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フォレストサイドハウスの住人たち(その9)

[1] スレッドオーナー: 鶴岡次郎 :2014/08/29 (金) 13:51 ID:Bu3nxBoY No.2575

子育てに一区切りつけた千春に、それまで抑えられていた情欲の波が堰を切ったような勢いで押し
寄せてきました。彼女自身でもどうすることも出来ない圧倒的な情欲に千春は苦悩するのです。長
期出張から帰ってきた浦上は千春の体が変わったことに気が付きます。そして、しばらく忘れてい
た8年前の佐王子の忠告を思い出していました。

『千春は千人、いや・・、万人に一人の女です・・、
そんな女を妻にする幸せを手にした男は、それなりの覚悟をしなければいけない。

少しでも、異常を感じたら、私に連絡をしてください。
決して一人で解決しようとしないでください・・・・。
千春の幸せを願う気持ちがあれば、必ず私に連絡ください・・・』

浦上はその時がついに来たと感じ取っていました。8年ぶりのコンタクトでしたが、何のためらい
も持たないで、佐王子に連絡を入れたのです。

浦上から連絡を受けた佐王子は、一週間千春に徹底奉仕することを浦上に命じました。浦上は頑張
りました。一週間後、浦上は自身の無力さと、千春の底知れない情欲の凄さをしっかり感じ取って
いたのです。

夫公認で、佐王子と千春は昔の関係を復活することになりました。性豪二人が再会して、スロット
ルを一杯開いて会いまみえるのです。彼らの周囲が無事でいられるはずはありません。この二人を起
点にして、SFマンションに妖しく淫らな雰囲気が広がっていくのです。実はこれまで既に佐王子
が手をそめたいつくかの淫らなエピソードを先行して断片的に紹介しております。これらの事件も
二人が起点であることが追々に明らかになります。

相変わらず普通の市民が織りなす物語を語り続けます。ご支援ください。

毎度申し上げて恐縮ですが、読者の皆様のご意見、ご感想は『自由にレスして下さい(その11)』
の読者専用スレにご投稿ださい。多数のご意見を待っています。    

また、文中登場する人物、団体は全てフイクションで実在のものでないことをお断りしておきます。

発表した内容の筋を壊さない程度に、後になって文章に手を加えることがあります。勿論、誤字余脱
字も気がつけば修正しています。記事の文頭と、文末に下記のように修正記号を入れるようにしま
す。修正記号にお気づきの時は、もう一度修正した当該記事を読み直していただけると幸いです。

・(1)2014.5.8 文末にこの記事があれば、この日、この記事に1回目の手を加えたことを示しま
す。
・記事番号1779に修正を加えました。(2)2014.5.8 文頭にこの記事があれば、記事番号1779に二
回目の修正を加えたことを示し、日付は最後の修正日付です。ご面倒でも当該記事を読み直していた
だければ幸いです
                                        ジロー  


[41] フォレストサイドハウスの住人たち(その9)(251)  鶴岡次郎 :2014/11/28 (金) 15:33 ID:KXB6NvC2 No.2619

高の告白を聞きながら、次郎太は何から手を付けるべきか考えていました。最初に、手を打つべきこと
は高の行状を表ざたにしないことです。関係を持った男達の口を封じることが必要なのです。

関係した男は20人足らずで、与一を除けば、全員が詩吟の会に参加している藩の侍です。彼らとて高
との関係が露見すればただでは済みませんから、彼らがむやみと高の関係を口外するとは思えないので
す。このまま捨て置いても男達から秘密が漏れ出す可能性は少ないと次郎太は考え、当面は静観するこ
とにして、問題が起きれば、個別に男達と会い、事情によっては刀にかけても妻の秘密を守る覚悟を固
めていたのです。

問題は与一で、失うものが少ない立場ですから、事と次第では開き直って高との関係を種にゆすりをか
けてくる可能性さえ考えられるのです。

〈・・その時は、その時だ・・・〉

次郎太は与一を抹殺することも視野に入れているようです。与一から何らかの形で接触があれば、その
状況に応じて対応しようと腹を固めたのです。

こうして短時間の間に男達への対応を決めた次郎太は、迷いなく、高の病気と真正面から向かい合う気
持ちを固めていました。

一方、お高は次郎太の表情を見て、事態がかなり深刻になったことを今更のように気が付き、顔面が蒼
白になっています。彼女は悟っていました。ことは単に高が離縁されるだけでは済みそうにないのです。
次郎太の名誉を守り、佐伯家が汚名を被ることを未然に防ぐため、すべての事実を闇に葬ることが必要
なことにようやく気が付いているのです。

