (木) 11:11

「ありがとうございました・・、参事官・・、
我々を被っていた黒雲が吹き飛んで、遠くに晴れ間が見えてきた気分です・・・」

立花管理官が全員を代表してお礼を言っています。席に居る全員が同じ気持らしく、全員立ち上
がって、揃って頭を下げています。

「ところで一つ、質問があります・・・

参事官の推理に従いますと・・、
竹内が犯人だと知っている誰かが、取引銀行に働きかけ、
故意に彼の会社を破産させ・・、あるいは倒産時期を早めさせ、
彼が逃げ出すように仕向けた・・・、と参事官は疑っておられる・・、

私はそう・・、理解したのですが・・、ここまでは間違いありませんネ・・・。

そうすると、その影の人物、ないしは組織は、
竹内が警察の手に渡るのを嫌っていて・・、
殺人と言う大罪を犯した可能性がある竹内を敢えて隠す道を選んだ・・。

そう解釈されますが・・」

さすがに切れるところを見せている立花です。伍台がニッコリ微笑んで頷いています。

「管理官、あなたのおっしゃるとおりです・・、

竹内と敦子を隠した理由・・・、
殺人事件の犯人をかくまう危険を犯してまで、
それをやり遂げようとした理由・・・、

その理由は・・、唯一つだけです・・・。

敦子が所属している影の売春組織の存在を警察に知られたくない・・、
そのことなのです・・・。

多分、その組織のことは、敦子自身も、殺された圧村も、勿論竹内も・・、
何も知らないし、意識さえしていないと思います。

それでも、影の人物は竹内と敦子を隠す必要を感じた・・。
二人が、自分達では意識しないで、
その秘密を解く鍵を何処かに持っている・・・、
私はそう思っているのです・・

敦子と竹内を捕らえれば、
我々は敵の最後の砦に至るルートを見つけることが出来るはずです・・」

立花も、そしてその場にいる5人の刑事達も背筋が寒くなるほどの緊張感を感じていました。せ
いぜいヤクザ同士の仲間内での喧嘩沙汰による単純な殺しと考えていた事件の背景に、予想さえ
しなかった大きな事件の手がかりが隠されていたのです。警察庁の参事官が出張ってきて広域捜
査の指揮を取るほどの大事件に発展する可能性が出てきたのです。

「これも私の推測の域を出ないのですが・・、
先ほど影の組織は一ヶ月ほど竹内と敦子を隠し切ると思います。その一ヶ月の間に、影の組織は
売春組織の証拠を跡形もなく消し去るつもりなのです。

そう考えると、我々に残された時間はそう多くありません。

一ヶ月後、竹内と敦子を逮捕できたとしても、殺人事件は解決しますが、私が追っている影の売
春組織の摘発は闇に葬られることになります。

アッ・・、私としたことが、少し言い過ぎました・・。

殺人事件が解決できれば皆さんの目的は達成できるわけですから、
今の発言は聞き流してください・・・」

伍台が珍しく慌てたようすを見せて謝罪しています。立花が右手を大きく振って、伍台の気遣い
が不用なことを示しています。立花にしても、殺人事件の解決と同じように、影の売春組織の摘
発が大切なことは良く判っているのです。

      −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
関東は晴天に恵まれた新年でした。今年が良い年になりますように願っています。今年もよろし
くご支援ください。                             ジロー                                             
[Res: 2151] 一丁目一番地の管理人(347) 鶴岡次郎 投稿日:2012/01/06 (金) 12:41


竹内が取引していた○△銀行を刑事たちが少し揺さぶると、案外簡単に支店長が認めました。

「当銀行の大口取引相手様である会社から情報をいただきました・・・。

私達が内々に調査をして、竹内商事の経営内容が危機状態にあることが判りました。
もし・・、あの情報をいただいていないと、かなりの金額が焦げ付いていました・・。

エッ・・・、そのお客様の名前ですか・・・・。

本来ならお答えできないのですが・・、
いいでしょう・・、他ならない、殺人事件の捜査ですから、ご協力します・・・。
ただ、ここでお話したことはくれぐれもご内聞にお願いします・・。

そのお客様は真黒興産様です・・・。
真黒興産様には感謝しております・・・」

竹内商事が貸し剥がしをすべき経営状態になっているのを銀行の調査部門が見落としていて、真
黒興産からの情報を得たことにより、早い機会に取引を停止して資金を回収できたことで、焦げ
付きが最小限に押さえ込めたと、支店長は説明したのです。そして、真顔で真黒興産に感謝して
いると言ったのです。その言葉に嘘はないと捜査官は判断しました。

強引に銀行を動かした形跡が見つからない以上、竹内商事の経営危機を銀行に内通した罪だけで
真黒興産に捜査陣を入れることはできないと立花管理官は判断しました。

それでも、竹内夫妻失踪に真黒興産がかかわりを持っていた事実は、伍台参事官を喜ばせました。
前回の捜査で、真黒興産の池袋支店が売春斡旋事務所として使われている事実を掴んでいながら、
結局、立件出来なかった真黒興産が再び捜査線上に浮かび上がってきたのです。

伍台は高まる興奮を抑えることが出来ませんでした。鶴岡から教えられ、真黒興産が売春組織を
産業スパイ組織として活用していることを伍台は確信しているのです。その真相に迫るきっかけ
を伍台は遂に掴んだと思ったのです。


竹内寅之助が重用参考人として、改めて全国手配されました。彼に同行しているはずの竹内敦子
に関する資料も、全国の警察に届けられました。そして、真黒興産の動向を注意深く遠巻きに
チェックする体制が布かれました。

こうして、当初は輪島組内の単純ないざこざによる殺人事件と考えられていた土手の森組員殺人
事件の捜査方針は大きく修正されました。輪島組の捜査は事実上中断されました。竹内の行方を
追うことと、真黒興産の周辺を探ることが捜査本部の仕事になったのです。

伍台の分析によれば、竹内の身柄は真黒興産の手で隠し通されることになり、よほどのことがな
い限り警察や、取立て屋の網にひっかかかることは無いはずです。こうして、土手の森公園組員
殺人事件は長期戦の様相を呈してきました。
[Res: 2151] 新スレへ移ります 鶴岡次郎 投稿日:2012/01/07 (土) 14:26
新スレを立て、新しい章へ移ります。         ジロー

[2136] 一丁目一番地の管理人(その23) 鶴岡次郎 投稿日:2011/11/21 (月) 12:15
竹内商事が金詰りに襲われ、どうにも動きが取れなくなって、多額の借金を残したまま、社長で
ある竹内寅之助は、夜逃げする道を選びました。おそらく3年以上姿をくらますことが必用です。
ヤミ金からの借金を踏み倒すわけですから、その追っ手の厳しさを竹内は良く知っているはずで
す。そして、竹内自身は自覚していないのですが、土手の森組員殺人事件の重用参考人として、
警察から全国手配される身になったのです。

敦子の話では、竹内は敦子を解放すると言ったそうです。それでも敦子は竹内から逃げ出すのを
潔しとせず、苦労を知りながら、彼と同行する決意を固めたのです。『自分自身のために、竹内
に付いていくのだ・・、30数年生きた証を残すため彼に同行するのだ・・』と敦子は言ってい
ます。

一方、敦子の勤める真黒興産内でもきな臭い動きがあるようです。竹内と敦子、無事に逃げ切れ
るでしょうか・・、また、立花管理官が指揮する捜査本部はどう動くのでしょうか、警察庁の伍
台参事官の動向も見逃せません。事態はゆっくりと動き始めました。

毎度申し上げて恐縮ですが、読者の皆様のご意見、ご感想は『自由にレスして下さい(その
11)』の読者専用スレにご投稿ださい。多数のご意見を待っています。    

また、文中登場する人物、団体は全てフイクションで実在のものでないことをお断りしておきま
す。

発表した内容の筋を壊さない程度に、後になって文章に手を加えることがあります。勿論、誤字
余脱字も気がつけば修正しています。記事の文頭と、文末に下記のように修正記号を入れるよう
にします。修正記号にお気づきの時は、もう一度修正した記事を読み直していただけると幸
いです。

  ・ 文末に修正記号がなければ、無修正です。
  ・ 文末に(2)とあれば、その記事に二回手を加えたことを示します。
  ・ 1779(1)、文頭にこの記号があれば、記事番号1779に一回修正を加えたことを示します。
                                        ジロー
[Res: 2136] 一丁目一番地の管理人(327) 鶴岡次郎 投稿日:2011/11/21 (月) 12:23

事件の裏側

竹内寅之助と敦子が失踪したとの報告を受けて、これで有力な手がかりはまた遠のいたと伍台は
正直ガッカリしていました。もっとうまく立花たちが捜査を進めていれば、竹内の身柄を拘束す
ることも出来たはずだと、伍台は内心悔しい気持を棄てきれないでいたのです。

それにしても、何故、警察庁の高官である伍台がこれほどまでに土手の森組員殺人事件に大きな
関心を寄せているのでしょうか、どうやら、一年前、伍台が総指揮官として活躍し、華々しい成
果を挙げた売春組織一斉摘発事件と今回の土手の森組員殺人事件の間に何か関連がありそうです。

伍台が密かに抱いている事情を探るため、一年ほど前に、話をさかのぼりたいと思います。

売春組織の摘発で由美子の超能力を借りたお礼を兼ねて、一連の起訴手続きが終わり、警察の手
を離れた頃を見計らって、伍台が鶴岡家を訪問しました。独身で官舎住まいの伍台は身軽ですか
ら、お土産のスコッチを一本ぶら下げて、ふらりと鶴岡家を訪ねたのです。由美子の手料理を肴
に、鶴岡と語り明かすつもりなのです。


事件のその後を伍台が鶴岡に説明しました。話も終わりに近づき、最期に真黒興産の池袋支店が
売春組織の事務所に使われていたことを伍台が話題に出した時です。それまで黙って聞いていた
鶴岡が口を開きました。

「伍台・・、もし話せるなら・・、
真黒興産の事情をもう少し詳しく教えてくれないか・・、
いや・・、一部上場企業の支店が犯罪組織に使われていた聞いて、
元企業戦士としては、他人事でない気持ちなったんだよ・・」

「う・・ん・・、お前もこの会社に興味を持ったのか・・、
さすがだな・・・、今回の事件で一番すっきりしない部分だよ。

そうだな・・、一般には公になっていないことだが・・・、
良いだろう・・、話せる範囲のことを教えるよ」

伍台は少し考える素振りを見せて、それでも何かを思い切ったようで、深くうなずき、ゆっくり
と口を開きました。たとえ親友とはいえ、公開されていない捜査事項を一般人に易々と説明する
伍台ではありません。何か、考えていることがありそうです。

「一部上場会社の真黒興産が黒幕かと、捜査陣は一時色めき立ったのだが・・、結局、木島と言
う支店長が輪島組に脅かされて、当時開店休業状態だった支店を輪島組に又貸ししていただけで、
このことを真黒興産の本社では全く知らなかったことが判った。

月々の部屋代がキッチリと振りこまれていたので、支社、支店を管理する本社秘書室も、経理部
も木島支店長の報告、『しっかりした企業に部屋の一部を貸している』との報告に何の疑いも
持っていたなかったらしい・・。

いろいろ手を尽くしたのだが、木島支店長の売春への関与を証明することが出来ず、木島は書類
送検に止め、真黒興産はお構いなしということになった・・

確か・・、その後の報告では木島は支店長の肩書きを外され、本社課長クラスの身分から平社員
に降格されて、秘書室の片隅で、飼われているらしい・・・」

鶴岡が伍台の説明に納得できないという表情をあらわにしています。そんな鶴岡の表情を見て、
伍台が苦笑いしながら頷いています。(1)
[Res: 2136] 一丁目一番地の管理人(328) 鶴岡次郎 投稿日:2011/11/22 (火) 14:23
「そんな軽蔑した目で僕を見るな、
お前の言いたいことは判っている・・。
そんな言い逃れを易々と受け入れた俺が弱腰だと言いたいのだろう・・」

笑いを浮べて伍台が鶴岡をからかうように言い訳をしています。

「当然、我々捜査本部でも、木島や真黒興産の主張をそのまま鵜呑みしたわけではない。彼らは
限りなく黒に近いのだが、それを証明する証拠は何も出なかったのだ。

それに、真黒興産が輪島組の売春事業に手を貸す動機が、今ひとつしっくりこなかったのだ。
木島を起訴して、徹底的に真黒興産を糾弾すべきだとの意見も当時の捜査本部内にはあった。
裁判に持ち込めれば、たとえ裁判に負けても、それだけで十分真黒興産を社会的に叩けるはず
と・・、最期まで粘る道を、僕も必死で探った・・・。

しかし、結局、真黒興産の組織犯罪を立証できなかった・・。

公判を維持できるだけの証拠を揃えることが出来ない以上、有力な弁護士を揃えた真黒興産に勝
てないと検察がしり込みするのは目に見えていた。ここで無理に送検をしても、検事のところで
つぶされることになるので、あきらめたのだ・・」

真黒興産の件は伍台にとっては思い出したくないことのようです。テーブルからウイスキーのオ
ンザロックを取り上げ、一気に琥珀色の液体を喉に流し込んでいます。伍台はめっぽう酒が強い
のです。どうやら今夜は官舎には帰るつもりがない様子です。由美子はそのことを承知して、
キッチンで忙しく働いているのです。

「伍台、良かったら聞かせて欲しいのだが・・・、

お前の捜査本部は真黒興産を送検する間際まで追い詰めたと言ったな、
その時、真黒興産が売春事業に手を出す動機について、
捜査本部ではどのような議論がかわされたのだ・・・」

「うん・・、そうだな・・・、
普通はそんな質問には一切答えないのだが・・、
一応ケリが付いた事件だし、お前なら話しても良いだろう・・。
しかし、この場だけの、俺の独り言として受け止めて欲しい・・。

お前が興味を持っているように、
真黒興産が売春事業に手を出すとすれば、
彼らはどんなメリットを考えているのか、
それが、当時の捜査本部内で一番問題になったことだ。

しかし、いろいろ意見は出たが、この問題に一定の評価を得る答を、誰も出すことが出来な
かった・・。そのこともあって、真黒興産の送検をあきらめたのだ。

この件では、会社役員だったお前の意見も聞きたいと以前から思っていたんだ。
良い機会だ、話せる範囲内でお前の質問に答えるよ・・・
僕の話を聞いた上で、お前の考えを遠慮なく言って欲しい・・・」

真黒興産の件では鶴岡の意見も聞いてみたいと以前から思っていたのは事実の様で、あえて、禁
を破って、事件のあらましを鶴岡に話し始めたのは、鶴岡のこの事件に対する見解を確かめたい
と伍台が考えたからだったのです。(1)
[Res: 2136] 一丁目一番地の管理人(329) 鶴岡次郎 投稿日:2011/11/23 (水) 14:01
2138(1)

「売春事業の利益に興味を持って、真黒興産が輪島組に支店の部屋を貸したと考える捜査官はさ
すがに誰もいなかった。

木島ではなく会社そのものが輪島組に何らかの弱みを握られていて、その口止めのため池袋支店
を輪島組に貸し与えた。それだけに、当然、捜査が入った時の逃げ道を準備していた。それが木
島の女関係で、木島はいわばスケープゴートの役割を果たしていた・・。

大勢の意見はこうだった。僕もこの意見に賛成した一人だ・・・」

「それ以外の意見はなかったの・・」

「うん・・、
若い捜査官が言っていたことだが・・・
あまり突飛な考えで、結局、誰も問題にしなかったのだが・・、
私自身は、今でも少し気になっているのだ・・・・」

由美子が手際よくさばいて、テーブルに並べた鯵の叩きを小皿にとりわけながら、伍台は当時の
捜査会議の様子を思い出しているのでしょう、言葉を選びながらゆっくり話しています。


「若い捜査官の言葉だが・・、
真黒興産は売春婦を産業スパイとして使っているのではないかと、言うのだよ。

女を他企業の幹部に近づけて、その寝物語にその企業の秘密を聞きだすのが目的だと彼は主張
した。これこそが真黒興産が売春事業に手を染める重要な目的の一つだというのだよ・・・」

伍台が鶴岡の表情を探るような様子を見せています。鶴岡は無表情で聞いています。

「しかし、その意見を聞いたベテラン捜査官達が笑い出したのだ。

『産業スパイの対象になる企業の秘密がごろごろ転がっているはずもないし、どの企業にどんな
企業秘密があり、その秘密を知る人物は誰か特定する必用がある。

仮に運良く企業秘密の存在を掴んで、秘密を握る人物を特定できて、売春婦をその幹部の側に派
遣できたとしても、その人物が初めて抱いた女にそう簡単にその秘密を話す保証はない・・。
いや・・、むしろ絶対洩らさない確率の方がずっと高い。そんな不安定な仕事に一部上場企業で
ある真黒興産が乗り出すはずがない・・』

ベテラン捜査官の意見は概ねこんなところだった。

結局、その若い捜査官が提案した推理は、
まあ・・、今流行りの劇画のネタにはなる話だが、
実社会では現実味が乏しいと・・・、
ベテラン捜査官たちは一笑の下にその話を葬ったのだ・・

鶴岡、お前なら・・、この捜査官の意見をどう受け止める・・?」

伍台が鶴岡の表情をじっと見ています。伍台の顔は笑っていますが、案外真剣な目の光です。

伍台自身、この若い捜査官の意見を真剣に検討することなく葬ったことがずっと気になっている
のです。それで、元会社役員である鶴岡がこの若い捜査官の意見をどう受け止めたのか気になって
いるのです。(1)
[Res: 2136] 一丁目一番地の管理人(330) 鶴岡次郎 投稿日:2011/11/24 (木) 10:50
「う・・・ん・・・、

ところで、
伍台!
今回逮捕した売春婦は何人だ、
そして、それに関与していた輪島組の人間は幾人だ・・」

『売春婦は産業スパイだった・・』と推理した若い捜査官の意見を鶴岡がどう考えるか伍台は質
問しているのです。しかし、鶴岡はその質問には答えないで、唐突に伍台に問いかけてきたので
す。普通ならこんな態度を見れば、怒り出すか、そうでなくてもあきれて、それ以上の会話を止
めるものですが、伍台は笑みを浮かべてご機嫌の様子です。

「売春婦は総員120人だった・・、
そのほとんどが初犯で起訴猶予になった。
輪島組は幹部級も入れて・・・、そう、32名だ、
総計150名の逮捕者を出した事件だった・・」

新聞にも公表された数字ですから、伍台がちゅうちょなく答えています。長い付き合いで、鶴岡
の話題があちこち飛び回る時、彼の頭の中でいろいろな考察が飛び交っていることを伍台は良く
知っているのです。そして、この現象はその後に予想外の発想が吐き出される前兆であることも
伍台は承知しているのです。この様子なら面白い意見が出そうだと、伍台は鶴岡の反応を喜んで
いたのです。


「売春婦一人当たりの売り上げは、少し高めに見積もって月80万円として、売春婦一人当たり
の年間売上高は約1000万円だ・・。そうすると、輪島組の売春事業は精々年商12億円止ま
りといえる。

この数字は、中小企業の売り上げとしてはまずまずだが、真黒興産のような一部上場企業の事業
売り上げとしては一桁少ない数字だ。こんな小規模な事業に真黒興産が事業的興味を持つとはと
ても思えない・・」

元会社役員の鶴岡が売春事業を解説しているのを伍台は大人しく聞いています。ここまでは伍台
達の捜査本部でも検討済みのようで、頷いていますが、それほど感心している様子は見せていま
せん。捜査本部でも、売春事業の売り上げに真黒興産が事業的興味を持っていたとは誰も考えて
いないのです。


「お前も知っていると思うが、由美子の友達が管理人をしている泉の森荘の住人である女性が、
この事件に関わりのある娘(こ)だった。

由美子とその娘(こ)の間に起きたことはお前のことだ、すでに知っていると思うので省略す
るが、何かの経緯があり、その娘(こ)からかなり詳しく売春の手順を聞いたことがあった。

その娘(こ)の話では客からもらった代金の内80%が女達の取り分になっているとのこと
だった。時には100%近い金額が女達に支払われることも珍しくないと聞いた。

僕はその話を聞いた時、その高い還元レートに先ずビックリした。

そして次に思ったことは・・・、
この売春組織は、売春そのものが目的でなく、
何か特別大きな目的を達成するための手段だと直感した・・・」

伍台が少なからず驚いています。さすがに表情には出していませんが、鶴岡の事件を見る視点の
新鮮さに驚いているのです。

「考えて欲しいのだが、12億円を売り上げて、女達への支払い、すなわち直接原価を差し引く
と、高めに見積もっても二億円弱しか残らない勘定だ。お前も知っていると思うが、これが企業
で言う粗利だが、ここから人件費、事務所経費、金利など諸経費を差し引いて利益が残ることに
なるのだが・・・。

32人の組員を使い、彼等専用の車、食費なども必要になるだろう、贅を尽くした隠れアジトや、
最新の事務機器を完備した二ヶ所の事務所の維持費も相当額に上るはずだ。

多くの組では組員に給料を払っていないそうだから、輪島組でも人件費を無視出来たとしても、
この事業の純利益は一千万円を越えないと思う。警察の眼を盗んで、あれほどの危険と犠牲を
払ってやる事業の見返りとしては少なすぎる。

この事業内容では、真黒興産は勿論のこと、輪島組だって手を引く事業内容だ、女の子への還付
金が多すぎるのだよ・・、多分・・、売春事業の採算を考えると、女の子への還付金は50%以下
に抑える必要があると思う・・・」

輪島組の売春事業を経営分析している鶴岡の説明に伍台は目の前の霧が晴れていく思いで聞いて
いました。鶴岡の発想は伍台には実に新鮮な事件へのアプローチに思えたのです。(1)
[Res: 2136] 一丁目一番地の管理人(331) 鶴岡次郎 投稿日:2011/11/25 (金) 10:44
2140(1)

鶴岡の分析では、32名の組員の給料をゼロにしても、通年純益は高々1000万円なのです。
そんな事業に真黒興産は勿論、輪島組だって手を出さないと断言しているのです。もし輪島組が
真剣にこの事業で利益を得ることを考えるのなら、通常の売春事業とおなじように、女の子への
還元金を50%以下に抑えることが必用だと鶴岡は分析しているのです。


伍台が指揮した捜査会議では、『初めに売春犯罪ありき・・』の前提で議論しましたから、輪島
組が売春犯罪を犯す利益について十分議論していなかったのです。もし、捜査員の誰かが鶴岡並
みの分析をしていれば、おのずと捜査は違った方向へ行っていたのです。

「女達への高い還元レート、これが全てを物語っている・・。
真黒興産は勿論、輪島組にしても売春で儲けることは一切考えていないのだよ、
それどころか、真黒興産はかなりの金額を売春事業に出費しているはずだ・・。

そして、多分・・、
その若い捜査官が言っていたように、
女達が集める企業情報が売春事業の真の目的なんだよ・・・

輪島組へは真黒興産から、別ルートで金の支払いがあるはずだよ・・、
それだからこそ、輪島組は、女の子に十分の支払いが出来たのだよ・・」

鶴岡がやや得意そうに説明しています。伍台は反論も出来ないでただ黙って聞いています。


「捜査会議で若い捜査官の推理が一笑の下に否定されたとお前は言ったが・・。
確かに、大きな資本の動きとか、画期的な新製品の発表とか、企業同士の合併など、第一級の企
業秘密がごろごろ転がってはいないのは確かだ。そして、そんな情報を一介の売春婦が掴むのは
不可能だと言うベテラン捜査官の反論も間違いではない・・。

しかし、真黒興産が女達に期待しているのは、そんな第一級の企業秘密情報ではなく、売春婦達
のお客である会社役員の日常の行動内容だとしたら、少し事情が変わるはずだ・・・。

伍台!・・・
企業秘密というから、ベテラン捜査官たちは不可能だと考えるのだが・・、
他社役員と夕食を共にしたとか、一週間ほど中国へ出張に行っていたとか・・、
その程度の情報なら女達でも簡単に掴むことができると思わないか?

どうだろう・・・?」

伍台が不承不承頷いています。

「真黒興産はファンドの運用や、株の大量取引、企業のM&Aで、最近、急速に業績を拡大して
いる企業だよ。社内に多数の企業分析の専門家を抱えていると言われていて、たくさんの企業情
報が正規ルートで集まるようになっている。

そんな専門家集団のところへ女達が寝物語で集めた、役員達の日常の行動情報が届けられたとし
たらどうだろう・・。
有能な専門家がその情報を慎重に分析すれば、何の変哲もない役員の行動記録の中から、重要な
情報が抽出される可能性があると思わないか・・。

たとえば・・、さきほど言った、他社役員と会食したニュースとか、当該役員の長期中国出張情
報など・・、それなりの専門家が分析すれば、企業合併交渉が始まる前兆と判断できる場合があ
るのだよ・・。

ある時には、専門家から女達にそれなりの指示が出て、女達はその指示に従い、お客から話を聞
きだすこともあったろう・・。たとえ不確かでも、いろいろな情報と付き合わせれば、その企業
の株価動向が判断できる情報が女達が掴んだ寝物語から導き出されることが出来るのだ・・。
そんな情報を活用して、真黒興産は株の売り買いに走るのだよ・・。

このように真黒興産にとって、売春組織はインサイダー並みの情報を手に入れる情報収集システ
ムそのものだと言える。彼らは非合法で入手した情報を巧妙に操り、分析して、株の売買などを
タイミングよく行い、数億から時には数十億の利益を得ているのだよ・・」

鶴岡の説明に伍台はただ頷くだけです。伍台の捜査本部に、企業分析の専門家がいなかったこと
が致命的な結果を産んだと・・、伍台は無念の気持を噛み締めていました。
[Res: 2136] 一丁目一番地の管理人(332) 鶴岡次郎 投稿日:2011/11/27 (日) 10:38

「詳しいことは言えないが、真黒興産の巧妙な悪行を私は目の当たりにしたことがある。

ある同族企業グループに属する中小企業の一つに真黒興産があからさまな乗っ取りを仕掛けたこ
とがあった。その企業の業績は安定しているが、飛び切り良いものではなく、大きな将来性があ
るわけでもなく、真黒興産が何故その会社に眼をつけたのか、不思議に思う人もいるほどだった。

真黒興産は、表の活動でその会社の株式を買い集める一方、その会社の社長、創業者の孫娘の夫
に当たる人物なのだが、その人物に女を近づけ、甘い言葉で会社を売ることを誘いかけ、また一
方では、実質上のオーナーである社長夫人に若い男を与えて、巧妙な罠を仕掛けて、その会社を
乗っ取ろうとしたことがあった。幸い、親会社の社長がこの企みに気が付き、間一髪でその悪企
みは粉砕されたが、危ない所だった・・。

この事件の実態は、同族会社のリスク管理の甘さを突いたものだった。子会社が大量の親会社の
株式を所有していることは公然の秘密事項だったのに、経営者は誰もその危険性を認識していな
かったのだ、そこを、真黒興産に突かれたのだよ・・。
子会社を乗っ取れば、労せずして親会社の経営権を握ることになるのを真黒興産は何処かで知った
のだと思う・・。真黒興産が使った攻撃武器は、この事件でも若い女と男が、攻撃対象に春を売る
ことだった・・。

このように真黒興産にとって、売春は重要な情報収集活動であると同時に、ある場合には企業戦
略そのものになる場合だってあるのだよ。だからこそ、売春事業で儲けることなど考えなくて、
むしろ、ある程度までだったら赤字になっても、それを投資と考える基盤が出来ているのだよ。
多分、その道に詳しい策士が真黒興産のどこかに、ひっそり隠れ棲んでいて、いざという時、経
営陣の力になる仕組みが出来ていると思う・・。


だから・・、お前が逮捕した連中は・・、
遠慮なく言わせていただくと・・、
ただの使い走りで、本当に悪い奴は、巨万の金を手に入れ、
陰で笑っているのだよ・・・。

こんな相手だよ、真黒興産は・・、
輪島組の何倍も手強いと思うよ・・・」

鶴岡が最後のダメ押しをしています。伍台は視線を落とし、じっと考え込んでいました。

売春事業は目的を達成するための手段で、輪島組にとってさえ売春事業で利益を得ることが目的
でなかったと解説する鶴岡の説明に伍台は敗北感をひしひしと感じていたのです。

振り返って見ると、売春婦への支払いが異常に高いことは捜査会議でも話題になっていたのです。
ただ、『良い女を集めるためには、支払いを良くしないとダメなんだよ、あの世界も競争が激し
いからね・・、ハハ・・・・』と、誰かが野次を入れると女達への支払い比率が高いことは、問
題にされず見過ごされてしまったのです。

『どうしてこんな簡単なことに気づかなかったのだろう・・』と、誇り高い伍台は自身の失態を
大いに恥じていました。そして、売春組織を一網打尽にして、得意になっている伍台をひそかに
あざ笑っている影の人物の存在を、伍台はこの瞬間はっきり認識していたのです。


「よく判った・・・、
多分・・、いや・・、間違いなく、お前の言うとおりだと思う・・。
売春事業の真の狙いを、僕は見落としていたのだ・・・
陰で笑っている大物を僕は見逃していたのだ・・。

この借りは必ず、返してやる・・・・」

宙を睨み、伍台は最後の言葉を自身に言い聞かせるように呟いていました。それ以来、伍台は真
黒興産や、輪島組の動向に注目し続けているのです。勿論何も証拠がないのですから、組織で捜
査をすることはできないと考え、参事官の特権を生かして、一人で情報を収集しているのです。
[Res: 2136] 一丁目一番地の管理人(333) 鶴岡次郎 投稿日:2011/11/28 (月) 16:17


敦子が泉の森荘を訪ね、管理人夫妻に別れの挨拶をしたその日、朝森健次郎はいつものように夜
遅く自宅へ戻ってきました。

もう三ヶ月以上真っ暗な部屋に戻る日が続いているのです。最初はとまどいと、拭いがたい寂寥
感に堪えかねて、大きな吐息を吐き、ボタンを押せば敦子の声が聞こえるはずのケイタイを握り
締め、その後、コールすることなくそっとポケットに戻すことが多かったのです。しかし、この
頃には慣れて、帰宅途中コンビに寄って買い求めた弁当の包みを手にして、無感動な表情で部屋
の扉を開くのです。

