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フォレストサイドハウスの住人達(その11)

[1] スレッドオーナー: 鶴岡次郎 :2015/05/14 (木) 14:43 ID:ftlgeY7A No.2689
佐原幸恵の失踪劇は6ケ月ほどで終わりました。佐原と幸恵の仲は以前よりまして親密になっています。
幸恵失踪劇が無事ハッピィエンドを迎えることができたのは佐王子保の力が大いに役に立っています。
幸恵は引き続き佐王子の店で働くことになり、浦上千春と佐王子の仲も以前通りになりました。

暇な時間を持て余しているセレブ夫人の多いこのマンションに佐王子が頻繁に出入りするようになった
のです。無事に収まるとは思えません。この章では稀代の竿師、佐王子保とマンションの住人たちが織
なす色模様をできるだけたくさん紹介したいと思います。相変わらず変化に乏しい普通の市民に関する
話題です。ご支援ください。

毎度申し上げて恐縮ですが、読者の皆様のご意見、ご感想は『自由にレスして下さい(その11)』
の読者専用スレにご投稿ださい。多数のご意見を待っています。    

また、文中登場する人物、団体は全てフイクションで実在のものでないことをお断りしておきます。

発表した内容の筋を壊さない程度に、後になって文章に手を加えることがあります。勿論、誤字余脱
字も気がつけば修正しています。記事の文頭と、文末に下記のように修正記号を入れるようにしま
す。修正記号にお気づきの時は、もう一度修正した当該記事を読み直していただけると幸いです。

・(1)2014.5.8 文末にこの記事があれば、この日、この記事に1回目の手を加えたことを示しま
す。
・記事番号1779に修正を加えました。(2)2014.5.8 文頭にこの記事があれば、記事番号1779に二
回目の修正を加えたことを示し、日付は最後の修正日付です。ご面倒でも当該記事を読み直していた
だければ幸いです
                                        ジロー  


[35] フォレストサイドハウスの住人達(その11)(347)  鶴岡次郎 :2015/08/14 (金) 13:40 ID:bzScPSTA No.2726
「あなたの言うことを、とりあえず信用することにした・・・、
そこで・・、一つ教えてほしい・・・、
幸恵さんが抱えている大きな障害とは・・・、
一体・・、何なんだ・・・・」

「よく聞いていただきました・・・、
その障害とは・・・・。
私の存在なのです・・・・」

「エッ・・・、あなたが障害だと・・・、
俺が千春に会えない理由があなただと・・・・」

まじまじと神本の顔を見ています。

「エッ・・・・・、
まさか・・・、そんなことが・・・・」

ようやく神本の言わんとすることが判ったようで、思わず声を出し、大きく目を見開いて、ぼう然
と神本を見つめているのです。

「ようやくお分かりいただけたようですね…、
お世話になったようですが・・・、
ご推察の通り・・、
千春は私の女です・・・。

今日ここへ来たのは私の口からあなたに直接このことを伝えるためです。
これ以上、千春に手を出すのを止めて下さい・・・」

その一言で、はた目にもはっきり判るほど山口はがっくりときました。しばらく言葉を出せない状
態で下を向いて、放心状態なのです。

後になって神本は、この時の山口の様子を幸恵に次のように言っていました。

〈俺が千春さんの男だと知った時の驚きようは、半端でなかった・・・、
それにしても・・、千春さんに男がいるとは思わなかったのかね…、
30近いソープの女に男が一人もいないと思うのがおかしいだろう・・・。

それだけ女を知らない純情な男っていうことかな・・・。
同情したよ・・、出来ることなら本当のことを教えてやりたかった・・・〉

神本は山口にかなり好感を抱いている様子です。


神本の前で一分以上頭を下げていた山口がゆっくりと頭を上げ、真正面から神本をにらみつけてい
ます。どうやら苦悶の末、ある結論に達したようすです。

「判りました・・・、
あなたのおっしゃることは良く・・・、判りました・・・。
あなたがここに現れた理由も、目的も良く判りました・・・」

「・・・・・・」

神本がゆっくり頷いています。

「あなたの説明を聞いて、全てが判りました・・・。
幸恵さんと千春さんは隠れて時々男遊びを楽しんでいたのですね・・
それが・・、私が騒いだためにあなたにバレて・・・、
幸恵さんはどうにも動きが取れなくなっていた・・・
幸恵さんの不自然な態度がそれで説明できます・・

悪いのは独り相撲をとっていた私だったのですね…」

「・・・・・・・・・」

頭の良い男らしく、山口は事の次第を完全に理解したようです。神本が黙って何度も頷いています。
彼の瞳に山口をいたわる気持ちが溢れていました。


[36] フォレストサイドハウスの住人達(その11)(348)  鶴岡次郎 :2015/08/15 (土) 17:26 ID:Etsws6B. No.2727

山口が納得して、これでトラブルが治まったと神本はほっとしていたのです。千春は勿論、目の前
にいる山口も、そして幸恵にも、誰にも損失を与えないで、誰の名誉を傷つけることもなくこの事
件を丸く治めることが出来たのです。うまい筋書きで山口を説得できたと神本は密かに自己満足を
噛み締めていたのです。