「ここまで高の話を聞いて、やはりお前は特別な女だと判った・・。
お前の情欲は、私一人では治めることが出来ないことがはっきり判った・・」

「・・・・・・・・」

殊勝な表情を浮かべ高は耳を傾けています。

「先に言ったように、この家の男三人が当面の間お前の相手をするが、早晩、三人では対応できなくな
るのは見えている。それで、私が選んだ男達にお願いして、お前を慰めてもらうことにするつもりだ。
多分それでお前の強い情欲は癒されると思う」

「・・・・・・」

高はただ大人しく聞いていました。

「一つ大切なことを言って置く・・・。
お前が男狂いすることは部外者に絶対知られてはいけない。
ことが露見した瞬間、お前は勿論、私も、佐伯家も、その将来がなくなるのだ。
そのためには秘密が守れる男を選ぶ必要がある。

どんなに男が欲しくなっても、
私が認めた以外の男には手を出さないようにしてほしい・・・・。
その事だけを注意してくれれば・・・、
お前がその気になった時、好きな男を自由に選んで、抱かれることを認める」

「判りました、何から何まで、本当にありがとうございます。
旦那様のおっしゃる通りにさせていただきます・・

こんな淫らで、どうしょうもない女のために、
旦那様にそこまでご配慮いただき、高は本当に幸せ者です。
この御恩と愛情に応えるため、
高は命をささげるつもりで、旦那様にお仕え申します…」

夫の顔をじっと見つめ、高は必死で涙を押さえながら、これだけの内容を言い遂げ、そして、その場
で深々と頭を下げました。そして、頭を下げた姿勢を保ちながら、高は泣いていました。


[42] フォレストサイドハウスの住人たち(その9)(252)  鶴岡次郎 :2014/11/29 (土) 14:45 ID:Bu3nxBoY No.2620

頭を床に付け肩を震わせている妻を次郎太は慈愛に満ちた表情で見ています。

「人並み外れた情欲を持って生まれたことで、
お高は自分ではどうすることも出来ない悩みと苦悩を抱えることになった。

ここまで本当に苦しかっただろう・・、
知らない土地へ嫁に来て、誰に相談することも出来ず、
唯一の頼りである夫は留守がち、その中でお高は悩み、苦しみ続けたのだろう・・。

もう少し早く気が付いていれば、お前の苦しみを少なくできたと思う。
これからはお互いに何でも話し合って、問題を解決してゆこう・・」

「旦那様・・・」

「ところで・・・、お前の相手をする男達だが・・・、
詩吟の会に出席している男達は全員が候補者になるね・・。
彼らは概ね、考え方もしっかりしているし、
秘密を守れる相手だから、安心して高を任せることが出来ると思う。

都合のいいことに、高は彼らの間ではすでに人気者で、ほとんど身体を任せたに等しい関係を既に作って
いるから、私が出張って面倒な交渉をしなくても、これから先の交渉は、全てお前に任せても大丈夫な
ようだね・・・」

「・・・・・・」

高が黙って頷いています。

「それでは男達への交渉は、与一のことも含めて、お高に任せることにしよう、
面倒なことになりそうだったら、いつでも私が出張るから、何でも相談してほしい」

「ハイ・・、ありがとうございます…」

「ところで、これは余計な心配かもしれないが・・・、
高がその気になって誘っても、これまで聞いた様子では、
男達はアソコを舐めたり、触るだけで終わりそうだな…、

それで良いのなら・・、何もしなくてもいいが、
それでは辛いのだろう・・・?
それとも・・、挿入しなくてもいいのか…?」

「・・・・・・・・」

少し頬を染めて、高がゆっくり首を振っています。それを見て次郎太が笑い出し、つられて高も笑って
います。

「そうだよな・・、
挿入なしでは、危険を冒して浮気する目的が半減するからな・・
しかし、主持ち侍達は世間体を重んじるから、浮気がバレた時を恐れて、
触るだけで我慢して、そこまで踏み込んで、出来るかどうか・・

後は、高の仕掛け次第だな・・、
お前の魅力で、挿入せざるを得ないよう仕向けることだな…、
それとも、私が高の浮気を認めていると男達に教えるか・・・
遠慮なく挿入してくださいと、私が頼むことにするか・・・
ハハ・・・、もちろん、これは冗談だよ・・・・・」