居間に入り、明かりのスイッチに手を伸ばした時、かすかの香水の香りを捉えました。久しく忘
れていたあの香りです。

「敦子・・・」

暗闇に向かって朝森は低い声を出していました。そして、灯りをつけてはっきりと、誰かが部屋
に入ったことを確認したのです。

汚れていたはずの台所や、居間が綺麗に片付けられていたのです。

「やはり、敦子が戻ってきたのだ・・・」

弾む気持ちを抑え切れないで、かなり大きな声を出していました。しかし、朝森のその喜びは長
く続きませんでした。食卓のテーブルの上に白い封筒が置かれているのを発見したのです。真っ白
な角封筒から発せられる言葉を、その中にはある敦子のメッセージの内容を・・、朝森は良く
判っていたのです。いよいよ来るべきものが来た、恐れていた最後通告状が届いたと受け止めて
いたのです。


便箋数枚に敦子の思いが書かれていました。所々、涙の染みで、万年筆の文字が滲んでいました。
そして、離婚届が同封されていました。


『・・・、このような事情で竹内さんは夜逃げを決意しました。今夜の飛行機便で九州に向かい
ます。その先の行く先は未定です。追っ手の動きを確かめながら、どこか落ち着ける場所を探す
ことになります。

竹内さんは今まであなたを苦しめたことを詫び、私を無条件で開放すると言いました。彼の言葉
を聞いて、悩みました・・。そして、私・・、決心したのです。いままでこんなに真剣に自分の
行動を考えたことがありません。

決心したものの、この手紙を書いているこの瞬間でも、迷っています。あなたに会えば、この決
心が揺らぐのが恐いのです。あなたには会わないで黙ってこの家を出て行きます。

私・・、彼の逃避行に付いて行きます。

許してくださいと言える行動でないことは良く判っています。彼を愛しているから一緒に行くわ
けではありません。まして、貴方が嫌になったわけでもありません。

正直に申し上げます。出来ることなら、あなたと結婚したあの頃に時計の針を戻したいと思って
います。もしあの頃に戻れたら・・・、自堕落な男漁りに明け暮れた生活ではなく、落ち着いた
普通の暮しをするつもりです・・・。

子供を・・、あなたの子供を・・、産みたかった・・・。
でも、そのことに気づくのが、あまりに遅かったのです。

多分、二人の行く先には、何も希望がないと思います、それでも私は彼について行きます。私が
この世に生きた証を残すため、彼を支援するため、彼に付いて行きます。それが私の出来る最期
のミッションなのです。

同封した書類に私のサインをしておきました。よろしくお願い申します。

あなたのこれまでの深い愛情に感謝を申し上げます。

追伸、帰ってきたところを偶然管理人さんに見つかり、これから少しの時間お会いする予定です。
多分、これまでの経緯を聞かれると思います。出来るだけ隠さず打明けるつもりです。時間がな
くてここには書くことができない、私の気持ちをお二人に話すことになると思います。では・・、
偏食はしないよう、お食事に気をつけてください。           敦子  』
[Res: 2136] 一丁目一番地の管理人(334) 鶴岡次郎 投稿日:2011/11/29 (火) 10:53
手紙を読み終わった時、その頃合を見計らったように、ドアーを遠慮勝ちにノックする音が聞こ
えました。ドアーを開けると管理人の美津崎一郎が立っていました。朝森が部屋に上がるよう勧
めて、一郎と朝森が居間のソファーに腰を下ろしました。

「昼間・・、奥様と管理人室でお会いしました・・。

朝森さんから既に事情を聞いていることを奥様にお話しました。竹内さんとおっしゃる愛人のこ
とも知っていると申し上げたところ、さほどびっくりした様子を見せないで、奥様は改めてご自
身の言葉でこれまでの経緯を話してくれました。

お話の内容は朝森さんから聞いていた事とほとんど同じでした。そして、竹内さんに脅かされて
いる理由は、朝森さんと同じ様にどうしても話してくれませんでした。よほどの事情があるよう
ですね・・・」

竹内に脅された内容を話すよう、一郎が水を向けたのですが、朝森はこの時もただ黙っていまし
た。

「奥様は、いろいろ迷った末に竹内さんの逃避行に同行する決意を固めたと、私達に打明けてく
れました。
今夜の飛行機便で東京を離れるとおっしゃっていました。
このことについては、朝森さんにも奥様から伝言があったでしょう・・」

朝森がコックリ頷いています・・。

「それで・・、敦子は・・
彼に同行する理由(わけ)を何か管理人さんに言っていましたか・・?」

一郎の顔を真っ直ぐに見て、朝森が訊ねました。どうやら敦子は逃避行に同行する決意を固めた
結論だけを伝え、彼女の心境を朝森に伝えていないと、一郎は察しをつけていました。

詳しい理由を朝森に告げなかったのは、何故その決意を固めたのか、敦子自身でさえ明快に説明
できない状態であったことと、急いで書き留めた置手紙にその複雑な心境を書き表せなかったの
だと、一郎は受け止めていました。

「竹内さんと一緒に逃げることが、
自身に課せられた責任だと奥様は思っておられるようでした。
浮気だとか・・、一時の気の迷いと判れば・・、
力づくでも奥様を止めたのですが・・。
私達は何も出来ませんでした・・。
申し訳ないことをしたと思っています」

一郎がゆっくり頭を下げています。

「とんでもない・・、
管理人さんに謝ってもらうことではありません・・、
全て、私達夫婦の身勝手な行為から出た結果です・・
むしろ、私達こそご迷惑をかけた、お詫びを言うべきだと思っています」

慌てた様子で朝森が一郎の手を取らんばかりにして、一郎に謝っています。
[Res: 2136] 一丁目一番地の管理人(335) 鶴岡次郎 投稿日:2011/12/01 (木) 14:01

「管理人さん・・、
敦子の置手紙を見て判ったのですが・・、
妻は離婚さえ覚悟をして、竹内について行く決意をしたようです。
その一方では、私との生活に未練を残していると言っているのです・・。

正直言って、私は妻の意図が良く判りません・・
竹内の魅力に抗し切れなくて、
彼について行くのなら仕方がないとあきらめがつくのです・・。
しかし、どうも、それだけが原因でないような気がするのです・・・」

敦子を行為を理解できないと言う朝森の言葉に、深い同感の意を示すように、一郎が何度も、何
度も頷いています。

「当然だと思います・・
私の妻が、もし・・、こんな行動を起こしたとしたら、
朝森さんのように妻の行動を冷静に理解しようとしないで、
先ず、怒り狂うと思います・・。

多分・・、大多数の男がそうだと思います・・・」

普通の男なら、ここで切れて、『何故、止めてくれなかったのだ・・』と、一郎に悪態を言うか、
そうでなけれが、あきらめた表情で薄笑いを浮かべるものです。
朝森は違いました。彼にとって、敦子の逃避行は理解し難い話に違いないのですが、一郎の説明
に口を挟むわけでもなく、怒りを露にするのでもなく、注意深い表情を浮かべて熱心に一郎の話
を聞いているのです。その様子は、愛妻の理解し難い裏切り行為を冷静に分析しようとしている
かのように、一郎には見えたのです。

一郎はここへ来た目的を果たす気になりました。朝森の態度しだいでは何も告げないで帰るつも
りだったのです。朝森の冷静沈着な態度と敦子を思う気持の強さを確認して、一郎は全てを話す
気持になったのです。

「奥様は、はっきり、こうおっしゃいました・・。

『32年間生きてきた、その証を何か残したい、
おそらくはこれが最後になる竹内の足掻きを助けることが、
私に残された、そして、私にしか出来ない仕事です。

彼のためだけを思って行くのではありません、
安易に生きてきた私の人生を変える為・・、
私自身のために、彼に付いて行くのです・・』

奥様のその言葉を聞いて、私と妻は何も申し上げることは出来ませんでした」

「そうですか・・・、
敦子はそんなことを言っていたのですか・・・、
『生きた証を残したい・・』と言ったのですか・・・」

朝森の冷静な態度を見て、一郎は彼自身がもしこの状態に置かれたら、とても朝森のように冷静
ではいられないだろうと感嘆していました。そして、たとえそれが快楽と刺激を求めた遊び心か
ら出たものであっても、他人に愛妻を抱かせた経験の豊富な朝森の生き方が、この冷静な態度を
作っているのだろうと想像していたのです。一郎は、いわゆる寝取られ願望は持ち合わせていま
せん、しかし、朝森の態度を見ていて、寝取られ男の我慢強さを見直す気持になっていたのです。
[Res: 2136] 一丁目一番地の管理人(336) 鶴岡次郎 投稿日:2011/12/02 (金) 15:11

「奥様は一ヶ月ほど前、早朝ランニング中に森の中で変死体を発見されたそうです。そして、つ
い最近、竹内さんの会社が倒産するという非常事態を経験されました。偶然とはいえ、こんなに
頻繁に、非日常的な出来事に直面すると、どんな人でも、大なり小なり、ストレスを受けて、肉
体的、精神的、両面でかなりのダメージを受けます。

その上、奥さんの場合、頼るべきご主人とも離れて暮している時にこの事件に遭遇したのです。
そのストレスはおそらく私達の想像を超えるほど大きなものだったと思います。

そのストレスがトリガーとなって、奥様は『人の生』、『人の生き様』、など、普段私達が真面
目に考えることが少ないテーマに真剣に向き合うことになったのだと思います。一人では受け止
めることが出来ないほど大きなストレスに圧し潰されそうになりながら、奥様は必死でご自身の
人生を考えたのだと思います。

その結果、奥様はご自身の生き様を積極的に反省するようになり、自己批判を続けることになり、
それが自己嫌悪をはるかに超える自己排他感情に囚われるまでに発展したのだと思います。

こうなると、奥様でなくても、人は誰しも、次の行動でその挽回策を考えます。奥様も自堕落に
生きてきたと自身で反省している、今ままでの生き様の挽回策を模索することになったのです。

『生きた証を残したい・・』と、奥様はしきりに強調されていました・・。
『・・安易な生き方をしてきた私の人生を、ここで立て直したい・・』とも、
言っておられました。この言葉が奥様の感情と彼女が今いる立場をよく表しています。

そんな時、竹内さんが決死の覚悟で逃亡することを決意したのです。二つの大事件に遭遇して、
彼女自身の生き様を必死で見直そうとしている奥様に、彼から逃げ出す安易な選択肢は、おそら
く最初から存在しなかったと思います・・」

一郎の分析結果をうな垂れて聞いていた朝森が頭を持ち上げ、悲しそうな表情を浮かべ、一郎に
言いました。

「管理人さんの分析は当たっていると思います。
敦子は見かけによらず、頑固な性格の持ち主ですから・・
管理人さんは、敦子の行動を全面的に支持されているようですね・・」

敦子の性格を誰よりも良く理解している朝森には、一郎の分析が的を射ていることが良く判るの
です。それでも、敦子の行動を礼賛するかのような一郎の説明に朝森は少し不満を見せています。

「敦子さんの行動を理解しようと無い知恵を絞って考えましたが、彼女の行動は、こうして朝
森さんに話していても、未だ判らないところが多いのです。所詮、男性には敦子さんの行動を
完全に理解するのは無理だと思っています。

正直に申し上げます。人生の最後を自覚した人間が、『生きた証を残したい・・』との言葉を吐
くことは多いのですが、奥様のようにこれから人生の盛りを迎える人が、そんなことは言うのは
少し妙だと、奥様の話を聞いて直感しました。

普通に生活をしている人間なら、おそらく生涯で一度も経験することがないと思われる大事件を、
立て続けに二度も経験したわけですから、奥様が少し精神不安定になってもおかしくないと思い
ました。

人が強いストレスを受けた時発症する精神疾患の一つに、
境界性人格障害と呼ばれる症状があるのですが・・、
奥様の場合はその症状の初期現象に近いものだと思われます・・・・・・」

そこまで話して、一郎は突然口を閉ざしました。

つい興奮して、しゃべってはいけないことを話してしまったことに、一郎は気がついたのです。
一方、朝森も、うらぶれた管理人とは思えないほどの自信を見せて、敦子の心理を分析する一郎
を見て、ただの管理人ではないと思い始めたようで、もの問いたげな様子を見せているの
です。

「これは弱りましたね・・・、
つい興奮して、本音を吐き出してしまいました。

朝森さん・・、私は数年前まで産婦人科の医師をしていました。
ある事情があって、目下は廃業しています。
隠し立てするほどのことではないのですが・・、
よろしかったら、これまでどおり、一介の管理人としてお付き合いください・・」

一郎は頭を掻きながら、事情を説明しています。
[Res: 2136] 一丁目一番地の管理人(337) 鶴岡次郎 投稿日:2011/12/05 (月) 11:54

「何か事情がおありのようですね・・、
勿論、言うなといわれれば、何も言いません。

それで・・、先生・・、
ここでは先生と呼ばせてください・・。

敦子は病気なのですか・・・」

「いえ・・、
私が見る限り、敦子さんは病気とは思えません・・。
しかし、非常に不安定な精神状態です。
まわりの人間が十分に気を使うことが大切です。

多くの妊婦などにも良く見られる現象で、
出産とか、人の死とか、そんなギリギリの現象を身近に感じた時、
人は、特に女性は・・、精神的にかなり不安定になります。

死体の発見、会社倒産といった現象を間近で見て、敦子さんの精神は高揚して、彼女自身、『何
かをやらなければいけない・・、自分に出来ることはこれだ・・』と、思いつめた結果、竹内さ
んについてゆくと決めたのです。

その先に苦難の道が待ち受けていると判っていながら、あらゆる利害の感情を超えて、奥様はそ
の道を選ばれたのです。失礼ながら、見かけによらず、奥様は非常にしっかりした意思をお持ち
の方です。素晴らしい方だと思います。

こんな状態になった時、無理に説得すれば、逆に敦子さんはますます頑なになり、より危険な道
を選ぶことになります。遠巻きに見守り、タイミングを見て助けを出す準備をしておくことが大
切だと思います・・」

医者の立場に戻ったような雰囲気を出して一郎が朝森に説明しています。

「今・・、私に出来ることは何もないとおっしゃるのですか・・?」

「残念ながら・・・、私はそう思います・・。
そうはいっても、お二人の問題ですから・・・。
後は・・、朝森さん自身が良く考えた上で決めてください・・。

私がもし朝森さんの立場なら、
しばらく様子を見る道を選ぶと思います。

いずれ、敦子さんから連絡があるはずです・・・・
辛いでしょうが、それまで待っていてあげて下さい・・・・」

不満そうな朝森の表情を見ながら、一郎はゆっくり腰を上げました。朝森に伝えたいことはすべ
て語り終えたのです。後は朝森自身が考え、次の行動を決めれば良いのです。一郎は敦子の新し
い携帯電話番号を朝森に伝えて部屋を出て行きました。

一郎を玄関まで見送った後、朝森がその場で敦子に電話を入れました。敦子のケイタイは呼び出
し音が空しく鳴り、その後、通信できない旨のアナウンスが流れていました。誰とも連絡を取ら
ないと、敦子が宣言していると、朝森は受け止めていました。そして、これで敦子から連絡があ
るのを待つ以外、朝森に敦子を探る手立てがないことを絶望的な気分で感じ取っていたのです。


翌日会社へ出た朝森は、本社の調査課に竹内商事の調査を依頼しました。その結果は直ぐに知ら
されてきました。企業の倒産情報はすべて調査課に集まるようになっているらしく、担当主任の
松原が電話口で竹内商事の情報を朝森に報告してきました。

「竹内商事は二週間前に不渡りを出し、事実上破産していることが判ったよ・・。
取引銀行が貸付金を引き上げ、預金を封鎖され、万事窮して、ヤミ金に手を出し、それが致命傷
になったようだ・・」

朝森は工場の設計課主任で松原とは同期の入社仲間です。この程度の調査依頼には、何の疑いも
持たないで簡単に応じてくれるのです。
[Res: 2136] 一丁目一番地の管理人(338) 鶴岡次郎 投稿日:2011/12/08 (木) 15:24
「・・・以上のような結果だが・・。

お前の仕事関係で竹内商事と何か取引が残っているのか・・?
取引はないのか・・、それなら安心なのだが・・・。

お前に言われて気がついたのだが、この会社の倒産情報はかなり前に届いていた。その時、当社
との取引はないと判断したものだから、社内の関係先に特に連絡をしなかったのだよ・・。

報告書の受け売りだが、竹内商事は小さい貿易商社だが、これまでは堅実な会社だった。あの金
融危機は、どこの会社でも大変だから、逃げないで、倒産手続きをすれば次のチャンスは残って
いたのだが・・。

社長が逃げたのはまずかった・・。
この会社はこれで終わりだよ・・・・。
そして、社長自身も生涯、表舞台には出られないだろう・・・。

大手銀行はしっかり資金を回収できたようだから問題ないが、
裏の金融機関の借金を借り倒す形で逃走したのはまずいね・・・。
社長は一生逃げ回ることになるよ・・・」

「松原・・・
参考までに教えて欲しいのだが・・、
もしその社長、竹内さんが取立て屋に捕まるとどうなるの・・?」

「うん・・・、
いろいろなケースが考えられるが・・・。
先ずは、隠し金や財産は根こそぎ取られる・・。
その取立て屋の手は、社長の家族は勿論、親戚筋まで伸びるよ・・」

「たとえば・・、
その社長に愛人がいたりした場合・・、
その愛人はどうなるのかね・・」

「愛人か・・・、
チョッと前までは酷い行為が横行していたのも事実だ・・・。
しかし、最近は、街の金融機関を取り締まる法律が厳しくなったから、
以前のように、借金の形に女を売るなどの行為は影を潜めたのと聞いている。

確認したわけでないが、竹内商事が取引をしたほどだから、ウラ金と言っても、それなりに実績
と評判を大切にする店だと思う、それに、今の時期、警察沙汰になるのを彼らは一番恐れるか
ら・・、あまり酷いことはしないし、出来ないと思う・・。

多分、愛人には手を出さないと思う・・」

調査課の主任、松原が事務的に報告しています。朝森は全身を緊張させて松原の言葉を聞いて
いて、最期の言葉を聞いた瞬間、大きな吐息を吐いていました。

「朝森・・、社長の竹内さんを個人的に知っているのか・・?
そうだったら・・、もう少し詳しく調べるが・・・」

電話の向うで異様に黙りこくっている朝森の態度を不審に思ったのか、それとも工場の設計課主
任が取引のない倒産会社、竹内商事に突っ込んだ興味を示しているのが、少し気になったのか、
松原が当然の質問しています。
[Res: 2136] 一丁目一番地の管理人(339) 鶴岡次郎 投稿日:2011/12/09 (金) 15:24
「いや・・、
大学時代の友達で、彼は大手商社の社員なのだが・・、
彼と昨夜飲んだ時、竹内商事倒産のことが話題になったんだ。

友達は竹内さんの後輩筋にあたり、個人的に良く知っていて、竹内さんは独身だが若い綺麗な愛
人がいることも知っていたんだ。竹内さんが苦労して興した竹内商事のことが気になって、・・と
いうより、その綺麗な愛人の運命が気になって、酒が入っていたこともあって、いろいろ話し
合ったのだ。二人とも法律に関してはまるきり素人だから勝手なこと言いあっただけで、何も建
設的な意見はまとまらなかったけれどね・・・。

今朝会社に来ても、竹内商事のことが少し気になって、・・と言うよりはその綺麗な愛人の運命
が気になって、これも社会勉強だと思って、お前に問い合わせたのだよ・・。

いや・・、とんだことで・・、お手数をかけた・・」

「ああ・・、そうか・・、
判っていると思うが・・、法律上は、一般的には、婚姻関係がない愛人は、
この場合、責任を追及されないよ。

多分、その竹内さんは直ぐ捕まると思う。そして、その愛人は、その頃には彼と一緒にいないよ、
多分・・、今頃は彼から逃亡していると思う・・、金の切れ目が縁の切れ目って言うだろう・・、ハハ・・・・。

何か不審なことがあれば、連絡をくれれば、いつでも力になるよ・・」

松原に丁寧にお礼を言って朝森は電話を切りました。

「警察に届けるほどのことではない・・・、
しばらく様子を見よう・・・
竹内さんもそれなりの人だ、敦子を守ってくれると期待しよう・・」

敦子を案ずる不安な気持ちを棄てきれないものの、彼個人ではどうすることも出来ないと朝森は
判断したのです。敦子をしばらく竹内に任せて、この問題からしばらく距離を置く気持を固めて
いました。


敦子が別れを告げて以来、管理人夫妻は心配でそれとなく朝森を監視しているのですが、朝森の
様子に特に大きな変化はありません。以前にも増して、忙しく働いている様子で、決まった時間
に出かけ、夜は二、三時間残業して、外で夕食を済ませて、夜10時過ぎ、自宅へ帰る毎日なの
です。

おせっかいな愛は敦子の行方が心配で、親友の由美子に相談しました。由美子の愛人、宇田川が
アングラの世界に顔が広いので、その線で敦子の情報がつかめないかと考えたのです。

愛の相談事はその日の内に由美子からUに伝えられました。
   
「ヤミ金の取り立て屋が動いている以上、早晩、捕まるはずだ・・。
命まで取られることはないと思うが・・、
もう・・、素人が手を出せる段階じゃなくなっている・・。
管理人さんは勿論、朝森さんも下手に動かないほうが良いだろう・・・。

敦子さんの写真があれば手に入れてください。
竹内社長の写真は、会社紹介のWEBを探し、ネットで入手できるはずですから、
そちらのほうは私が手配します・・。

九州へ向かったということだから・・、写真が手に入り次第、俺の仲間に廻状を回しますよ。
地元の的屋仲間が探してくれるはずです・・・」

これが、Uの由美子への返事だったのです。Uの言葉はそのまま愛に伝えられました。

『・・命まで取られることがないはず・・』とのUの言葉を聞いて、愛は震え上がっていました。
勿論敦子の写真はその日の内に、Uに電送されました。


こうして、警察・・、ヤミ金の取立て屋・・、その実態は全国組織を持つ非合法組織なのですが、
そして、Uが依頼した的屋の全国ネットワーク・・、この組織も侮りがたい実力があります・・、
そんな強力な三つの組織から竹内と敦子は追われる身になったのです。

それだけではありません、真黒興産だって黙ってはいないはずです。
[Res: 2136] 新スレを立てます 鶴岡次郎 投稿日:2011/12/12 (月) 13:56
新しい章を立てますので、新スレへ移ります。
                     ジロー

[2115] 一丁目一番地の管理人(その22) 鶴岡次郎 投稿日:2011/10/18 (火) 15:04
土手の森公園に放置されていた死体の第一発見者、竹内敦子がその夫と考えられていた竹内寅之
助と共にいずこかへ失踪していたことが判明しました。それまで、被害者、圧村和夫が生前所属
していた輪島組内に犯人がいると考えていた捜査本部には竹内の失踪はまさに寝耳に水の事態で
した。

急遽、捜査方針が変更され、竹内寅之助と彼の妻、敦子と名乗る女性を重用参考人として手配さ
れることになりました。

事件の全貌はまだ明らかになっていません。引き続きのんびりと語り進めます。ご支援ください。

なお、記事番号2093から、2113までタイトルに添付した番号が間違っていることが判りまし
た。修正が面倒なのでそのままにしておきます。今回の記事から正しい番号を振付けることにし
ます。ご了解ください。


毎度申し上げて恐縮ですが、読者の皆様のご意見、ご感想は『自由にレスして下さい(その
11)』の読者専用スレにご投稿ださい。多数のご意見を待っています。    

また、文中登場する人物、団体は全てフイクションで実在のものでないことをお断りしておきま
す。

発表した内容の筋を壊さない程度に、後になって文章に手を加えることがあります。勿論、誤字
余脱字も気がつけば修正しています。記事の文頭と、文末に下記のように修正記号を入れるよう
にします。修正記号にお気づきの時は、もう一度修正した記事を読み直していただけると幸
いです。

  ・ 文末に修正記号がなければ、無修正です。
  ・ 文末に(2)とあれば、その記事に二回手を加えたことを示します。
  ・ 1779(1)、文頭にこの記号があれば、記事番号1779に一回修正を加えたことを示します。
                                        ジロー
[Res: 2115] 一丁目一番地の管理人(309) 鶴岡次郎 投稿日:2011/10/18 (火) 15:21

敦子の事情

昼間は歯科技工士として働き、夜はコールガールをしていた綾香が、自らの強い意志で泥沼から
抜け出し、田浦正夫と結婚してから数ヶ月経ちました。二人は一丁目一番地にある泉の森荘にそ
のまま住み着いて、新婚生活を楽しんでいます。敦子と田浦のため親身になって尽くした泉の森
荘の管理人、愛夫妻に久しぶりに平穏な日々がおとづれています。

今日も、一郎が売店を担当し、その彼の背後に座って、愛は趣味のパッチワークに精を出してい
るのです。ゆったりとした、幸せな時間が二人の間を流れているのです。


「ネエ・・、
最近、204号室の朝森さんの奥さん・・、
見ないでしょう・・」

「・・・・・・」

どうやら一郎は座ったままコックリコックリと午睡を楽しんでいるようです。その様子を愛が覗
き見て、ニッコリ微笑んで、それ以上の会話を止めて、手元の布に視線を戻しました。


愛が話題に出した204号室の住人は、大手電気メーカの中堅エンジニアーである朝森健次郎、
36歳と、その妻敦子32歳です。敦子は池袋にある一部上場会社、真黒興産、社長秘書室勤務
のエリートウーマンです。身長165で、長い髪と知的な風貌を備えたシャープな美人です。

二人は未だ子宝に恵まれていませんが、傍目にも似合いのスマートな夫妻です。人付き合いもほ
どほどにこなし、礼儀正しく、管理人から見ても何の不満もない店子なのです。

それが、ここ二ヶ月ほど、敦子の姿が見えなくなっているのです。これまでも時々外泊したり、
数日家を空けることがあったのですが、こんなに長く不在になったことはなかったのです。

朝森は規則正しく会社と自宅を通う毎日で、その様子を見る限り、妻敦子のことを心配している
様子は見えないのです。

綾香の問題が解決すると、これまでそれほど気にしていなかった敦子のことが、急に心配になって
きたのです。もっと早く気がつくべきだったと愛は少し反省していたのです。


その日、夕食を摂りながら、昼間相談出来なかった朝森敦子のことを愛は一郎に相談しました。

「そんなに気になるなら、朝森さんに直接確かめようよ・・、
明日の夜、碁会所で会うことになっているから、
勝負が終わったら夕食に誘ってみるよ・・・」

朝森健次郎は学生時代囲碁クラブに所属していて、地区の学生チャンピオンを争ったことがある
ほどの腕前なのです。一郎も素人離れをした碁を打ちます。健次郎がこのアパートに越してきた
のが三年前で、近所の碁会所でと偶然二人は出会い、それ以来好敵手として勝負を楽しむ仲なの
です。そうした仲ですから、碁会所での勝負が終わった後、管理人室での夕食に誘うと一郎が愛
に告げたのです。
[Res: 2115] 一丁目一番地の管理人(310) 鶴岡次郎 投稿日:2011/10/19 (水) 11:14
親しく付き合っていますが、それはあくまでも碁会所でのことで、これまで健次郎は管理人室を
訪れたことさえなかったのです。愛に約束したものの、朝森が誘いを受け入れるかどうか一郎は
自信がありませんでした。
食事に誘われた時点で、妻敦子の話題が出ると健次郎は覚悟を固めたはずです。そして、それが
判っていながら、朝森は一瞬の迷いを見せた後、あっさりとその誘いを受けました。誘いに乗った
のは、この際、信頼できる管理人夫妻にはすべて話しておこうと決心したのだと思います。


愛が心づくしの豆腐鍋を準備しました。朝森も、一郎もいける口です。日本酒の杯を重ねて、酔
いが回り始めた頃を狙って、愛が敦子の話題を出しました。

「最近敦子さんを見ないのですが・・・、
長期の出張か何かですか・・?・」

それまでにこやかに碁の話に興じていた朝森の表情が固まり、手にした杯を口の側で止め、そ
して、ゆっくりと杯をテーブルに置き、質問を発した愛を見て、寂しそうに微笑みました。

「いえ・・・、
出張などではありません・・。
元気に会社勤めはやっていると思います・・。

敦子は家を出て・・、愛人と一緒に暮しています・・・」

「・・・・・・・・」

愛も一郎も言葉を失っていました。

「ハハ・・・・、
妻が家を出て、愛人と一緒に暮していると話したら・・・、
誰だってビックリしますよね・・・、

親身になってご心配ただいている管理人さんには、機会があればぜひ話しておきたいと思ってい
ました。よろしかったら、我々夫婦のだらしないこれまでの生活を聞いてください・・・」

愛と一郎の不審な表情を見ながら、朝森は寂しい笑みを絶やさないで話し始めました。

「彼女との最初の出会いは学生時代の合コンでした。最初に出合った日に肉体関係が出来ました。
そして、それから親しく付き合うようになっても、私も彼女も複数のセックスフレンドがいまし
た。二人とも、そんな生活スタイルが格好いいと思っていたのです。

私の目の前で、敦子が他の男に抱かれるのを何度も見たことがあります・・」

大手電気メーカのエリートエンジニアーにふさわしい端正な顔を、恥じらいで少しゆがめながら
健次郎は話しています。

「親の仕送りが頼りの学生生活ですから、経済的な理由もあって、二人一緒に暮らそうというこ
とになり、同棲を始めました。勿論、双方の両親には内緒の関係です。同棲期間中も、互いに複
数のセックスフレンドがいました。

多分二人とも、結婚する意図は皆無だったと思います。

私が就職した後も同棲を続け、彼女が卒業した時、同棲を解消しました。
それ以来、数年、彼女と会うことはありませんでした・・・・」

自分たちとはかなり異なる性生活観を持った健次郎と敦子の話に愛夫妻はやや驚いていました。
二人を見る限り、そんな奔放な学生時代をすごしたとは夢にも思っていなかったのです。


「スイングパーテイというのをご存知ですか・・・?」

ある事情があって、愛夫妻はスイング・パーテイの知識が十分あり、そのことに特別の感情を
持っています。医者とナースの職を捨てて、この地に流れてきた経緯にこのパーテイに絡む事件
があるのです。勿論そのことは表情には出さず、二人は首を振っています。

「そうでしょうね・・・、良識ある市民のすることではありませんからね・・・。

スイング・パーテイはいわば乱交パーテイで、気心の知れあったカップルが集まって、自由に相
手を交換して、一夜限りの歓楽を求める、そんな破廉恥な大人のお祭りです・・・。