「今回のことがすべて私の一人相撲だったことは認めます。
お騒がせしたことは深く謝ります・・・。
しかし・・・、私の千春さんへの気持ちに嘘はありません…」

自分と同じほど立派な体躯を持ち、風俗街で働いていて、おそらく修羅場での経験は山口の想像を
超えるほど豊富と思える神本を恐れることなく強い視線を投げかけているのです。そして、その強
い男の女だと知りながら、あえて千春への熱い思いをぶちまけているのです。山口はまさに命を懸
けて男の前に立っているのです。何も恐れるものがない様子です。

「千春さんがあなたの女だと知った上で・・・、
改めてあなたに聞きたい・・・、

なぜ風俗街で彼女を働かせているのですか・・・、
あんなに素晴らしい女性をなぜ他の男に抱かせるのですか・・・

もし・・、彼女をそんなに大切に思っていないのなら・・、
彼女を幸せにできないのなら・・・」

ここで言葉を切り、山口は大きく深呼吸しました。神本の表情からとっくに笑いは消えています。
若い山口の顔をじっと見つめています。次に山口が何を言い出すのか神本にはある程度想像できた
のですが、一方では、まさかそこまでは言わないだろうと半信半疑な気持ちも持っているのです。

「お願いがあります…、
聞いていただけますか・・・・」

「・・・・・・・」

静かな落ち着いた口調で山口は語りかけました。神本は黙って頷いています。

「僕に彼女を譲ってください・・・、
僕の妻に下さい・・・・、
お願いします・・・・・」

「・・・・・・・・」

深々と頭を下げる山口を神本はじっと見つめていました。やはりそこまで決心していたのかと驚き
で次の言葉が出せないです。予想出来た言葉でしたが、それでもまさかこんなに素直に切り出して
くるとは予想していなかったのです。

〈彼が本気であるのは良く判った・・、
それまでいろいろトラブルに巻き込まれ、
正直・・、命の危険を感じた修羅場は何度も踏んできた・・・・。
しかし、この時ほど、追い込まれ、返事に窮したことは無かった・・・。

いい加減な返事をすれば、彼に隙を見抜かれ・・・、
その場に叩き伏せられる危険さえ、ひしひしと感じていた・・・・。
私も全力を挙げて真剣勝負する覚悟を固めていた・・。

それには、先ず優勢に仕掛けている敵の矛先をかわして、
私自身も作戦を練る時間が必要だと感じていた・・・
ここは小休止が必要だと思った・・・・〉

後になって、この時の気分を神本は幸恵にこう語っていたのです。


[37] フォレストサイドハウスの住人達(その11)(349)  鶴岡次郎 :2015/08/16 (日) 17:24 ID:mpkueo7A No.2728

幸恵のアパートの前で二人は睨み合っているのです。大きな男が二人、屋外でにらみ合っていれば
いやでも人目に付きます、若い山口は人目を気にしませんが、神本はそうはいきません、騒ぎを起
こすと立場上不利なことは判っています。旧悪を穿り出されることにもなりかねないのです。

「山口さん・・、
ここで立ち話を続けるのもなんですから・・・、
どうですか・・・、向こうにちょっと小奇麗なカフェがあるのですが…」

そこは歴戦の勇士、神本です、笑みを浮かべてこの場は停戦を申し入れ、山口を誘って近くの喫茶
店へ行くことにしたのです。

三分ほど歩いたところにその店はありました。その時間、店にいるのは近所の主婦グループ一組で、
比較的閑散としています。二人は奥まった席に座りました。体のでかい男二人、一人は明らかにそ
の筋の人に見えますので、嫌でも人目に付きます、主婦たちがチラチラと二人を見ています。二人
が席に着き、笑みを浮かべた神本が穏やかにコーヒーを注文するのを見て、何かもめ事が起こるの
を期待していた女たちは二人への関心を直ぐになくして、元の会話に戻っています。

この店に来る道々、神本は反省していました。幸恵から山口のことを聞かされた時、『店の子は売
り物・・、陰でこそこそ手を出されては困る・・』と、脅かしを掛ければ素人の若造一人なんとで
もなると考えていたのです。しかし、山口と顔を合わせて話し合う内に、千春を思う山口の真剣な
態度に同情して、親切心からを『千春は私の女だ・・』と、余計なことを教えてしまったのです。
この親切心が山口の恋心をさらに刺激してしまったのです。神本から千春を奪い取ることを真剣に
考え、堂々とそのことを神本に宣言しているのです。どうやら、神本からなら千春を奪えると山口
は確信しているようすなのです。 