笑いを浮かべたまま次郎太がからかうような様子を見せて、妻を見ています。


[43] フォレストサイドハウスの住人たち(その9)(253)  鶴岡次郎 :2014/12/04 (木) 14:40 ID:JOavCgqE No.2621

ここまで高はただ黙って笑みを浮かべて夫の説明を聞いていましたが、ここで初めて口を開きました。

「今までは、私自身が・・、
挿入することには及び腰でしたから、
殿方も無理やり挿入まで行かなかったと思うのです・・。

こうして・・、旦那様のお許しをいただくことが出来ましたので、
私は何の気がかりもなくその気になれます…、

ですから・・・、あの・・・、
旦那様さえ許していただけるのであれば、
殿方を落とすことは、そんなに難しくないと思います…」

「そうだよな…、
お前ほどの女が、欲しいと悶えているのを見て・・、
すげなく断ることが出来る男はそう多くないよな…
私が余計な心配をする必要がないか…
ハハ・・・・・・・」

心から楽しそうに次郎太が笑っています。高も微笑みを浮かべています。

「これで、私の計画はすべて決まったことになる・・、
実際にその場になると、予想外の問題が発生すると思うが、
それはその都度、話し合って解決することにしよう・・・
とにかく、できることからやり始めよう…」

「ハイ・・、
何から何まで、本当にありがとうございます・・、
こんなことが本当に許されていいものか、今でも半信半疑です。
でも・・、今は旦那様の広い心におすがりして、
旦那様が決めていただいた殿方に抱かれることにします・・・」

深々と高が頭を下げています。その様子を慈愛に満ちた表情で次郎太が見つめています。

「もし・・、この先も今まで通り、
旦那様を裏切り続け…、
殿方との密会を続けていたら・・、

おそらく・・・、
私はその罪の重さと燃えるような情欲に責められて・・、
とんでもない罪を犯すことになっていたと思うのです・・・」

「・・・・・・」

妻の告白を次郎太は真剣な表情で聞き、時々深々と頷いています。

「私自身が、私の身体を信じることが出来ないのです。
それほど、私の情欲は獣じみているのです・・・。
旦那様のおかげで、自由に情欲を解放できることになりました。
でも・・、本当にこれで・・、良いのでしょうか・・・
こんな薄汚い女が旦那様の側に居てよいのでしょうか・・・」

「人並み外れて情欲が強いことをそんなに恥じることはない、
私はお前のその淫蕩なところに惚れているのだから・・・。
何も気にしないで、自由奔放に振る舞ってほしい・・、
それが私の希望であり、そんなお前を見るのが大好きなのだ」

「旦那様・・・」

堪えかねた高の瞳から大粒の涙が頬を伝って、膝の上に滴り落ちています。


[44] フォレストサイドハウスの住人たち(その9)(254)  鶴岡次郎 :2014/12/05 (金) 14:47 ID:9Gt.WO0E No.2622

高の肩に手をかけて、ポンポンと妻の肩を叩きながら、次郎太が笑みを浮かべて口を開きました。

「そうはいっても、お前が他所の男に抱かれるのは辛い・・、
そのことを考えると、気が狂うほど妬ける・・。
しかし、一方では、どこかで興奮していて、
お前が男達に抱かれて、狂っているのを直に見たいとさえ思うのだ・・・。
だから、男達と過ごした様子はその都度詳しく報告してほしい…。

おかしいだろう・・、私も変だと思う…、
夫の許しを得たとはいえ他の男に抱かれる妻と、その姿を見て喜ぶ夫、
お互い少し変わっているのだろうな・・、
少し変わった女と男・・・、
これから先も、お互いに助け合いながら暮らして行きたいと思っている」

「・・・・・・・」

高は何も言わず、ただ泣いていました。

「最後にこれだけは忘れないでほしいのだが・・、
どんなことが起きても、どんな局面になっても、
私が高を大切に思う気持ちに変わりないから、
どんな時でも、どんな難しい状態でも、
必ず私は高を守ることを約束する。

これから他の夫婦が知らない世界に入るのだから、
私には聞かせたくない問題がきっと起こるだろう・・、
どんな問題でも、どんなに恥ずかしい事情でも、隠さず話してほしい・・」

「ハイ・・・、よろしくお願い申します…」

涙をあふれさせて、高が次郎太に抱き付いています。次郎太がやさしく妻を抱きしめています。そして
二人は立ち上がり、二人の寝室へ向かいました。久しぶりの夫婦の交渉が始まるのです。間もなく、高
の喘ぎ声が、しのびやかに聞こえてきて、暗闇に吸い込まれていました。