パーテイに出席するのはカップルが原則で、そのカップルは例外なく中年過ぎの人たちです。こ
うした会では、主催者の配慮で独身の若い男女が数人、会を盛り上げる目的で招待されます。招
待といいながらも、そうした男女は金で雇われたホストであり、ホステスなのです・・・・」

話が妙な方向に流れたことを愛は気遣っていました。こんな展開になるのであれば、由美子を同
席させておけばよかったと頭の隅で考えていたのです。(1)
[Res: 2115] 一丁目一番地の管理人(311) 鶴岡次郎 投稿日:2011/10/20 (木) 12:07
2117(1)

「敦子と別れてから、会社勤めは真面目にやりましたが、自堕落な性生活は変わりませんでした。
会社の娘(こ)には手を出しませんでしたが、手当たり次第に女性に声をかけていました。若
かったせいで、街に出れば、一夜限りの遊び相手に困ることはありませんでした。そんな生活を
反省するどころか、何処かで得意になっていたのです。今考えると赤面モノです。

スイングパーテにもコネが出来て、毎回のように「単独さん」と呼ばれて、金で雇われていま
した・・・」

自嘲的な笑みを浮かべて、淡々と朝森は話していました。話の展開に気を取られて、鍋の汁が干
上がっているのに気づかずにいた愛が慌てて鍋の火を止めていました。

「ある時、少し送れて会に顔を出したことがありました。既に会は乱れていて、あちらこちらで
絡みあう男女の姿がありました。いつものように、シャワーを使い、生まれたままの姿でフロアー
に立ちました。部屋の中央で明らかに『単独さん』だと判る女が、中年男性メンバーに抱かれ、喘
いでいるのを見ました。

見事なスタイルの女性で薄暗い光の中でも異彩を放っていて、他の女性を圧倒していました。
セックスが好きなようで、その中年過ぎの男性メンバーを弄んでいる様子でした。

私は女性メンバーにサービスする仕事も忘れて、その女性の乱れた姿に見惚れていました。間も
無く、数人の男性メンバーが彼女の周りに集まり始めました。

彼女は嬉々として複数の男の相手を始めました。どうやらそうした行為に慣れている様子でした。
メンバー三人の肉棒を、全身の愛孔で受け入れ、両手に二本の陰茎を握っているのです・・・。

ああ・・、奥さんの前でこんな話失礼ですよネ・・・、
僕、少し酔ったようです・・・」

紅潮した表情を浮かべて愛がかすかに首を振っています。

「女の声を聞いて、敦子だと気がつきました。
どうやら、彼女は私に最初から気がついていたようです。

二人とも金で雇われていたのです。お断りしておきますが、その頃、そんなに金に困っていたわ
けでありません、むしろ、二人とも一流会社に就職していて、同年代の中では恵まれた方だった
と思います・・・。

結局のところ、二人ともセックスが目的でそんなアルバイトをしていたのです・・・・」

あきれた表情を一郎も、愛も隠しませんでした。学生時代の奔放な生活観がそこまで尾を引いて
いるのだと、内心、若い二人に同情さえしていたのです。

「その時以来、パーテイ以外でも頻繁に会うようになり、
毎日会っているのなら、一緒に暮らそうということになり、
互いに決まった相手もいなかったので、結婚に踏み切ったのです・・」

健次郎の言葉どおり受け止めると、かなり不謹慎で、不真面目な結婚観ですが、その言葉は一種
の衒いで、乱脈な独身時代の放浪の果てに、遂に生涯のパートナーを見つけた、それが健次郎で
あり、敦子であった・・。

二人の本音は真剣に愛し合っていたのだろうと、愛夫妻は彼の言葉を翻訳して受け止めていまし
た。
[Res: 2115] 一丁目一番地の管理人(312) 鶴岡次郎 投稿日:2011/10/21 (金) 15:32
「結婚後も、私達の生活態度はそんなに変わりませんでした。結婚したことを口実にしてセック
スフレンドとの仲は二人とも一応切ることにしたのですが、気に入った相手、二、三人との関係
を私はこっそり維持していました。敦子はと言うと、私自身はそれほど気にはしていませんでし
たが、多分、私同様、二、三人のセックスフレンドとの仲は続いていたのだと思います。そして、
スイングパーテイの正式メンバーになり、二人揃って、以前より頻繁に顔を出すようになってい
ました。

それが・・・、今から一年ほど前ですが、敦子がパーテイに出るのを嫌がるようになりました。
私も以前ほどの興味が失せていた頃でしたし、こんな生活をいつまでも続けるべきでないと、遅
まきながら、正気を取り戻したのです。それで、敦子の意志を尊重する形でパーテイへの出席を
止めることにしました。

これからは、ごく普通の夫婦生活をすることになる・・、真面目に子作りでも始めるかと思った
矢先でした・・」

そこで言葉を切った健次郎は、日本酒をコップに注いでぐいっと飲み干しました。これから微妙
な話をするため、酒の力を借りる必要があったのでしょう。一方、ここまで来ると話の先がある
程度読めるだけに、愛夫妻は暗い気分で聞いていました。


「敦子がパーテイに出るのを嫌がり始めたのは、私を思ってのことではなかったのです。パーテ
イで知り合った一人の男との関係を大切にするため、他の男との関係を切ることにした結果だった
のです。

50歳過ぎの実業家、竹内寅之助に敦子はぞっこん参ってしまったのです。彼とはそんなに古い
付き合いでなく、結婚後、二人揃ってパーテイに出るようになってからの知り合いで、当時、彼
はいつも飛びっきりの美人を連れて来ていました。

彼が連れてくる美人たちはどうやらプロのコールガールだったようですが、私は彼女たちに心を
奪われ、敦子のことを忘れることが多かったのです。それを良いことに、彼は敦子をいつも独占
していました・・・」

竹内と敦子の関係を語る朝森の表情が恍惚としていました。朝森の表情が変化するのを認めた一
郎と愛は一瞬、意味ある表情を浮かべ互いの顔を見ていました。

「竹内の凄い技で敦子が翻弄され、のた打ち回り、悶え・・・、
彼の手で何度も天国へ連れて行かれるのをは目の当たりにしていました
それまで、そんなによがる敦子を見たことがありませんでした・・」

竹内の連れてきた美しい女を抱いている朝森から一メートルと離れていない場所で敦子は竹内に
抱かれることが多かったのです。敦子は朝森に乱れる姿を見られるのを嫌がっていたのですが、
どうやら竹内は意図して敦子が悶える姿を朝森に見せつけていたのです。

「今考えると私と女達の性交は形だけのもので、敦子と彼のセックスは、まさにメスとオスが互
いの欲望を真正面からぶつけ合う、真剣勝負だったと思います。

スイングパーテイの会場以外でも、敦子は時々呼び出され、彼に抱かれているのを私は知ってい
ました。敦子が彼の体に次第に溺れて行くのを私は手をこまねいて見ているだけだったのです・・」

妻が寝取られる話をしていながら、朝森は何処か嬉しそうな表情を浮かべているのです。一郎と
愛は医療の専門家ですから、朝森の隠された一面を的確に看過していました。


「若い頃からたくさんの男と接して経験豊富な敦子ですが、それはセックスの回数と交わった男
の数を重ねただけのことで、おそらく、敦子はそれまでセックスの味を十分に理解していなかった
のです。ようやく女として身体が成熟して、本当のセックスの味が判る歳に到達した時、そこに
登場したのが竹内だったのです。

私には出来なかったことを、竹内は易々とやり遂げ、敦子を本当の女にしたのです・・・」

そう言って、朝森は寂しい表情を作りうな垂れてしまいました。一郎と愛は慰める言葉を持って
いませんでした。
[Res: 2115] 一丁目一番地の管理人(313) 鶴岡次郎 投稿日:2011/10/29 (土) 15:09
「今思い出しても、敦子と竹内の交わりは本当に凄いものでした・・・。
その道の達人が多いスイングパーテイでも二人は直ぐに有名になりました・・。

こんなこともありました・・・・・・」

コップ酒で濡れた唇を舐めながら朝森がまた話し始めました。妻が寝取られた話をしているのに、
なにやら自慢話をしている雰囲気さえ出しているのです。その様子を見て、朝森は真性のMだと
愛と一郎は断定していました。


主催者の配慮で、会が始まると会を盛り上げる目的で会場内に設けられた一段高い舞台の上で、
プロの男女が絡み会いを見せるのですが、ある時からその場所は竹内と敦子の定位置になりまし
た。

スポットライトに照らし出された真っ赤な絨毯の上で、少しメタボ気味で浅黒い肌を持ち、身長
160センチ、頭髪がさびしくなった竹内と、165センチの身長で見事に均整の取れた体躯で、
輝く白い肌の敦子が絡み会うのです。そのアンバランスが奇妙な高揚感を見るものに与えるので
す。

竹内の攻め方は、さすがにベテランと思わせるもので、最初は敦子の全身を精力的に舌で嘗め回
すのです。両手両脚をいっぱいに開いた敦子のあらゆる部分を長い舌で精力的に舐めるのです。
この攻めが10分以上続きます。敦子の唸り声と、竹内の舌使いの音が隠微に会場に響き渡り、
そこに居る男女は互いのパートナーの陰部を触りながら、息を詰めて見つめているのです。

「・・欲しい・・、入れて・・、チ○ポ入れて・・」

敦子が長い髪を振り乱して狂乱し始めると、ようやく竹内は舌の攻撃を止めます。ゆっくりと竹
内は白い下帯(フンドシ)を解き、その帯で敦子の両手両脚を手際よく縛り、敦子を海老ぞりに
してしまいます。そして備え付けのバイブレーターとか、デルドーで敦子を攻め始めます。全身
から脂汗を噴出させて敦子がのた打ち回り、何度も逝きます。

敦子の両手両脚から白い下帯を解き放ち、竹内は敦子の身体を開放します。その頃には敦子は正
気を失い、グッタリと身体を投げ出し、何事かうわ言を言っている状態になっています。敦子は
男根を求めるただのメスに堕ちているのです。

「小男の大マラ」とはよく言ったもので、竹内のそれは、反り返り、におい立ち、まさに名刀の
風格を備えているのです。竹内が立ち上がり会場にその威容を誇らしげに示します。数人の女性
メンバーが駆け寄り、それに口付けをしたり、頬付けしたりするのです。

・・・と・・・、いよいよ挿入です。

グッタリと身体を投げ出している敦子の両脚を肩に担ぎ上げ、敦子の女陰をスポットライトに浮
かび上がらせ、その景色を観衆に堪能させるのです。

竹内は一気に男根を打ち込みます。獣のような悲鳴を上げて、敦子が全身を痙攣させています。
二人の接点から愛液が飛び散り、スポットライトの中でその水滴が煌いているのです。この頃に
なると、会場のあちら此方で呻き声が聞こえるようになります。


「いつでもあんなにいい気分になるのなら、彼は敦子にとって特別な男になると、危惧したこと
は勿論ありました。それでも、彼は50歳過ぎで、金回りは良いものの、ビジュアル面が見劣り
するので、彼と敦子は単純な野獣の関係だ・・、肉の関係だけだ・・と、思っていたのです・・。

多分、そう思うことで、僕の気持ちをごまかしていたのだと思います・・・」

酔うと青白くなる健次郎は、その美貌故に、妖気さえ漂わせて話しているのです。
[Res: 2115] 一丁目一番地の管理人(314) 鶴岡次郎 投稿日:2011/10/31 (月) 12:23

「ある日、竹内寅之助から会社に電話がありました。
その夜、彼のマンションへ来るようにとの誘いでした・・。
親しく付き合っていましたが、相手を自宅に招くほど互いに気を許し合っていませんでしたから、
少し構える気分になりました。

それでも、その頃、敦子が数日の出張予定で家を留守にしていたことでもあり、素直に彼の誘い
に乗ることにしました。退社時間が来て、近くの私鉄駅で彼と落ち合い、徒歩で彼のマンション
に向かいました。

パーテイ会場と同じ様に、彼が雇った美しい女が抱ける期待で、ムズムズしながら彼について
行ったのです・・、その時、敦子のことは頭にありませんでした・・」

都心に近く、ウオーターフロントに林立している高層マンションの一つに竹内は住んでいました。
健次郎と竹内は最上階、70階のペントハウスのエントランスに着きました。最上階の天井が抜
けていて、夜空が見える空間に青竹が自然のままで植え込まれていました。その中をくねくねと
曲がる細い道をたどり、部屋の入口に到達し、竹内が呼び鈴を押すと、間を置かず扉のロックが
内側から開錠されました。独身のはずの竹内ですが、今日は誰かが室内に居るようです。

広い居間に入りましたが誰もいませんでした。竹内が部屋着に着替えると言って別室に消え、健
次郎は出されたスコッチの水割りを舐めながら、息を呑むような都心の夜景を眺めていました。
圧倒的な竹内の財力に健次郎は少し打ちのめされていたのです。

ガウン姿の竹内が白い薄地のガウンを着た女性の手をとって現れました。離れたところにいる健
次郎から見ても、女性はガウンの下には何も着けていなくて、豊かの乳房も、股間の茂みも、妖
しく透けて見えていました。

「敦子・・・」

てっきり竹内の女が現れると思っていた健次郎は、敦子をそこに見てビックリしました。敦子は
静かに頭を下げて、竹内と並んで健次郎の前に腰を下ろしました。竹内と敦子が来客の健次郎を
迎える形です。


「要するに・・・、

離婚は望まないが、しばらく竹内と一緒に暮らしたい、
竹内のカラダなしでは一日も生きて行けない・・。

敦子の言い分を要約するとそんなところでした」

吐き捨てるように健次郎は愛夫妻に告げました。話の内容が気に入らないらしく、いつも愛想が
いい一郎が、珍しく難しい表情で口をへの字に結んでいます。そんな一郎の様子をはらはらしな
がら愛が見ています。

「それで・・・、
朝森さんは・・、
なんて答えたのですか・・・」

一郎のそっけない態度を気にして、その場の雰囲気を和らげようとして、愛がおずおずと質問し
ているのです。

「結婚してからも、他の男と一緒に敦子は旅行したりしていました。そんな時、笑顔で送り出し
た後、数日経って戻ってきた彼女から、男と過ごした旅行の話を聞いて興奮していました。

それで、竹内のことも、その延長線上の出来事だと思えば、それほど騒ぐことでもないと思いま
した。その一方で、今度は少し違うとも・・、思っていました。

・・というのも・・、
敦子の様子がなんとなくいつもと変わっていると感じたのです。

それまでは、男と一緒にいるところを私が見るのを、敦子は凄く嫌がっていました。それが竹内
と一緒だと、ことさら仲の良さを私に見せ付けるようにしていたのです・・」

かなり次元の違う世界の出来事だと愛はやや冷めた表情で聞いていました。こんなことならそれ
ほど心配する必要がなかったと、他人の夫婦関係に余計な口を出し、でしゃばりすぎたと、愛は
少し後悔し始めていたのです。
[Res: 2115] 一丁目一番地の管理人(315) 鶴岡次郎 投稿日:2011/11/04 (金) 09:59
「ここで嫌と言えば、男が小さいと思われる・・
敦子と私の関係は、他の夫婦とは違うんだ・・。
そんなバカな見栄から、二人の関係を認めることにしました。

一ヶ月の内、半分は竹内のところで暮すことを認めたのです・・・」

一郎が首を左右に振って、あからさまな不快感と不同意の意向を示しています。愛も興ざめの様
子です。二人の様子を見た健次郎は少し寂しそうな表情をして、二人から視線を外し、下を向き
ました。

しばらくの沈黙が続きました。愛も一郎もこの先の話を聞く興味を失っている表情をあからさま
に出しています。三人は向き合ったまま黙って、コップの酒を飲んでいました。健次郎がゆっく
りと口を開きました。

「お耳障りな話だと思いますが、誰かに聞いていただきたいと常々思っていました。
ご迷惑でしょうが聞いてください・・」

どうやら最後まで話し切ると健次郎は決心した様子です。愛と一郎が黙って頷いています。


「私が承諾すると、竹内は凄く喜びました・・。
そして・・、いきなり、敦子を抱きしめキッスをしたのです・・」

健次郎がいるので、最初は嫌がっていた敦子ですが、その抵抗もしだいに弱くなり、遂にはため
らいながら、竹内の愛撫に応え始めました・・・。パーテイ以外の場で二人が抱き会うのを見る
のは、健次郎にとって勿論初めてでした。

パーテイでは、そこへ行く前からその覚悟が出来ていますから、敦子が弄ばれても、何とか堪え
られるのですが、その時は違いました。竹内の自宅へ招かれ、スーツ姿でいる夫の目の前で、二
人は素肌にガウンを着て抱き合っているのです。そして、互いの身体を探りながら、音を立てて
キッスをしているのです・・・・。

竹内の手が敦子の股間に伸び、敦子はそれを迎え入れるように・・、少し両脚を開き始めまし
た・・・・・・。


かなり酔った健次郎は、普段なら決して話さない竹内と敦子の絡みを、愛夫妻に話しています。
それは愛夫妻にとっては出来の悪いポルノ小説を聞かされているような内容で、決して愉快な話
ではないのです。いつもの愛夫妻なら、そんな話に決して耳を貸さないのですが、何故か今日は、
朝森の口を止めようとしないのです。

そうは言うものの、その際どい話をしている朝森の顔が涙で濡れているのを二人は見てしまった
のです。Mだから嫉妬心がないと思うのは間違いで、逆に朝森は最高の喜びを感じながらも、愛
妻の心も体も奪われた事実を突きつけられ、悶え死にするほどの嫉妬心と自己嫌悪感に苛まれ、
誰にも話すことが出来ないで、一人悩んで来たのです。そのことを愛夫妻は朝森の様子から敏感
に悟っていたのです。

二人に敦子と竹内の乱れた様子を話すことで、朝森の中にうっ積している感情が発散されて、苦
悩の渦中にいる彼を少しでも助けることになればと思って、二人は朝森のおしゃべりを止めな
かったのです。
[Res: 2115] 一丁目一番地の管理人(316) 鶴岡次郎 投稿日:2011/11/05 (土) 10:02
「最初こそ、私の存在を気にしていた敦子ですが、
竹内に口を吸われ、全身を愛撫されると、次第に私の存在を忘れたようです、
いえ・・、むしろ私に見せ付けるように・・・、
両脚を一杯開いて・・・、
男の指がはまり込んだアソコを、私に見せ付けていました・・・」

竹内の唇を受け止めながら、健次郎の手前、敦子は両手で竹内の身体を押しのけ、何とか彼から
離れようとしました。しかし、所詮、女の力では限界があります。唇を吸われ、乳房を揉まれる
と次第に抵抗する力が衰え、遂には敦子の両手が竹内の首に巻きつけられました。こうなると竹
内のものです。

素早く片手で部屋着を脱ぎ捨てると、竹内は全裸になりました。彼が自慢する業物は直立して腹
にくっつく感じです。敦子の薄手のガウンはまくり上げられ、彼女の下半身を覆うものは何もな
くなっています。

竹内の指が敦子の股間に届くと、敦子は高い悲鳴を上げました。嫌がっていない証拠に、両脚を
大きく開きました。竹内の指が二本・・、濡れそぼった亀裂にゆっくり埋もれて行くのを、健次
郎は瞬きもしないで見ていました。

唇を吸われ、股間を刺激され、そして、その様子を夫に見られている・・。敦子は身体を激しく
くねらせて、悲鳴を上げていました。上に捲り上げられていた薄いガウンは竹内の手で剥ぎ取ら
れ、床に捨てられました。

敦子の右手が、ためらいを見せながら竹内の股間に迫りました。指が肉棒に触れた瞬間、それを
待っていた竹内の指が深々と亀裂に突き入れられました。悲鳴を上げて敦子が身体を仰け反らせ
ています。それでも彼女の右手はしっかりと肉棒を握り締め、巧みにそれを絞りたてているので
す。

それからの二人は、朝森の存在を忘れたかのように、唇を吸い、それに飽きると互いの顔を嘗め
回し、指は互いの性器を弄んでいるのです。竹内の愛撫と指技で敦子は何度も絶頂に達し、その
都度大量の愛液を噴出させていました。上質の皮製のソファーが愛液で濡れて光っていました。


・・と・・、敦子が立ち上がりました・・・。


朝森を見て、にんまりと微笑み、床に捨ててあった、白いガウンを取り上げ、朝森に向き合った
まま、ゆっくりと両脚を開きました。散々に竹内の指で弄ばれ、大量の潮を噴出したそこは、
サーモンピンクの内襞が食み出し、そこにびっしょりと濡れた陰毛が張り付いているんです。

その部分を朝森にこれ見よがしにさらして、敦子は乱暴にガウンでその部分を拭いました。朝森
は呆然として、ただ敦子の淫らな仕草を見ていました。

股間を拭き終わった敦子は、朦朧とした視線を朝森に向けたまま、ポイとガウンを投げ捨て、竹
内に背を向けて、大きく片足を持ち上げ、彼のひざの上に腰を落とし、右手を使って器用に業物
を股間に導き、一気に身体を沈めました。

悲鳴を上げて、白い喉を見せて仰け反る敦子、巧みに腰を突き上げる竹内、瞬きもしないで二人
を見つめる朝森。その光景は獣たちもここまではしないだろうと思えるものでした。

敦子の正面にいる健次郎から、敦子の股間に食い込んでいる竹内の黒い肉棒が良く見えるのです。
それは敦子の粘液を全身に絡ませて、毒々しいほどの威容を健次郎に見せ付けていました。


「竹内を受け入れた敦子のアソコから白い液が流れ出しているのを・・、
私はぼんやり見つめていました。

多分、竹内が私を呼び出したのは、
そんな敦子を見せ付けるのが目的だったと思います。

こうして、私は・・、そして多分、敦子も・・、
竹内の罠にまんまとはまり込んでしまったのです・・・。

こうして、私は・・、そして多分、敦子も・・、
竹内の罠にまんまとはまり込んでしまったのです・・・。

事実、その日から敦子は私との接触を避けるようになり、
私も、なんだか白けてしまって、敦子のいない生活に立て篭もるようになり、
二人のことはなるべく考えないようにしていました・・」

愛夫妻はヘキヘキしながらも、すこし興奮して聞いていました。勿論、話している健次郎が一番
興奮していたのです。
[Res: 2115] 一丁目一番地の管理人(317) 鶴岡次郎 投稿日:2011/11/06 (日) 11:32
2124(1)

「あの日から今日で二ヶ月過ぎました・・。
月の内半分はアパートに戻ることになっている敦子が、
あの日以来、こちらには一度も戻らないのです・・。

勿論、約束違反です・・。
敦子からも、竹内からも、何も連絡がありません・・・。
パーテイにも彼らは顔を出さなくなっています。

しかし・・、私は・・・、そのままにしています・・・

これが今日までの経緯です・・、
お耳汚しな、だらしがない話を辛抱強く聞いていただいたことにお礼申し上げます。
奥様には随分とご心配をおかけしたようですが、敦子は元気です・・・」

なんとなく中途半端で、歯切れが悪い言葉使いで朝森は告白を終えました。

「朝森さん・・・、
奥さんから何も連絡がないのは、
非常に危険なシグナルです・・・」

朝森の言葉が終わるのが待ちきれない様子で、一郎が口を開きました。朝森の話を聞いていて、
途中何度も口を挟みかけようとして、その都度愛に止められていたのです。

「余計のおせっかいだと思いますが、このままにしておくのはまずいですよ・・、
奥さんの首に縄でもつけて、引き戻すことを勧めます・・
男なら、ここで戦わないと、後で悔やむことになりますよ・・・」

嘘か本当か定かでない男女の痴話話を聞いて、普段なら笑い飛ばすはずの一郎が、珍しく血相を
変えて朝森に迫っています。愛も、同じように義憤を感じているようで、さかんに頷いています。

「ハイ・・・、それは判っているのです・・・、
実は・・、先日、私から電話を入れて、敦子とようやく話ができました・・。
そして、このままで行くといずれ破局を迎えることになると敦子に告げました。

すると・・、敦子が・・・、
少しほとぼりが冷めるのを待った方が良いというのです・・。

敦子自身は離婚を望んでいないと、はっきり言いました。
直ぐにでも帰りたいけれど、竹内を一人置き去りに出来ないと言うのです・・」

「バカなことを・・・、
そんなことをしていると、敦子さんもあなたもダメになりますよ・・。

ほとぼりを冷ますと言いましたね・・?
誰の熱が下がるのを待つのですか・・?
誰が熱くなっているのですか・・・?

熱くなっているのは、その男だけでしょう・・・・?
だったら、待つ必用などありませんよ、
その男に冷や水をぶっ掛けてやれば十分ですよ・・・・」

「・・・・・・」

一郎の凄い剣幕に、朝森が絶句しています。

「ああ・・、すみません・・、
私としたことが、つい、言葉を荒立ててしまって・・・。

実は・・、私にも、似た経験があって・・、
つい・・、その頃を思い出して、他人事には思えない気持ちなっていました・・」

どうやら、一郎と愛の間に、朝森と敦子に似た経験があるような雰囲気です。朝森の煮え切れな
い態度に、昔を思い出し、つい興奮した・・。そんな様子です。
[Res: 2115] 一丁目一番地の管理人(318) 鶴岡次郎 投稿日:2011/11/07 (月) 11:51
「朝森さん・・・、

あなたと奥様にとっては、今回の事件は今まで何度も繰り返して来た遊びの域を出ていないと思
います、いずれ奥様は戻ってくると高を括って、あなたは余裕で二人を見ているようですね・・。

しかし、その男の中では、スイングパーテイの遊び心が本気に変化しているのです。最初は遊び
心で奥さんと接していたその男の中に変化が起きたのです。奥さんを手放したくない・・。そん
な強い、邪まな感情が、その男の心を席巻しているのです。

あなたはお若いから判らないと思いますが、ある年を過ぎると、こと女のことでは、男は追い込
まれた心境になり、掴んだチャンスに対して、必要以上に固執するようになるのです。

その男にすれば、敦子さんのように素敵な女性を愛人に出来るのはこれが最期だと思っているに
違いないのです。

恥も、外聞も、男の名誉も、見栄も、手の中にいる女を繋ぎ止めておくためなら、何もかも捨て
てもかまわない・・、考えられる限りの汚い手を使うことも厭わないと・・、そう決心している
に違いないのです・・・。

普通の常識では考えられない状態に、男の精神は置かれていると思うべきです。だから、その男
が社会的にどんなに評価されていても・・、大会社の役員であろうと、高名な学者であろうと、
年齢に追い詰められた男の感情は変わりません。社会的に高い評価を受けていることと、女の問
題は、全く別物だと考えるべきです。

例えて見れば、アングラの世界に生きる男に奥さんが拉致されたとおなじ条件だと考えるべきで
す・・」

情熱的に話す一郎の剣幕に朝森が驚いています。そして、朝森を説得している一郎ですが、その
言葉を一郎自身に言い聞かせている様にも聞こえるのです。


「管理人さんのおっしゃるとおりです。
最近になって、ようやく竹内の本音が判りました・・」

「それが判っているのなら・・・
どうして・・・」

「竹内に・・・
あいつに・・・、弱みを握られていて・・・
私達・・・、動きがとれなくなっているのです・・・。

申し訳ありませんが・・、
これ以上は・・、
今はお話できないのです・・・」

「・・・・・・・・・」

そう言って、朝森は口を固く閉じました。一郎と愛が何を言っても受け付けない姿勢を見せてい
るのです。朝森は、黙って冷酒をがぶ飲みしました。そして、酔った健次郎は同じことを繰り返
し、くどくどと話を蒸し返し、挙句、泣きだしたのです。こうなってしまっては、真面目な話は
出来ません。一郎が肩を貸し、健次郎を204号室へ送り届けました。
[Res: 2115] 一丁目一番地の管理人(319) 鶴岡次郎 投稿日:2011/11/09 (水) 13:22
「ゴメンナサイ・・、
私が余計なことをお願いしたばっかりに・・」

戻ってきた一郎に愛は頭を下げていました。

「うん・・
聞きたくない話だったネ・・・・」

「・・・・・・」

愛が黙って一郎を見つめています。多分・・、二人の脳裏に生涯忘れることが出来ない事件の思
い出が浮かび上がっていたのでしょう・・。

愛が黙って一郎の胸に頭を付けました。一郎が愛の頭を優しく撫ぜています。二人はそのまま抱
き合っていました。二人は辛い思い出をここで口に出すことはありませんでした。既にあの事件
は二人の間では思い出の領域に収められ、二人で慰めあうこともなくなっているのです。

一郎から身体を離し、お茶を入れながら、愛が笑みを浮かべながら話し始めました。

「私・・・、
もう少しまともの人たちだと思っていた。
あんなにいい加減な人たちだと知っていたら、
こんなに心配しなかったのに・・・」

「うん・・、まあ・・、そうだな・・・。
それにしても・・、僕達と同じ失敗はさせたくないね・・・」

「私達とは違います。
それに・・・、私達は失敗したわけでありません・・。
私・・・、今の境遇を決して後悔していません・・・・」

「ゴメン・・、ゴメン・・。
そうだったよね・・」

愛の強い抗議に一郎が頭を下げています。愛が微笑を浮かべています。

「敦子さんの身を心配するお前の優しい気持は、
朝森さんにきっと通じたと思うよ・・。
きっと判っているはずだよ・・・」

「そうだと良いのだけれど・・・」

「ああ見えて、朝森さんは案外まっとうな人だよ・・、
お前の優しい気持ちが判ったからこそ、
誰にも話せないでいた夫婦の秘密を僕達に話したのだよ・・」

愛が頷いています。朝森が大きな悩みを抱えているのが愛にも良く判っていたのです。

「本当は奥さんを早く取り戻したいのだと思う・・・。
それが出来ない事情が有りそうだが、
最期までその理由(わけ)を話さなかった・・・。

彼を見ていて感じたのだが・・・
朝森さん・・、
何か大きな重荷を背負っているようだ、それをあの男に嗅ぎ出され、
脅かされ、奥さんを、いわば人質にとられているのかもしれない・・・。

