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フォレストサイドハウスの住人達(その11)

[1] スレッドオーナー: 鶴岡次郎 :2015/05/14 (木) 14:43 ID:ftlgeY7A No.2689
佐原幸恵の失踪劇は6ケ月ほどで終わりました。佐原と幸恵の仲は以前よりまして親密になっています。
幸恵失踪劇が無事ハッピィエンドを迎えることができたのは佐王子保の力が大いに役に立っています。
幸恵は引き続き佐王子の店で働くことになり、浦上千春と佐王子の仲も以前通りになりました。

暇な時間を持て余しているセレブ夫人の多いこのマンションに佐王子が頻繁に出入りするようになった
のです。無事に収まるとは思えません。この章では稀代の竿師、佐王子保とマンションの住人たちが織
なす色模様をできるだけたくさん紹介したいと思います。相変わらず変化に乏しい普通の市民に関する
話題です。ご支援ください。

毎度申し上げて恐縮ですが、読者の皆様のご意見、ご感想は『自由にレスして下さい(その11)』
の読者専用スレにご投稿ださい。多数のご意見を待っています。    

また、文中登場する人物、団体は全てフイクションで実在のものでないことをお断りしておきます。

発表した内容の筋を壊さない程度に、後になって文章に手を加えることがあります。勿論、誤字余脱
字も気がつけば修正しています。記事の文頭と、文末に下記のように修正記号を入れるようにしま
す。修正記号にお気づきの時は、もう一度修正した当該記事を読み直していただけると幸いです。

・(1)2014.5.8 文末にこの記事があれば、この日、この記事に1回目の手を加えたことを示しま
す。
・記事番号1779に修正を加えました。(2)2014.5.8 文頭にこの記事があれば、記事番号1779に二
回目の修正を加えたことを示し、日付は最後の修正日付です。ご面倒でも当該記事を読み直していた
だければ幸いです
                                        ジロー  


[31] フォレストサイドハウスの住人達(その11)(343)  鶴岡次郎 :2015/08/08 (土) 16:51 ID:zbzx47NI No.2722

白い封筒を見ているだけで、それに手を出さない幸恵の様子を見て、杉下がゆっくりと口を開きま
した。

「幸恵さんから連絡を受けて、こいつがしていることを初めて知りました。
驚いて本人に確認しました。すべて幸恵さんがおしゃっていた通りでした・・」

「・・・・・・・」

幸恵の訴えを杉下と山口が全面的に認めたことを知り、幸恵はひとまずは安どしていました。杉下
に相談したことが無駄にならなかった、山口はともかく杉下は信用できそうだと思っていたのです。

「なぜストーカーまがいの迷惑行為をするのか、私は問い詰めました。
驚いたことに、本人も自分のしていることが良く判っていないのです。
気が付いたら幸恵さんのアパートの前に立っていたと言っているのです。

彼がその時どんな心境だったのか私にも良く理解できませんが、
想像するに、千春さん恋しさのあまり、自分の気持ちが制御できなくなり、
異常な行動に走ったのではと私は理解しました・・。
恋は人を盲目にすると言われますが、
こいつの場合も、その言葉が当てはまると思います…」

「・・・・・」

口には出しませんが杉下の言葉には幸恵は不満を持っていました。

〈女が振り向いてくれないからと言って・・・、
ストカーまがいの行為をしていながら・・、
自分のしていることが判らないなんて・・・、
そんなこと・・、信じられない・・・
杉下さんもしょせん男・・、山口さんの肩を持つのだ・・〉

最初は杉下を信用できると思たのですが、彼の話を聞いて二人への警戒心を幸恵は強めていました。

「時間をかけてゆっくり話し合い、本人も冷静に自分自身を見つめることが出来たようです。
幸恵さんにひどい迷惑をかけたこともようやく分かったようです。

幸恵さんに迷惑をかけた償いをすべきだと私は話しました。それで今日、二人でこうしてやってき
たのです。償いの気持ちを形で表したいと言って、山口が言い出し、私もけじめをつける意味で効
果があると思い、この金を幸恵さんに差し出すことを決めたのです・・。

そういうわけで、この金でどうこうしようという下心は何もありません。
今までのお詫びのつもりです・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・」