若い隣人千春を前にして、江戸時代を舞台にした艶本「淫乱貞女」のストリーを説明をしてきた幸恵が
ここで一息ついています。コーヒー・カップを持ち上げ、美味しそうに喉を潤しています。

「なんだか出来過ぎの展開ね・・・・、
特に次郎太が出来過ぎた男だと思う・・、
非現実的だと思えるほどできた男だと思う・・。
こんな男は現在社会でもそうは見当たらない…。

そうは言っても、これ以外の解決策はないからね・・・、
多少安易な話の筋だと思うけれど、
ハッピィ・エンドということで我慢しますか・・」

千春が生意気な感想を述べています。

「おっしょるとおりだと思う・・。
父と妻の禁断の関係を目の当たりにしても騒がず、
妻から告白を受けるとあっさり浮気を公認した次郎太の行為は確かに不可解で、
不自然なところが多いと私も思う・・。

でもまだ話していないお高さんの過去を知れば、
その不自然さは多少薄まると思う・・」

「アッ・・、そうか・・・、
次郎太は高に関して何か予備知識を持っていたのね・・、
そう考えると、次郎太の不可思議な行動や思考が少し理解できる・・」

「さすがに色事の話になると千春さんは鋭いね・・。
この本の作家はちゃんとその疑問にも答えてくれているのよ・・・。

なぜ高が義理の父親に手を出すタブーを犯したのか・・、
そして、次から次と他の男にも手を出したのか・・、
夫、次郎太が妻の罪は彼女の体のせいだとあっさり認め、
むしろ、積極的に妻を男達に託することを決めたのか・・・、

そうした疑問にこの本はちゃんと答えを出しているのよ・・」

得意そうな笑みを浮かべた幸恵がまた話し始めました。女二人、艶っぽい話に少なからず興奮している
様子です。


[45] フォレストサイドハウスの住人たち(その9)(255)  鶴岡次郎 :2014/12/10 (水) 16:36 ID:yNfuRHto No.2623

北国の雄藩の下級藩士である佐伯次郎太は新婚妻を病で失い失意の底にいました。周囲の者は見かねて
彼に江戸詰めを薦めたのです。周囲の善意で江戸詰めを始めて三年経ちました。その頃には佐伯次郎太
は江戸の街にも慣れ、それなりの遊びも覚え、ここでの生活を大いに楽しむまでに回復していました。
もう彼の中では郷里で失った新婚妻の影はかなり遠い存在になっていたのです。

三年間の江戸勤めが終わりに近づき、帰国が決まったある日、一大決心をして、次郎太は江戸の女郎屋、
「菊の屋」の主、正衛門を訪ねました。

「そうですか・・・、
大和太夫を嫁にしたいと佐伯さんはお考えなのですか…」

正衛門は次郎太の話を一通り、黙って聞きました。次郎太は大和太夫を身請けしたいと申し出たのです。

「確かに、大和太夫は来月で年季が明けます。
十二歳でこの社会に入り、それから十年以上、良く働いてくれました。
本当に賢い子で、気立てもとってもいい子です・・・
佐伯様があの子を娶りたいとおっしゃるのを聞いても、それほど驚きません・・」

言葉とは裏腹に次郎太の申し出を聞いて正衛門は内心驚いていました。当時、女郎を妻に迎える男は珍
しいことではなかったのです。しかし、れっきとした主持ちの侍が女郎を妻に迎えるのは当時でも珍し
い事だったのです。正衛門は半信半疑の気持ちを拭い去ることが出来なかったのです。

「正直申しまして、佐伯様のお申し出は、大和太夫は勿論のこと、親代わりの私にとりましても、あり
がたいお話です。この場で無条件に承諾したい気持ちです・・・・・」

正衛門の言葉を聞いて、次郎太は喜びの表情を浮かべています。

「佐伯様・・・、
ここへはあなた様の一存で来られたのではありませんか・・・?
ご上司の方や、里のご両親とはよく相談されましたか・・・?」

「勿論・・、このことは誰にも話していない・・・。
私は一度結婚し、妻と死別しているので、私がやっと見つけた相手と再婚することは、だれも反対しな
いと思っている、それどころか大いに祝福してくれると思っている。それに・・・、ご亭主の了解が得
られれば、組頭と里の父親には報告するつもりでいる。たぶん・・・・、二人とも私の考えに同意して
くれると思っている・・」