今、目の前にいる若い男は千春を得るためならあらゆる犠牲・・、命さえ惜しまない化け物になって
いるのです。厄介なことになったと神本は考えあぐねていました。最後には、多少の暴力をちらつか
せて、本気で脅かせばなんとかなると思っているのですが、素人相手に、それも若い男に、そんなこ
とをするのは大人げないと思う余裕もあるのです。

「山口さんと言いましたね…、
あなたが千春のことを真剣に考えていただいているのは良く判りました」

あくまでも下手に出て、相手を刺激しない作戦を取っています。

「しっかりした仕事に就いていて、その上イケメンで、若く、背も高い、千春の相手として申し分
はありません。出来るのことなら、あなたの希望に沿いたいとさえ思います・・、そうすれば千春
は今より幸せになるかもしれません・・・」

やたらに褒める神本を気味悪そうに山口が見ているのです。ここらで良いだろうと神本は攻勢に出
ることにしました。

「あなたが真剣に千春を愛している気持ちはよく理解できました。
そして、あなたは千春の相手として私よりふさわしいかもしれません・・・、
それでも・・・、
千春は、どんなことがあっても譲れません・・・・
それには訳があるのです・・・・・・」

山口をしっかり見つめて、神本はゆっくりと心を込めて話しています。山口も神本の強い視線を
しっかり受け止めています。両勇譲らずといった雰囲気です。二人の強い気持ちがぶつかり合い、
彼らの周りだけが、息詰まるような雰囲気です。


[38] フォレストサイドハウスの住人達(その11)(350)  鶴岡次郎 :2015/08/18 (火) 12:00 ID:ItOSmQa. No.2729

おいしそうに神本はコーヒーを啜っています。そんな神本を山口はじっと見つめています。コーヒ
ーにも手を出さないのです。明らかに少し苛ついています。神本は結論を急がないと決めているの
です。じっくりと話を進めるつもりなのです。

山口の要求は単純明快で千春を奪うことだけで、それ以外のあらゆる条件を受け入れないと決めて
いるのですから、彼のペースに乗らないことが肝要で、彼の矛先をかわしながら、山口の反応を確
かめつつ、神本はその都度戦略を変えるつもりなのです。

そう言っても、この場に至っても、確実に勝てる策が思いつかないのです。神本はとにかく誠意を
尽くして山口に接することにしました。負けることが許されない勝負で万策尽きた時、下手な策略
は考えないで、彼なりに誠心誠意を尽くして、自身の信じる道を突き進む、それが神本の生き方な
のです。そのやり方で、今までたくさんの修羅場を生き抜いて来ることが出来たのです。


「私は仕事に就いていると言いながらも・・、
ご存知のように、大威張りで世間を歩けるような仕事ではありません。
御覧の通り、形(なり)はデカいのですが、ブ男な40男です・・。
あなたに比較して何のとりえもない男です・・。

それでも・・・、
千春を愛することでは決して、山口さんに負けないつもりです…」

40歳を超え、組員として、また風俗街の住人として経験豊富な神本が一回り以上年下の素人男を
相手に真剣な表情で、情婦への熱い思いを話しているのです。腕力や、金の力でなく、男の真心で
勝負を付けようと神本は若い山口に挑んでいるのです。果たして神本にどんな勝算があるのでしょ
うか・・。


「私と千春はもう10年以上の関係です・・。
勿論、長い関係があるからと言って、そのことだけで良いとは思っていません。
私にとって、彼女は妻以上の存在です・・。
神だ・・と、言えば笑いますか・・・、
しかし、私にとって・・、彼女はまさに神なのです・・」

妻を神だと平然と言い放つ神本を山口は不思議な動物を見るような目つきで見ていました。

「そうですよね・・、
妻を神以上の存在だと突然言い出しても、お分かりいただけないでしょうね・・、
『こいつ頭がおかしいのでは…』と、思うかもしれませんよね・・」

山口の視線の意味を感じ取って、神本が苦笑しています。

「私と千春がここまで歩んできた道をかいつまんでお話しします。
それを聞けば、多分・・、私たち二人の腐れ縁と言うのでしょうか・・・、
彼女の私に対する気持ちはともかく・・・
私とあなたは男同士ですから・・、
少なくとも・・、彼女を神だと思う…、
私の彼女に対する気持ちを少しは理解していただけると思います。

この話を他人にするのはあなたが初めてです。
大恩ある親方にも詳しくは話していないことです・・・」

山口の視線を避けるように下を向いて、ぼそぼそと低い声で神本は話しています。

「その昔、組員だった時、取り返しのつかない大きな失敗をして、
組に大きな損害を作ってしまったことがありました・・・。
私が10度生き返っても、それでも返しきれないほどの金額だった・・。
その時、私は自ら命を絶つ道しか残されていないと思いました・・・」