もしそうだとすると・・、
もう・・、われわれの出る幕はなくなってしまう・・、
朝森さん・・、次の一手を何処に打つのだろう・・」

最後の言葉を独り言のように言って、一郎は何事か考え込んでいました。どうやら、一郎は朝森
の背後にある大きな秘密の影を感じ取っている様子です。不安そうな表情をして愛が一郎を見つ
めています。そして、明日にでも由美子に朝森のことを相談してみようと思っていたのです。由
美子なら、どんな事態になってもしっかりした判断を示してくれると思ったのです。
[Res: 2115] 一丁目一番地の管理人(320) 鶴岡次郎 投稿日:2011/11/10 (木) 11:43
それから一ヶ月経った時、愛が一人で留守番をしていた昼下がり、一人の女が勝って知った様子
でアパートの玄関から入ってきて、迷わず二階に通じる階段に向かいました。訪問客であれば必
ず管理人室に寄るよう張り紙がしてあるのです。

朝森敦子でした。三ヶ月ぶりに見る敦子は少しやつれた様子でした。

『おせっかいだと非難されようとかまわない・・・』

愛は独り言を呟いて、管理人室を出て敦子を追いました。


204号室の鍵を開けようとしているところで愛は敦子に追いつきました。

「アッ・・、管理人さん・・・、
ご無沙汰いたしております・・・」

悪びれた様子を見せないで敦子が真っ直ぐに愛を見つめて、ゆっくりと頭を下げました。

「しばらく顔を見なかったから心配していたの・・」

「スミマセン・・・、ご心配をおかけしました。
仕事の関係で、知人の家に出かけておりました・・・」

「ハイ・・、事情はある程度知っています。
先日、ご主人から、奥様が不在の理由をあらまし聞きました・・」

「エッ・・・、主人が・・・・
管理人さんにお話したのですか・・・」

少し驚いた様子で敦子はまじまじと愛の表情を見つめていました。そして、少し考える様子を見
せて、口を開きました。

「管理人さん・・、
私、着替えを取りにここへ来ました。
しばらく、関東から離れることになりそうなのです・・。

後で、管理人室へ寄ります・・・
詳しいことは、その時に・・・」

時計をチラッと見て、敦子はそう言って204号室へ消えてゆきました。


キャスター付きの大きな旅行カバンを持って敦子が管理人室に現われたのはそれから一時間ほど
経った時でした。そこには一郎と愛が待っていました。一郎が出かけていた碁会所に連絡して、
愛が彼を呼び戻したのです。これから羽田に出て、午後6時の便に乗るから、それまで、少し時
間があるからと前置きをしながら敦子は愛と一郎の前に座りました。

「奥様はご存じないかもしれませんが、ご主人とは囲碁仲間で、以前から、親しくさせていただ
いております。時間があまりないようですから、端的に申し上げます。

奥様の姿をしばらく見なかったので、おせっかいだとは思いましたが、先日、ご主人をここへお
招きして、酒を飲みながら、いろいろ話を聞きました。

奥様が竹内さんとおっしゃる愛人と一緒に暮らすようになった事情もうかがいました。そして、
約束では半月経てばこちらに戻る約束になっているのに、奥様が竹内さんのところに行ったきり
帰ってこないと、朝森さんはおっしゃっていました・・・」

それほど驚いた様子でもなく、敦子は一郎の話を聞いていました。

「私が戻らない理由を、朝森は何か言っていましたか・・?」

「いえ・・、はっきりとした理由はうかがっておりません・・。
ただ・・、『妻がここへ戻らないのは、多分愛人の身体におぼれているからだと思います・・』
と、彼は捨て鉢気味に言っていました」

まさかそんなにストレートに一郎が言わないだろうと思っていた愛が、ビックリした表情で一郎
を見つめています。敦子が少し頬を染めて下を向いています。

「その時、思いました・・・。
これには何か裏が隠されているはずだと確信したのです・・・。

朝森さんは普段そんなことをあからさまに言う人でないし、奥様もそんなふしだらな方でないと
思っていますから、多分、他人には言えない事情が何かあるのだと私は思いました・・」

その事情をここで告白して欲しいと、強い希望を込めて、一郎が敦子に強い視線を向けて、はっき
りした語調で言いました。敦子は一郎から視線を外して下を向き、じっと何事か考えている様子
です。
[Res: 2115] 一丁目一番地の管理人(321) 鶴岡次郎 投稿日:2011/11/11 (金) 13:22
「親身に、私達のことをご心配していただいているのは良く判ります。
そのことには言葉では申し上げられないほど感謝しております。

私達、これまで勝手な生き方をしてきたせいで、悩み事を相談する人がいないのです。だらしが
ない私達のことをこんなに心配していただけるなんて、本当に、思いもかけないことでした・・。

出来ることなら管理人さんに全てをお話したい気持で一杯です。
でも・・、今は・・・、
私が戻れない事情は・・、私からは話せないのです・・。

ただ、ここで申し上げておきたいことは・・・、
こうなったのは、全て私の我侭からです、今はすごく後悔しております。
出来ることなら、あの男に会う以前に、時計の針を戻したい思いです・・」

涙を見せないで敦子が気丈に答えています。

「それでは質問を変えます・・・、
何時か・・、ここへ戻ってくるのですか・・?
いえ・・、必ずここへ戻ってくると約束して欲しいのです・・」

「その希望を捨てているわけではありません・・、
でも・・、事態は益々悪い方向へ向かっています」

「正直に教えてください・・、
奥様の身に危険が迫っているのですか・・?」

「ハイ・・・、そうだと思います。
竹内の会社が倒産しました。

高利のヤミ金に手を出してしまい、返済不能になって、
夜逃げすることになりました・・・。

竹内は別れようと言ってくれたのです・・。
普通の状態なら、喜んで朝森の所へ戻っていました。

でも・・、命がけで、無一文で逃げようとしている彼を見捨てることが出来ません。
何処まで堪えられるか判りませんが、行けるところまで彼に付いて行きます・・」

涙も見せないで敦子は淡々と語っています。

「竹内さんを愛しているのネ・・・」

愛がしんみりと言いました。その言葉を聞いて、敦子がビックリした表情で愛を見つめています。
意外なことを聞く・・、そんな表情なのです。二人の女は優しい表情を浮かべ、互いを見つめ
合っていました。そして、ゆっくりと敦子が首を振りました。
[Res: 2115] 一丁目一番地の管理人(322) 鶴岡次郎 投稿日:2011/11/12 (土) 11:05
「判らない・・・・。
竹内を愛しているのかと聞かれても・・・、
私にも・・、判らない・・・・。

彼とのセックスに惹かれているのは、否定できない事実です。
正直に申します・・。
今でも彼に抱かれると、辛いこと、苦しいこと、全てを忘れることが出来ます。

最近では、夫のことや、倒産のことを忘れるために、一日中家にこもって、
狂ったように、セックスに埋没しています・・・。
それでも、彼との仲が愛情で結ばれているとは確信できません・・」

愛と一郎を前にして、敦子は正坐して、言葉を探りながら話していました。敦子の気持ちが揺ら
いでいることを愛は敏感に察知していました。

ギリギリの逆境に立って敦子は初めて愛の本質を考えるようになったのです。恵まれた環境で、
何の障害もなく育まれた男女の愛と異なり、敦子と朝森、そして敦子と竹内、彼等の間に流れる
感情は、当の本人達にも時として理解不能な様態を見せるようになっているのです。

「今まで、朝森と別れて彼と一緒に暮したいと、強く願ったことは一度もありません。
時々、彼のマンションに泊まったのは、夫を嫉妬させるためでした・・。
竹内に抱かれた後、家に戻って、彼と一緒だったと打明けると、
夫は凄く優しくしてくれました・・・。
あの頃が最高だった・・・」

この時だけは、うっとりとした表情で敦子が語っています。敦子と朝森の愛情をリフレッシュす
るカンフル剤の役目を果たしていたのが竹内だったのです。

「それが・・、ある事情があって・・、
その事情は、今はどうしても話せないのですが・・・。

私達は彼の要求を断れない立場に追い込まれました。
彼の要求に従い、私は彼のマンションに引き取られました。
いわば人質になって、彼のマンションに住むことになったのです・・。

その時から、竹内の態度が変わりました。
私達に年長者の余裕と、優しさを見せていた彼が変わりました。
一日か、二日でもいいから夫の元に帰りたいと言っても・・、
彼は決して許してくれませんでした。

家に戻って、私が夫に抱かれることを考えると、堪えられないとも言いました。
夫に対してこれほど強い嫉妬心を竹内が持つことが意外でした。
お恥ずかしい話ですが、この頃から私達のセックスが変わりました。

彼は毎回、凄まじい気力でセックスを仕掛けてきました・・。
そこには居ない夫に対抗するように、私を責め続けました。

昼間は、二人とも仕事にでかけていましたが・・、
とても満足に仕事が出来る状態ではありませんでした・。
そして、夜・・、二人は獣になるのです・・・。

女って悲しい生き物ですね・・・、
二ヶ月もそんな関係が続くと・・、
毎日、彼に激しく抱かれる暮らしに慣れると・・、
彼との生活も捨てたものではないと思い始めていました・・。

夫を愛する気持が薄れたとは思いませんが、
竹内がそれほど嫌いでなくなった・・、
いえ、多分・・、彼への愛が・・、これが愛と呼べるなら・・、
多分、彼への愛が芽生え始めたのだと思います・・・」

彼女自身でもはっきり判らない女心の行方を探りながら、敦子は話しているのです。愛は頭を垂
れてじっと耳を傾けていました。二人の男の間で揺れ動いている敦子の気持ちが痛いほど愛には
判るのです。女だからこそ、敦子の悩みが判るのです。
[Res: 2115] 一丁目一番地の管理人(323) 鶴岡次郎 投稿日:2011/11/14 (月) 15:08

敦子の話を聞きながら、愛が敦子の女心の動揺に共感して涙を流している時、一郎は敦子をそこ
まで追い詰めた竹内の心を冷静に探っていました。竹内に対する一郎の分析結果は以下のような
内容でした。

敦子にふさわしいのは朝森であることを竹内自身が一番良く知っているのです。年齢、ビジュア
ル面では比較することさえ憚れるほど差が有り、体力、そしてセックスの強さに関しても、若い
朝森に密かな劣等感を抱き、敦子と接する時はいつも必死で挑んでいるのです。それでかろうじ
て、敦子を引き止めていたのです。

遊びを忘れて、敦子に惚れてしまい、横車を押して若い二人を苦しめていることも十分理解して
いるはずです。それでも、心を鬼にして、敦子に溺れる道を彼は選んだのです。

いくら強がっても、寄せ来る年波に勝てるはずがなく、いずれ、敦子から見限られ、棄てられる
時が来ると竹内は覚悟を固めていたに違いないのです。それまでは敦子との生活を楽しもうと、
悲壮な決意で、無法な横車を押して、敦子を手中に収めたのです。

「このままではまずい、
このまま行けばいずれ私達は離婚することになる・・。
そんな危機を切実に感じ始めていました。

そんな時、彼が全ての力を失い、全財産を失い、
債権者から追われる身になりました」

敦子が語るように最悪の事態が竹内を襲ったのです。唯一、朝森に対してアドバンテージを感じ
ていた財力がここへ来て急に萎んでしまったのです。竹内はまさに満身創痍の状態に陥ったので
す。

おそらく竹内にとって、大切に育て上げた会社、竹内商事より敦子をより大切に思っているので
す。敦子が竹内の全てだといえます。倒産して、夜逃げする決意をした竹内に未来がないことは
彼が一番良く知っていることです。それでも何故、夜逃げの道を竹内は選んだのでしょうか・・。
それは敦子と一時間でも長く過ごしたいと思う気持の表れだと一郎は分析していました。

「ある夜、彼は・・、会社の事情を私に話し、
これまでに私と朝森を脅かした行為を謝り、
涙ながらに、私と切れると言ってくれたのです・・」

愛が涙を浮かべて何度も頷いています。竹内の優しい気持ちを思って、愛は涙を流しているので
す。しかし、一郎は唇を少し歪めています。この時、一郎は別のことを考えていたのです。

「今・・、ここへ戻ってくれば・・、
多分・・、夫は許してくれると思います。
それで、私達夫婦は何事もなかったように、元に戻れるのです。
以前の私だったら、迷わずこの道を選んだと思います。

でも・・・、
このまま彼を捨てる気に、どうしてもなれなくて・・・。
何処まで出来るか判りませんが、彼に付いて行くことにしたのです。

これって・・、愛と呼べるのかしら・・?」

「・・・・・・・・・・・・・」

愛を見て、敦子が真顔で訊ねています。愛があいまいの表情で首を傾けています。もちろん、愛
にだって確かなことは判らないのです。

一方、一郎は竹内の作戦勝ちだと、受け止めていました。敦子と切れると告げたのは、竹内なり
の作戦だったと一郎は考えたのです。泣いて同行を頼むより、ここで切れると言うことがより効
果的だと、50男は考えたのです。案の定、敦子は彼女自身の意志で同行すると言い出したので
す。

敦子に竹内の狡猾な心の中を説明すべきかどうか、一郎は少し悩んでいました。そして、敦子の
話を最期まで聞いて、その上で竹内の逃避行に同行するのを止めようと腹を固めていました。
[Res: 2115] 一丁目一番地の管理人(324) 鶴岡次郎 投稿日:2011/11/16 (水) 15:36
「竹内はヤミ金の取り立て屋の眼を逃れて全国を逃げ回るつもりです。
三年ほど逃げ回れば、再起の道が開けると思っているようです。

しかし・・・、
50歳を過ぎた竹内にこの先の逃亡生活は厳し過ぎます。
多分、竹内に・・、いえ・・、私達に将来はないと思います・・・。

何処かで二人とも野垂れ死にする運命だと思います。
それでも、ここで彼を見捨てることが出来ないと思いました・・・」

「・・・・・・・」

やはり敦子は正常な判断が出来ないでいる・・、彼の体に溺れ、追い込まれた中での異常なセック
スの快感が正常な女の判断を鈍らせているのだと・・、そして、今は、竹内無しでは生きられない
と敦子は思いつめている・・、愛は敦子の言葉から、敦子が追い込まれた愛欲地獄を思い描いてい
ました。そして、それは女が一番陥り易い罠だと、愛は悲しい気持になっていたのです。

いずれ、目が覚める時が来るはずで、その時、失った物の大きさに気づくはずだと・・、しかし
その時、朝森との関係は完全に冷え、どうすることもできない大きな溝が彼との間に出来ている。
そんな辛い思いを敦子にはさせたくない・・、今、朝森の所へ戻るべきだと・・、愛は考えてい
たのです。

そう思いながらも、どのようにして敦子を説得するか決めかねていたのです。下手に切り出して、
敦子が意固地になってしまっては返って逆効果になることを愛は知っていたのです。

何も言わないでただ黙って聞いている愛を、敦子はじっと見つめています。

「私は・・、竹内を・・、
愛しているのでしょう・・・?
愛しているからこそ、破局への逃避行に付いて行くのでしょう・・」

敦子が愛を見つめて、ポツリと呟きました。その質問は、愛に向けられていながら、その実、敦
子は彼女自身に問いかけていたのです。

「敦子さん・・、
私・・・・・」

自身の考えを話そうとして愛が口を開きました。

「管理人さん・・・!
判っています!
奥さんのおっしゃりたいことは、良く判っています・・・」

愛の言葉を押さえ込むように、敦子が勢い良く発言しました。愛の考えていることを敦子は敏感
に察知した様子です。その言葉を敦子は一番恐れているのです。


「管理人さん・・、
人の死を・・、死体を・・、
目の当たりにしたことはありますか・・?」

愛と一郎の顔を真っ直ぐに見つめて、敦子が突然奇妙な質問をぶつけました。元は経験豊かな医
者とナースです、勿論、死体を見たことは何度もあるのです。しかし、敦子の質問の目的が良く
判らなくて、二人は首をかしげたまま、黙って敦子を見つめ返していました。
[Res: 2115] 一丁目一番地の管理人(325) 鶴岡次郎 投稿日:2011/11/17 (木) 15:44

「一ヶ月前になりますが、早朝ランニングの途中でした・・。
私・・・、死体を発見したのです・・・・
後で判ったことですが・・、殺人事件でした・・・」

土手の森で死体を発見した経緯を敦子は二人に要領よく説明しました。愛も、一郎も地方版に報
じられていたそのニュースをおぼろげに覚えていました。

「後になって判ったのですが・・、
その人は、私と同年代で、やくざ組織にいる人だと知りました。
恐喝や、詐欺で何度か逮捕され、一年前に仮出所になっていた人でした。
いわば・・、社会の底辺をさ迷っているクズですね・・・」

「・・・・・・・・」

当然のことながら、敦子はその事件に関心が深く、愛も一郎も知らない被害者の身元もよく知って
いました。それにしても、『社会のクズ』と、被害者をこき下ろす敦子に二人は少し違和感を感じ
ていました。たとえ悪人でも、死者に対してもう少し思いやりをかけた言葉を使っても良いはずだ
と・・、二人は、敦子らしくないと思っていたのです。しかし、この時も、何も言わないでただ敦
子の話を聞いていました。この先、彼女が何を言い出すのか見当も付かなかったのです。


「あの人は、おそらく家族からも見放され、好き勝手な人生を送ってきたのだと思いました。そ
して、予想さえもしなかった事件に遭遇して、命を落したのです。

死が迫ってくるその瞬間、あの人は何を考えたのだろうと思いました。
おそらく、無為に過ごした30数年の人生が彼の頭の中を駆け巡ったと思います。

そして、もう一度、生きたい・・、
もし・・、生きることが許されるなら、
いままでの人生とは違った生き方をしたい!・・

彼は痛切にそう思ったに違いないのです・・・」

宙を見つめ、何かにとりつかれたように敦子は話しています。二人はただじっと耳を傾けていま
した。

「あの寂しい森の中に倒れていたのは私であってもおかしくないと思いました・・。
たまたま、あの男性が事件に遭遇して命を落した、それだけのことだと思いました。

ご存知のように、これまで私は、ただ欲望の赴くまま男をあさり、無為な人生を送ってきました。
好きになって結婚した夫のことだって、彼のために何かをしてあげた記憶がありません。

私などいなくても・・、いえ、いない方が、夫のためになるのです。
この世から私が消えても、誰も私の死を悲しまないでしょう・・。

あの森の死体は私そのものなんです・・・。
森の中に朽木のように倒れていても、誰も探そうとしない、
誰もその死を悲しまない・・、

そんな人間なのです・・・。
彼と私は・・・」

ここまで話を聞いて、ふたりはようやく敦子の思いが見えてきた気がしていました。死体発見と
いう非日常的な体験をして、敦子は自身の人生をその男の身の上と重ね合わせていたのです。
[Res: 2115] 一丁目一番地の管理人(326) 鶴岡次郎 投稿日:2011/11/18 (金) 11:28

「竹内は孤独です。
両親兄弟はもういません・・。
親戚と呼べる人を、私は知りません・・。

その竹内がおそらく人生最大の試練に立ち向かっているのです。
竹内をここで見捨て、夫のところへ戻れば・・・、
多分、私は平穏な生活に戻れるでしょう・・、
でも・・、人生を終える時、私はきっと後悔すると思いました・・。

32年間生きてきた、その証を何か残したい、
この思いを、死体を発見して以来、づっと抱き続けています・・。

そんな時、竹内が破産したのです。
おそらくはこれが最後になる彼の足掻きを助けることが、
私に残された、そして・・、私にしか出来ない仕事だと思いました・・・」

おそらく敦子は年齢を重ねるに従い、若い頃から惰性的に続けてきた自堕落な生活を反省するこ
とが多くなっていたのです。そして、『このままではまずい、いずれ夫婦は破局を迎える・・』
と危機感を募らせていたのです。そんな時、死体と遭遇したのです。

あまりに寂しい、見捨てられた死体を見て、敦子は『生きている意味』を自らに問いかけること
になったのです。死体の男同様、ただ欲望の命ずるまま、自堕落に生きてきた自身の生活を振り
返ることになったのです。『32年間、生きた証を残したい・・』、それは敦子の心からの叫び
だったのです。


「竹内のためだけを思って、一緒に行くのではありません・・。
安易に生きてきた私の人生を変える為・・、
私自身の生甲斐を求めて、彼に付いて行くのです。

バカな女だと笑ってください・・・。
今お話した事情は、メモにして、朝森にも書き残しておきました。
探さないで欲しいと彼に伝えました・・・。

多分・・、
これで朝森との仲は終わると思います・・・・
それでも良いのです・・
いえ・・、その方が、彼にとっては良いのです・・・」

むしろ淡々と敦子は語り終えました。愛も一郎も言葉が出ませんでした。敦子の決意は男と女の
間にある情念を超えた、何か崇高な意味を持っていると、襟を正す気持で聞いていたのです。


おそらく、死体と遭遇していなければ、いくら竹内が頼み込んでも、敦子は黙って竹内の元から
去る決意をしたと思います。死体発見という非日常的な経験が敦子の心に大きな影を投げかけ、
竹内と行動を共にする決意をさせたのです。

『生きた証を残したい・・・』、死を身近に感じ始めた時、人はそう思うことが多いとよく言わ
れます。死とはかなりかけ離れた処に居るはずの若い敦子が、『この世に生きた証を残す』こと
に、強い熱意を見せているのです。自身と同じ様な生き方をしてきた同年代の男の死体を発見し
て、敦子は自身の臨終の場を目撃する気分になっているのです。

この敦子の決意を熱病的な妄想だと揶揄するのは簡単ですが、彼女の話を直に聞いている一郎と
愛は驚きながら、そうはいっても、この神域に入り込んだ敦子の決意を変えることは不可能だと
悟り、黙って敦子を見送ることにしたのです。
多分、過去に似たような苦い経験を持つ二人には、敦子の決意に共感しないまでも、理解するこ
とはできたのです。

わずかな繋がりだけは残しておきたいと愛が言い出し、互いの携帯電話の番号を教え合って、敦
子はアパートを出て行きました。

一郎と愛は打ちひしがれたようすを見せて、アパートの前の、歩道に立って地下鉄の駅に向かう
敦子の背中を見送っていました。敦子は一度も振り返らないで、地下へ向かう入口へ、むしろ足
取り軽く、消えて行きました。
[Res: 2115] 新スレへ移ります 鶴岡次郎 投稿日:2011/11/18 (金) 11:32
新しい章を立てます。     ジロー

[2103] 一丁目一番地の管理人(その21) 鶴岡次郎 投稿日:2011/09/29 (木) 15:38
事件発生直後に指紋照会で被害者が輪島組の構成員だと判り、土手の森公園組員殺人事件は捜査
本部を置くほどの事件ではないと関係者は考えていました。しかし、所轄署に殺人事件を捜査し
た人材が乏しい事情があって、所轄署長の希望を聞き入れる形で、警視庁から立花管理官と3名
の刑事が出張ってきて、捜査本部が所轄署である東署に置かれることになりました。

本部を指揮する立花管理官は当初から輪島組の関係者による犯行であると断定していて、捜査も
その線に沿った形で展開されています。

以前大掛かりな売春事件に絡んでかろうじて逮捕を逃れた真黒興産社内でもこの事件は大きな関
心をもたれています。そして、先の売春事件を指揮した警察庁の伍台参事官もこの組員殺人事件
に関心を寄せているのです。なにやら一筋縄ではくくれない事件のように思えてきました。相変
わらずのんびりと進めます。ご支援ください。




毎度申し上げて恐縮ですが、読者の皆様のご意見、ご感想は『自由にレスして下さい(その
11)』の読者専用スレにご投稿ださい。多数のご意見を待っています。    

また、文中登場する人物、団体は全てフイクションで実在のものでないことをお断りしておきま
す。

発表した内容の筋を壊さない程度に、後になって文章に手を加えることがあります。勿論、誤字
余脱字も気がつけば修正しています。記事の文頭と、文末に下記のように修正記号を入れるよう
にします。修正記号にお気づきの時は、もう一度修正した記事を読み直していただけると幸
いです。

  ・ 文末に修正記号がなければ、無修正です。
  ・ 文末に(2)とあれば、その記事に二回手を加えたことを示します。
  ・ 1779(1)、文頭にこの記号があれば、記事番号1779に一回修正を加えたことを示します。
                                        ジロー
[Res: 2103] 一丁目一番地の管理人(209) 鶴岡次郎 投稿日:2011/09/29 (木) 15:52

伍台参事官の助言

事件発生から一ヶ月経ちました。

ここは東署に置かれた「土手の森公園、組員殺人事件捜査本部」です。今日は月初めの捜査会
議で、一ヶ月間の捜査結果を整理して、今後の方針を決める捜査会議です。

立花管理官の表情が暗いところを見ると、事件発生から一ヶ月経った今、捜査の進展はあまりな
いようです。集まっている捜査員5名の表情も冴えません。警視庁から派遣されている尾住刑事
がメモを見ながら、ここ一ヶ月の捜査活動を総括して、輪島組の調査結果を報告しています。

「それではおさらいの意味も含めて、既に報告済みのことも含めて、いままでの捜査結果を報告
します・・。

輪島組内の仲間内のトラブルが原因で、犯人は仲間の者か、彼らに近い関係者だと絞り込んで私
達の組は捜査を進めました。

先ず、組員全員のアリバイをあたりました。輪島組の構成員は、殺された圧村和夫を含めて、組
長以下15名で、他にテンポラリーに人を使うことになっているのですが、現状は組員でさえ十
分に養ってゆけない状態ですから、人を雇う余裕はないようです。

それでまず構成員15名全員の犯行時間前後のアリバイをあたることにしました。これが意外と
大変で仲間同士の証言は簡単に得られるのですが、なにせ時間帯が夜中ですから、仲間以外の第
三者をさがし出すのは大変でした。防犯カメラの映像をチェックしたり、他の店で働く勧誘員の
証言を集めたりして、ようやく、当日街に出ていた全員に関して調査が終わりました・・」

尾島刑事を中心に本部から来た刑事三名で輪島組の捜査をしたのです。立花管理官の目論見では、
この捜査で有力容疑者が浮かび上がるはずだったのです。

「犯行時間の11時から、午前一時までは、たちんぼうの斡旋をしている組員にとっての稼ぎ時
で、圧村を除く全員が街角に立って商売に励んでいたことが判りました。

幸いなことに、街の中で組員達の立つ位置が決まっていて、目撃者さえ見つかれば、犯行時刻の
アリバイを調べるのは比較的簡単でした。複数の人間から証言を得ることが出来ました。防犯カ
メラた捕らえた映像もそのことを裏付けていました。勿論、10分程度、持ち場を離れることは
ありましたが、コーヒーブレイクか、小用で、意外と真面目に働いていると感心さえしました。

彼等の縄張りは池袋ですから、現場まで車を使ったとすると40分かかります。電車などを使う
とそれ以上時間がかかることになります。このことを考えるとたちんぼうを斡旋している彼等が
現場まで急行して犯行を行うなうのは不可能といえます・・」

輪島組の構成員は、殺された圧村和夫を含めて、組長以下15名で、その内、手先である10名
のアリバイが取れたと尾住が報告したのです。

「残り4名、組長と若頭など4人の幹部は事務所に居たと言っていますが、
これは仲間内の証言だけです。しかし、私は信用できると思っています・・」

輪島組内部のトラブルによる犯行の線がこれでほぼ消えたことになります。そうなると落ちぶれ
た輪島組の手先である文無しのチンピラを殺す動機が他に見当たらないのです。
[Res: 2103] 一丁目一番地の管理人(210) 鶴岡次郎 投稿日:2011/09/30 (金) 10:23
「財布が残っていたところを見ると、単純な物取りの線は薄い・・。
・・・とすると・・・・、
何か事件に巻き込まれたのか・・、

マア・・、組員の彼が他人を事件に巻き込みことがあっても、
巻き込まれることはないか・・。

怨恨の線か・・、
組関係に容疑者がいないとなると・・、
彼を個人的に憎んでいる者の犯行が一番有力だな・・

彼の交友関係はどうなっている・・?
それに彼の遺留品、携帯電話に何か残っていないのか・・」

自問自答を繰り返していた立花が目黒刑事に視線を向けて聞いています。一ヶ月たった今更、遺
留品とか、交友関係を確かめるのは明らかに捜査ミスですが、組関係者に容疑者がいるはずだと
強い見込みを持って捜査を展開した結果、遺留品の調査をおざなりにしたのは確かなのです。

勿論、この時点で、立花が指導した行過ぎた見込み捜査のミスにその場に居る全員が気がつき始
めているのですが、口に出してそのことを言う者はいません。それもそのはずで、この席に居る
全員が立花の捜査方針に納得して、輪島組内の犯行と見込んで捜査活動を展開したのです。立花
の捜査方針を非難することは彼等自身の今までの活動を否定することになり、その過ちを指摘す
る勇気が出ないのです。

「4年前、恐喝で逮捕された時、同棲していた女はいたようです。しかし、女が以前働いていた
スナックで聞き込みしたところ、その女は男が逮捕された直後、店を辞め、関西方面へ流れてし
まったということです。彼女の行方を昔の仲間は誰も知りませんでした。

三年の刑が終わった後、圧村もそのスナックを訪ねて来て、女の行方を確かめたそうです。店の
女の子から事情を聞いて、少し残念な表情を浮かべていたそうですが、そのことをあらかじめ予
想していた様子だったと店の女の子は言っていました。

それ以降、圧村は時々その店に顔を出すようになり、一人静かにグラスを傾け、その女を偲んで
いたそうです。それでも、決してその女のことを口に出すことはなかったそうです。

『本当に惚れていたから後を追わなかったのよ・・!』

店の女の子は私にそう教えてくれました。思えば、圧村は寂しい男だったのですね・・。


結婚暦はありません。実家は九州の田舎ですが、両親は亡くなっていて、残った唯一の肉親であ
る妹夫妻が両親の家を継いでいますが、彼とはかなり昔から音信不通になっているようです。死
体の引き取りも拒否されました。

たちんぼうの女達とはビジネス上の付き合いだけになっていて、仕事はキッチリやっていて、頭
が切れ、それでいて腰が低いので、仲間や、女たちの圧村への評価は上々です。こんな状態です
から、仲間内で彼を恨んでいる者は誰も居ませんでした。一年前に組に入ったせいか、全くと
言っていいほど、個人的に深い交友関係がある人物は今のところ見当たりません・・。

ただ、仲間の一人が洩らしていたことですが、圧村にはどうやら女がいたのようなのです。昼
間時々出かけて夜の勤務時間になると下宿に戻っていることがあったようです。ただ、その女の
顔を見たわけでもなく、圧村から直接その女の存在を聞いたわけでなく、なんとなく勘でそう
思ったという程度の情報でした。