何となく歯切れの悪い次郎太の返事です。

「佐伯様・・・、
あなた様は彼女が女郎であることを隠すつもりですね・・」

「・・・・・」

図星を突かれて、次郎太は口を閉ざして、ただ、正衛門を睨んでいます。

「悪いことは申しません・・・、
あなた様が信頼される方を選んで、今回のことを何も隠さず相談してください。
その上で、なお、佐伯様のお考えが変わらないと判れば、
私も真剣にこのお話を検討いたします…
それまでは…、今回のお話はなかったことにしたいと思います…」

正衛門がこう言い切って、凄みを帯びた瞳で次郎太を見つめています。次郎は返す言葉がありませんで
した。


[46] フォレストサイドハウスの住人たち(その9)(256)  鶴岡次郎 :2014/12/11 (木) 12:10 ID:pY0Ejyko No.2624

この日を迎えるまで次郎太は一年以上、なけなしの財布をはたいて大和太夫の元に通いづめ、彼女と身
請け話をする仲にまでなっていたのです。そして今日、廓の主人を訪ね、正式に身請け話を切り出した
のです。二つ返事で正衛門が承諾してくれると次郎太は考えていたのですが、意外にも彼は次郎太一人
の考えでは信用できないと彼の申し出を事実上跳ね返したのです。

来月に迫った年季が明ければ大和太夫は自由の身になるわけですから、それまで待てば廓の亭主の了解
なく二人は結婚できるのですが、次郎太はその道を選びませんでした。亭主の忠告に従い、上司である
組頭、須藤権衛門に事の次第をすべて明らかにして、相談しました。次郎太なりに廓の亭主の意図を理
解した上での行動だったのです。

次郎太の話を黙って聞いた須藤は、田舎から出た来た、世間知らずの若者が海千山千の女郎の手管に乗
せられたと受け取りました。当然の成り行きだと思います。しかし、その上司はよくできた人物で、次
郎太の話を頭ごなしに否定しませんでした。とにかく大和太夫と会いたいと言い出したのです。

直に彼女に会えば、次郎太には見えない女の本性を暴くことが出来ると須藤は考えたのです。彼女の色
々な欠点や、武家の妻としてふさわしくない条件を見つけ、それを具体的に上げ連ねて、次郎太を説得
することにしたのです。勿論、次郎太の嫁はしかるべきところから迎えるつもりで、日ごろから気にか
けていたので、この時点で既に、その候補者も複数人見つけていて、女郎のことを次郎太があきらめれ
ば、すぐに縁談を持ち掛け、帰国するまでに婚姻を済ませる腹を固めたのです。


大和大夫、本名、高は次郎太と須藤そして廓の主、正衛門を前にして、問われるままに、初めて彼女の
生い立ちを語り始めました。

高は北国小藩の下級武士のひとり娘として生まれました。貧しいながら両親の愛情をいっぱい受けて育
ちました。彼女が5歳の時、その地方を襲った流行病に罹り両親が亡くなったのです。高は幸い母親の
妹宅に引き取られました。叔母と叔父は三人の子持ちの貧しい下級武士でしたが、優しい人達で高を実
の娘同様可愛がりました。こうして12歳まで高は叔母と叔父の愛情をいっぱい受けて育ったのです。 

12歳の時、高の育ての父である叔父が肺の病に罹りました。高価な薬代を賄うため、家財をほとんど
売り尽くしましたが焼け石に水で、薬は勿論、滋養のある食事さえも十分に与えられない叔父は日に日
に衰弱して行ったのです。叔父が倒れれば、後継ぎが成人に達していない実家は絶えることになります。
何としても叔父の命をつなぐことが一家にとって必要になったのです。この一家の窮状を救うため、高
は自ら進んで苦界に身を沈めることにしたのです。高が身を売って得たお金が叔父を救ったのでしょう、
幸い二年ほどで叔父の病状は小休止状態に戻りました。

「叔父は二前に亡くなりましたが、病弱体質を理由に、弟が成人を迎えた5年前に家督を彼に譲って隠
居しておりましたので、一家は混乱することなく叔父の死を受け入れることが出来ました。その後、妹
二人は良縁を得て嫁に行き、皆が貧しいながら幸せに暮らしています。

弟は機会あるごとに手紙をよこしてくれていて、皆が私に感謝していると、今でも私のことを忘れない
でいてくれます。この店の年季が明けたら、実家へ戻るよう、母も弟は親切に言ってくれていますが、
私は戻るつもりはありません・・。

このまま、ここで一生を終わるつもりでいます・・・」

涙も見せず、高はたんたんと語りました。次郎太は勿論、廓の亭主も初めて聞く高の過去でした。高の
話は良く整理されていて、無駄がなく、須藤をはじめその場にいる者すべてが、彼女の並々でない知力
と教養を感じ取っていました。