「エッ・・・、
仕事の失敗を・・、命で償うのですか・・・、
そんな・・・」

「・・・・・」

山口がびっくりして思わず声を出しています。神本がゆっくりと頷いています。


[39] フォレストサイドハウスの住人達(その11)(351)  鶴岡次郎 :2015/08/19 (水) 14:08 ID:SmwrFcrM No.2730
やくざ映画の一シーンのような話ですが、神本の表情を見る限り嘘を言っている様子はないのです。
驚きを抑え、平常心をとりもどそうと努めているのですが、体は正直なもので、恐怖からなのか、
緊張からなのか・・、山口の全身が彼自身でも制御できないほど震え出しているのです。

〈やはりこの男・・・、只者ではない…、
仕事に失敗したから言って、命を差し出すなど・・・、
ドラマの中でしかありえないと思っていたが・・・、
この男は平然とそのことを語っている…、
そんな世界で生きてきた男なんだ・・、恐ろしい男だ・・・。

その男から、私は女を奪おうとしている・・・、
そんな無茶なことが、本当にできるのだろうか・・、
この場から、すぐに逃げ出すべきだ・・、今なら間に合う・・、

しかし・・、千春のことはどうするのだ…、
彼女を幸せにできるの私以外居ないのだ・・、

もし、ここで逃げだせば・・、
彼女は永遠に救われない…、そんなかわいそうことは出来ない…、
僕は最後まで戦う・・・・、
死ぬのはやはり怖いが、多少のケガなら堪えて見せる・・・〉

襲い掛かる恐怖と必死で戦い、山口は神本の前にじっと座っていました。

「山口さん・・・、どうしましたか・・・、顔色が悪いですよ・・・、
こんな話が面白くないようでしたら、止めますが・・・」

「いえ・・・、良いんです・・、続けてください・・・、
思いがけない話を聞いて、少しびっくりしました・・・。

ここから今逃げだしても・・、後で後悔すると思います。
いつかは確かめなくてはいけない事実ですから・・、
今・・、聞かせてください・・・」

山口の返事を聞いて神本は頼もしそうに山口を見て、軽く頷いています。

〈ここで逃げだすような男なら苦労しないのだが・・・〉と、神本はむしろ山口の男ぶりに惚れ直
していたのです。

「それでは続けます…、聞くのが嫌になったら、そう言ってくださいね・・・。
直ぐに止めますから、元々、人様に得意そうに語る内容ではないのですから・・」

冷たい水を一口、口に含み、神本はゆっくりと話し始めました。

「私の決心を周囲の者は何となく感じ取ったようで、そのことが組の幹部にも伝わったのですが、
上部組織の圧力に抵抗し切れない組の幹部は、死で償うと言う私の意志を黙認せざるを得ない状況
でした。みんながはれ物に触るように遠巻きで、その時が来るのを待っている感じでした。私は完
全に組の中で孤立し、失敗の責めを一人背負って死を待つだけでした。残された課題はどんな死に
方をするか、それだけでした・・・・」

自身で決めたこととはいえ、確実に迫る死を神本はどのように受け入れていたのだろうと・・、神
本の顔をチラチラと盗み見ながら、山口は感嘆の思いで彼が淡々と語るストリーを聞いていました。

「山口さん・・・」

「はい・・・」

「確実に迫って来る死を待つ気分など・・、
味わったことはないですよね・・」

「はい・・、想像もできません…」

「あれもしたい・・、これもやっておきたい・・と、思うのですが、
結局、何もできないのですよ・・、
終日何もしないで、公園のベンチに腰を下ろし、遊んでいる子供たちを見て、
ぼんやりと時を過ごしていました・・

その一方で頭の中は、そのことだけを考え、狂いだしそうなのです・・・、
生きたい・・、この場から逃げ出したい・・・、
こんなに弱い男だったのかと、自分自身を軽蔑していました・・・・・」

その時を思い出したのでしょう、店の窓から見える街並みに視線をやり、神本は虚ろな表情を浮か
べていました。


[40] フォレストサイドハウスの住人達(その11)(352)  鶴岡次郎 :2015/08/20 (木) 16:56 ID:Mlvj/caM No.2731

神本の覚悟は組の関係者誰もが知るようになっていました。そして、その日が来るのはどんなに遅
くても一週間以内だと囁いていたのです。そして二、三日が経ち、その日が、今日にもやってきて
もおかしくないと・・、事情を知る誰もが思っていたある日、組織を束ねる老組長の尾花から神本
に電話がありました。直ぐに組事務所へ来いという連絡で、いつものと違って少しハイテンション
な口調でした。

事務所に入ると数人居た組員が全員一斉に椅子から立ち上がり、神本に深々と一礼しました。この
儀式は今日に限ったことでないのです。二週間ほど前から何となく始まっているのです。