山口が本心から反省しているとは思えなかったのです。幸恵はここでも白い封筒に手を出さないで
じっと黙って居るのです。

「幸恵さん・・・、
一つお願いがあります・・・・・」

杉下が切り出して来ました。やっぱり何か下心があったのだと、20万円と引き換えに何を要求す
るのかと、幸恵は身構えています。

「こいつを千春さんに会わせていただけませんか・・・、
いえ・・、変な意味でなく・・・、
何処か然るべきところで話を聞いていたければいのです」

「それは出来ません・・・、
千春さんは一切の関係を断ちたいと言っていますから・・、
私でさえ、あれ以来一度も会っていないのです・・・・」

「そうでしょうね・・、
あの時・・、最後に会った時・・・、
これで遊びは終わると約束しましたからね・・。

いまさら、昔のことを蒸し返すのは男の風上にも置けない行為だと思います。
それを承知でお願いしているのです・・。

一度・・、一度だけでいいのです・・・。
こいつを千春さんに会わせていただけないでしょうか・・・・」

杉下が深々と頭を下げ、それに合わせて、山口も畳に付くほど頭を下げています。あまりに熱心な
二人の男の態度に幸恵の気持ちは揺らいでいました。元はと言えば幸恵と千春の遊び心から始まった
トラブルなのです、一切の責任がないとは、言いきれないと幸恵は思い始めているのです。

「ダメだと思いますが・・・、
千春に都合を聞くだけは、聞いてみます…、
それでいいですか・・・」

「・・・・・・・」

二人の男は互いに顔を見合わせて、しばらく間をおいて、それでもゆっくりと頷いています。


[32] フォレストサイドハウスの住人達(その11)(344)  鶴岡次郎 :2015/08/11 (火) 12:11 ID:UJ4zW1Bo No.2723

「随分と思いこまれたものだね…、
それで・・、千春はどうしたの・・・・?」

「勿論、私は断りました・・・。
会えば・・、私だってグラつきますから・・・、
お断りするのが、彼のためにも、私にとっても・・・、
最善の策だと思っていましたから…」

幸恵はY市のあるホテルのロビーへ杉下と山口を呼び出し、千春の返事を伝えました。二人の男は
その返事を予想していたようで、がっかりした様子を見せていましたが、大人しく、その日は引き
下がったのです。

「それで終わりになるかと思ったのです・・・、
でも・・、彼は引き下がらなかったのです・・・」

それから数日後、山口は幸恵のアパートの近くに現れたのです。ドアーを叩くわけでなく、大声を
上げるわけでもなく、アパートから少し離れた高台、幸恵の部屋が見える場所に立ち、何時間も部
屋の窓を見ているのです・・・。そして幸恵が店に出勤する時間になると消えるのです…。

「そんな日が何日も続いたのです・・・」

「何だか・・、悲しいね…」

どうやら佐王子は山口の立場に感情移入している様子で、思う女の顔さえ見ることができない男の
悲哀を噛み締めている様子なのです。うがって考えると、山口の千春への思いに、佐王子自身の千
春への感情を重ね合わせているのかもしれません。

「堪りかねた幸恵さんは杉下さんに強く抗議しました。
杉下さんも驚いてすぐに動くと幸恵さんに約束したのです。

ところが・・、
あれほど慕っていた杉下さんにも山口さんは従わなくなっていたのです。
最期には杉下さんも匙を投げて、幸恵さんに手を引くと謝ったそうです。
山口さんを止める手段を幸恵さんは失ってしまったのです・・」

「山口は完全に孤立したのだね…
そうなると、並のことでは山口は引かないね…
何か手を考えないといけないね・・・・」

「ハイ・・・、その通りです・・。
どうしようもなくなって・・・・、
最後にはお店のスタッフさんの力を借りたと・・・、
幸恵さんが言っていました・・」

佐王子が大きなため息をついています。

「そうか・・、それでつじつまが合う・・・・、

詳しい事情は何も聞かされなかったが・・・、
『幸恵さんが若い男に付きまとわれていたので、
追っ払っておきました・・』と・・、
神本から報告を受けたことがあった・・・・。

その時は・・、良くある話なので、聞き流していたが・・・、
この事件の元凶が千春だったとは・・、
今の今まで・・、気が付かなかったよ・・・」

「申し訳ありません・・・、
ご迷惑をおかけしました…」

殊勝な表情を浮かべ千春が深々と頭を下げています。


連絡を受けたスタッフの神本は、先に店で乱暴しようとした山口をうまく抑え込んで追い払った人
物です。勿論、山口とは面識があり、彼が千春と会いたがっていることも、ストカーまがいの行為
を続けていることもすべて承知しているのです。