仲間数人の話を総合すると、どうやらその女はずぶの素人で、業界の女ではないと言うことでし
たが・・、あまり当てには出来ません・・・・」

目黒刑事がメモを片手に、残念そうな表情を浮かべて話しています。女がいたという話もまるで
雲をつかむようなたよりない話で、顔を見たわけでなく、その女のことを圧村から直接聞いたわ
けではなく、仲間同士の勘で、彼には女がいると思っていたのです。これでは、調べようが無く、
情報の信頼性も薄いと捜査会議では判断されました。(2)
[Res: 2103] 一丁目一番地の管理人(211) 鶴岡次郎 投稿日:2011/10/01 (土) 11:46
2105(1)

「手帳類は見当たりませんでした。携帯電話にもこれといった情報はありませんでした。最後の
通話履歴は当日の昼間で、配下のたちんぼうの一人に電話をしています。単純な仕事の指令だった
ようで、その内容は女に会って直接確かめました。

調べて判ったことですが、組員全員と女達は仕事用と自分用のケイタイを持っていました。仕事
用は組が集めたいわゆる紐付きでない携帯で、仕事用のケイタイはいつ何時没収されても困らな
いように、機密情報は書き込むなと、組から内々指導を受けていたようです。そのせいか圧村の
ケイタイに受発信履歴が残っているのは組の関係者と配下の女だけです。お客の記録は一切あり
ませんでした。

下宿と組の事務所を調べたのですが、圧村個人用のケイタイは見つかりませんでした。仲間の一
人が洩らしていましたが、過去に逮捕収監された苦い経験から学んで、彼はケイタイに記録を残
すのを避ける習慣があったようです・・。彼が時々公衆電話を使用しているのを見たことがある
とも言っていました。どうやら、私用電話は公衆電話を使い、それで用が足りていた様子で・・」

申し訳なさそうに目黒刑事が答えています。

「携帯電話に私的記録を残さないようにしているのか・・、
圧村という男は案外頭の良い、慎重な男のようだな・・・。
どうやら、我々は圧村という男を安く見積もりすぎていたようだ

これほど用心深い男が深夜、人気の絶えた森にノコノコと出かけ、
その中でむざむざ殺されるはずがない・・・。

気を許せる相手に襲われたか、
あるいは誰もいないと思って、油断している隙を不意に突かれたか、
また、よほどの強敵に襲われたか・・、
そのいずれかだなあ・・・。

それにしてもあの時間、何故、圧村はあの森に足を運んだのか・・?
それが判れば、おのずと犯人像が明らかになるのだが・・・。

案外、この事件は底が深いかもしれない・・・・」

最後の言葉を呟くように言う立花管理官の言葉に、その場に居る捜査官達は冷水を掛けられたよ
うな表情で彼を見つめていました。今まで、絶対的な信頼を寄せていたリーダー立花が初めて見
せる弱気の姿勢だったのです。


「聞き込みをやっていて判ったのですが・・・、
輪島組の組員全員が総がかりで、
殺された圧村の当日の足取りを追っていることが判りました。
どうやら、彼らも圧村を殺した犯人を探し出そうとしているようすです」

尾住刑事のこの報告は、輪島組内の犯行でないことを間接的に証明していること以外、さほど大
きな情報として取り上げられませんでした。


結局、さらに聞き込みを徹底して、さらには、当日の圧村の足取りを追っている組員の動きに注
意しながら、圧村の交友関係と彼の足取りを早く掴むことが再確認され、捜査会議はお開きにな
りました。この段階でも、捜査本部は捜査範囲を輪島組の関係者に絞り込み、他に眼を向けてい
なかったのです。


「気が乗らない捜査だな・・、
いっそ、輪島組の捜査を見守っていて、その結果を横からいただくか・・」

皆が出払った後、冗談とも本音とも判らない独り言を言って、立花管理官は大きな伸びをしま
した。そろそろ昼食の時間が近づいているのです。

その時です、デスク上の電話が鳴り響きました。関係者しかその番号を知らない捜査本部直通の
電話器が鳴っているのです。
[Res: 2103] 一丁目一番地の管理人(212) 鶴岡次郎 投稿日:2011/10/03 (月) 11:29
2105(2)

「ハイ・・、立花です・・・
ハッ・・、伍台参事官殿ですか・・、
ご無沙汰いたしております・・・

ハイ・・、私が担当しておりますが・・・」

電話は警察庁の伍台参事官からでした。立花と同じ大学の卒業で10年ほど先輩になります。伍
台の活躍を良く知っている立花は数ヶ月前の同窓会の席で、意図して伍台に接近し、名刺交換を
果たしたことがあるのです。

その参事官が事件のことを聞きたいと電話をしてきたのです。勿論、今回の事件が警察庁の参事
官の興味を惹く案件でないことは立花はよく知っています。何故こんな小さな事件に伍台が関心
を寄せているのか判らないままに、聞かれるままに、立花は今日までの捜査結果をかいつまんで
伍台に報告しました。

報告をしていて、これまでに立花が上層部に提出した事件報告書をすべて伍台が読んでいること
を感じ取っていました。

『それにしても・・・、
何故警察庁の参事官がこんな小事件に関心を持っているのだろう、
こんなことになるなら、もっと身を入れて捜査すべきだった・・』

何らかの関係があって、伍台がこの事件に深い感心を寄せていることを知り、立花は背筋が凍る
ような思いになっていました。気を入れて、十分な捜査を展開したとは、自信を持って言い切れ
ない思いを立花は抱いていたのです。そして、その結果、一ヶ月経った今、事件は何も進展して
いないのです。

切れ者と評判の高い伍台参事官のことだから、立花達の捜査の不備を追及してくるはずと、観念
したのです。

「以上申し上げたような状況です・・・。

当初、組員同士のトラブルが原因だと断定して、組員のアリバイ調査と付近の聞き込みに絞り込
み捜査員を投入しました。これが結果として間違いだと判りました。

一ヶ月経った今、組員達のほぼ全員のアリバイが確認できました。今では、犯人は組員以外にい
ると考えるざるを得ない状態です。その考えを裏付けるように、輪島組でも犯人探しに組員を投
入して、当日の圧村の足取りを追っているのです・・・」

伍台に隠してもいずれ判るはずと考えた立花は、あっさり見込み捜査のミスを認めました。


電話の向うで伍台はしばらく考えている様子でしたが、一分くらい間を置いてポツリと質問して
きました。その一分間の沈黙を立花は数時間にも感じていました。

「第一発見者の竹内敦子さんに関して・・、
何か情報がありますか・・」

虚を突かれ、立花は危うく声を出すところをやっと押さえ込みました。

「ハイ・・・、
第一発見者ですね・・・・、
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

申し訳ありません・・・・、
今申し上げた内容以外、彼女に関しては新たな情報は何も掴んでいません・・」

そう答えながら、立花は冷たい汗を全身に感じていました。伍台に言われるまでもなく、第一発
見者の徹底した調査は捜査の原則中の、原則なのです。まして、今回のように、犯行の動機、犯
人の人物像が当初予想と大きく違ってきた時は、原点に戻るのが捜査の基本なのです。
[Res: 2103] 一丁目一番地の管理人(213) 鶴岡次郎 投稿日:2011/10/05 (水) 12:08
被害者が組員だということで、捜査範囲を組関係者に絞り込んで、基本動作をおざなりにして、
安易な捜査を展開していた上、そこから抜け出すことができないで、捜査の原点に戻ることさえ忘
れていたことを立花は思い知らされたのです。

一度のミスは許されても、二度、三度となるともう・・、無能者と断定されてもいたし方がない
世界に立花は身を置いているのです。猛スピードで頭を回転させて、この急場から抜け出す策を
考えていました。しかし、そう簡単に策が見つかるはずがありません。意を決して立花は口を開
きました。

「参事官・・・、
私が間違っていました。

見込み捜査を展開した失敗に気づいていながら、その間違いを認めようとしないで・・、
さらなるミスを犯すところでした。

さっそく、原点に戻って、捜査をやり直します・・。
ご指摘、ご指導、ありがとうございました・・・」

間違いを犯した以上、ぐだぐだと言い訳を言っても通じる相手でないと立花は観念していました。
あっさりと頭を下げて、出直し捜査をすると宣言したのです。

「そう・・・、
君の捜査ミスをあれこれ詮索するつもりなどさらさらないから、
僕のことは何も気にしなくてもいいよ・・・。
勿論、今回のことを誰かに言うつもりもない・・。

今は詳しい話はしませんが、いずれあなたには全部話します。
この事件には、かなり大きな事実が隠されていると・・、
私がある疑いを持っていることだけは憶えておいてください・・・。

何か新しい情報があれば、どんな小さな事実でもかまいません、
面倒でも直ぐ知らせてください・・・」

「ハイ・・、必ず・・」

立花はその場で受話器を握ったまま最敬礼をしていました。
[Res: 2103] 一丁目一番地の管理人(214) 鶴岡次郎 投稿日:2011/10/06 (木) 14:24

新事実

伍台との電話を終えた立花の表情が引き締まっていました。昼食を摂ることはもう忘れています。
少し考えた後、電話器を取り上げました。

「熊谷さん・・、
今の仕事を打ち切って、今直ぐに、竹内敦子の家へ行ってください。
そう・・竹内敦子、第一発見者です・・。

竹内夫妻の身元と経歴を出来る限り詳細に調べてください。
近所の聞き込みを、もう一度出来るだけ詳しくやってください。
彼女と、ご主人のアリバイも確かめてください。

いや・・、念のためです。
新たな材料が発見されたわけではありません・・」

勘の良い刑事ならば、立花の指示を受けて何かを悟るはずですが、事件の少ない所轄署で育ち、
人のよさと、真面目なところが取り得の熊谷はこの時点では、何も感じていないようで、電話の
向うで明らかに気乗りのしない返事をしているのです。立花はあえて熊谷にそれ以上詳しい指示
は出しませんでした。

熊谷ののんびりした声を聞きながら、その一方で立花は激しい胸騒ぎを感じていました。後30
分も過ぎれば、熊谷が直面するであろう新しい事実を、立花は恐れていたのです。彼の訪問が空
振りに終わることを祈りながら、竹内敦子に疑いをかけていることを、今は熊谷には伏せること
にしたのです。


輪島組の縄張り内で圧村の足取りを追っていた熊谷と影沼は、立花の指示を受けて竹内家へ向か
いました。この時点でも、何故、立花がもう一度竹内家を訪ねよと指示したのか、その理由が判
らない二人だったのです。

覆面パトカーをゆっくり走らせながら、二人は昨夜のナイターの結果をのんびりと分析している
のです。笑みを浮かべたままマンションの地下にある駐車場に車を停め、二人はゆっくりと歩を
進め、一階にあるコンシェルジェ事務所へ向かいました。

このクラスのマンションになるとコンシェルジェ事務所には、管理人、ガードマン、雑用係など、
数名が常駐しているのです。そして、勿論、来訪者は警察といえどマンションの住人専用居住区
に無断では入れないのです。管理人に案内させるか、住人に連絡して電子錠の一時利用カードを
発行してもらうしか内部へ入ることは出来ないシステムになっているのです。

ここが二度目の訪問であるはずの二人の刑事は、それでも物珍しそうに周りを見ながら、一階に
あるマンションのエントランスに着きました。

森の小道を歩いているような感覚になるほど、見事な植木がたくさん置かれたアプローチを通り
抜け、コンシェルジェ事務所に顔を出し、竹内家を訪ねたいと、影沼が警察バッチを見せながら
言いました。

「竹内さんですか・・・?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

二週間ほど前に、引っ越されていますが・・・」

「引っ越した・・・!」

二人同時に声を上げています。二人のゆるんだ気分が一気に吹っ飛びました。
[Res: 2103] 一丁目一番地の管理人(215) 鶴岡次郎 投稿日:2011/10/10 (月) 14:41
コンシェルジェを急き立てて、竹内の部屋の前に立ち、電子錠を開いて中に入ります。引っ越し
てから二週間近く経っているのです。室内は冷え冷えとして、まるで人気が感じられないのです。
それでも、家具調度は以前のままでした。


マンションの管理を統括しているコンシェルジェ事務所の管理人、木村によると、二週間前、竹
内家はコンシェルジェにさえ連絡しないで、手荷物だけを持ってこっそり部屋を引き払ったとい
うことで、管理人は転居先も知らされていなかったのです。

その後、コンシェルジェに本社から連絡があり、判ったのですが、竹内はこのマンションの分譲
元である大手不動産会社の本社担当課に自ら出向き、内密で交渉し、その会社の仲介で部屋は既
に第三者の手に譲り渡され、仮契約が終わっているとのことだったのです。いずれ新しい住人が
移り住んでくるはずだと、木村は冷静に言いました。

立っている足元が崩れるような衝撃にかろうじて堪えながら、熊谷は、この時点でやっと、なぜ
立花が竹内家を訪問させたのか、その意味をおぼろげに理解し始めていました。そして、竹内敦
子に事情聴取をかけながら、竹内の存在に何も疑問を投げかけなかった彼自身の失策に気がつき
始めていたのです。

「転居先が判らないのですか・・、
困りましたネ・・・。

竹内さんの奥さん・・・、
確か、敦子さんと言ったが、
彼女と親しくしていた近所の人は誰かいるでしょう・・」

「・・・・・・・」

コンシェルジェの木村が眼を一杯開いて、その質問をした熊谷刑事をまじまじと見ています。

「竹内さんに奥さんはいません・・、
独身です・・」

「奥さんがいない・・・、
しかし、現に・・、我々は・・・」

『我々は一度奥さんに会っている・・・』、その言葉を慌てて飲みこみ若い影沼刑事が敦子の印
象を伝えると、影沼とそんなに年の差がない木村が顔を輝かせました。やはり、目立つ女性だけ
に若い男である木村は良く憶えていたようです。

「その方でしたら・・、最近よく訪ねて来ていました・・。
竹内さんの家には、女性の訪問客は多かったのです・・、
それも皆さん、飛び切りの美人揃いでした・・・」

二人の刑事は警視庁経由で区役所に連絡を入れ竹内寅之助の戸籍を確かめました。そこで、コン
シェルジェの言った内容が確かであることが直ぐに確認できたのです。

この事実を確認して、二人の刑事、熊谷と影沼は取り返しのつかないミスを犯したことをひしひ
しと感じていました。これ以上は独自の判断で捜査を進められないと判断した熊谷が立花に電話
を入れました。

「管理官・・、
竹内は二週間前にマンションから引っ越していました。
管理人は何も知らされていない様子で、今のところ引越し先は判りません。

それに、引越しと言っても、
単純な引越しと異なり、いわゆる夜逃げに近いもののようです・・

マンションの部屋は家具等はそのままで、居抜きで既に売り払われていて、
目下は、大手不動産会社の管理下にあります。
区役所で調べましたが、戸籍を動かした形跡はありません・・・。

不動産会社は抵抗したのですが、殺人事件だと説得して、ようやくマンションの次の持ち主の
情報を我々に連絡してくれることにしました。目下不在の上司の最終判断を得て、ファックス
で捜査本部に連絡を入れるよう手配をしました・・・」


立花は電話の先で絶句していました。輪島組内に犯人がいると思い込んで、一ヶ月あまりの無駄
な捜査をしている間に、ホンボシは、マンションを売り払い、逃走資金を確保して、易々と逃げ
出していたのです。
[Res: 2103] 一丁目一番地の管理人(216) 鶴岡次郎 投稿日:2011/10/11 (火) 14:35
「管理官・・、引越しの件もそうですが・・・、
私は、さらに大きなミスを犯していました・・。
申し訳ありません・・・・・」

電話の向うで熊谷が深々と頭を下げているのを立花は絶望的な気持で感じ取っていました。

「第一発見者の竹内敦子のことですね・・・」

熊谷が何を言い出すか立花は見当をつけていて、その先取りをしたのです。熊谷が電話の向うで
絶句していました。

「ハイ・・、そのとおりです・・・。

申し訳ありませんが・・・、
第一発見者の竹内敦子ですが・・・、
そんな人物は何処にも存在しないことが判りました・・・」

「・・・・・・・」

予想した最悪の事態に立花は言葉を失っていました。立っている床が音を立てて崩れ落ちるよう
な気分になっていたのです。

「もしもし・・、
管理官・・・、管理官・・・・

ハイ・・・、
姿をくらました竹内寅之助には妻はいませんでした。
このことはマンションの管理人も証言しておりますし、
区役所の戸籍を調べたところ、竹内には結婚暦はありませんでした。

ただ、竹内の部屋には女性が何人も訪ねて来ていたことはコンシェルジェにいる、管理人も、
ガードマンも証言しております。

影沼が覚えていた竹内敦子の人物像を管理人に説明したところ、事件発生前後、彼女らしき人
物が竹内家に頻繁に出入りしていたことが判りました。ゲートを通過した来客記録を調べたと
ころ、事件発生日を遡ること22日前から、竹内が引越しするまでの約一ヶ月近く、彼女があの
マンションに住んでいたことが判りました。このことから判断して、竹内と彼女がかなり親密な
関係であったことが判ります。

しかし、それ以上詳しい話しになると、彼女のことは誰も知りません。

マンションの住人達は普段から互いに全くの没交渉ですからあまり期待していなかったのですが、
念のため隣近所に聞き込みをしましたが、何も聞き出すことは出来ませんでした。

結局・・、申し訳ありませんが、
竹内敦子に関しては何も情報が無いのです・・・」

「竹内敦子は行方も、素性も判らない、
謎の美女というわけか・・・」

立花が電話の向うで自嘲的に呟くのを、熊谷は悔しさと、情けなさに、今にも泣き出しそうにな
りながら聞いていました。おそらく、定年を間近に控えた彼の長い刑事人生でこれほどの屈辱を
容疑者から受けたことはなかったと思います。宙を睨み、あの綺麗な敦子の顔を思い浮かべ、熊
谷は彼女を睨みつけていました。

「熊谷さん・・・、
そちらが一区切り付いたら、本部に戻ってきてください。
今回の新事実に基づいた捜査会議を開きます。

ああ・・、それから・・・、
防犯ビデオの画像から、彼女の顔写真を取ることを忘れないように・・・」

熊谷に指示する立花の表情にはもう・・、戦士の表情が戻っていました。
[Res: 2103] 一丁目一番地の管理人(217) 鶴岡次郎 投稿日:2011/10/12 (水) 12:08

警察庁の奥まった所にある伍台参事官の部屋、その重厚な扉を開け、立花は伍台の机の前に直立
不動の姿勢で立ち、そして、深々と頭を下げました。

「参事官・・・、
ご指摘のとおり・・、
第一発見者の竹内敦子とその夫寅之助には怪しいところがたくさんありました。

それに・・、
誠に面目ない次第ですが・・・
二人は二週間前に姿を消していました・・・」

伍台参事官は立花の報告を聞いてもそれほど驚きませんでした。竹内と敦子の失踪はどうやら伍
台の想定範囲内の出来事であったようです。


伍台と別れて捜査本部に戻ってきた立花はすっかり憔悴していました。それでも目だけはランラ
ンと輝いていました。どうやら竹内夫妻の失踪により、彼の闘争本能に火がついたようです。

単純な組員同士の諍いが高じた殺人事件だと思っていた事件が予想外の展開を見せ始めたのです。
立花の中にある刑事魂がメラメラと燃え始めていました。


真事実の発見のニュースは既に捜査員全員が知っているようで、持ち場から急遽駆けつけた全員
が緊張した表情で会議の席に着いています。

「・・・・と言う事情で、竹内夫妻は二週間前に逃走に近い形で姿を消していて、その行方は今
のところ判りません。

今思っても、自宅で事情聴取に応じた竹内敦子には何ら後ろ暗い影はありませんでした。うまう
まと彼女に騙された未熟さを恥じています・・・」

熊谷が全員に深々と頭を下げました。誰も言葉を発しません。

この席に居る全員が真面目一方な熊谷の人となりを知っています。彼なりにやれることはやった
はずだと・・、ミスはミスだけれど、いたし方のないことだと、温かい目で熊谷を見ているので
す。

熊谷の説明が終わり、立花が立ち上がりました。捜査員一人一人を睨むつけながら、立場はゆっく
りと口を開きました。

「熊谷さんが今説明してくれたように、私は大きなミスを犯してしまった。いずれこの事件が解
決すれば、このことは上司に報告してそれなりの処分を受けるつもりだ・・。

しかし、今は、犯したミスのことは一時棚に置いて、とにかく事件を解決することに専念したい
と思っている。それでいいと思うなら、これから先も私に付いて来て欲しい・・。

もう・・、ゴメンだと思うなら、それはそれでもかまわない・・、
申し出てくれれば、皆さんの経歴に傷がつかないよう処置するつもりだ・・・」

立花が全員を見渡しています。勿論、誰一人名乗り出る者はいません。

「ありがとう・・、
それではこれからの捜査方針を説明する。

皆が知っているように、我々が追っていた和島組の構成員全員にアリバイが確認できた。輪島組
内に容疑者が潜んでいる可能性は極めて低いと私は考えている。

和島組の捜査は、事件当日の圧村の足取りを追うことに絞込み、新たに容疑が湧いた事件の第一
発見者竹内敦子とその夫、竹内寅之助の確保に全力あげることにする。

二人を見つけ次第、重要参考人として連行する方針だ!・・」

立ち上がって指示を出す立花が引き締まった良い表情をしています。捜査員全員が戦う表情を取
り戻していました。
[Res: 2103] 一丁目一番地の管理人(218) 鶴岡次郎 投稿日:2011/10/17 (月) 16:18
「これからが本当の勝負だ、よろしく頼む・・」

立花が捜査員全員に向かって頭を下げました。

「熊谷さんと影沼刑事には・・、引き続きマンション周辺を捜査してもらう・・」

マンション内に設置されたの防犯カメラの映像を分析して、敦子の動向を中心に、竹内家を訪問
した人物を徹底的に洗い出すこと。コンシェルジェ事務所に残されているマンション訪問者履歴
から、敦子らしき人物の訪問回数、滞在時間などを正確に割り出し、彼女の行動パターンを掴ん
で、彼女の身元を割り出す情報を集めるることを、立花は熊谷と影沼に命じました。

「尾住刑事以下三名で竹内商事を調べて欲しい・・。
竹内が失踪してから二週間経っている、多分・・、めぼしい証拠は少ないと思うが、
事務所周辺、取引先、顧客などに聞き込みをかけ、逃亡先の情報を掴んで欲しい・・」

この立花の指示を受け、警視庁から出向いて来ている捜査員三名が慌しく本部を出て行きました。
竹内の経営する竹内商事の事務所へ急行するのです。


池袋の繁華街から少し離れた所にある雑居ビルの三階、竹内商事の事務所に着いた捜査員三名は、
立花が案じていた最悪の光景を見ることになりました。

室内には数台の電話器だけが床に置かれていて、机、パソコン、事務機など、全て債権者の手で
持ち出されていました。

さらに近隣や取引先に聞き込みを進めると、一ヶ月ほど前、竹内商事は不渡りを三件出し、事実
上その日に倒産していることが判りました。その日から4週間以上経っていますから、パソコン
など捜査に役立つ物はすべて処分されて、その行方を追うことが出来ない状態になっていたので
す。

それでも、3名の捜査員が必死で関係先の聞き込みを行った結果、さすがにベテラン捜査員達で
す、竹内商事のほぼ全貌を二日ほどで掘り出しました。


大手商事会社の本部長にまでなった竹内が、社内抗争に敗れて会社を勇退した7年前、彼が一人
で興した貿易会社が母体になっていました。大手商社に在職中、彼がそれまで築いてきた人脈と、
彼の優れた商才のおかげで、創業二年目から会社事業は軌道に乗り始め、倒産前には従業員は5
名と少ないのですが、年商三億の堅実な貿易会社にまで成長していたのです。

それが、ここ数ヶ月の間に業績は急激に悪化し始めたのです。世界的な金融混乱で取引先である
アジアの会社がバタバタと倒産し、小さな竹内商事はもろにその大波を受けて危なくなっていた
のです。そんな時、いままで取引を続けてきた取引銀行が突然融資の剥がしにかかり始めたので
す。

取引銀行の担当者は、「上層部からの指令」だと言い張り、竹内の願いを聞き入れなかったので
す。急場を凌ぐため、いままで決して手を染めなかった高利のヤミ金に手を出してしまったので
す。あっという間に借金は増えました。

竹内は観念しました。そして、5名の従業員に退職金を支払い、マンションを売り払い、文字通
り夜逃げをしてしまったのです。ヤミ金から借りた金は1億5000万円にも膨れ上がっていて、
その高利の借金は残したままでした。


こうして、竹内はヤミ金融の組織から追われる身になったのです。そのヤミ金融の取り立て屋、
明らかに組の人間なのですが、その人物から、貴重な情報を一人の刑事が掴んできました。

「マンションを売却した金が6000万ほど手には入っているはずです・・。
その内1000万を5人の従業員に退職金として支払ったことまで判っているのですが・・、
俺達もこの退職金まで取り上げるつもりはなく、そのままにするつもりです・・。

竹内は一緒に暮していた女を連れて、残金5000万を持って逃げ出したのです。
これは許せません、俺達の組織を舐めているとしか思えません・・。
全国に手配をして、思い知らせてやります・・・。

多分、我々の方が旦那方より早く奴を捕まえると思います・・」

50歳を過ぎた小男である取立て屋、信田恒夫は言葉使いも穏やかで、普通のサラリーマンに見
えるのですが、よく見ると、身体から妖気のように得体の知れないものが立ち上がっていました。
百戦錬磨の刑事たちでさえ、背中に寒気を感じるほどの執念の炎をその男から感じ取っていたの
です。

「女ですか・・・、
素人の女だと聞いていますが・・・、それ以上は・・。

いえ・・、私は会ったことはありません・・・。
まあ・・、金の続く間は一緒に居るでしょうが・・、
いずれ、女は離れて行きますよ・・・・

ハイ、勿論、奴が見つかったら連絡を差し上げます・・・」

取立て屋の信田から竹内商事に勤務していた5人の元従業員の居所を聞きだし、警察も独自に聞
き取りをしましたが、5人から聞きだした内容はヤミ金融の取立て屋が言っていたとおりで、彼
等からそれ以上の情報を得ることは出来ませんでした。そして、元従業員達は竹内のマンション
を訪問したことがなく、竹内のマンションに通っていたと言われる数人の女達に関しても何も知
りませんでした。


立花と5人の刑事は必死で捜査を進めましたが、竹内商事と竹内寅之助に関し一通りの情報を掴
んだものの、その後、二人のの足取りは完全に消えてしまっているのです。敦子に関して言えば、
彼女の本名をはじめ何も判っていないのです。一ヶ月余の捜査の空白が二人の影を完全に消し
去っていたのです。
[Res: 2103] 新スレに移ります 鶴岡次郎 投稿日:2011/10/17 (月) 16:35
新しい章を立て、新スレに移ります。  
                 ジロー

[2091] 一丁目一番地の管理人(その20) 鶴岡次郎 投稿日:2011/09/15 (木) 11:12
本格的官能ミステリーを目指して(笑)書き始めましたが、すこし息切れしそうです、それでも
しっかり書き続けるつもりです。ご感想などありましたらよろしくお願いします。

ヒロインの敦子は私の好きな自堕落な女ですが、他人の死に直面して、30歳半ばにして、自身
の生き方に疑問を感じるところから、この物語は始まりました。相変わらずゆっくりとした展開
です。よろしかったらお付き合いください。

毎度申し上げて恐縮ですが、読者の皆様のご意見、ご感想は『自由にレスして下さい(その
11)』の読者専用スレにご投稿ださい。多数のご意見を待っています。    

また、文中登場する人物、団体は全てフイクションで実在のものでないことをお断りしておきま
す。

発表した内容の筋を壊さない程度に、後になって文章に手を加えることがあります。勿論、誤字
余脱字も気がつけば修正しています。記事の文頭と、文末に下記のように修正記号を入れるよう
にします。修正記号にお気づきの時は、もう一度修正した記事を読み直していただけると幸
いです。

  ・ 文末に修正記号がなければ、無修正です。
  ・ 文末に(2)とあれば、その記事に二回手を加えたことを示します。
  ・ 1779(1)、文頭にこの記号があれば、記事番号1779に一回修正を加えたことを示します。
                                        ジロー
[Res: 2091] 一丁目一番地の管理人(291) 鶴岡次郎 投稿日:2011/09/15 (木) 11:22

捜査本部

所轄署単独の捜査段階で、被害者の指紋照会をすると、犯罪者リストの中にヒットする該当者が
居て、事件発生のその日の内に被害者の名前が判りました。被害者は圧村和夫(32歳)、前科
4犯の恐喝犯罪歴があり、二年前に3年の刑期を終えて出所した男だと判りました。

殺された当時の服装はごく普通の、どちらかと言えば質素な、サラリーマン然とした背広姿でし
た。財布も、ケイタイも残っていました。しかし遺留品には被害者の身元を割り出せるものは何
もありませんでした。

出所後三年ですから自動車免許書の類がないことは判るのですが、勤務先が発行する身分証明書
の類もなく、ケイタイには交信記録は残っているものの、本人の住所もふくめて住所録の類は一
切有りませんでした。警察はケイタイの交信記録を頼りに被害者の現住所、勤務先などの情報を
集めることにしました。

前科が複数件ある男が一人消えた、そんな事件に新聞も、テレビもそれほどの反応を見せません
でした。第一報こそ、発見場所が都心に近い公園という特殊な場所であったことで、3面のトップ
を飾る記事になったのですが、二報以降は小さな扱いになり、事件後三日も経つと誰も注目しな
くなりました。

マエがあるとはいえ、服装を見る限り圧村は出所後はまじめに働いていた様子なのです。当然、
被害者の親族か知り合いから問い合わせがあるはずと所轄署は待っていたのですが、一日経ち、
二日経っても、何処からも問い合わせが無いのです。このまま一ヶ月経過しても、被害者圧村の
捜査願いは何処からも出ないかもしれないと、警察はすこし慌て始めていました。

こうした経緯で単純な事件でないと判断されたのでしょう、事件発生後、三日経った時、捜査本
部が置かれることになりました。警視庁の一課が出張ってきて、所轄の東署に捜査本部が置かれ、
警視庁から派遣されて来た立花管理官がこの事件を指揮することになりました。

40歳過ぎの警察キャリアーで、有能と評判の高い立花は、このヤマを単純な強盗殺人事件と見
ているようで、話題性の少ない簡単な事件を担当することが多少不満なのですが、さすがにそれ
を露に見せることはありません。

捜査本部は、本庁から立花が連れてきた、尾住刑事45歳、目黒刑事38歳、粕屋刑事27歳の
三人と、所轄署から捜査本部に加わった50歳代の熊谷、20歳代の影沼の5人の刑事で構成さ
れることになりました。

所轄署の会議室が捜査本部室に割り振られていました。窓を背負う形で立花管理官の机、そして
その前に5人の捜査員の机が並べられています。少し離れた場所に10人は座れる会議机が準備
されています。設備の内容はともかく、部屋の広さは恵まれた捜査本部です。

さっそく捜査会議が開かれました。

「熊谷さんと、影沼刑事の努力で被害者、圧村の出所後の足取りがほぼ掴めた。
熊谷さん発表していただけますか・・・」

紹介された所轄署の刑事、熊谷は面映そうに立ち上がり、手帳を見ながら説明を始め、若い同僚
の影沼が準備していた資料を白板に貼り付けています。

「圧村は出所後一年ほどブラブラして、保護観察期間が切れると都内に縄張りを持つ輪島組の構
成員になりました。そして、事件直前まで、池袋の縄張り内で、たちんぼうの斡旋をしていたこ
とが判りました・・。

ただ残念ながら、事件当日の彼の足取りは未だつかめておりません・・・」

被害者が輪島組のチンピラだと判ると、捜査員の中にどよめきが起こりました。そして、次の瞬
間、会議室内にやや安堵した雰囲気が流れました。
[Res: 2091] 一丁目一番地の管理人(202) 鶴岡次郎 投稿日:2011/09/16 (金) 11:22
働き盛の30歳半ばの男が被害者の場合、残された家族には若い妻と幼い子供たちがいるのが普
通です。一家の大黒柱を奪われて、幼い子供を胸に抱きしめ、泣き崩れる若い妻・・。そうした
修羅場に慣れていても、持って行き場のない怒りと悲しみに苛まれ、刑事達は犯人への激しい感
情を抑えられなくなるのです。殺人事件を担当する刑事の多くが、事件の発生を家族に伝えるの
が一番つらいと言うのが良く判ります。

今回の場合もマエがあるとはいえ、出所後は真面目に働いている働き盛りの男が突然殺されたの
です。心を掻き毟られるような光景を見ることになると、捜査員達の気分は重かったのです。そ
れが、被害者が輪島組の構成員で、何処からも捜査願いが出されていないと判り、捜査員達はと
にかく、ホッとしていたのです。


輪島組といえば、一年以上前、警察庁伍台参事官の指揮で展開された大掛かりな売春組織の手入
れで、数十人の逮捕者を出した組で、あれ以来泣かず飛ばずの状態で、組織活動も昔のように大
掛かりなものはなくなり、都内でも下から数えるほうが早いほどの小規模な組に転落していまし
た。組の縄張りも狭くなって、それほど賑わいのない繁華街でたちんぼうの斡旋を細々行う仕事
が主な収入源になっていたのです。


「遺留品を見る限り、物取りが目的でないようだ・・、
財布も、ケイタイも、残されていた・・。
物盗りでないとすると、組同士の抗争の奔りだと見るのが自然だが・・・、

公案に問い合わせたところ、落ち目になっている輪島組と争っている組は存在しないそうだ・・。
ヤ印同士の抗争という可能性は低いな・・・、
そうなると・・、仲間内のトラブルで、命を落した可能性が高い・・。

殺人現場は死体発見現場と同じだと断定されている。
池袋のヤクザが深夜、彼にとっては勤務時間のはずだが、
その貴重な勤務時間を割いて、何故、あの現場に行ったのか・・?