組長の部屋には幹部数人と組長の尾花がいましたが、神本が部屋に入ると一斉に彼に視線を当て、
彼らもまた組員と同様深々と頭を下げたのです。

ソファーに座るように勧められ、組長の前に神本は座りました。他の幹部は全員が部屋を出て行き
ました。部屋に残ったのは組長の尾花と神本だけです。

神本はひょうひょうとした表情です。既に決意を固めたすがすがしい表情をしているのです。組長
はそんな部下の顔を見ながら何故か、場違いな朗らかな表情をしているのです。

「神本・・、喜べ・・・、 
お前は死ななくていいことになった…」

「・・・・・・・・・・」

尾花が何の前置きなく結論から先に話しました。神本は組長の言葉の意味を良く理解できていませ
んでした。ポカーンと組長を見つめていたのです。70歳を過ぎた組長、尾花の目に涙が光ってい
ました。可愛い子飼いの部下神本が死を覚悟しているのに、彼は何もしてやることが出来なかった
のです。神本を見送った後、彼は引退を決めていたのです。

「助かったのだよ・・・、
先ほど総長から俺に直々電話があった・・・。
組の責任も、神本の責任も、問わないことにしたと連絡があった・・。
今まで通り、働いてほしいとおっしゃっていた…」

「総長が・・・、許すと・・・、
そう言ってくださったのですか・・・・。
本当ですか・・、信じられないです・・・・」

「そうだよ・・、助かったのだよ…」

「そうですか・・・・」

神本はふらふらと立ち上がり、窓際に行き、組長にも見せたくないのでしょう・・、カーテンに顔
を付け、肩を震わせていました。物心ついてから、人前で神本が泣いたのはこの時が最初で、おそ
らく最後だと思います。

その日の夜には神本は一人逝くつもりだったのです。侍の古式にのっとり腹をかっ捌いて最後を飾
ると決心していたのです。既に短刀は購入済みでした。遺書もそれなりにまとめていました。後は
刃を腹に突き刺せば、全てが終わることになっていたのです。
 
ひと時の激しい感情の動きをようやく抑えて神本が窓から離れソファーに戻りました。

「なぜ総長は・・、私を許したのですか・・・、
もしかして・・、組長が努力していただいたおかげですか・・・?」

「それが判らないのだ・・、総長から指示を受けたのは神本の罪と、組の罪を許すと言うことだけ
で、それ以上の情報は何も与えて下さらなかった。

もちろん、お前の助命願いは何度も、何度も出したが、正直に言えば、この件では私は一度も総長
にお会いすることさえできなかった。お前の助命願いは全て若頭経由だった。それほど、総長の怒
りは強いのだと私は理解して、申し訳ないが、私の力ではお前を救えないとあきらめていたのだ」

「そうですか・・・、
組長でないとすると・・、
私のことを思って総長を動かすことが出来る人・・、
そんな力のある方は他に思いつきません・・・・

もしかして・・、あいつが・・・、
いや、いや・・・、
そんなことは考えられない・・・」

何事か思いついた様子ですが、神本はその思い付きを口には出しませんでした。それほど、根拠の
乏しい思い付きだったのです。


[41] フォレストサイドハウスの住人達(その11)(353)  鶴岡次郎 :2015/08/21 (金) 12:04 ID:sAzHzxu6 No.2732

真相が明らかになったのはそれからニケ月後でした。

総長の強い指示で、事の真相が表に出ないように抑え込まれていたのです。しかし、組の窮状を救うた
め、仕事の失敗を死で償うと覚悟を決めた神本の話は関係者の間ではあまりに有名な美談になっていた
のです。それが総長指示で白紙に戻ったのですから、誰しもその理由を知りたくなります。しばらくは
その秘密が漏れ出なかったのですが、どうやら総長周辺に仕える女の口からその話が一部漏れ出したよ
うなのです。

ひとたび漏れると、その話は尾ひれを付けてあっという間に広がりました。こうなると、いかに総長と
いえども、どうすることも出来ないのです。

「たとえ自殺でも野蛮なことは許さないと警察から横やりが入った・・」
「マスコミが嗅ぎつけたようだ、もし神本が死ねば大スキャンダルになるところだった」
「総長の隠された弱みを尾花組長が握っていて、その伝家の宝刀を抜いた」
「総長の権威と慈愛を示すため、ほとんどが演出された芝居だった。神本が死ぬことは最初から筋書き
になかったのだ」
「総長は以前から尾花組長の女にご執心で、今回その女を提供して、一時的に神本の首がつながっ
た・・」
「神本はいずれ鉄砲玉になる身、一年か、二年寿命が延びただけだ・・」
など、など、もっともらしい噂話が駆け巡ったのです。

このままでは根拠のないうわさ話が広がり、組に災いを引き起こすことになると総長は判断し、正しい
情報を出来る限り詳細に流すことにしたのです。下手に事実を隠せば、昔と違って数秒で情報は世界に
広がる時代ですから、噂がうわさを産み、とんでもない情報が広がる可能性が高いのです。そして、厄
介なことにいったん情報が拡散するとそれは事実として定着してしまうのです。