幸恵のアパート前で神本は張り込みを始めました。張り込みを初めて3日目に、何も知らない山口
がやってきたのです。


[33] フォレストサイドハウスの住人達(その11)(345)  鶴岡次郎 :2015/08/12 (水) 16:13 ID:XjBERufs No.2724

一度幸恵の店で会っているので山口は神本の顔を良く知っています。その時は上手く丸め込まれ、
体よくつまみ出された苦い経験があるのです。あの時は、店の制服である白いシャツに蝶ネクタイ、
黒のズボンでした。それでも十分の迫力を見せていて、蛇に睨まれた蛙のように山口は何の抵抗も
出来なかったのです。今日見る神本はその時と全く雰囲気が違っていました。

180センチを超える身長の山口に十分対抗できるだけの体躯を誇り、その上山口よりかなり体重
がありそうなのです。それだけでも並の人物には出せない迫力が出ているのに、今日は明らかに素
人離れした服装なのです。神本を一目見て明らかに山口は動揺しています。

「山口さんと言いましたね…、
幸恵さんの依頼を受けて、あなたが現れるのを待っていました・・・」

「・・・・・」

低い声ですが、良く通る声です。山口は黙って神本を見ています。普通の男なら神本を見るだけで
逃げ出すと思います。神本もその効果を期待して、普段はあまり着ないそれなりの服装を整えてこ
こへ来たのです。

ところが・・、さすがに恋に狂った山口です。千春のためなら一歩も、引かないと覚悟を決めてい
るのでしょう、ぐっと踏み止まり、挑戦的な視線を神本に向けているのです。

「毎日のようにここに現れているらしいですね…、
そんなことをされては、近所迷惑なのです・・、
何よりも、幸恵さんが怯えて、店に出られないと言うのです・・」

「俺は…、何もしていない・・・
ただ・・、ここに立っているだけだ・・・」

「それが迷惑なのですよ・・・、
あなたほど立派な体格の男がここに立っていれば、
たいていの女は怖気づきますよ・・・」

「俺は…、ただ・・、
千春に・・、
いや・・、千春さんに会いたいのだ…、
千春さんの居所を教えてほしいだけなんだ・・・」

「千春に会いたいのですか・・・・・・」

ここで神本が次の言葉を飲み込みじっと、山口を見つめています。山口もひるまず睨み返していま
す。

二分・・、いや・・、せいぜい、30秒間程度のにらみ合いが続きました。多分、山口にはこのに
らみ合いが永遠に続くと思えたはずです。沈黙に堪えかねた山口が先に口を開きました。

「何だよ・・、
そんな目で俺を見るな・・・、
千春に会いたいと言うのがそんなに悪いことか・・・」

挑戦的な口調で、それでも不安げに山口が言葉を吐き出しています。


[34] フォレストサイドハウスの住人達(その11)(346)  鶴岡次郎 :2015/08/13 (木) 18:32 ID:IvZE0jc. No.2725
明らかに喧嘩口調の山口の言葉をやんわりと受け流し、微笑みを浮かべて、神本がゆっくりと口を
開きました。山口が興奮すればするほど冷静になる、全て計算された行動です。

「幸恵さんから聞きませんでしたか・・・、
千春は会いたくないと言っているのですが・・・」

「そのことは確かに聞いた・・・
しかし・・、幸恵の言うことが信用できないのだ・・、
千春から直に返事が聞きたいのだ・・・。
あの幸恵と言う女が邪魔をしているとしか思えないのだ・・」

「幸恵さんがあなた方の邪魔をしている・・・・?
それは山口さん・・、大きな誤解ですよ・・・」

「誤解・・・、そんなことはない、俺には判るんだ・・・。
幸恵は千春を俺から隠しているんだ…」

「そんなことを言っては幸恵さんがかわいそうです・・・・。
あなたと千春の仲を裂こうなど、これぽっちも幸恵さんは考えていません。
それどころか、千春に会わせたいといろいろ努力しているのですよ・・」

「そんなことが信じられるか…」

「信じるか信じないかはあなたの気持ち次第ですが、
私はこれぽっちも嘘を言っていません・・・。

山口さんの千春を思う純真な気持ちに動かされて、
幸恵さんはあなたの希望をかなえてやりたい、
あなたを千春に会わせたいと・・・、
商売気を忘れて奔走しているのです・・・・」

「・・・・・・・・」

それまで反抗的な態度を見せていた山口の様子が変わり、口を開かなくなりました。彼なりに何か
を感じ、何かを考え始めたようです。神本の言うことを信じる気持ちが少し出てきたのかもしれま
せん。