被害者または犯人のいずれかに土地勘があると考えられるが・・、
圧村の下宿は池袋だ・・、
調べた限りでは、彼とあの現場を関連付けるものは何もない・・。

そうなると、犯人があの場所を指定して彼を呼び出したと考えるのが自然だが・・、
あの現場に土地勘を持ち、輪島組と何らかの関係がある人物・・、
これが犯人像だが・・、
男とも、女とも分からない・・・。
とにかく、輪島組と何らかの関係がある者に絞って、捜査を進めることにしよう・・。

熊谷さんと影沼は、近辺の聞き込みを引き続き進めてください。
特に、犯行時間前後の不審者を徹底的に洗い出して欲しい・・。
付近の防犯ビデオのチェックも忘れないように・・・。

尾住達三人は輪島組へ出向いて、
構成員同士のトラブルの証拠固めをしてくれ・・、
念のため、当日のアリバイも組員全員から取ってくれ・・、
全員と言っても、今では、構成員は20名以下になっているはずだからな・・、

多分、それで事件は見えて来るはずだ・・・・」

捜査会議の全員がこの立花管理官の言葉を疑いませんでした。そして、事件の解決はそう遠くな
いと確信していたのです。


和島組が関与しているこの事件の情報が警察庁のネットにインプットされると、警察庁本部の伍
台参事官のパソコン上にアラームが出て、この事件の捜査資料が自動的に彼へ届きました。伍台
に限らず有能な警察官僚は、キーワードをネット上にインプットしていて、そのキーワードに
ヒットした捜査資料などが自動的に収集できるようにしているのです。

それにしても、殺人事件とはいえ、組員が一人殺された単純事件だと考えられている地方の事件
に、全国規模の犯罪を追う警察庁の参事官が関心を寄せているのは意外ですが、どうやら伍台は
未だ輪島組を追っているようなのです。あの売春組織摘発事件は彼の中では終わっていないのか
もしれません。
[Res: 2091] 一丁目一番地の管理人(203) 鶴岡次郎 投稿日:2011/09/19 (月) 11:13

真黒興産の社長室

事件発生後二日経過した朝、警察庁でこの事件の捜査本部設置が決定されたほぼ同じ頃のことで
す。圧村和夫の死に関する資料が真黒興産社長、井上の下に届けられていました。彼は直ぐに関
係者の召集を秘書室長の横山に命じました。アングラ世界で深い関係のある輪島組とはいえ、そ
のチンピラが一人殺されただけのことです、社長が直ぐに反応し秘密会議を招集するとは、少し
大げさ過ぎる反応です。

15階建ての自社ビルの最上階に社長室はあり、北側と西側が窓になっているかなり広い部屋で
す。北側の窓を背負って社長席があり、渋い茶色の革張り応接セットが社長机の前にゆったりと
配置されています。

社長室に隣接して役員会議室があり、楕円形の大きなテーブルの周りに重厚な作りの黒革張りの
回転椅子が20客ほど置かれ、各席別に19インチのモニター、キーボード、スピーカーとマイ
クロホンを内蔵した音響設備が完備されています。


その役員会議室に急遽呼び出された5人の人物が揃っていました。社長の井上はいつものように
上座に座っています。輪島組の輪島正夫組長55歳、同組の若頭、矢島武士40歳、真黒興産の
元池袋支店長、木島信夫45歳、そして、真黒興産社長秘書室長の横山和夫47歳、高級レスト
ラン「蘭」の雇われマダム、工藤桜子40歳です。

どのようにして警察のデータを入手したのか不明ですが、各人のモニター上に、森の中に横たわ
る圧村和夫の死体映像と生前の顔写真、捜査員が現場で動き回っている動画、そして、第一発見
者の敦子、捜査本部の立花管理官以下担当刑事5名の顔写真が次々に映し出されました。。もし
捜査本部の刑事たちがこの光景を見れば、データが流失した事実に驚きながらも、そこに提供さ
れている情報の豊かさと設備の素晴らしさに眼を剥くと思います。横山室長がデータに沿って解
説を加えました。一通り説明が終わると、井上が口を開きました。

「あの事件の後は、くれぐれも世間の注目を浴びないようにしろと・・、
注意しておいたはずだが・・。
組長、どうして、こんなことになったのですか・・・」 

すこしいらついた口調に全員がおびえた表情で井上を見ています。

「申し訳ありません・・・」

井上の視線から逃れるようにして、輪島組長が大きな身体を折り曲げて、頭を下げています。

輪島組長は先代の父から組を受け継いだ三代目で、身体はプロレスラー並みに立派なのですが、
気が弱く、頭も切れないので、武闘派としても、策略家としても中途半端で、組の内外からの評
判は良くないのです。特に、あの一連の逮捕劇で多数の逮捕者を出してからは評判は地に落ち、
本人も早く足を洗いたいと言い出す状態になっているのです。 

何も言えないで縮こまっている輪島組長の側に居る、矢島若頭が口を開きました。低いが、しっか
りした口調です。

「圧村にはたちんぼうの娘(こ)を4人預けていました。
恐喝の前があるのですが、頭が切れる奴で重宝していました。

誰がやったのか・・、どうしてあの場所で死んだのか・・、
申し訳ありませんが・・、今のところ何も判りません。

仲間を総動員して、奴の足取りを追っていますので、
殺される前に出合った人物は直ぐに割り出せると思います・・・、
今日、いっぱい時間を下さい・・」

矢島武40歳、身長180を越える男ですが、体重はおそらく60キロを割っていると思われる
痩身の男です。細面に糸を引いたような眼、力強い眉、長い髪を無造作に後で結んでいるのです
が、それが格好いいのです。何を考えているのかその表情からうかがい知ることができない不気
味な雰囲気を漂わせた男です。この男が居るから、輪島組があれほどの打撃を受けても組として
存在していると言われている切れ者でもあるのです。
[Res: 2091] 一丁目一番地の管理人(204) 鶴岡次郎 投稿日:2011/09/20 (火) 11:10
矢島の返事を聞いて井上が軽く頷いています。今日一日待つことを了承したのです。そして、井
上が横山室長に目配せをしました。

「組長、若頭、本日はご苦労様でした。
お引取り願って結構です。

矢島さん、新しい事実が判り次第私に連絡を入れてください。
いつもの連絡網を使っていただければ、どんな時間帯でも私と連絡がつきます。

それで・・、お帰りは、来た時と同じように・・・、
いつもの地下通路を使用してください。

こんな時期ですから、注意に、注意を心がけてくださいネ・・。
今後このような失態が出ないよう、お願いします・・」

組長と若頭が何度も頭を下げて部屋を出て行きました。


「どうだろう・・、
奴は・・・、参事官は動き出すだろうか・・・」

二人が部屋から出るのを待って、井上が口を開きました。

「多分・・、
輪島組の名前が出た以上、
もう・・、とっくに情報を掴んでいると思います・・。

ただ・・、
彼女の存在には、未だ気がついていないと思いますが・・・」

横山室長が答え、桜子、木島も同意の頷きを見せています。

「しかし・・、
奴のことだ、彼女に疑いの眼を向けるのは時間の問題だな・・」

「ハイ・・、
私もそう思っています・・」

桜子が神妙な表情で答えています。

「それにしても・・、
輪島組の手先が殺され・・、
彼女が死体の第一発見者になるとは・・・、
誰かが仕組んだとしても、こうもうまく行かない・・」

井上が自嘲的な笑みを浮かべて呟いています。この部屋にいる全員がそこで黙り込み、じっと宙
を睨み何事か考えに耽っています。互いに確かめ合うまでもなく、全員が同じことを考え、同じ
不安と戦っているのを、全員が察知していました。その不安こそが井上が秘密会議を招集した理
由だったのです。

しばらく沈黙の後、井上が桜子を見て質問をしました。

「今・・、何人の女が仕事に張り付いているのだ・・?」

「ハイ・・・、
チョッと待ってください・・・・」

バックからA5サイズの赤革手帳、この席に居る者たちが『桜子メモ』と呼んでいる秘密の手帳
を取り出し、井上の質問の答を探しています。
[Res: 2091] 一丁目一番地の管理人(205) 鶴岡次郎 投稿日:2011/09/22 (木) 18:25
「社内の娘(こ)が12人、これには敦子も含まれています。
社外の娘(こ)は15人です。

調査部からターゲットの情報をいただき、
一年がかりで全パートナーに女性を貼り付けることに成功しました。
パートナーの好みが複雑で女性の手配に苦労しました。

今ではどの娘(こ)も気にいられてフルに活動中です・・。
とても、今、剥がせる状況ではありません・・」

最後の言葉は次に来る井上の指示を予想して、桜子が防御線を張っているのです。

「しかし・・、
殺人事件に絡んで輪島組の名前が出て、
偶然とはいえ、お前の傘下にいる女が第一発見者になったのだ・・。

伍台は必ず、我々にたどり着くはずだ。
あの事件の再発は許されない・・・。
あの時は、木島の機転で水際で防ぐことが出来たが、
次に同じことが起きれば、防ぎきれない・・・。

ここまでの努力を水の泡にするのは私自身も断腸の思いだが、
会社を危険に曝すことは出来ない。
全員を仕事から剥がして、あらゆる証拠を消してほしい。
その準備に何日必要だ・・・」

井上が断定的に言いました。桜子が顔を伏せて井上から視線を外しています。彼女の表情は良く
見えませんが、おそらく悔しさで顔を歪めているはずです。

「パートナーの一人一人にお会いして、事情を説明して、
全て無かったことにしてもらうよう、要請することになります。

ここで、一番大切なことは、口封じの手段です。
女達とパートナー、一人一人にその存在をはっきり教え、
裏切りの恐ろしさを叩き込むことが必用です。

桜子さんの話ではパートナーと女は27名づつで、計54名です。
私と桜子さんが手分けして直接面談することにして、一日8人が限度です。
そうなると7日間必用で、安全を見て・・・、
8日間、私達に下さい・・」

桜子に代って木島信夫が答えました。井上がゆっくりと頷いています。どうやらここにいる三人
の中で井上が一番頼りにしているのは木島のようです。

風采の上がらない、40男ですが、どんな事態に遭遇しても慌てずベストの方策を考え出し、冷
静に計画を実行できる男なのです。それが実証されたのがあの一斉取締りの時でした。

先の一斉取締りの時、真黒興産は池袋支店を輪島組に貸し出し、彼等の売春斡旋事務所として使
わせていたのです。そこを警察に踏み込まれ、数々の売春斡旋に関する動かぬ証拠を掴まれたの
です。

普通であれば真黒興産の売春事業への関与を警察から追及されて当然なのですが、当時池袋支店
の店長だった木島は自身の女遊びを和島組に嗅ぎつかれ、そのことで恐喝を受け、開店休業状態
だった支店の部屋を、会社には無断で和島組に又貸ししたと警察に供述したのです。

彼の供述を裏付ける女や、彼女に溺れていた木島の日頃の行動を証言する人物も多数準備されて
いました。警察が支店に踏み込む可能性を見越して、木島は保険をかける意味で女遊びを派手に
していたのです。その準備がここ一番という時に生きたのです。
[Res: 2091] 一丁目一番地の管理人(206) 鶴岡次郎 投稿日:2011/09/25 (日) 12:13
結局、警察は真黒興産が輪島組の売春事業に関与している証拠を掴むことが出来ませんでした。
そして、木島個人も会社に無断でビルの部屋を又貸しをしていただけで、彼が売春斡旋に関与し
ていた事実を警察は証明することが出来ませんでした。真黒興産はお構いなし、木島は証拠不十
分で釈放されたのです。

この事件を受けて、当然のことながら木島は池袋支店長を更迭され、秘書室勤務の平社員として
閑職に追いやられ、現在に至っているのです。普通のサラリーマンならこれだけの罪を犯せば当
然首切りの対象になりますし、会社に残ったとしても、生涯日陰の暮らしになります。
しかし、この場の様子を見る限り、井上社長は彼を最も信頼しているようすですし、秘書室長の
横山も、桜子も、木島には一目以上の敬意を置いている様子がありありと見えるのです。

「お前が必要だと言った8日間・・、
敦子を警察の手から守りきれば良いんだな・・」

「ハイ・・、
そのつもりで、作戦の準備を既に始めています・・・」

井上の強い視線を跳ね返すようにして木島がにらみ返し、低い声で返事をしています。

「事件発生直後、室長に彼女自身から連絡があり、早朝ランニング中、死体を発見して、警察と
接触している旨の報告がありました。その時点では、死体が輪島組の者だとは判りませんでした。

事件発生後、三時間経って、死体が輪島組の圧村だと判り、本当にビックりしました。その時は、
我々の組織を潰そうとして、誰かが仕掛けた罠かなと思いましたが、あまりに見事すぎてその可
能性はゼロだと考えました。社長もおっしゃっていたように、偶然とは恐ろしいもので、仕組ん
でもこうは行かないと思われるほどの出来事でした。

いつものルートを使い、捜査本部の情報を集めました。
それが先ほどお見せした内容です。

捜査本部は輪島組内のトラブルだと思っているようですが、
先ほどの組長と若頭の様子では、犯人は他にいると思えます・・。.

捜査本部は当面輪島組の調査に時間を割くでしょう、
多分、一週間、あるいはそれ以上警察は迷走します・・」

木島は淡々と事件と警察の対応を分析していますが、かなり説得力のある内容です。

「今までのところ、敦子は勿論、彼女と一緒に居る男も何も疑われていないようです。しかし、
いずれ警察の目が彼等に向けられると思います。
そうなる前に、二人を警察の目から隠す必用があります。
輪島組は表に出てしまいましたから、今回は使えません・・・。

そこで私なりに対応策を考えました・・、
私達が関与していることを二人に感づかれないよう、
彼らが自主的に身を隠すよう仕向けるつもりです・・。
身を隠してくれれば、その後、二、三ヶ月、隠し通すのは何とでもなります・・。

未だ・・、十分に練りこまれていませんが・・・
いかがでしょうか・・、こんなところで・・」

木島が手書きのA4メモを井上に差し出しました。どうやら、井上からの質問を予想して会議の
前にそのメモを準備していたようです。そして、桜子と横山秘書室長には、詳しい作戦内容を知
らせたくないようで、井上社長にだけは判る様にメモを作っていたのです。
[Res: 2091] 一丁目一番地の管理人(207) 鶴岡次郎 投稿日:2011/09/26 (月) 16:56

「何だと・・、
お前が圧村をその男に差し向けたのか・・!
お前が事件の発端を作っていたのか・・・!

・・・と言うことは・・
圧村は返り討ちに遭ったのか・・・?」

井上が唖然として木島を見ています。木島の命を受けて圧村が動いていて、その仕事をしている
最中に命を落した可能性が高いと木島のメモは報告しているのです。そんなことをしゃーしゃー
と井上に報告できるのは木島だけです。側にいる桜子と横山室長が驚いた表情で二人を見ていま
す。

「私も最初はそう思いました・・・。
しかし、よく考えると単純に返り討ちに遭ったとは思えないところもあります。
犯人は別の人物である可能性を否定できません・・・」

「そうか・・、
犯人はこの男でない可能性があるのか・・・、

しかし、この男が犯人であるか否かは別にして、
お前が圧村を差し向けたほどの男なら、
それなりにこちらの事情を掴んでいる可能性が高いな・・」

「ハイ・・・、
何処までこちらの事情を知っているか不明ですが、
この男を野放しにしておくのは危険です・・。
この男が伍台の手に落ちることだけは避けるべきです・・・」

二人の話を聞いていると、どうやら今回の殺人事件を引き起こしたきっかけは木島が圧村を動か
したことが原因である可能性が高いのです。それでも、木島に対して、圧村を死なせた責任を追
求をしないで、井上は事態の収束を模索している様子です。木島も悪びれた様子を見せないで、
井上の質問に答えています。

さすがにそれなりの見識を持ち、互いの力量に敬意を払っている二人です。過ぎ去ったことをグ
ダグダと悔やむより、当面の対応を決めることに精力を向けることで、二人の男の意志は見事に
合致しているのです。

「この男を今、サツに渡すのは確かにまずい・・、
かと言って、もう一度、輪島組を動かすのは・・、
お前の言うとおり、墓穴をさらに深く掘ることになる・・・。

お前の作戦では、一ヶ月、いや8日間、時間が稼げればいいのだね・・
そうすれば、こちらの準備は完全に整うのだな・・、

よし、これで行こう・・、
我々がサツより先に引導を渡してやろう・・・。

木島、お前が頭になって動いてくれ、後は任せる・・」

僅か10分程度の作戦会議でしたが、木島の提出した計画を井上が認め、この作戦が動き始めた
のです。


会議の後、役員会議室を出た廊下に桜子が待っていて、最後に会議室から出てきた木島に声をか
けて来ました。二人は近所にある静かな喫茶店に入りました。

「木島さん・・、
助けていただいて、感謝申し上げます・・」

席に着き、薫り高いコーヒーをウエイトレスがテーブルに置き、その姿が見えなくなると、桜子
が立ち上がり、木島に深々と頭を下げました。

「桜子さんが手を出さなかったら、
私だって同じことをしていました。
それで私が命じたと社長に言ったのです・・・

敦子本人から相談があったのですか・・・?」

立ったまま、まだ恭順の姿勢を崩さない桜子を椅子に戻して、コーヒカップを口に運びながら、
人の良さそうな笑みを浮かべて木島が質問しています。桜子がコックリと頷いています。
[Res: 2091] 一丁目一番地の管理人(208) 鶴岡次郎 投稿日:2011/09/27 (火) 12:13


木島は身長165、やや太り気味、黒縁のメガネをかけた丸顔です。どこから見ても、風采の上
がらない40男です。彼の素性、経歴は闇につつまれています。

10年ほど前、居酒屋で無銭飲食して路上にたたき出されたところを、そこを車で通りかかった
井上社長に助けられ、真黒興産に入社したのがことの始まりでした。

入社以来、真黒興産の闇事業を担当していて、井上社長の懐刀の役割を果たしているのですが、
ほとんどの役員、役職者は彼のことを知りません。唯一秘書室長の横山と、桜子が社長と木島の
関係を知っているのです。 

時々、ぞっとするような冷たい目で人を見ることがありますが、普段は人の良い笑みを浮かべて、
秘書室の女性社員をからかったり、秘書室の隅に与えられた机に座りパソコンを覗く毎日なので
す。

時々、ふらっと外出することがあるのですが、20名近い秘書室社員達の誰も彼が何処へ行き、
何をしているのか知りません。多分、彼に特別の興味を払わないのです。

「敦子から相談を受けて・・、
これなら、私一人で処理できると思ったのが間違いでした。

圧村とはひょんな縁で、少し前から個人的なつながりを持っていました。
組長も、若頭も私と圧村の関係を知らないはずです。
これからは、必ず、木島さんに相談します・・」

木島がコーヒカップを取り上げ、おいしそうに飲みながら、さり気なく桜子の身体を見ています。
圧村と桜子の個人的関係とやらを想像しているのかもしれません。

「木島さん・・、
お礼と言ってはなんですが・・、
今晩お付き合いしていただけませんか・・、
私のようなおばあちゃんで良ければ抱いてください・・・」

長年苦界の水を飲んできた桜子です、木島の舐めるような視線を十分感じ取っていたのです。桜
子のストレートな誘いに木島が少し慌てています・・。

「ご心配なく・・、
社長との仲は、とっくに切れて、今は晴れて独身(ひとりみ)ですから・・」

桜子がニッコリ微笑んでいます。

「今度の仕事が片付いてから・・、
その時、また・・・。
ご好意だけはありがたく、いただいておきます・・」

そう言って、相変わらず人のいい笑みを見せています。しかし彼の瞳は全く笑っていなくて、桜
子の腹の中までも覗き込む鋭さを秘めているのです。木島がコーヒーを飲み干し、テーブルの上
にある伝票を掴んで立ち上がりました。

「相変わらずね・・・、
隙がない・・・、恐ろしい人・・・」

木島の後ろ姿、お世辞にも格好良いとはいえない40男の背中を見送りながら、桜子は首を左右
に振って呟いていました。
[Res: 2091] 新スレを立てます。 鶴岡次郎 投稿日:2011/09/27 (火) 12:17
新しい章を立てますので、新スレへ移ります。         ジロー

[2081] 一丁目一番地の管理人(その19) 鶴岡次郎 投稿日:2011/09/02 (金) 11:33
2079(1)

綾香の物語も無事落着しました。いずれ正夫と綾香は静岡に帰りお茶園を受け継ぐでしょう・・。
誠一郎が再婚することはないと思われます。それでも、人生の終わり近くに由美子との縁を得た
ことが彼にとって幸いでした。今まで懸命に働いてきた功を神が認めたのかもしれません。

さて、これで一丁目の泉の森荘に安穏な日々がやってきそうな気がします。愛、一郎の管理人夫
妻ものんびり出来そうです・・。しかし・・そうとはいえない気配が・・・。

いずれにしてもまたまた、のんびりと語り続けます。引き続きご支援下さい。今回は少し趣向を変
えようと思っているのですが、どうなることですか・・。

毎度申し上げて恐縮ですが、読者の皆様のご意見、ご感想は『自由にレスして下さい(その
11)』の読者専用スレにご投稿ださい。多数のご意見を待っています。    

また、文中登場する人物、団体は全てフイクションで実在のものでないことをお断りしておきま
す。

発表した内容の筋を壊さない程度に、後になって文章に手を加えることがあります。勿論、誤字
余脱字も気がつけば修正しています。記事の文頭と、文末に下記のように修正記号を入れるよう
にします。修正記号にお気づきの時は、もう一度修正した記事を読み直していただけると幸
いです。

  ・ 文末に修正記号がなければ、無修正です。
  ・ 文末に(2)とあれば、その記事に二回手を加えたことを示します。
  ・ 1779(1)、文頭にこの記号があれば、記事番号1779に一回修正を加えたことを示します。
                                        ジロー
[Res: 2081] 一丁目一番地の管理人(283) 鶴岡次郎 投稿日:2011/09/02 (金) 11:53

森の中の死体

ここは都心に近く、ウオーターフロントに林立している高層マンションの一つです。そこから一
人の女性が勢い良く駆け出してきました。30歳過ぎ、身長165センチ、均整の取れた見事な
肢体です。

長い髪を後で束ねて、白いバンダナを着けています。シャープな印象の美人です。白いショート
パンツに白いTシャツ、いずれも肌にぴったり張り付いたものです。太陽が顔を出してから10
分も経っていない早朝です。

堤防の上に作られた幅4メートル足らずの舗装道路が彼女のランニングコースです。この道は河
口まで続いていて、時間帯によってはランニングをしたり、散歩をする人でかなり賑わうのです
が、早朝の今は遠くに自転車に乗った人影が見えるだけで、それ以外彼女の視界を遮るものは何
もありません。

軽やかに踊る身体の反応に気をよくして、女の足はいつもは踏み込まない川沿いにある森林公園
に向かっていました。公園としては小規模ですが、武蔵野の面影を色濃く残す原生林の大木が手
付かずで残っていて、一歩その中に足を踏み入れると深い森にさ迷いこんだと錯覚する気分にな
るのです。


森の中をくねくねと走る舗装道路を軽やかに走っています。首にかけたケイタイで帰りの時間を
チェックして、今日はここまでと決めて、足を止めた時でした。一匹の柴犬がかなりスピードで
目の前を横切り、森の奥へ駆け込んで行ったのです。当然飼い主が後から来るだろうと、笑みを
浮かべて女は成り行きを見ていました。

森の中は下草が丁寧に刈り込まれていて、その気になれば森の中へも自由に立ちいることが出来
るのです。大木の間をかなりのスピードで走り去る比較的小さな犬の後ろ姿を目で追っていた女
は、そこで視線を転じて、飼い主が現われるであろう方向、犬が出て来た森の奥を覗き込みまし
た。


20メートルほど先、大木の下に黒い影が、明らかに人影が横たわっているのです。その大きさ
から察して、180センチ近い身長の男性だと女は判断しました。不思議なことにその時点でそ
の人影に生命反応がないと彼女は感じ取ったのです。後になって、刑事から何故そう思ったのか
と聞かれても、その理由をはっきり言えませんでした。


道路に立ったまま、女は自宅に居る夫に電話をしました。彼は未だベッドにいました。50歳前
後のはずですが、実年齢より老けて見えるタイプです。頭髪がほとんど消えた肥満気味の小男で
す。女の夫として、ビジュアル面ではかなり見劣りのする男ですが、億単位の金を積まなければ
住めないこのマンションの住人ですから、かなりの資産家であることは否めません、年の離れた
綺麗な妻を持っていても不思議はないのです。

「いま・・、土手の森公園にいる・・・。
ランニングしてここまでやって来たんだけど・・・
私・・・、死体を見つけてしまった・・」

比較的冷静に女は状況を説明しました。電話の向うにいる夫はさらに冷静でした。的確な質問を
入れながら、女の話を聞いています。死体を見つけたという女の話を聞いていながら、男は全く
慌てないでないで、タバコを取り出し、ゆっくり火をつけているのです。


「いいか・・、落ち着いて俺の言うとおりするんだ・・。
そこから直ぐに警察へ電話をして、今言ったとおりの状況を説明するんだ。
それから先は、警察の指示に従え・・」

「私の名前をどうしますか・・?」

「そうだな・・、
竹内敦子を使うといい・・、
勤務先は言わなくていい、専業主婦で通すといい・・・、
まさか戸籍調べをしないだろう・・・
バレても言い訳はたくさんある・・・・」

「ハイ・・・」

「ああ・・、それから・・、
俺に連絡したことは警察に伏せておいた方がいい・・、
発見後直ぐに警察に連絡したことにするんだ、
警察には見たとおり正直に話して良い・・。

・・と言っても、竹内敦子を名乗る以上、
お前は俺の妻であることは忘れないよう・・・」

電話を切った後、男は直ぐにベッドから起き上がり、てきぱきと支度をして、いつもの出勤姿で
あるネクタイ、スーツ姿になり、電話を受けてから30分後には自宅を出ていました。男の表情
には何も異常は表れていませんでした。
[Res: 2081] 一丁目一番地の管理人(284) 鶴岡次郎 投稿日:2011/09/04 (日) 15:31

竹内敦子と名乗ることになった女は、夫から受けた指示通り、その場から警察へ連絡を入れま
した。

「ハイ・・、110番です。
事件ですか、事故ですか・・」

「事件だと思うんですが・・・、
森の中に人が倒れています。
多分・・、死んでいると思います・・・」

死体発見の通報を受けて110番センターに緊張が走りました。敦子と110番担当との会話は、
担当者が回線をオンにしたことにより、リアルタイムでパトロール中のパトカーをはじめ関係部
門に伝達されることになりました。