「失礼ながら、次郎太へ出されたあなたの手紙を先日拝見しました。
文章も、文字も素晴らしい物でした・・。
また・・、この店の亭主殿から聞きましたが、和歌も茶道も師範級だとか・・、

そしてただいま聞かせていただいたお話・・、
お高さんが実家の皆様を救ったのですね・・・、
まだ子供だったお高さんのご決断に言葉が出ないほど感動いたしております・・」

須藤の言葉に高は恥ずかしそうに首を振っています。


[47] フォレストサイドハウスの住人たち(その9)(257)  鶴岡次郎 :2014/12/12 (金) 14:48 ID:a72mw.nw No.2625

廓の亭主によると、高は古今の書を読破していてその知識は良家の武家娘でも遠く及ばないほどなので
す。また、和歌の道、茶道の道を究め、その道でも 生活できるほどの腕前になっていたのです。女郎
をしながらそうした道を究めるには血のにじむような努力と強い意志力が必要なのです。

この縁談を壊すつもりでやってきた須藤は、落ちぶれた娼婦像を頭に描いて廓にやってきたのです、し
かし目の前にいる高は良家の妻女のような雰囲気をたたえているのです。須藤はやや足元をすくわれた
ような気分になっています。

〈予想に反して、素晴らしい女だ・・・。
清楚な美人で、廓育ちの陰はどこにも見当たらない・・・、
これなら武家の妻として、明日からでも大手を振って歩ける・・・

それに加えて、素人女では到底出せない色香がそこかしこに滲み出ている、
この色香で迫られたら、若い次郎太などひとたまりもなかったろう・・〉

目の前に座っている高は質素な普段着で、お化粧もほとんどしていません。それでいて匂うような色香
が、白い首筋、濡れた瞳、ふくよかな胸と臀部のラインから湧き上がり、須藤の男心を揺さぶるのです。

〈・・いやいや・・・、
見かけに騙されてはダメだ・・・、
所詮、廓の女だ・・・、
若い侍を色仕掛けで落とし、その妻の座を狙っているのは確かだ・・・、
美しい仮面の下に黒い本性が隠されているはずだ・・・

とはいっても・・、
未婚の女が妻の座を目指すのは当然のことだ・・、
我妻だって、初めて出会った時それとなく乳房をチラ見させたのだから・・
廓の女が、幸せを求めて、多少の仕掛けをしたとしても、
誰もその女を責めることはできないはず・・・〉

高の美貌と上品な雰囲気におされて、ともすればくじけそうになる気持ちを須藤は奮い立たせ、未熟な
次郎太が高の色香に溺れ、女の罠にうまうまと嵌ってしまったと思い込もうとしているのです。その一
方で、目の前にいる清楚な女を見て、また思い直したりしているのです。

「須藤様からそんなにお褒めの言葉をいただいて、
我が身を省みて、恥ずかしい気持ちでいっぱいです・・。

和歌や、茶道が少し出来ても、他のことは何一つ満足にできません。
12歳でこの世界に入りましたので、女として必要なお台所のことも・・、
お裁縫も・・、何もできません・・・。

こんな女が佐伯様の嫁として、勤まるとは思えません。
それで、佐伯様には何度もそう申し上げてお断りしたのですが・・・、
それでも良いからと、強く言われますので・・、

お慕い申し上げる佐伯様とご一緒に暮らせるなら、
どんな苦労にも堪えられると思って…、
厚かましいことですが、佐伯様の愛情に縋らせていただくことにしたのです・・。

須藤様がこの縁談は難しいとお考えなら・・・、
遠慮なくそう言ってください、
悲しいことですが・・、決して恨みに思いません・・・。
どんなに考えても、私が佐伯様に嫁ぐことなど、夢物語なのですから…。

幸い、菊の屋の旦那様から、
何時までもこの店に居て良いと言っていただいております。
他の世界で暮らす術を持ち合わせておりませんので、
生涯、この廓で暮らす覚悟は出来ています・・」

静かに、それでもはっきりと高は自身の心の内を須藤に話しました。


[48] フォレストサイドハウスの住人たち(その9)(258)  鶴岡次郎 :2014/12/14 (日) 17:14 ID:.E3.VxF6 No.2626

思っている言葉をすべて吐き出した高はじっと須藤を見つめています。須藤を見つめる高の濡れた瞳が
幾分強い光を放っています。

〈どうやら・・・、
私がここへ顔を出した時点で、全てを悟り、
お高さんは次郎太のことを既にあきらめているようだ・・・。

妻の座を狙って、次郎太を色仕掛けで落とした性悪女と思っていたが、
それはとんだ誤解だった・・、
お高さんは最初から彼の嫁になれるとは思っていなかったようだ、
次郎太が、先のことも考えないで惚れこんでしまって、
お高さんの心を乱しているのだ・・・。