「それでもどうすることもできなくて・・、
幸恵さん一人の力ではどうすることも出来ない大きな障害があって・・・、
幸恵さんは本当に困っているのです・・・。
そこを判ってほしいのです・・・」

「・・・・・・・」

神本の巧みな説明に山口は完全に引き込まれています。今まで幸恵が邪魔をしていると本気で
思っていたのです。それがどうやら間違っていると判ったのです。山口は必死で今聞いた神本の言
葉を反芻してその意味を読み解こうとしているのです。

山口の様子を見て、神本はもう・・、これ以上の説明は不要と思ったようで、黙って山口を見つめ
ています。

〈どうやら・・、幸恵さんは邪魔をしている訳でなさそうだ・・・、
それどころか、千春に会わせたいと尽力してくれているらしい・・・。
本当かな・・、

よく考えてみれば・・、
この男は俺ごとき素人の小物には嘘は言わないように思える・・・、
この男にとって、嘘を言ってみても何の得がないからな・・、
この男を信用してみようか・・・・。

そう言えば幸恵さんは何時でも俺に優しかった・・・、
俺が強気に出たものだからが、部屋に入れてくれなくなったが、
最初は快く部屋に招き入れてくれていた・・・・。

・・・とすると、何が問題なのだ…、
この男は、幸恵さんが大きな障害を抱えていると言っていた・・・
そうか・・、それだ・・・・〉

ようやくそのことに思いが行ったようです。顔を上げ、神本の顔に視線を当て、山口は強い調子で
言葉を出しました。


[35] フォレストサイドハウスの住人達(その11)(347)  鶴岡次郎 :2015/08/14 (金) 13:40 ID:bzScPSTA No.2726
「あなたの言うことを、とりあえず信用することにした・・・、
そこで・・、一つ教えてほしい・・・、
幸恵さんが抱えている大きな障害とは・・・、
一体・・、何なんだ・・・・」

「よく聞いていただきました・・・、
その障害とは・・・・。
私の存在なのです・・・・」

「エッ・・・、あなたが障害だと・・・、
俺が千春に会えない理由があなただと・・・・」

まじまじと神本の顔を見ています。

「エッ・・・・・、
まさか・・・、そんなことが・・・・」

ようやく神本の言わんとすることが判ったようで、思わず声を出し、大きく目を見開いて、ぼう然
と神本を見つめているのです。

「ようやくお分かりいただけたようですね…、
お世話になったようですが・・・、
ご推察の通り・・、
千春は私の女です・・・。

今日ここへ来たのは私の口からあなたに直接このことを伝えるためです。
これ以上、千春に手を出すのを止めて下さい・・・」

その一言で、はた目にもはっきり判るほど山口はがっくりときました。しばらく言葉を出せない状
態で下を向いて、放心状態なのです。

後になって神本は、この時の山口の様子を幸恵に次のように言っていました。

〈俺が千春さんの男だと知った時の驚きようは、半端でなかった・・・、
それにしても・・、千春さんに男がいるとは思わなかったのかね…、
30近いソープの女に男が一人もいないと思うのがおかしいだろう・・・。

それだけ女を知らない純情な男っていうことかな・・・。
同情したよ・・、出来ることなら本当のことを教えてやりたかった・・・〉

神本は山口にかなり好感を抱いている様子です。


神本の前で一分以上頭を下げていた山口がゆっくりと頭を上げ、真正面から神本をにらみつけてい
ます。どうやら苦悶の末、ある結論に達したようすです。

「判りました・・・、
あなたのおっしゃることは良く・・・、判りました・・・。
あなたがここに現れた理由も、目的も良く判りました・・・」

「・・・・・・」

神本がゆっくり頷いています。

「あなたの説明を聞いて、全てが判りました・・・。
幸恵さんと千春さんは隠れて時々男遊びを楽しんでいたのですね・・
それが・・、私が騒いだためにあなたにバレて・・・、
幸恵さんはどうにも動きが取れなくなっていた・・・
幸恵さんの不自然な態度がそれで説明できます・・