賢明な総長は情報社会を生き抜く術をどこかで学習したようで、その知識を今回の事件でも実行したの
です。そして、これも情報社会では大切なことなのですが、誤解が新たな事件を引き起こさないよう、
事件の当事者である尾花組長に真っ先に総長から直接電話連絡をしたのです。

老組長、尾花が神本に告げた内容によると、千春が一人で上部組織の総長宅へ出向き、損害の代償とし
て自らの体を提供することを願い出たのです。当時、神本と彼女は同棲を始めたばかりの頃で、どこか
らか神本の窮状を聞き出し、彼に黙って、総長宅へ一人で出向いたのです。勿論誰もそのことを知られ
されていませんでした。内縁の夫の窮状を知り、思い余った彼女が一人で判断した行為だったのです。

ああ・・、ここで読者の皆様にお断りしておきたいのですが、皆さまがご存知のように千春は神本の内
縁の妻ではありません、有名商社マン浦上の妻で子供もいます。神本の内縁の妻はまだ紹介していない
別の人物です。

千春に惚れこんだ山口をあきらめさせるには千春には夫がいることを告げるのが一番てっとり早いと考
えた神本でしたが、まさか浦上三郎の実名を出すことも出来ません、それで考えた末、神本本人の内縁
の妻にしたのです。その時、神本は内縁の妻との関係をこれほど詳細に説明することになるとは予想さ
えしていなかったのです。

ところが、千春に夫がいることを知れば諦めるだろうと思っていたのですが、山口は神本の予想を裏
切って、千春を譲ってほしいと逆襲に出てきたのです。こんなことになるのなら、最初から千春は人妻
で、夫の名前は明かせないと突き放しておけばよかったと後悔したのですが、〈時すでに遅し〉だった
のです。

神本は自身の経験した内縁の妻との苦しく悲しい過去の出来事を説明して、神本と内縁の妻との仲が容
易に切れないものであることを伝え、山口のひたむきな愛情に冷や水を掛けようと考えているのです。

本来なら、全てをご存知の読者の皆様には千春でなく内縁の妻の実名で神本が語る物語を紹介すべきと
ころですが、それでは刻々と変わる山口の感情の波を伝えることがややこしくなるのです。そこで、読
者の皆様も山口と同じように神本の嘘に乗っていただき、千春が神本の内縁の妻であるとここでは信じ
てほしいのです。そして、千春と神本の悲しくも心温まるストリーを山口と一緒に追っていただきたい
と思っております。よろしくご了承ください。


[42] フォレストサイドハウスの住人達(その11)(354)  鶴岡次郎 :2015/08/25 (火) 14:20 ID:hPt7ak72 No.2733

勿論、神本が組織に与えた損失は千春の体で賄いきれるほど、簡単なものではありません。莫大な
損失を女一人の体で弁済したいと願い出れば、普通なら笑い飛ばされ、玄関払いされるのが関の山
なのです。しかし、たまたまその日、自宅に居た総長は玄関で騒いでいる千春の声を聞きとがめ、
軽い気持ちで玄関に顔を出したのです。

一目彼女を見た総長は千春のたぐいまれな美貌に一瞬言葉を忘れるほど見惚れていた・・と、側に
居た者が後で言っていました。総長は即座に彼女との面談を許し、応接間に招き入れかなりの時間
を割いて彼女の話を聞いたのです。

ここまででも異例中の異例の事態なのです。組で中堅クラスの神本だって、総長との面談はおろか、
声を掛けられたことさえなかったのです。

彼女の話を聞いた総長はしばらく考えた後、彼女に条件を提示し、彼女の申し入れを受け入れたの
です。結果、彼女は組織に5年間無償奉仕することになり、神本は無罪放免と決まったのです。


前にも言いましたが、千春がいかに絶世の美人でも、彼女一人をどう料理しても、莫大な損失をカ
バーすることは絶対できないのです。勿論そのことを総長は良く知っています。ではなぜ、総長が
千春の願いを聞き届けたのでしょう・・・。

そのことに関しては尾花組長にも総長は何も語りませんでした。ただ、信頼できる筋の話では絶世
の美女である千春を一目見て、総長はその頃彼が熱心に推進している大きな取引で、彼女の使い道
を思いついたようなのです。真相が明らかになった後、心無い人が面白おかしく広げている噂話の
ように、総長が千春に横恋慕したわけではないと思います。傘下に一万人以上の組員を抱える総長
が女の色香に溺れて、大きな事業方針や、組の運営方針を決めるはずがないと思うのです。

「そうですか・・、やはり・・・・、
私が無罪放免になったと組長から聞かされた時、もしかして彼女が動いたのではと思ったのですが、
突拍子もないことですから、その思いを組長に言うことさえできませんでした・・。