ここで私がこの縁談に首を振っても・・、
次郎太が騒ぎ立てる可能性はあるが、お高さんは黙って引き下がるだろう・・。
多分・・、その解決策が一番常識的な判断だろう・・・。

しかし・・・、
無理筋と判っている女に惚れた次郎太の気持ちも大切にしてやりたい・・、
また、これほどの女を捨てるのはいかにも惜しい・・・
さて・・・、どうしたものか・・・・〉

お高に惹かれながらも、須藤は迷い続けていました。須藤は目を閉じて何事かじっと考え始めました。
その場にいる、廓の主人、高、そして次郎太がじっと須藤の顔を見つめ、彼の言葉を待っています。須
藤がいかなる結論を出しても、この場にいる者は彼の出した結論に従うつもりでいるのです。覚悟を固
めている高の表情は穏やかです。次郎太一人が落ち着きのない表情でみんなの顔をちらちらと盗み見て
いるのです。

「この話を次郎太から聞いた時、お女郎さんを嫁にするなどとんでもないことだと思いました。
それでも、頭ごなしにそれを言うと、恋に狂った若い者は何を仕出かすか判りませんから、
彼を説得し、この縁談を壊すことが出来る決定的材料を探す目的でここへ一緒に来たわけです・・」

高が微笑みを浮かべて何度か頷いています。彼女が予想した通りの須藤の言葉だったのです。次郎太が
目を剥いて須藤を睨んで何か言い出しそうなそぶりを見せています。右手を振って次郎太の言葉を抑え
込んで、須藤はゆっくりと口を開きました。

「お高さんに会い、親しくお話し合いをして、良く判りました…。
次郎太がお高さんに惚れた理由が良く判りました。
今は・・・、良く惚れたと褒めてやりたい気分です。
私からもお願いします。次郎太の嫁になってやってください・・」

びっくりした表情で須藤を見つめる高、信じられない言葉を聞いたお高はとっさに言葉が出せない様子
です。

突然・・・、大粒の涙がきれいな瞳から溢れ出ています・・。

〈・・・なんと美しい表情だ・・・、
こんな女が自分のモノになるのだったら…、
私は・・、今の身分も、家庭も、全部・・・、捨てても良い・・・

おっと・・・、危ない・・、危ない・・・、
女は怖い・・、その気がなくても男を狂わせる魔物だ・・・・〉

高に見つめられ、彼女が出す大粒の涙を見た須藤は慌てています。年甲斐もなく胸をときめかせている
のです。次郎太もじっと高の表情を見つめています。彼もまた、必死で涙を押さえているのです。

「ご亭主殿・・、お高さん・・、
次郎太の申し出を受けていただけますね…」

「ハイ・・・、
ありがたくお受けいたします…」

廓の亭主と、高が深々と頭を下げて快諾の言葉を出しています。

「・・となると・・・、
これで御両家の縁談がまとまったことになります。
次郎太、お高さん、おめでとう・・・」

須藤が二人に祝福の言葉を言い、二人が深々と頭を下げています。


[49] フォレストサイドハウスの住人たち(その9)(259)  鶴岡次郎 :2014/12/15 (月) 11:35 ID:9tNHIVtY No.2627

須藤は上機嫌で若い二人を交互に見ています。見れば見るほど似合いの二人なのです。それでも須藤は
手放しでは喜べない複雑な思いを噛み締めていました。

女郎と主持ちの侍、普通でない婚姻を決断した二人には、この先、たくさんの苦難が待ち受けているは
ずです。二人のために出来限りのことをする気持ちを須藤は密かに固めていました。そして先ほどから
考えていることを実行に移すべく、口を開きました。

「それで・・・、これからの段取りですが・・、
お高さんと、ご主人さえ異論がなければ、
お高さんを須藤家の養女に迎え入れ、
須藤家から嫁に出してはいかがかと思っているのですが・・、
いかがなものでしょうか・・・?」

「そうしていただければ、これ以上のことはありません…、
何から何までご配慮いただき感謝の言葉もございません・・」

廓の亭主が頭を何度も下げて感謝していました。高は感激で言葉も出せない様子です。次郎太は須藤に
深々と頭を下げて感謝しております。須藤家の養女になれば、お高のことを誰も女郎出身の女だとは思
いません。全てがリセットされ、高は晴れて武家の娘として柏木家に嫁入りするのです。