悪いのは独り相撲をとっていた私だったのですね…」

「・・・・・・・・・」

頭の良い男らしく、山口は事の次第を完全に理解したようです。神本が黙って何度も頷いています。
彼の瞳に山口をいたわる気持ちが溢れていました。


[36] フォレストサイドハウスの住人達(その11)(348)  鶴岡次郎 :2015/08/15 (土) 17:26 ID:Etsws6B. No.2727

山口が納得して、これでトラブルが治まったと神本はほっとしていたのです。千春は勿論、目の前
にいる山口も、そして幸恵にも、誰にも損失を与えないで、誰の名誉を傷つけることもなくこの事
件を丸く治めることが出来たのです。うまい筋書きで山口を説得できたと神本は密かに自己満足を
噛み締めていたのです。

「今回のことがすべて私の一人相撲だったことは認めます。
お騒がせしたことは深く謝ります・・・。
しかし・・・、私の千春さんへの気持ちに嘘はありません…」

自分と同じほど立派な体躯を持ち、風俗街で働いていて、おそらく修羅場での経験は山口の想像を
超えるほど豊富と思える神本を恐れることなく強い視線を投げかけているのです。そして、その強
い男の女だと知りながら、あえて千春への熱い思いをぶちまけているのです。山口はまさに命を懸
けて男の前に立っているのです。何も恐れるものがない様子です。

「千春さんがあなたの女だと知った上で・・・、
改めてあなたに聞きたい・・・、

なぜ風俗街で彼女を働かせているのですか・・・、
あんなに素晴らしい女性をなぜ他の男に抱かせるのですか・・・

もし・・、彼女をそんなに大切に思っていないのなら・・、
彼女を幸せにできないのなら・・・」

ここで言葉を切り、山口は大きく深呼吸しました。神本の表情からとっくに笑いは消えています。
若い山口の顔をじっと見つめています。次に山口が何を言い出すのか神本にはある程度想像できた
のですが、一方では、まさかそこまでは言わないだろうと半信半疑な気持ちも持っているのです。

「お願いがあります…、
聞いていただけますか・・・・」

「・・・・・・・」

静かな落ち着いた口調で山口は語りかけました。神本は黙って頷いています。

「僕に彼女を譲ってください・・・、
僕の妻に下さい・・・・、
お願いします・・・・・」

「・・・・・・・・」

深々と頭を下げる山口を神本はじっと見つめていました。やはりそこまで決心していたのかと驚き
で次の言葉が出せないです。予想出来た言葉でしたが、それでもまさかこんなに素直に切り出して
くるとは予想していなかったのです。

〈彼が本気であるのは良く判った・・、
それまでいろいろトラブルに巻き込まれ、
正直・・、命の危険を感じた修羅場は何度も踏んできた・・・・。
しかし、この時ほど、追い込まれ、返事に窮したことは無かった・・・。

いい加減な返事をすれば、彼に隙を見抜かれ・・・、
その場に叩き伏せられる危険さえ、ひしひしと感じていた・・・・。
私も全力を挙げて真剣勝負する覚悟を固めていた・・。

それには、先ず優勢に仕掛けている敵の矛先をかわして、
私自身も作戦を練る時間が必要だと感じていた・・・
ここは小休止が必要だと思った・・・・〉

後になって、この時の気分を神本は幸恵にこう語っていたのです。


[37] フォレストサイドハウスの住人達(その11)(349)  鶴岡次郎 :2015/08/16 (日) 17:24 ID:mpkueo7A No.2728

幸恵のアパートの前で二人は睨み合っているのです。大きな男が二人、屋外でにらみ合っていれば
いやでも人目に付きます、若い山口は人目を気にしませんが、神本はそうはいきません、騒ぎを起
こすと立場上不利なことは判っています。旧悪を穿り出されることにもなりかねないのです。

「山口さん・・、
ここで立ち話を続けるのもなんですから・・・、
どうですか・・・、向こうにちょっと小奇麗なカフェがあるのですが…」

そこは歴戦の勇士、神本です、笑みを浮かべてこの場は停戦を申し入れ、山口を誘って近くの喫茶
店へ行くことにしたのです。

三分ほど歩いたところにその店はありました。その時間、店にいるのは近所の主婦グループ一組で、
比較的閑散としています。二人は奥まった席に座りました。体のでかい男二人、一人は明らかにそ
の筋の人に見えますので、嫌でも人目に付きます、主婦たちがチラチラと二人を見ています。二人
が席に着き、笑みを浮かべた神本が穏やかにコーヒーを注文するのを見て、何かもめ事が起こるの
を期待していた女たちは二人への関心を直ぐになくして、元の会話に戻っています。