実は、あの日以来・・、彼女は自宅へ戻っていないのです・・・。
何かあったのかと心配していたのですが・・・、
個人的なことで騒ぎ立てるわけにもいかないので、
しばらく様子を見るつもりでいたのです・・・。

私を救うため、何処かに身を沈めたのですね・・・・

結局・・、
私は女房に命を救われた・・・、
この上ない、意気地なしの男なんですね・・・」

最期の言葉を吐き出すように言って、神本は力なく肩を落としていました。

「お前がそう思うだろうと総長も心配されて、この真相をひた隠しにされていたのだ。そして、千
春さんもこのことをお前に教えないでほしいと総長にお願いしたそうだ。それが、心無い噂話が行
き交うようになり、このまま放って置くわけには行かないと思われ、総長は事の真相を明らかにさ
れたのだ。

総長からお前に伝えてほしいと言われた・・。
気を強く持って、千春さんを待ってほしい、
根拠のない噂話に狼狽えることのないように・・・とおっしゃっていた。

私からもお願いする。ここで、お前が落ち込み、自棄になるようなら、千春さんの苦労も、総長の
ご配慮も全て台無しになる、いろいろな噂が立つだろうが、ここは堪えて、晴れて5年の年季が明
けて千春さんが戻って来るまで我慢してほしい・・・」

「・・・・・・・」

神本は黙ってただ頭を下げることしかできませんでした。


[43] フォレストサイドハウスの住人達(その11)(355)  鶴岡次郎 :2015/08/26 (水) 11:31 ID:t3iJt8h. No.2734
その日以来、神本の立場は非常に苦しいものになりました。『命を差し出し、組の窮状を救おうと
した男』から、『女房を売って、命乞いをした男』に、彼の評価は急落したのです。

組の内外で彼の発言力は地に落ちました。誰も彼の言葉を信用しなくなったのです。組長も表向き
は彼を庇護してくれませんでした。それでも彼は組を抜けることなく、黙々と地を這うようにして、
新入りさえ嫌がるような末端の仕事をこなし続けたのです。


「流行の服を粋に着こなし、肩で風を切って街を流していた華やかな表舞台から、下働き以下の地
位に落ちたのです。死にたいと本気で思いました。しかし、勇気を奮い起こしてもう一度死を選ん
だとしても、笑いものになるのは目に見えていました。死ぬことさえ許されない状況に追い込まれ
ていたのです。

こんなことなら、あの時悩み続けないであっさり死んでおればよかったと、何度も思いました。そ
して、今思うとどうにも情けない話ですが、体を投げ出し私を救ってくれた千春の行為を憎んだ瞬
間もあったのです。

もちろん、そんな憎しみの感情が湧いたのはほんの一瞬のことで・・、
千春への感謝の気持ちはずーっと持ち続けていました・・」

命を助けるため苦界に身を沈めた千春の行為を憎むこともあったと語る神本の表情は暗く沈んでい
ました。

「幸いなことに、二年も経つとみんなが私のことを忘れてくれました。組の末端で若い組員に叱ら
れ、顎でこき使われることにも慣れました。組を出て、堅気に戻るよう組長から言われたこともあ
りましたが、千春が戻るまでは組に残ると決めていました。組への未練も、やくざ稼業への執着も
とっくに消えていました。ただここに居れば千春の情報がどこに居るより正確に早くつかめるはず
だと信じていたから組を離れなかったのです」

淡々と語る神本の表情が、千春の名前を出す度に少し柔らかくなるのです。その表情の変化を山口
は敏感に察知できていたのです。山口もまた千春のこととなるとすごく敏感になるようです。

「4年目を迎えるころには、生きていることに心から感謝出来るようになっていました。救ってく
れた千春に心から感謝をささげることが出来るようになっていました。仕事の失敗を死で償おうと
した4年前の自分を懐かしく思い出すことはありましたが、その頃に戻りたいとも、その時の自分
を誇らしいとも思わなくなっていました。

組の序列の中で一番下に位置づけられ、上に上がる可能性はゼロと分かっているのです。新入りが
どんどん上に上がっていくのをただ見ていました。
それでも幸いなことに、上の人から怒鳴られながらも、昔のよしみでしょうか、それともあまり期
待されていなかったせいでしょうか、あるいは組長の深い配慮の結果だったのかも知れませんが、
とにかく、やくざ稼業の中では比較的気楽な責任のない仕事を与えられていました。それは車の掃
除とか、日用品の買い出しとか、キッチンの手伝いとか、ヤクザの本業からかなり離れた仕事だった
のですが・・、そんなことをやっていました。

そんな仕事をしていると、不思議なことに、ヤクザの見栄や、しがらみから解き放たれ、次第に普
通の人間らしい感覚を取り戻すようになるのです。この頃から、千春への愛情と言うか、感謝の気
持ちは、日増しに強くなっていったのです・・」