須藤が上機嫌で廓を出た後、菊の屋の主人、正衛門が次郎太を一人別室へ連れて行き、次郎太が席に着く
や、真剣な表情を浮かべ語りかけました。

「あの娘(こ)は、12歳から10年以上、数知れない男に抱かれてきました。
男に抱かれることがあの娘(こ)の生活のすべてだったのです。
それで、普通の女に比べて、かなり異質な貞操観念を持つようになっています。
このことはよく承知おきください・・」

「勿論、女郎を嫁にするのだから、昔の男関係をとやかく言うつもりはない・・」

「柏木様…、そうではないのです・・!
過去の男性経験を責めないようにしていただくのは勿論ですが、
私が申し上げたいのは、過去のことではないのです・・、
婚姻後に起きるであろう問題についてです・・・」

廓の亭主のやや強い調子の言葉に次郎太がすこし驚いています。

「こうした稼業をしておりますので、私はたくさんの遊女を一般家庭へ主婦として送り出してきました。
そして、必ずと言っていいほど、彼女たちが遭遇する問題を、たくさん見て来ました・・・」

ここで廓の主人は言葉を止めて、じっと次郎太の顔を見つめました。何を聞かされるのか皆目わからな
い表情を浮かべ次郎太は主人の顔をぼんやりと見ていました。


[50] フォレストサイドハウスの住人たち(その9)(260)  鶴岡次郎 :2014/12/16 (火) 15:00 ID:2zAc321Q No.2628
次郎太の顔をじっと見つめて、おもむろに亭主は口を開きました。

「ここでは男に抱かれることが女たちの生活の全てです。
男達によって刻み込まれた記憶が・・、
彼女たちの心と体にずっしりと残るのです。

それはどんなことをしても拭いきれないのです。
年季が明けて普通の生活に戻った時、
その傷跡が突然鮮明に女たちの中で疼きはじめ・・、
やがてその疼きは嵐のように彼女たちの体の中で暴れまわるのです」

「男たちに抱かれた記憶がいつまでも残っていて、
その記憶が家庭に入ってからも女の血を騒がせる・・・、
そういうことですか?・・・」

「ハイ・・・、どんなに足掻いても、
心と体に残された男達の記憶から彼女たちは逃げられないのです。

言い換えれば、嫁ぎ先でご主人に十分抱かれていても、
それだけでは、彼女たちは満足できない身体を持っているのです。
勿論、個人差はありますが、間違いなく、
一般の女たちとは比較にならないほど、彼女たちの情欲は強いのです」

「その話なら聞いたことがある。以前、遊び人の先輩から聞かされたことがある。客商売を長くしてい
た女と付き合うと、男を喜ばせる術をたくさん知っていて貴重だが、少しでもかまわないで放っておく
と、浮気に走り、とんでもなく男狂いするものだと教えられたことがある。だから、そうした女を妻に
することは勿論のこと、深い付き合いもしない方が良いと言われたことがある。

確かに・・、お高さんもそうした女の一人だと言える・・・。
その時は、私は・・、身を呈して彼女をかわいがるつもりだ、
これでも体力では人に負けない自信があるからね・・、ハハ・・・・・・」

酒の席での艶話を次郎太は思い出しているのです。高にも同じような問題が起きるだろうと次郎太は廓
の主人の言葉をその程度に理解したのです。しかし、この時点でも次郎太は問題の本質が判っていな
かったのです。廓の主人はそんな次郎太を哀れっぽい目で見つめ、さらに衝撃的な内容を告げたのです。

「柏木さん・・・、そんな生易しいモノではありません。
情欲が襲ってくると、ある者は自暴自棄になり、
手当たり次第に男を漁り始めます。

また、ある者は欲望と自制心の板挟みになり、
絶望して自分の肉体を始末することになるのです・・・。

この二つの道以外の生き方を彼女たちは選べないのです・・・・」

「えっ・・、何と言った…
手当たり次第に男漁りをするか・・、自害をするか・・、
お高さんには二つに一つの道しか存在しないと言うのか・・
私がどんなに頑張っても、それでは焼け石に水だと言うことなのか・・」

「ハイ・・・、
廓を出て嫁いだたくさんの女達を見て来た私は・・、
そう理解しております・・・・」

「・・・・・・・」

次郎太が両膝を握りしめ、絶句しています。何かに必死に耐えている様子です。



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