この店に来る道々、神本は反省していました。幸恵から山口のことを聞かされた時、『店の子は売
り物・・、陰でこそこそ手を出されては困る・・』と、脅かしを掛ければ素人の若造一人なんとで
もなると考えていたのです。しかし、山口と顔を合わせて話し合う内に、千春を思う山口の真剣な
態度に同情して、親切心からを『千春は私の女だ・・』と、余計なことを教えてしまったのです。
この親切心が山口の恋心をさらに刺激してしまったのです。神本から千春を奪い取ることを真剣に
考え、堂々とそのことを神本に宣言しているのです。どうやら、神本からなら千春を奪えると山口
は確信しているようすなのです。 

今、目の前にいる若い男は千春を得るためならあらゆる犠牲・・、命さえ惜しまない化け物になって
いるのです。厄介なことになったと神本は考えあぐねていました。最後には、多少の暴力をちらつか
せて、本気で脅かせばなんとかなると思っているのですが、素人相手に、それも若い男に、そんなこ
とをするのは大人げないと思う余裕もあるのです。

「山口さんと言いましたね…、
あなたが千春のことを真剣に考えていただいているのは良く判りました」

あくまでも下手に出て、相手を刺激しない作戦を取っています。

「しっかりした仕事に就いていて、その上イケメンで、若く、背も高い、千春の相手として申し分
はありません。出来るのことなら、あなたの希望に沿いたいとさえ思います・・、そうすれば千春
は今より幸せになるかもしれません・・・」

やたらに褒める神本を気味悪そうに山口が見ているのです。ここらで良いだろうと神本は攻勢に出
ることにしました。

「あなたが真剣に千春を愛している気持ちはよく理解できました。
そして、あなたは千春の相手として私よりふさわしいかもしれません・・・、
それでも・・・、
千春は、どんなことがあっても譲れません・・・・
それには訳があるのです・・・・・・」

山口をしっかり見つめて、神本はゆっくりと心を込めて話しています。山口も神本の強い視線を
しっかり受け止めています。両勇譲らずといった雰囲気です。二人の強い気持ちがぶつかり合い、
彼らの周りだけが、息詰まるような雰囲気です。


[38] フォレストサイドハウスの住人達(その11)(350)  鶴岡次郎 :2015/08/18 (火) 12:00 ID:ItOSmQa. No.2729

おいしそうに神本はコーヒーを啜っています。そんな神本を山口はじっと見つめています。コーヒ
ーにも手を出さないのです。明らかに少し苛ついています。神本は結論を急がないと決めているの
です。じっくりと話を進めるつもりなのです。

山口の要求は単純明快で千春を奪うことだけで、それ以外のあらゆる条件を受け入れないと決めて
いるのですから、彼のペースに乗らないことが肝要で、彼の矛先をかわしながら、山口の反応を確
かめつつ、神本はその都度戦略を変えるつもりなのです。

そう言っても、この場に至っても、確実に勝てる策が思いつかないのです。神本はとにかく誠意を
尽くして山口に接することにしました。負けることが許されない勝負で万策尽きた時、下手な策略
は考えないで、彼なりに誠心誠意を尽くして、自身の信じる道を突き進む、それが神本の生き方な
のです。そのやり方で、今までたくさんの修羅場を生き抜いて来ることが出来たのです。


「私は仕事に就いていると言いながらも・・、
ご存知のように、大威張りで世間を歩けるような仕事ではありません。
御覧の通り、形(なり)はデカいのですが、ブ男な40男です・・。
あなたに比較して何のとりえもない男です・・。

それでも・・・、
千春を愛することでは決して、山口さんに負けないつもりです…」

40歳を超え、組員として、また風俗街の住人として経験豊富な神本が一回り以上年下の素人男を
相手に真剣な表情で、情婦への熱い思いを話しているのです。腕力や、金の力でなく、男の真心で
勝負を付けようと神本は若い山口に挑んでいるのです。果たして神本にどんな勝算があるのでしょ
うか・・。


「私と千春はもう10年以上の関係です・・。
勿論、長い関係があるからと言って、そのことだけで良いとは思っていません。
私にとって、彼女は妻以上の存在です・・。
神だ・・と、言えば笑いますか・・・、
しかし、私にとって・・、彼女はまさに神なのです・・」