発見場所、発見者の名前、住所、その時の様子など、110番担当は矢継ぎ早に質問して来まし
た。初めての経験ですから多少のうろたえは見えますが、敦子は冷静に全ての質問に答えました。
敦子と110番担当の会話を傍受した二、三台のパトカーが現場に向かっていました。


「それで・・・、
現場に近づくことは出来ますか・・?」

「出来ません、足が動かないのです・・。
恐くて・・、
ここから逃げ出したいほどです・・」

「道路や、森の中に、人影は見えますか・・・」

「イイエ・・、
人影は見えません・・・」

「だったら、今すぐ、その場を離れてください。
森から出て周囲が見通せる河原の土手か、
出来れば人家か人影が見える場所がいいのですが、
そのあたりにそんな場所はありますか・・」

「人家は森を抜けた先にあります、
ここからだと駆け足でも30分以上離れています・・。
自動車道路は近くに走っていますが・・、
多分・・、近くて安全なのは土手の上の散歩道だと思います・・」

「そうですか・・、
それでは、とりあえず土手の上まで移動してください。
今から10分以内にパトカーがそちらに着きますので、
このままケイタイを切らないで、その場で待っていてください・・。
こちらも回線を切らないで待機しておりますから・・、

ああ・・、
それから・・、チョッとでも異変を感じたら、
その様子を知らせてください・・」

「ハイ・・、そうします・・」

110番の担当者の助言で森の入口まで戻った女は、そこで震えながらパトカーが来るのを待ち
ました。5分足らずの待ち時間でしたが、彼女にはそれが一時間にも、数時間にも感じるほどで
した。
[Res: 2081] 一丁目一番地の管理人(285) 鶴岡次郎 投稿日:2011/09/06 (火) 09:53
土手の上の散歩道は4メートル足らずの歩道専用で、自転車の走行だけが認められています。土
手に並行する形で片道の一車線の車道が走っています。土手から森の公園に入る時は、自動車道
を跨ぐ陸橋の上を通ります。自動車道はここで左に曲がり土手の森公園に入る道と、土手沿いに
河口まで走る道路に分かれます。

土手の森に入った自動車道は最短距離をとって森を抜けています。一方、土手の散歩道につなが
る歩道は森の中をくねくねと曲がり、所々でいくつかの道に分岐して、森の散歩を楽しめるよう
になっています。敦子が死体を発見したところは散歩道の側で、その近くを自動車が走っている
のです。

4台のパトカーがほとんど同時に駆けつけてきました。土手の上から敦子が手を振っています。
パトカーから出てきた制服警察官三名と一緒に敦子は現場に徒歩で向かいました。

恐くて側まで行けないという第一発見者と一人の警官が彼女を保護する形で残り、二人の警官が
歩道から森に入り現場に向かいました。現場は道路から20メートルと離れていなくて、地面に
横たわっている黒い影が道路からも良く見えたのです。

30歳半ばの男の死体でした。後頭部に鈍器で殴られたかなり深い陥没があり、一目でこれが致
命傷と思える様子でした。

殺人事件と判ると警察官の間に急に緊張度が高まりました。無線連絡をする声が森に木霊し、間
もなく数台の車がサイレンを鳴らして現場近くの車道に到着しました。車から検視官や、鑑識官
が降り立ち、その周りは騒然とした雰囲気に包まれました。現場周辺にテープが張り巡らされ、
パトカーのサイレンを聞いてようやく集まり始めた数人の野次馬達が遠巻きに現場を見ていまし
た。

検視官の判定で死後5時間から6時間、昨夜0時から一時までの犯行と断定されました。かなり
の出血が地面に認められ、足跡、遺留品など詳しい調査を待ってから最終結論を出すものの、殺
人現場はここらしいと係官達は一時的な結論を出していました。


簡単な聞き取り調査を受けた後、一旦家に帰りたいという死体の第一発見者、竹内敦子の願いを
聞き入れて、刑事の車で敦子をマンションまで送り届けることになりました。自宅で敦子から改
めて事情聴取をするため刑事が二名同行することになりました。

敦子の夫、竹内寅之助は既に仕事に出かけたようで自宅に居ませんでした。シャワーを浴び、コー
ヒーとトーストの朝食を摂ると、敦子はすっかり平静を取り戻していました。

その間、二人の刑事が居間で待機していました。所轄署の50歳近い熊谷刑事と20歳代の影沼
刑事です。若い影沼は噂に聞いている億ションの凄さに驚きを隠せない表情で、珍しそうに部屋
の中を見て回り、ベランダに出て、景色を楽しんだりしています。ここに立つと、死体放置現場
の土手の森公園が手の届く距離に見えるのです。森の中を走る自動車道路にパトカー等警察車両
が数台停まっているのが良く見えます。
[Res: 2081] 一丁目一番地の管理人(286) 鶴岡次郎 投稿日:2011/09/08 (木) 17:41

シャワーを浴び薄化粧を済ませ、花柄模様のワンピースに着替えた敦子が二人の刑事の前に座り
ました。ランニングスタイルとは異なり優雅なマダムの雰囲気が一杯溢れているのです。そして、
嫌でも彼女から立ち上がる艶かしい香りが二人の刑事の敏感な鼻腔を刺激していました。

殺伐とした死体放置現場から離れて、美人の敦子に愛想良く案内されて、豪華な部屋の中へ入り、
女がシャワーを浴びている間にコーヒーまでご馳走になったのです。その上、美しい敦子が目の
前に座って微笑んでいるのです。二人の刑事は緊張感をすっかり弛めていました。

この時点で、目の前にいる美しい女が、この部屋の住人で、竹内寅之助の妻、竹内敦子であるこ
とに二人の刑事は何の疑いも持っていませんでした。敦子が容疑者の可能性が高い第一発見者で
あることを、二人の刑事は忘れていたわけではなかったのですが、薄化粧をした敦子の美しさと、
この部屋の雰囲気に感化されて、二人の刑事は敦子を疑う気持ちを完全に喪失していたのです。

そして、彼女は通りすがりのランニング愛好者で、不審者を目撃したわけでもなく、現場に居た
のはせいぜい30分足らずで、既に聞いている事実以外に、事件の手がかりになる新しい証言は
何一つ聞きだせないだろう・・と、事情聴取を始める前から二人の刑事は予断していたのです。

現場で簡単に事情聴取した内容もふくめて、刑事から質問がありました。死体を発見してから、
二時間ほどしか経過していませんから、敦子の記憶は明瞭で、澱みなく説明して、20分ほどで
事情聴取は完了しました。

何時頃からこのマンションに住むようになったかとか、夫、竹内の人物像とか、いろいろ世間話
をする中で敦子の身辺に探りを入れるべきだったのです。早朝ランニングの習慣に関しても、何
時ごろか始めたのか、走る時間、コースなど、質問すべきことはかなりあったのですが、刑事達
はこれらに関しても、何も質問しませんでした。実の所、敦子の早朝ランニングは今日が三日目
で、あの森までランニングの距離を伸ばしたのは今日が初めてだったのです。そして、土手の森
公園へは休日の昼過ぎ、夫と一緒に散歩で一度行ったきりだったのです。

二人の刑事が犯したミスはこれだけでありません。本来であれば、聞き取りをした内容を鵜呑み
にするのでなく、マンションの管理をするコンシェルジェ事務所や周りの部屋に聞き込み調査を
行い、敦子の証言に関して裏づけをとりに行くべきだったのですが、この基本動作を二人の刑事
は省略したのです。これが後になって問題を引き起こすことになるのです。


「ところで・・・、
ご主人はお出かけですか・・」

ようやく熊谷刑事が夫、竹内に関する質問をしました。

「ハイ・・、主人は仕事に出かけたようです・・。
私達とはすれ違いになったようです・・・。
輸入雑貨を取り扱う貿易会社、竹内商事の社長で、竹内寅之助と申します・・。
会社は、池袋にあります・・」

「ご主人には、今朝の事件のことは連絡されたのでしょう・・」

「エッ・・、ハイ・・、
動転していて、主人に連絡を入れることが出来ませんでした。
ランニングに出かけて遅くなるのは、これが初めてではないので、
多分、夫はそんなに心配していないと思います・・。
この事件のことをテレビで知り、叱られます・・・」

敦子はそういって、可愛く舌を出していました。

二人の刑事はお礼を言って、マンションを後にしました。刑事達を送り出した後、敦子は会社の
上司である真黒興産秘書室長の横山和夫に連絡を入れ、事件の詳細を話し、本日休暇をとる許可
を得ました。

一人になった敦子はソファーに座り込んだまま、長い時間ぼんやりとしていました。
[Res: 2081] 一丁目一番地の管理人(287) 鶴岡次郎 投稿日:2011/09/09 (金) 16:53

人の死に立ち会った時、それも若くして理不尽に命を絶たれた死体を見た時など、人は人生の無
常を強く感じると言われます。敦子がまさにそうでした。

敦子はこれまで何度も自身の生き方を反省することは多かったのですが、その都度中途半端に反
省して、性懲りもなくそれまでの享楽的な生き方を続けてきたのです。しかし、今回は少し違い
ました。男女の違いこそあれ、同年代の男の死に遭遇したのです。決して誇れる人生を送ってこ
なかったと見える男が、死に際に何を考え、何を思ったか、敦子はそのことが、妙に気になって
いるのです。

同年輩で、決して真面目な人生を送ってきたとは思えない男の死が彼女に、彼女自身の人生を振
り返えらせるきっかけを与えたのです。その日、敦子は何処にも出かけないで考え続けました。


あの場所で死を迎えるとは、男は夢にも思っていなかったはずで、死が迫ってきたその瞬間彼は
何を考え、何を思ったのか・・、敦子は自身の身に置き換えて考えていました。

「もう一度・・、もう一度・・、やり直したい・・、
私の人生をリセットしたい・・」

それまで、おそらく悔い多い人生を送ってきた男は、あまりに突然で、あまりに早い30余年の
人生の終わりを目の前にして、薄れ行く意識の中で、彼はそう叫んでいたに違いないと敦子は考
えたのです。それは、敦子自身の心の叫びでもあったのです。


高校を卒業した時、『美貌と才能を与えられたせっかくの人生だ、自分の人生を思い切り楽しも
う』と、決心したのです。それは、絶世の美貌に恵まれながら、むざむざ田舎の旧家に埋もれさ
せて一生を終わらせた亡き母への反発の現われでもあったのです。

大学時代、50人以上の男性と交わりました。それでも真面目に勉強をして英文科を優秀な成績
で卒業し、今の会社に入ったのです。社会人になってからも、奔放な男遊びは止みませんでした。
そうした遊びの中で今の夫と出会い、結婚。結婚後も夫公認の元で男漁りを続けました。そうし
た遊びの中での寅之助との出会い・・。寅之助に今までの男にない魅力を感じ、引き付けられ、
彼の愛人暮らしを始めたのです。

『これが私の求めていた人生だったのか・・・、
この瞬間死を迎えるとしたら、私は何を思うだろう・・、
空しい32年間だった・・・
あの森の中で、誰にも見取られず、誰にも惜しまれず、
ただ、朽木のように倒れていた男と同じだ・・・

誰からも頼りにされず、
たとえ消えても、誰からも惜しまれず・・、
ただ、欲望の赴くまま性を貪っている・・
これが、私の求めていたものだったのか・・・』

敦子の自問は続きますが、その答えは何処からも返ってきませんでした。

夕闇が迫る頃になり、のろのろと立ち上がった敦子は、不慣れな様子で夕餉の支度を始めました。
結婚後も勤務を続けた敦子は主婦業をまともにやったことがないのです。今日は久しぶりに主婦
の真似事をしてみようと思ったのです。

冷凍しておいた牛のブロックを溶かし、適当な大きさに切り分け、コショウと塩を軽く降り、赤
ワインをたっぷりと降りかけ、寝かせること30分、その後焦げ目がつく程度にフライパンで焼
き、肉の下準備は完了です。寅之助の好物である牛シチュウを作るつもりなのです。

スープに取り掛かりました。玉ねぎの微塵切りをオリーブオイルでよく炒め、それに缶詰のシチュ
ウの元を入れ、トマト缶も開け、赤ワインをたっぷり注ぎ入れます。これをフードプロセッサー
にかけ、スープの下準備は完了です。


寅之助は珍しく午後7時頃に帰ってきました。眼下に広がる夜景を楽しみながら、二人はゆっく
りと夕食を楽しみました。今朝の事件に関して寅之助は何も質問しませんでした。敦子もその話
題を避けていました。


海外生活の長い寅之助の習慣で、食後のブランデイを舐めながら、二人は黙って夜景を見ていま
した。手の届きそうな距離に土手の森公園の黒い塊が見えます。その黒い塊の中に、点々と散歩
道沿いに設置された淡い街灯の光が見えます。そして、黒い塊のその先に、繁華街の華やかな光
が煌いています。息を呑むような絶景ですが、敦子はそのはやかな景色の中に、ドロドロした影
を見つけ、あの男が吐き出したに違いない『もう一度生きたい・・・』と叫ぶ声を聞いていたの
です。(1)
[Res: 2081] 一丁目一番地の管理人(288) 鶴岡次郎 投稿日:2011/09/10 (土) 11:20
2086(1)


『生きた証(あかし)を残すことだ』

今日一日考え抜いた末にたどり着いた敦子の結論はそれでした。多分、土手の森公園で死を迎え
たあの男も、今頃、あの世で、生きた証(あかし)を何処にも残せなかったことを悔やんでいる
はずと敦子は考えたのです。

多くの女は生きた証(あかし)として子供を残します。これほどすばらしい証(あかし)は他に
は考えられません。しかし、全ての女性がそれを為し得ることではありません。敦子の場合、そ
のチャンスがなくなったわけではありませんが、それを為すためには、先ず夫の下へ帰ることか
ら始めて、いくつかのハードルを越える必要があるのです。

『寅之助との生活を続ける中で、
女として生きた証(あかし)を残す手段はあるのか・・
ただ、彼とのセックスを楽しむことが目的のただれた生活では、
私がここに存在した証(あかし)を残すことは難しいのか・・?
いや・・、きっとあるはず・・、

私でなければやれない仕事が・・、
誰に認められなくてもいい、
成し遂げたと自分で満足できる仕事がきっとあるはず・・』

そこまで考えた時、この問題をそれ以上考えるのを止める光景が敦子の目にとまったのです。

風呂上りにガウンを羽織っただけの寅之助の股間が露になり、未だ臨戦態勢になっていないもの
の、存在感のある陰茎と陰嚢が顔を出しているのです。それを見て、敦子の体にポッと火が点い
たのです。

『私は・・、やはりスケベ・・、
人生を考えるより、今は・・、アレが欲しい・・・・
アレを深々と打ち込んでもらうのが生甲斐だ・・・』

心中でそう呟きながら、手にしたブランデイグラスをテーブルに置き、寅之助をじっと見つめて、
ゆっくり立ち上がりました。寅之助はこれから何がはじまるのか良く知っています。女は着けて
いた白いガウンを肩から床に落としました。いつものようにその下は一糸まとわない裸体です。

かなり大きな乳房が真っ直ぐに寅之助を睨んでいます。圧倒的なボリュームを誇る臀部の中央を
飾るはずの股間の茂みは全て刈り取られ、青白い跡が広がり、その中央にドドメ色の小陰唇が小
山の様に食み出しています。その光景から多彩な敦子の性遍歴をうかがい知ることが出来ます。

小柄な寅之助の膝に敦子が両脚を開いて跨りました。大柄な敦子が寅之助を見下ろす形です。ブ
ランデイグラスを彼の手から奪い、琥珀色の液体を一気に喉に流し込みました。そして、男の首
に両手を絡めて、唇を押し付けました。男の喉が鳴って、唾液交じりのブランデイを飲んでいま
す。
[Res: 2081] 一丁目一番地の管理人(289) 鶴岡次郎 投稿日:2011/09/12 (月) 11:14

居間の窓は天井まで届くはめ込みの大きなものです。死体が発見された森の公園が見える窓に裸
体を押し付けられ、敦子が喘いでいます。大振りの乳房がはめ込みのガラスに押し付けられて歪
んでいます。透明なガラスに大柄な敦子の身体が貼り付けられているのです。片脚を高々と持ち
上げられ、窓枠に手を添えて身体を支える無理な姿勢で、敦子はその股間に寅之助の肉棒を深々
と受け入れているのです。

「ああ・・・、もうダメ・・・
ああ・・ン、届いている・・、一番奥に届いている・・・
ああ・・・、そんなにされたら・・・、
ああ・・・、死んでしまう・・・・」

土手の上に立ち、望遠鏡でも使わない限り敦子達の痴態を見ることが出来ないのですが、誰かに
見らている・・、そう思うだけで敦子は、毎回舞い上がるのです。

『小男の大マラ』と言われるように、寅之助のそれは人並みはずれて長いのです。無理な姿勢で
も、肉棒の先端は確実に敦子の子宮を突付いているのです。余裕で肉棒がゆっくり動いています。
内部の愛液を掻き出し、またゆっくり押し込められています。陰茎と陰唇の狭間から愛液が白い
泡になって吹き上がっています。敦子は悲鳴も忘れて、ただ喘いでいます。

先ほどまで真剣に自身の生き方を考えていた敦子はそこに居ません。ただ貪欲に50男の大マラ
を貪る淫らな女がいるだけです。どうやら、多くの女性と同じように、敦子の場合もセックスの
喜悦がそれまでの思考や反省の気持をリセットするようです。それだからこそ、いままで何度も
人生の生き方を反省する機会を持ちながらも、性懲りもなく、自身でも自堕落だと蔑む生活から
抜け出せないでいるのです。土手の森公園の死体が敦子に与えたインパクトはやはりここまでな
のでしょうか・・。


もう・・、二時間以上敦子は攻め続けられ、体中の水分をすべて吐き出すほど、潮を噴き上げ、
数え切れないほど絶頂に到達しているのです。

寅之助はほとんど毎日、敦子を責めます。50歳に近い寅之助にとってそれは大きな肉体的負担
になっているはずですが、その行為を止めれば敦子から捨てられると思い込んでいて、鬼気迫る
形相で敦子を責めるのです。

一度の性交で三度以上敦子を気絶させるのを寅之助は目標にしています。密かに興奮剤を服用し
ています。寅之助の責めは道具に頼ることはせず、ただ、自慢の肉棒を振るうだけです。

ただ、この一ヶ月ほど会社の経営上の問題で寅之助は悩んでいて、明らかに肉棒の硬度が劣化し
ているのです。出来ることならゆっくり休みたいと思うのですが、この年齢の男が持っている妙
なプライドが女に休養を言い出させないのです。

帰宅して笑顔で迎えてくれる美しい敦子を見ると、つい手を出してしまうのです。手を出した
以上、三度逝かせる目標をクリアーしなくてはいけないのです。ある意味で経営難と若い敦子の
存在、二重苦の中で寅之助は足掻いていたのです。


何とか敦子を二度逝かせて、寅之助は精根尽きた身体をソファーに投げ出していました。ダラリ
となった肉棒にそっとタオルをかけています。一方、敦子は濡れた裸体を惜しげなく曝して、両
脚をだらしなく開いて、ソファーに座っています。側に居る寅之助から濡れた股間がよく見える
のです。

鮮やかなサーモンピンクが食み出し、そこがべっとりと濡れているのです。いつ頃からか、敦子
は寅之助に恥ずかしい姿を曝すことを恥じなくなり、むしろ、彼だからこそ、かなり歳の差があ
る彼だからこそ、他の誰を相手にしても出来ない、破廉恥な交わりが出来ると思っているようで、
何の遠慮も、こだわりもなく、寅之助の前では敦子は本能の赴くまま、セックスを楽しむことが
できるのです。どうやら寅之助が敦子にとって特別の男である理由はここにあると思えるのです。

ピルを常用していて、寅之助はいつも中へ出すことにしています。ソファーを汚さない配慮で軽
く拭き取ってはいるのですが、一番奥へ吐き出された液がゆっくりと染み出しているのです。白
い液が、サーモンピンクの襞の間から染み出し、切り揃えられた漆黒の陰毛に絡みついているの
です。

寅之助が指を伸ばして、敦子の股間に人差し指を埋めています。いつも感心することですが、終
わった後も敦子のそこはモゴモゴとうごめいているのです。敦子に初めて出合った頃は、その動
きの感触を感じるだけで肉棒が反応して、もう一度挿入できる状態になっていたのです。今は、
少し大げさに言うとその動きを少し恐ろしく感じるようになっているのです。
[Res: 2081] 一丁目一番地の管理人(290) 鶴岡次郎 投稿日:2011/09/14 (水) 10:12

「ふう・・・・ゥ
良かった・・・・・。

刑事さん達、この部屋で事情聴取をしたのよ・・、
初めての経験だったけど、おもしろかった・・。

私のことこの家の主婦だと思っていて、
何も疑っていなかった・・
もう・・、ヒヤリングに来ることはないと言っていた・・・」

ソファーに身体を投げ出し、両手両脚をいっぱいに開いて、股間の亀裂に男の指を受け入れて、
敦子が昼間の報告をしています。三度逝かせて、今日のノルマを終えたはずの寅之助ですが、律
儀に敦子の裸体に指を這わせています。事後のサービスも怠りなくやるのです。

「死体の身元は判った様だネ・・・
それにしても・・・、
何故・・、奴はあんな所へ行ったのだろう・・、
真っ直ぐ帰っていれば、何も起こらなかったのに・・・・・・」

朝刊には間に合わず事件は何も報じられていませんでしたが、夕刊には事件の発生と指紋照会で
判明した死体の身元が発表されていました。寅之助は夕刊を読んで事件の概要を知っていたので
す。

「私がここの住人でないと判ると、逮捕されるかしら・・」

「そんなことはないョ・・・、
不倫をしていれば、誰だって本当のことは言わないから・・、
それ以外は、嘘を言っていないのだから・・・、
罪は軽いよ・・・・・」

「そうね・・・、そうだわよネ・・・、
気にすることはないわネ・・、
知っていることは全部言ったから・・・

アッ・・・、私・・・、
大切なことを言い忘れていた・・・・」

女陰が敦子の驚きで強く締め付けられ、そこに入りこんでいる指がその締め付けを感じ取ってい
ます。ビックリして寅之助が敦子を見ています。

「私・・、見たのよ・・、
確か、柴犬だった・・・

死体があった方角から突然駆け出してきて・・、
私の目の前を走り抜けて、
また・・・、森の奥へ消えた・・。

すっかり、忘れていた・・、
知らせるべきかしら・・・・・」

「飼い主を見なかったのだろう・・・
鎖を離れた近所の犬だよ・・、

その犬は、犯人を見ていたかもしれないが・・・、
奴は口が効けないからな・・・・、
ハハ・・・・・・・・

今更、言うほどのことでないと思うよ・・・・」

何が面白いのか寅之助は大笑いをしていました。そして本格的に指を使い始めたのです。こうな
ると敦子の思考はストップします。股間へ全ての知能が向けられるのです。ゆっくり身体を起
こし、男の股間に顔を埋めました。そして、グンニャリしている男根を咥え込んだのです。

精液と自身の体液が入り混じった香りが口いっぱいに広がっています。敦子はこの匂いも、そし
て味も嫌いではないのです。もう・・、これ以上は無理だと寅之助は思っているのですが、男の
そんな気持にお構いなく女は根気強く責め始めました。まだまだ夜は長いのです。
[Res: 2081] 新しい章を立てます 鶴岡次郎 投稿日:2011/09/14 (水) 10:32
新スレに新しい章を立てます。  ジロー

[2067] 一丁目一番地の管理人(その18) 鶴岡次郎 投稿日:2011/08/21 (日) 16:45
一丁目一番地の住人である綾香がやっと幸せを掴むことが出来ました。管理人夫妻の心配の種が
また一つ、無事解決したのです。いずれ赤ちゃん誕生のニュースも聞かれると思います。そうな
れば、失意の底にいる田浦誠一郎にも新たな生甲斐が出来ることになります。

どうにも逆らえない運命に流されて失意の底にありながら、精一杯努力した人たちが幸せを掴む
姿を見るのは気持がいいものです。

一丁目一番地にある『泉の森荘』は諸般の事情があって、子供のいない家族を入居条件にしてい
ます。それだけに、このアパートでは住人の出入りが比較的頻繁に起こります。いわば、このア
パートは次のステップへ向けて力を蓄える一時居留場所なのです。ここでの生活が上手く回転し、
次の高みへ飛躍していく者もいれば、あえなく、さらなる奈落へ転落して行く者もいるのです。

一郎、愛の管理人夫妻はここから転落する人を何とか救いたいと、住人への注意を怠りません。
それが過去に大罪を犯した贖罪行為だと二人は思っているようなのです。

次はどんな事件が管理人夫妻に降りかかるのでしょうか・・、相変わらず、のんびりと進めます。
ご支援ください。

毎度申し上げて恐縮ですが、読者の皆様のご意見、ご感想は今回新スレを立てた『自由にレスし
て下さい(その11)』の読者専用スレにご投稿ださい。多数のご意見を待っています。    

また、文中登場する人物、団体は全てフイクションで実在のものでないことをお断りしておきま
す。

発表した内容の筋を壊さない程度に、後になって文章に手を加えることがあります。勿論、誤字
余脱字も気がつけば修正しています。記事の文頭と、文末に下記のように修正記号を入れるよう
にします。修正記号にお気づきの時は、もう一度修正した記事を読み直していただけると幸
いです。

  ・ 文末に修正記号がなければ、無修正です。
  ・ 文末に(2)とあれば、その記事に二回手を加えたことを示します。
  ・ 1779(1)、文頭にこの記号があれば、記事番号1779に一回修正を加えたことを示します。
                                        ジロー
[Res: 2067] 一丁目一番地の管理人(273) 鶴岡次郎 投稿日:2011/08/22 (月) 14:07

誠一郎の決心

綾香の結婚式から三ヶ月が経過した時、愛夫妻と由美子宛にそれぞれ長い手紙が誠一郎から届き
ました。

『・・・彼女といろいろ話し合いましたが、一度離れた心はどうにもなりませんでした。もしか
すると、二人の心が寄り添っていたと感じていたのは私だけだったのかもしれません。一ヶ月前
に離婚が成立しました。

亜紀は手切れ金を元手にして、横浜でスタンドバーを開きました。寄り道から本道に戻ったよう
に、亜紀は以前にも増して生き生きと生活しています。私のことなど最初から無かったように振
舞っています。それに比べて私は、時々彼女を思い出しています。多分・・、こんな生活をしな
がら、人生の終わりを迎えることになると思います・・』と、何とも寂しい内容なのです。

一方若い二人は元気です。綾香と正夫の二人は泉の森荘からそれぞれの勤務先に通っています。
綾香は結婚をあきらめ苦界に生きると決心し、綾香を失えば生きる意味がないとさえ思い込んで
いた正夫・・、あれほどの事件が二人の間に起きたのですが、今はごく普通の共稼ぎの若い夫婦
です。休日には公園でバトミントンをしたり、散歩したりして過ごし、時々は静岡の実家へ帰って
いるようです。

正夫と誠一郎の関係は、亜紀がこの家に来る前の、仲の良い父子関係に戻った感じです。正夫は
商事会社での勤めを、せめて課長になるまでは続けたいと思っているようです。その時期が、1
0年先になるか、もっと早い機会になるか誰にも判りませんが、正夫は時期を見て、静岡に帰る
決意だと誠一郎に告げています。そのことは、綾香も十分承知しているのです。

正夫から帰郷の決意を聞かされて、誠一郎は、勿論、非常に喜びました。正夫が戻るまでに会社
内容をさらに充実させたいと、いままでにも増して事業に集中しているのです。

その誠一郎のその後ですが、正夫と綾香の言葉を借りると『・・実家には女気は一切ありませ
ん・・』と、いうことです。あれほど好きだった地元のキャバレー通いもあの事件以来、人が変
わったようにぷっつりと途絶えているのです。正夫夫妻も、会社の関係者もその変化に驚くもの
の、引退してもおかしくない歳ですから、『さすがの彼でも、枯れてもおかしくない・・』と、
そのこと事態は冷静に受け止めていたのです。

それがあの事件以来6ヶ月経った最近になって、週に一度の頻度で誠一郎は上京しているのです。
雰囲気も以前にも増して元気になっているのです。商用で上京することはごく稀ですから、仕事
以外の用件で上京しているのは確かなのです。それだのに綾香夫妻のアパートを一度も訪ねたこ
とがないのです。

つい最近従業員からそのことを聞かされるまで、彼が頻繁に上京しているのさえ、若い二人は知
らなかったのです。彼が何処へ行き、誰に会っているのか・・、正夫と綾香はなんとなく聞きそ
びれて、誠一郎に確かめるチャンスを失っているのです。(1)
[Res: 2067] 一丁目一番地の管理人(274) 鶴岡次郎 投稿日:2011/08/23 (火) 11:12
2070(1)
ある休日の昼下がり、アパートの近くにある商店街で買い物中、街のレストランで楽しげに語
らっている由美子と誠一郎を綾香は見かけました。勿論誠一郎が上京してくる連絡を綾香は受け
ていなかったのです。

「なァ・・んだ・・・、
由美子さんと会っていたんだ・・・。
お父様、さすがにやるわね・・・・・、

でも・・・・」

彼と由美子が二人きりなら、黙って見過ごす配慮が出来る綾香ですが、由美子の側に中年過ぎの
紳士が座っていて、三人は親しい友人のように語り合っていたのです。思い切って、彼らに顔を
見せることにしました。

「アラ・・綾香さん・・」

買い物籠をぶら下げて、レストランに入って来た綾香を目ざとく見つけた由美子が声をかけてき
ました。綾香を見た誠一郎も悪びれた様子はありません。

「お父様・・、
こちらにいらしているのなら、連絡してくださいよ・・・、
それに・・、家へも寄って下さいよ・・」

何度も誠一郎がこちらに来ているのを知っている綾香は、少しすねた様子を見せて文句を言って
います。

「バカを言っちゃいけないよ・・、
新婚家庭を訪問するほど、僕は老いぼれていないよ・・、
こちらに来た時は、いつも鶴岡家にお世話になっているのだよ・・」

「ゴメンナサイね、綾香さん・・・
私から、こちらに来ていることだけでも連絡しようとしたのだけれど、
田浦さんが必要ないといわれるから・・・」

笑みを浮かべた由美子が二人の間を取り持っています。

勿論綾香もいつまでもすねているわけではありません。笑みを浮かべて義父がお世話になってい
るお礼を言って、由美子の側に座っている鶴岡と初対面の挨拶を交わしていました。