神本は淡々と語っています。話の途中から、山口の表情から先ほどまで見せていた神本への恐怖心
が消え、神本への畏敬の気持ちが表れているのです、そしてその表情の裏には明らかな落胆の影が、
あきらめの色が広がっているのです。


[44] フォレストサイドハウスの住人達(その11)(356)  鶴岡次郎 :2015/08/27 (木) 11:47 ID:P5Dz0uuQ No.2735
千春が消えてから5年が経過しました。ある夏の日、夜明け前、神本の住む安アパートの前にタク
シーが止まりました。助手席のドアーが開いて黒ずくめの男が素早く降り立ち、小走りで後部ドアー
の側に立ちました。ドアーが開き、形のいい白い足が伸びてきました。黒ずくめの男が恭しく左手を
差し出しています、慣れた仕草で白い手が男の手に伸びて、その手に支えられ、若い女が一人降り立
ちました。運転手として、個人執事として、黒ずくめの男は5年間こうして女の傍で仕えてきたので
す。今日が最後の仕事になることを男も女もよく知っています。

女は170センチ近い長身で、モデルにしたいほどのスタイルですが、身に付けている衣服は大人し
いフレアーの花柄スカートに白い半そでブラウスです。少し大きめのハンドバックを持っていますが
帽子は着けていません。夜明け前の薄暗がりの中でも、それとはっきり判るほどの凄さの漂う美女で
す。

黒ずくめの男がトランクから比較的大きなスーツケースを四個取り出し、女にその荷物の運び先を聞
いています。女は部屋番号を教え、バッグから鍵を取り出し男に渡しました。会話はどうやら日本語
でない様子です。女の発音も流暢です。

男は二個のスーツケースを持ち、鉄製の外階段を上がり、教えられた二階の部屋の前に立ち、迷うこ
となく鍵を開け、荷物を置き、急いで戻ってきて、残りの二個のスーツケースを部屋へ運び上げまし
た。その間、女はタクシーの側に立ち男の仕事をじっと見つめていました。

仕事が終わった男は女の傍に来て、深々と頭を下げました。女が男に一歩近づき、ハグしています。
男は直立不動です。女は男の頬に軽くキッスをして、男から離れました。女を見つめる男の瞳が
真っ赤になり、少し潤んでいます。女がそんな男に二言三言声を掛けています。男はただ黙ってうつ
むいていました。

女はスカートの裾を持ち上げ、ショーツを一気に脱ぎ取りました。夜明け前の薄暗がりの中でも
はっきりと女陰の陰が男には見えました。女はショーツを男に差し出し、一言、二言囁くように声
を出しました。どうやら、ここへ来る途中かなり前から男にショーツを与えることを考えていたよう
で、女の動きに無駄はありません。

男が両手でショーツを受け取り、丁寧に畳み込み、ポケットから白いハンカチを取り出し、ショーツ
を丁寧に包み込み、それをポケットにしまい込みました。

男がタクシーに乗り込み、タクシーはゆっくり動き出しました。やがてタクシーは薄暗がりの路地に
消えて行きました。女は赤いテールランプが路地の角を曲がるまで、車の後ろ姿を見つめていまし
た。


車が去った後に耳が痛くなるような静寂が訪れています。車が残した排気ガスの香りがあたりに立ち
込めていました。二階建てのプレハブアパートの前に立ち、女はじっとその姿を見つめていました。
女の頬に一筋、二筋、涙の跡が見えます。

ゆっくりと鉄製の階段を上がります。固い金属音がゆっくりと響きます。女は扉の前に立ちました。
表札には二人の名前、男の名前と女の名前が書いてありました。右手を伸ばし、女はそっとその名札
を撫ぜています。何度も、何度も女の指が名札を触っています。

扉を開けると、湿った、少しかび臭い匂いが女の鼻孔を刺激しました。三ヶ月以上この部屋に人がい
なかったことを女は知っているようで、驚いた様子を見せていません。それでも、そのかび臭い空気
の中に懐かしい人の香りを嗅ぎ分け、女は思わず涙をあふれさせています。

南に面して6畳の居間と6畳のDK、それにバス&トイレ、典型的なプレハブアパートです。部屋の
中は比較的綺麗に整理整頓されていました。女は居間のガラス戸を開けました。このアパートは高台
に建っていて、南側の窓からは街並みが展望できるのです。

窓を開けると赤さびた手摺と使い込んだ物干し竿があり、その向こうに町の風景が広がっています。
今顔を出したばかりの太陽が街を黄金色に染めています。

「きれい・・・・・・、
5年前と同じ…、
やっと・・、ここへ帰って来れた・・・・・」

女がぽつりと声に出しました。

女はその場に立ち、深々と深呼吸しました。あふれ出る涙が女の顎から滴り落ちています。



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