妻を神だと平然と言い放つ神本を山口は不思議な動物を見るような目つきで見ていました。

「そうですよね・・、
妻を神以上の存在だと突然言い出しても、お分かりいただけないでしょうね・・、
『こいつ頭がおかしいのでは…』と、思うかもしれませんよね・・」

山口の視線の意味を感じ取って、神本が苦笑しています。

「私と千春がここまで歩んできた道をかいつまんでお話しします。
それを聞けば、多分・・、私たち二人の腐れ縁と言うのでしょうか・・・、
彼女の私に対する気持ちはともかく・・・
私とあなたは男同士ですから・・、
少なくとも・・、彼女を神だと思う…、
私の彼女に対する気持ちを少しは理解していただけると思います。

この話を他人にするのはあなたが初めてです。
大恩ある親方にも詳しくは話していないことです・・・」

山口の視線を避けるように下を向いて、ぼそぼそと低い声で神本は話しています。

「その昔、組員だった時、取り返しのつかない大きな失敗をして、
組に大きな損害を作ってしまったことがありました・・・。
私が10度生き返っても、それでも返しきれないほどの金額だった・・。
その時、私は自ら命を絶つ道しか残されていないと思いました・・・」

「エッ・・・、
仕事の失敗を・・、命で償うのですか・・・、
そんな・・・」

「・・・・・」

山口がびっくりして思わず声を出しています。神本がゆっくりと頷いています。


[39] フォレストサイドハウスの住人達(その11)(351)  鶴岡次郎 :2015/08/19 (水) 14:08 ID:SmwrFcrM No.2730
やくざ映画の一シーンのような話ですが、神本の表情を見る限り嘘を言っている様子はないのです。
驚きを抑え、平常心をとりもどそうと努めているのですが、体は正直なもので、恐怖からなのか、
緊張からなのか・・、山口の全身が彼自身でも制御できないほど震え出しているのです。

〈やはりこの男・・・、只者ではない…、
仕事に失敗したから言って、命を差し出すなど・・・、
ドラマの中でしかありえないと思っていたが・・・、
この男は平然とそのことを語っている…、
そんな世界で生きてきた男なんだ・・、恐ろしい男だ・・・。

その男から、私は女を奪おうとしている・・・、
そんな無茶なことが、本当にできるのだろうか・・、
この場から、すぐに逃げ出すべきだ・・、今なら間に合う・・、

しかし・・、千春のことはどうするのだ…、
彼女を幸せにできるの私以外居ないのだ・・、

もし、ここで逃げだせば・・、
彼女は永遠に救われない…、そんなかわいそうことは出来ない…、
僕は最後まで戦う・・・・、
死ぬのはやはり怖いが、多少のケガなら堪えて見せる・・・〉

襲い掛かる恐怖と必死で戦い、山口は神本の前にじっと座っていました。

「山口さん・・・、どうしましたか・・・、顔色が悪いですよ・・・、
こんな話が面白くないようでしたら、止めますが・・・」

「いえ・・・、良いんです・・、続けてください・・・、
思いがけない話を聞いて、少しびっくりしました・・・。

ここから今逃げだしても・・、後で後悔すると思います。
いつかは確かめなくてはいけない事実ですから・・、
今・・、聞かせてください・・・」

山口の返事を聞いて神本は頼もしそうに山口を見て、軽く頷いています。

〈ここで逃げだすような男なら苦労しないのだが・・・〉と、神本はむしろ山口の男ぶりに惚れ直
していたのです。

「それでは続けます…、聞くのが嫌になったら、そう言ってくださいね・・・。
直ぐに止めますから、元々、人様に得意そうに語る内容ではないのですから・・」

冷たい水を一口、口に含み、神本はゆっくりと話し始めました。

「私の決心を周囲の者は何となく感じ取ったようで、そのことが組の幹部にも伝わったのですが、
上部組織の圧力に抵抗し切れない組の幹部は、死で償うと言う私の意志を黙認せざるを得ない状況
でした。みんながはれ物に触るように遠巻きで、その時が来るのを待っている感じでした。私は完
全に組の中で孤立し、失敗の責めを一人背負って死を待つだけでした。残された課題はどんな死に
方をするか、それだけでした・・・・」

自身で決めたこととはいえ、確実に迫る死を神本はどのように受け入れていたのだろうと・・、神
本の顔をチラチラと盗み見ながら、山口は感嘆の思いで彼が淡々と語るストリーを聞いていました。

「山口さん・・・」

「はい・・・」

「確実に迫って来る死を待つ気分など・・、
味わったことはないですよね・・」

「はい・・、想像もできません…」

「あれもしたい・・、これもやっておきたい・・と、思うのですが、
結局、何もできないのですよ・・、
終日何もしないで、公園のベンチに腰を下ろし、遊んでいる子供たちを見て、
ぼんやりと時を過ごしていました・・