「綾香、
一緒に食事をして行かないか・・」

「お父様、せっかくですが結構です・・。
新婚の夫が、首を長くして待っていますから・・・
ウフフ・・・・・」

「ハハ・・、そうか・・、
これは一本取られたね・・・。

マア・・、仲の良いことはいいことだ。
正夫によろしくな・・、
お前たちには会わないで、明日の朝、静岡へ直接帰るつもりだ・・」

綾香が笑みを浮かべてレストランを出て行きました。どうやら、誠一郎は鶴岡と意気投合してい
るようで、由美子に会うのが最終目的なのですが、鶴岡と語り合うのも、彼の上京目的の一つに
なっているのです。
[Res: 2067] 一丁目一番地の管理人(275) 鶴岡次郎 投稿日:2011/08/24 (水) 11:53
あの事件の後、綾香と正夫の事件の顛末を間近で見た由美子に、微妙な変化が出ていました。そ
れに最初に気づいたのは勿論、夫である鶴岡です。

「以前、君から聞いた武者修行だけれど・・・、
突然は困るよ、少なくとも三ヶ月前には、知らせて欲しいね・・」

鶴岡がそう言って水を向けても、由美子はただ笑っているだけなのです。どうやら、正夫をED
から立ち直らせた綾香の女力(おんなちから)に感銘を受けて、女の生き方を真剣に考えている
ようなのです。事件の経緯を鶴岡に説明した後、由美子はこんなことを鶴岡に話していました。

「男に好かれるように身体と心を磨き、いい伴侶に恵まれ、子供を産み、育て、いい家庭をつく
るのが女の大切な仕事だと思っていた。それが出来れば上出来の女だと思っていた。

綾香さんを見ていると、彼女はいつも何かに挑戦しているように思える。

早くに両親をなくし、経済的に恵まれない中で苦学して専門学校を卒業して歯科助手になった。
それだけでも素晴らしいのに、好きになった男がEDを抱えていると知ると、普通の娘(こ)な
ら尻込みするところだけれど、彼を見捨てることなく、彼と一緒になってその病と真正面から戦
い、遂には勝利を得た。またお世話になったおじさんががん治療費に困っているのを知ると、迷
わず身体を売ることをやり遂げた。そして、一番素晴らしいのは、自ら警察に出頭して過去に犯
した売春の罪を精算したことです。

普通の女は運命の流れに乗るのを好むけれど、彼女は自身が作り出した波に乗る人です。彼女を
見ていて、いろいろ教えられました。彼女に比べれば、私の生活など遊んでいるようなもので
す・・・。

それで・・、先日話した武者修行もただ私の欲望を満たすだけでなく、大げさに言うとなんか社
会のために役立つ工夫がないか考えるようになったの・・」

女の生き方を考える、そのこと事態は、歓迎することだと思いながら、鶴岡にしてみれば、いつ
何時、突然とんでもないことを仕出かす由美子を良く知っているので、決して楽観しない姿勢を
貫いているのです。

そうはいっても、由美子が動かない鶴岡家は平穏です。鶴岡は久しぶりに訪れた平凡な暮らしを
満喫していたのです。


そんな時、誠一郎からの手紙を由美子は受け取ったのです。誠一郎がすっかり老い込んでいる様
子を察知して、由美子は手紙を読みながら泣き出していました。

「何かあったの・・・」

思わず鶴岡が声をかけるほど由美子は落ち込んでいたのです。鶴岡に手紙を見せました。勿論、
亜紀と誠一郎の関係は由美子から報告を受けて、鶴岡は良く知っているのです。

「このままでは、田浦さん、ダメになってしまう・・」

そう呟きながら、由美子は何かを考えている様子です。由美子の思考パターンを良く知っている
鶴岡は次に由美子が何を言い出すか、おおよその見当をつけていました。
[Res: 2067] 一丁目一番地の管理人(276) 鶴岡次郎 投稿日:2011/08/25 (木) 14:51

「亜紀さんの浮気程度だったら、離婚を決意しなかったと思います、
正夫君を弄んだことが許せないと彼は言っていました。

それでも
『この歳で、一人になるのは正直辛い、
許されることなら、別れたくない・・・』
と、亜紀さんに未練たっぷりの様子でした。

亜紀さんを恋する気持と、強い倫理観の狭間で、
彼は苦渋の決断をしたのです・・・。
彼の気持を思うと・・、哀れで・・、かわいそうで・・
私・・・、彼を励ましたくて・・・

『もし・・、田浦さんにその気があるのなら、
今度来た時、私を抱いてください・・』、

私そう言って・・、約束をしてしまいました・・・。
黙っていて、ゴメンナサイ・・・・」

頭を下げながら由美子が告白しました。そして、鶴岡の反応をじっと見つめているのです。

「それで、この手紙を見て、
由美子はどうしようというのだ・・」

その答が100%判っていながら、鶴岡が質問しています。どうやら、由美子の口からその答を
聞くのを楽しんでいる様子なのです。

「私・・、静岡へ行きます・・・、
彼に会って・・、
私に出来る限りのことをします。

彼を立ち直らせます。
それが出来るのは多分・・、私だけ・・・」

鶴岡を真っ直ぐ見つめて由美子が言いました。鶴岡は黙って頷いています。平穏だった鶴岡家に
また、桃色の旋風が吹き込んできたのです。


由美子と鶴岡が静岡の誠一郎を話題にしたその翌日、何の前触れもなく、田浦誠一郎が直接鶴岡
に電話をしてきたのです。そして、『近くまで来たけれど会いたい』と、切り出したのです。ど
うやら、由美子に手紙を出した時点から、計画的にことを進めていて、この日、由美子夫妻がそ
の時間、在宅だと調べた上で、電話をしてきたようなのです。それから5分後、誠一郎は鶴岡家
の玄関に立っていました。

週末を利用して静岡へ出向く計画だった由美子の決断より、誠一郎の行動が早かったのです。そ
れだけ、二人の緊迫度が違うのかもしれません。


正夫と綾香が由美子にお世話になったお礼を型どおり伝えて、誠一郎は亜紀と離婚したことを鶴
岡と由美子に改めて報告しました。

「私は今年の12月で75歳になります。
とっくに引退してもおかしくない歳ですが、おかげで身体も元気で、
仕事も以前と変わらず出来ますので、もう少し現役で頑張るつもりです。

ただ、アッチの方は亜紀と別れて以来すっかり落ち込み、その気持が失せました。
こんなことではダメだと思うのですが、キャバレーへ行っても、
ここでは申し上げられない危ない所へ行っても、
どんな女に出会っても、その気にならないのです・・・。

ついこの間までは、昼間街で遊んで、夜はまた亜紀を堪能させていたのです。
そんなことを言うと、引かれ者の小唄のようにお思いでしょうけれど、
これでも地元では、『箒の誠さん』と呼ばれ、
遊び人として少しは名前が売れているのです・・。

正直言って、これで終わりかなと思っています。
それなら、それでもいいと開き直ったのです・・・。

・・で最後に、後々心残りがないように、
これだけは試しておきたいと思っていることがあります。
今日お訪ねしたのは、そのお願いをするためです・・・・」

ここで言葉を切り、誠一郎は由美子をチラッと見て、視線を真っ直ぐに鶴岡に移しました。いよ
いよ本題を切り出すつもりのようです。
[Res: 2067] 一丁目一番地の管理人(277) 鶴岡次郎 投稿日:2011/08/26 (金) 14:09
玄関に立った誠一郎を見て由美子は少し慌てました。あの約束を憶えていて、彼がやってきた・・
由美子はそう直感しました。そして、それが目的なら、自宅へ訪ねてくる必要はなく、メールを
してくればそれなりの対応が出来たと、その時、少し不満に思っていたのです。しかし、こうし
て真剣な表情で語り始めた男を見ていると、真正面から切り込んできた誠一郎の行動に、由美子
の女心はより強く動かされていました。誠一郎への思慕の気持がさらに強くなっていたのです。

「正直に申します・・。
由美子さんに初めて会った時から、凄く惹かれました。
亜紀に出会う前に由美子さんを知っていたら、
多分、あいつを妻にはしなかったでしょう・・・」

覚悟を固めての訪問なのでしょう、受け止めようによっては歯の浮くような言葉で由美子への思
いを語っています。誠一郎の態度に微塵もふざけたようすがなく由美子への思いを真面目に語って
いるからなのでしょう、由美子は勿論、鶴岡も真面目な表情で聞いています。

「この三ヶ月あまりいろいろな女で試しました。
どんな女に会ってもその気になれないことが判った時・・、
私は生きる気力を完全に失っていました。

いつかはその時が来ると覚悟はしていたのですが、
いざ、その時になるとダメですね・・・、
夜も眠れないほど悩みました・・。
それで、由美子さんに手紙を書きました。

最後の望みを由美子さんに託す気になったのです。
由美子さんに会って、それでもダメなら・・・、
女性との付き合いを諦め、静かに余生を生きよう・・、
そう思いました・・・。

そう決心すると、一日も早く会いたくなって、
お二人の在宅時間を狙って、押しかけてきたのです・・」

かなり際どい話ですが、語り手も、聞き手も真剣な表情です。

「こちらへ訪ねる道すがら、既に私の身体にはいい兆候が現われていました。
由美子さんは多分お気づきだったと思いますが・・、
玄関で由美子さんにお会いした時、期待通り、私の体に変化が出ました・・・。
由美子さんを見て、私のジュニアが反応したのです。

実に、三ヶ月ぶりです・・、
由美子さんと管理人室で最後にお会いして以来でした・・、
ダメだとあきらめていたのですが・・・。

嬉しくて・・・。

鶴岡さんはまだお若いから、私の気持ちはお分かりにならないと思いますが、
これで終わりだと思った男の力が蘇った時の気持は・・・、
これは・・・、経験した者にしか判りません・・・、
何にも例えようがありません・・・」

普通の会話のように穏やかに話していますが、老域に入った男の切々たる欲望の話で、その欲望
の対象である由美子や、彼女の夫である鶴岡に聞かせる話ではありません。しかし、話している
誠一郎も、その話を聞いている二人も生真面目な態度を崩していません。多分、誠一郎が全ての
策略をすて、ただ心の叫びを、二人に伝えようとしているから、こうした真面目な雰囲気が保た
れているのです。

「失礼だとは思いましたが、
もし由美子さんと鶴岡さんの同意が得られたら・・・、
これを差し出すつもりで準備して来ました・・」

誠一郎がテーブルの上に小切手を置きました。普通のサラリーマンが手にする年収の半分程度の
金額が書き込まれていました。大金です。
[Res: 2067] 一丁目一番地の管理人(278) 鶴岡次郎 投稿日:2011/08/27 (土) 12:50
「亜紀への手切れ金を準備するつもりで、資産の一部を処分して作った金の残りです。会社社長
と言っても、しがない中小企業ですから、会社の経理内容は比較的しっかりしているのですが、
私自身の懐は年中ぴーぴーしています。

それが・・、当面、これといって使い道の予定がない大金が私の手元に残ったのです。お恥ずか
しい話ですが、私が自由に使える、こんな大金を持ったのは産まれて初めてです。

この金は私と由美子さんのために使うべきだと思いました・・・」

鶴岡がテーブルの上の紙切れと誠一郎の表情を交互に見ています。社長である誠一郎にとっても
その小切手が大金であると言っているのです。鶴岡も会社経営に参画した経験がありますから、
オーナ経営者である誠一郎自身の懐が世間一般で思われているほど豊かでないと語る彼の言葉に
嘘はなく、テーブルに置かれた小切手の金額が今彼に出来る最上限の金額だと、鶴岡は理解出来
ていたのです。そして、その大切なお金を誠一郎は由美子に差し出したのです。これはなかなか
の決心だと鶴岡は気持を引き締めていました。

「由美子さんとのお付き合いを認めて欲しいのです。
由美子さんの愛人の一人に加えて頂ければ、この上ない幸せです・・。
もし許していただければ、他の女には見向きもしないで、
由美子さん一筋で励みます・・・」

『励みます・・』とはただならない言葉ですが、誠一郎が言うとそれほど変に聞こえないから不
思議です。彼のストレートな申し出に、さすがに由美子の表情が動いています。鶴岡は苦笑を浮
かべています。

「それで・・、
このお金は契約金のおつもりですか・・・」

鶴岡がやんわりと質しています。その質問を予想して、準備していたのでしょう、直ぐに誠一郎
が答えました。

「いえ・・、
そんな卑しい性質のものではありません・・。
このお金で由美子さんを縛るつもりはもとよりありません。

なんと言ったら良いか・・・、
私の誠意と愛情を形にしたものだと思ってください。

鶴岡さんにとって、命より大切な奥様をお借りするのですから、
私も、それに匹敵するものを差し出して当然だと思いました。

商売人にとってお金は、命と同じ様に大切なものですから・・・」

鶴岡と誠一郎がとんでもない会話を交わしているのを、由美子は面白そうに聞いています。ふざ
けているわけではなく、かなり真剣なのですが、人妻を貸し借りする話をしているにしては、似
つかわしくない余裕が二人の間に漂っているのです。

「由美子の意見はどうなの・・・」

側にいる由美子に鶴岡が聞いています。

「昨日、あなたに申し上げたように・・・、
機会があれば、私でよければ・・、
ご奉仕してもいいと、田浦さんに約束しています。
その気持ちは、今も変わりません・・。

いえ・・・・・、
こんな私をこれほど大切に思っていただけることを伺い、
女と生まれた喜びをしみじみ味わっております。

あなたのお許しがいただけるのであれば・・・・、
喜んで田浦さんのご希望を受け入れたいと思っています」

二人の男の表情を交互に見ながら由美子が明瞭に答えました。誠一郎の表情に喜色が浮かび上
がっています。
[Res: 2067] 一丁目一番地の管理人(279) 鶴岡次郎 投稿日:2011/08/29 (月) 10:48
「お聞きのような状況です・・、
ここは由美子の気持ちを尊重したいと私は思っています。

二人でゆっくり話し合って、今後のことを決めてください。

このお金は・・・、
そうですね・・・、
私のようなサラリーマン育ちには、お金の重さは本当の意味でよく判りません。

田浦さんが誠意と愛情を形にしたものだと言って、差し出されたものですから、
その思いを尊重してありがたく受け取っておきます。
由美子のいろいろな活動費用に使わせていただきます・・・」

テーブルの上の小切手を無造作に取り上げ、丁寧にそれをポケットに仕舞いこみ、鶴岡は居間か
ら出て行きました。


「どうしてここへ来たの・・・?
メールしてくれば、こっそり会えたのに・・・

変な人ネ・・・。
でも・・・、嬉しかった・・・・」

誠一郎の側に席を移し、彼の体にぴったり身体を寄せて由美子が甘えた声を出しています。甘
酸っぱい由美子の香りを鼻腔一杯に吸い込み、誠一郎が由美子をゆっくりと抱きしめ、キッスを
しました。静かに、それでも舌を互いに挿入して、二人はかなり長時間抱きあっていました。


「どうしてここへいきなり来たのかと・・、
先ほどの質問したね・・・。

一度や、二度ではなく、この先長い付き合いにしたいと思ったからだ・・。
ほら・・、何と言ったけ・・・?
もう一人の旦那さん・・・。

ああ・・そう・・、そのUさん・・、
宇田川さんと同じ様に愛人の一人に加えて欲しいと思った・・」

「鶴岡が断るとは思わなかったの・・?」

「勿論、その心配はあった・・、
その時は、潔く一旦引き下がり、作戦を練り直すつもりだった・・・。

それに・・、僕がどんなに恥知らずでも、
こんな申し出は誰にでも出来るものではないよ、
ことと次第によっては、その場から叩きだされても文句が言えないからね・・、
鶴岡さんに先ず会って、彼の人となりを知ることが大切だと思った。

彼を良く観察して、その上で、『由美子さんを貸して欲しい』と申し出るか、
あきらめてこっそり由美子さんを盗むことにするか、
最後の決断をするつもりだった・・・」

ゆっくりと頷く由美子が誠一郎を頼もしそうに見つめています。彼のひた向きな誠意とどんな時
でも確かな判断力を発揮できる男の力を感じ取って、頼れる男と認めた女の眼をしているのです。
もう・・、由美子は誠一郎にメロメロになっている様子です。身体をすり寄せ、じっと男を見つ
めて話を聞いているのです。

「鶴岡さんにお会いして、
この方となら長く付き合う友人になりたいと思った・・・。
相当年の差があるのだが、なんだか兄に会っているような気分になった。
それで、何も隠さず、ストレートに気持を吐き出した・・・。

多分、老い先短い僕を旦那さんは哀れんで下さったと思う・・、
ありがたいことだと思っています・・」

「誠一郎さん・・」

由美子が初めて田浦を名前で呼んでいます。その声音にやや非難の調子がありました。
[Res: 2067] 一丁目一番地の管理人(280) 鶴岡次郎 投稿日:2011/08/30 (火) 14:31
「鶴岡は、同情や哀れみだけで、
妻を貸し出すという大切な決断をしない人です。

きっと、誠一郎さんが気に入ったのだと思います。
私を託しても安心できる人物だと判断したのです・・・。

勿論、私だって・・・
誠一郎さんが好きだから、
あなたに抱かれたいと思ったからよ・・、
同情や、哀れみだけで身体を差し出すことはしない・・・」

「・・・・・・」

由美子が微笑を浮かべて誠一郎に反論しています。ビックリした表情を浮かべ由美子を見た誠一
郎が、やがて、ゆっくりと頷き、そして、何度も、何度も頷いていました。

勿論、由美子の言葉をそのまま鵜呑みにして、自身の魅力が鶴岡夫妻をひきつけたと思うほど誠
一郎はバカではありません。それでも、そう言ってくれる由美子の心遣が今の誠一郎にはうれし
いのです。

誠一郎は身長180を超える偉丈夫で、よく見るとなかなかのイケ面です。若い頃はさど女性に
もてただろうと思わせる雰囲気があるのです。振り返り見ると、誠一郎は妻には早くに死に別れ
ましたが、いつもたくさんの女性に取り囲まれ、普通の男性に比べると女性に不自由しない生涯
だったのです。

しかし、正夫が成長するまではと独身を貫いてきて、ようやく結婚した亜紀とはすれ違いの多い
夫婦生活でした、そして、憂さを晴らすために街で求めた女達は金だけが頼りの関係だったので
す。

老域に入り、精力も容姿も自信がなくなり、『いくら金を積んでも、俺のような老人を相手にし
て喜ぶ女はいないはず・・』と、思い込むようになった最近は、女性に会うことさえ億劫になって
いたのです。

『結局俺の一生で、心が通い合った女といえば、死んだ妻だけだった・・』と、思うようになって
いたのです。それが、お世辞でも、由美子は『・・好きだ』と言ってくれたのです。

男と女の関係は幾つになっても変わりません。異性から『・・好きだ』と言われて、誠一郎は全
身に漲る力を感じていました。


一方鶴岡の立場に立てば、誠一郎のような戦い方をしてくる人物が一番難しい相手になるのです。
生き馬の眼を抜くような商戦場を生き抜いて来た鶴岡は、巧妙な仕掛けをしてくる人物だとか、
表面だけをつくろう人物と戦ってきた経験が豊富です。それだけに、この時の誠一郎のようにス
トレートに気持を吐き出す人物には弱いのです。

「・・・で、今日の予定はどうするの・・・?
家に泊まる・・・?
私も、多分、鶴岡も、かまわないのよ・・・」

「とんでもない・・、そんなことはできません。
妾が、本宅を訪問するだけでも、大変なことなのに、
旦那様の本宅に泊まり込むなど、絶対出来ません・・・」

誠一郎が慌てて由美子に言っています。

「正直に言うと、
少しでも早く由美子さんを抱きたい・・
由美子さんなら、僕の体がどうなっているか判るでしょう・・・」

「・・・・・・」

誠一郎が意味ある表情を浮かべて由美子を見ています。彼に言われるまでもなく、誠一郎が股間
を最大限に膨張させているのを由美子は感じ取り、少し戸惑いを感じていたのです。
[Res: 2067] 一丁目一番地の管理人(281) 鶴岡次郎 投稿日:2011/08/31 (水) 14:38
『ああ・・、すっかり大きくなって・・、
さすがに、遊び人だけに、精気が強い・・』

由美子自身ははっきりしたことを語らないのですが、どうやら勃起した男根そのものが見えるわ
けではなく、そこから発散される男の精気を由美子は感じ取ることが出来るようです。当然、男
によって勃起時に発散される精気の強度は変わるわけで、今誠一郎から発散される精気は彼のモ
ノが一級品であることを語っているのです。

『そんなんだ・・・、
この人には、これから、いつも抱かれることになる・・
昨日まで、赤の他人だった誠一郎さんと、
これからは・・、夫婦同様の関係になるんだ・・・』

心中でそう呟きながら、由美子は誠一郎の顔をじっと見つめていました。話の成り行きで、バタ
バタとここまで来てしまったのですが、誠一郎の言う二人の目の男妾を持つことになった由美子
は未だ、そのことを実感できないでいるのです。その感情は決して誠一郎と交わした愛人契約を
悔いているのではなく、花嫁が初夜を迎える心境に近い、甘い途惑いだったのです。

もう一人の男妾、Uとはほとんど違和感がなくなり、二人でいる時は本当の夫婦のように付き合
えるようになっているのです。それが、ひょんなことで二人目の男妾を持つことになった由美子
は、今、誠一郎から誘われ、彼が股間を勃起させている様子を感知して、今夜、彼を受けいれる
ことになる運命を甘い気持で噛み締めているのです。

実の父親とそれほど違わない年齢の誠一郎との生活はどんなものだろうと、不安と期待の入り混
じった不思議な気持を由美子は抱いています。それでも、そこは女性だけが持つメスの嗅覚で誠
一郎のオスの部分を嗅ぎだし、彼とならうまくやっていけるはずと・・、未だ迷い続けている理
性に、メスの感性が語りかけ、由美子の身体は既に陥落し、ジンワリと感じ始めているのです。


「これからのことでお願いがあります。
二人きりの時は、『由美子』と呼ばせてください。

私のことは・・、
従業員が呼んでいるように・・、
『社長』でも、『親方』でもけっこうです。
ただ、「田浦」さんでは少し固すぎますネ・・・・」

「昔からのお友達は何と呼ぶのですか・・?」

「幼馴染の同業者の一人は『誠一(せいいち)ちゃん』と呼んでくれます」

「では・・、私も・・、『誠一ちゃん』と呼びます・・」

「ところで誠一ちゃん・・、
して欲しいことは、それだけですか・・・」

「もう一つあります・・、
これは言いにくいことです・・。
もう少し、お付き合いが進んでから言うことにします・・」

「誠一ちゃんらしくない!
今、言ってしまいなさい・・」

「しかし・・、
今言うと、多分・・、断られます・・、
亜紀の時も、様子を見て、数ヶ月経ってからそれを要求したのです・・」

「判った!
おフェラでしょう・・・」

「エッ・・、どうして判ったのですか・・」

誠一郎が唖然として由美子を見ています。由美子は笑みを浮かべて得意満面の表情です。

「おっしゃるとおりです・・・。
私のナニがなかなか立たない時、おしゃぶりをお願いしたいのです。
老人の汚いナニをあなたのような人にしゃぶらせるのは気が引けますが、
私はアレが好きで、それに・・、そうしないと立たないことが多いのです・・。

病院で病気のチェックをし、診断書も見せます。
そして、いつも綺麗に消毒しますので、
気持が悪いと思いますが、よろしくお願いします・・・」

真面目な表情で誠一郎が頭を下げました。由美子は黙って誠一郎を見つめていて、その後、突然
立ち上がり、誠一郎の前に跪き、彼の前を開き、既に十分に勃起していた肉棒をつまみ出しまし
た。

「ご立派・・・・」

それを握り締め、由美子がうとりと見つめています。「箒の誠さん」と、地元の歓楽街で噂され
ただけのことはあります。そして、迷わずそれをぱっくりと咥えこみました。・・と言っても、
亀頭を咥えるだけでも、小さな由美子の口では大仕事なのです。

あまりの早業に誠一郎は抵抗することさえ出来ませんでした。肉棒を頬張りながら、由美子が誠
一郎を見上げてニッコリ微笑んでいました。
[Res: 2067] 一丁目一番地の管理人(282) 鶴岡次郎 投稿日:2011/09/01 (木) 15:03
妻にした亜紀にさえそれをさせるのに数ヶ月要したのです。それも、シャワーを使った後、ほん
のお義理程度にしゃぶっていたのです。決して自ら進んでそれをしなかったのです。

街で拾う女達は金さえ出せば何でもしてくれますが、その動作から、愛情や思いやりなどの欠片
さえ感じ取れないのです。70歳を越えた誠一郎の肉棒は非常にセンシテイブで、そんな仕打ち
を受けると逆に萎えてしまっていたのです。

朝シャワーを浴びて数時間以上経っている匂い豊かな男根を、おいしそうに、丁寧に、心をこめ
て由美子はしゃぶっているのです。由美子の体温をそこに感じながら、その舌の動き、唇の締め
付け、そして、誠一郎を見上げる表情、そのすべてから由美子の思いやりを誠一郎は感じ取るこ
とが出来たのです。

誠一郎は涙を溢れさせながら由美子の頭を抱きしめていました。

「ありがとう由美子・・・、
由美子とは絶対離れない・・、

どんな状況になっても・・、
たとえ鶴岡さんの僕(しもべ)におちても・・、
由美子とは絶対離れない・・」

夢中で誠一郎は呟いていました、勿論その声を由美子も聞いていました。彼女の口がさらに強く
働き、誠一郎は唸り声を上げながら精を迸らせていました。由美子がそれをすべて嚥下していま
した。

それ以来、週に一度の頻度で誠一郎は上京してくるのです。来れば、都内のホテルで抱き合い、
時には鶴岡家に泊まることもあるのです。勿論、鶴岡家で誠一郎が由美子を抱くことはありませ
ん。

先日、レストランで食事をしているところを綾香に見つかったのは、三人のこうした関係が出来
てから一月あまり経った時だったのです。
あの時、由美子と誠一郎は都内のホテルで抱き合い、鶴岡とゆっくり話がしたいという誠一郎の
希望で、鶴岡家に近いあのレストランへ行き、三人で夕食を摂ることになったのです。その現場
を綾香が見つけたのです。

そうはいってもいろいろなラブアフェアーに精通している綾香は誠一郎と由美子を見て、二人の
関係にある程度の推測を組み立てていました。その推測部分も入れて、由美子夫妻と一緒にいる
誠一郎に街で出合ったことを夫、正夫に綾香は告げました。勿論、綾香は由美子と正夫の間に、
過去身体の関係があったことは知りません。

「ヘェ・・、そうなの・・・、
でも、旦那様も一緒だろう・・?
二人が愛人関係だというのは、綾ちゃんの思い過ごしじゃないのかな・・・」

あの由美子であればその可能性が高いと思いながら、思いとは違うことを正夫は口に出していま
した。

「そんなことはない、三人一緒だから、怪しいのよ・・、
だって・・、あの宇田川さんとの関係だって、旦那様公認なのよ・・、
お父様が由美子さんの愛人に名乗り上げていてもおかしくない・・・

お父様は彼女に出合った最初から、由美子さんに異常なほど関心を持っていたし、
由美子さんだって、お父様を凄く哀れんでいた・・・。
二人の心が急速に歩み寄ったとしてもおかしくない・・・

それにね・・、あの二人から身体の関係がある男女の匂いを感じるのよ、
絶対間違いない・・・。
私は賛成よ・・・、二人の関係を祝福するわ・・・」

妖しい笑みを浮かべて綾香が力説しています。

綾香の言葉を聞き流しながら、正夫は由美子の笑顔を・・、捉えどころのない妖しい由美子の裸
体を・・、彼女と過ごした夢のようなあのソープの夜を・・、思い出していました。

綾香に出会うまでは、同年代の女達と心を通い合わせても、どうにもならないEDを抱えている
ため、最後には正夫の恋は破れていたのです。そんな傷心を抱えて、たどり着いたのが蒲田の
ソープでした。そこのソープ嬢達は親身に正夫のEDを心配してくれました。おしっこ掛けが効
果があると知ると、ためらわずやってくれました。ここへ来ると正夫は生き返る気分になってい
たのです。

後になって正夫は知ったのですが、あのソープ店では店長の菊池がソープ嬢達を厳しく鍛えてい
て、その鍛えられた技と、そして何よりも彼女達のお客をもてなす気持の豊かさがお客達をリ
ピートで通わせていたのです。

『大切なお金を出してここへいらっしょあるお客様の心を大切にせよ、
身体でサービスする前に、気持でサービスをせよ・・』、
これが菊池が口うるさくソープ嬢達に教えていたことです。

由美子は男をもてなす天性の才能に恵まれています。同性から見れば、由美子の行為は稀代の男
たらしに見えると思います。あのソープに入店した由美子は、菊池に教えられなくても、彼の教
えを入店したその日から、完璧な形でやり遂げることが出来たのです。

由美子と接した男は例外なく、彼女の優しさに感動します。

『俺は惚れられているのか、
いや・・、そこまでうぬぼれてはいけない・・、
しかし、決して嫌われてはいないな・・、
これほどの女に嫌われていないのは嬉しいことだ・・』・・、と
由美子と接すると、どんな男でも彼女の優しい心配りに感動して、男の自信を取り戻すのです。

『親父も由美子さんにかかるとひとたまりもなかったろう・・、
自ら撒いた種が原因とはいえ、今まで女性では苦労の連続だったから、
今度こそ幸せな老後を送って欲しい・・
由美子さん、親父をよろしくお願いします・・・・
親父・・、頑張れ・・・・・』

由美子と接した夜を思い出しながら、正夫は誠一郎にエールを送っていました。この瞬間、誠一
郎に感じていた負目から・・、彼の妻を犯した罪の呪縛から・・、正夫は完全に抜け出していた
のです。正夫の帰郷は案外早くなりそうです。(1)
[Res: 2067] 新しいスレへ移ります。 鶴岡次郎 投稿日:2011/09/01 (木) 15:04
新たな章を立てます。新スレへ移ります。         ジロー