その一方で頭の中は、そのことだけを考え、狂いだしそうなのです・・・、
生きたい・・、この場から逃げ出したい・・・、
こんなに弱い男だったのかと、自分自身を軽蔑していました・・・・・」

その時を思い出したのでしょう、店の窓から見える街並みに視線をやり、神本は虚ろな表情を浮か
べていました。


[40] フォレストサイドハウスの住人達(その11)(352)  鶴岡次郎 :2015/08/20 (木) 16:56 ID:Mlvj/caM No.2731

神本の覚悟は組の関係者誰もが知るようになっていました。そして、その日が来るのはどんなに遅
くても一週間以内だと囁いていたのです。そして二、三日が経ち、その日が、今日にもやってきて
もおかしくないと・・、事情を知る誰もが思っていたある日、組織を束ねる老組長の尾花から神本
に電話がありました。直ぐに組事務所へ来いという連絡で、いつものと違って少しハイテンション
な口調でした。

事務所に入ると数人居た組員が全員一斉に椅子から立ち上がり、神本に深々と一礼しました。この
儀式は今日に限ったことでないのです。二週間ほど前から何となく始まっているのです。

組長の部屋には幹部数人と組長の尾花がいましたが、神本が部屋に入ると一斉に彼に視線を当て、
彼らもまた組員と同様深々と頭を下げたのです。

ソファーに座るように勧められ、組長の前に神本は座りました。他の幹部は全員が部屋を出て行き
ました。部屋に残ったのは組長の尾花と神本だけです。

神本はひょうひょうとした表情です。既に決意を固めたすがすがしい表情をしているのです。組長
はそんな部下の顔を見ながら何故か、場違いな朗らかな表情をしているのです。

「神本・・、喜べ・・・、 
お前は死ななくていいことになった…」

「・・・・・・・・・・」

尾花が何の前置きなく結論から先に話しました。神本は組長の言葉の意味を良く理解できていませ
んでした。ポカーンと組長を見つめていたのです。70歳を過ぎた組長、尾花の目に涙が光ってい
ました。可愛い子飼いの部下神本が死を覚悟しているのに、彼は何もしてやることが出来なかった
のです。神本を見送った後、彼は引退を決めていたのです。

「助かったのだよ・・・、
先ほど総長から俺に直々電話があった・・・。
組の責任も、神本の責任も、問わないことにしたと連絡があった・・。
今まで通り、働いてほしいとおっしゃっていた…」

「総長が・・・、許すと・・・、
そう言ってくださったのですか・・・・。
本当ですか・・、信じられないです・・・・」

「そうだよ・・、助かったのだよ…」

「そうですか・・・・」

神本はふらふらと立ち上がり、窓際に行き、組長にも見せたくないのでしょう・・、カーテンに顔
を付け、肩を震わせていました。物心ついてから、人前で神本が泣いたのはこの時が最初で、おそ
らく最後だと思います。

その日の夜には神本は一人逝くつもりだったのです。侍の古式にのっとり腹をかっ捌いて最後を飾
ると決心していたのです。既に短刀は購入済みでした。遺書もそれなりにまとめていました。後は
刃を腹に突き刺せば、全てが終わることになっていたのです。
 
ひと時の激しい感情の動きをようやく抑えて神本が窓から離れソファーに戻りました。

「なぜ総長は・・、私を許したのですか・・・、
もしかして・・、組長が努力していただいたおかげですか・・・?」

「それが判らないのだ・・、総長から指示を受けたのは神本の罪と、組の罪を許すと言うことだけ
で、それ以上の情報は何も与えて下さらなかった。

もちろん、お前の助命願いは何度も、何度も出したが、正直に言えば、この件では私は一度も総長
にお会いすることさえできなかった。お前の助命願いは全て若頭経由だった。それほど、総長の怒
りは強いのだと私は理解して、申し訳ないが、私の力ではお前を救えないとあきらめていたのだ」

「そうですか・・・、
組長でないとすると・・、
私のことを思って総長を動かすことが出来る人・・、
そんな力のある方は他に思いつきません・・・・

もしかして・・、あいつが・・・、
いや、いや・・・、
そんなことは考えられない・・・」

何事か思いついた様子ですが、神本はその思い付きを口には出しませんでした。それほど、根拠の
乏しい思い付きだったのです。



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