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二丁目、フォレスト・サイド・ハウスの住人

[1] スレッドオーナー: 鶴岡次郎 :2013/02/01 (金) 11:23 ID:xGlGEJOs No.2310
しばらくお休みをいただいておりました。あまり長く筆を置くと書き出すのに時間がかかること
も判りました。投稿ペースが以前の調子に戻るまで少し時間がかかりそうです。ゆっくりと始動
することにいたしました。よろしくご支援ください。

今回は二丁目にある高級マンション、『フォレスト・サイド・ハウス』に住む女性を中心にした
物語を書いてみます。相変わらず、市民のチョッとした日常がテーマです。ご共感いただける部
分が有りましたら、コメントいただければ幸いです。

毎度申し上げて恐縮ですが、読者の皆様のご意見、ご感想は『自由にレスして下さい(その
11)』の読者専用スレにご投稿ださい。多数のご意見を待っています。    

また、文中登場する人物、団体は全てフイクションで実在のものでないことをお断りしておきま
す。

発表した内容の筋を壊さない程度に、後になって文章に手を加えることがあります。勿論、誤字
余脱字も気がつけば修正しています。記事の文頭と、文末に下記のように修正記号を入れるよう
にします。修正記号にお気づきの時は、もう一度修正した記事を読み直していただけると幸
いです。

  ・ 文末に修正記号がなければ、無修正です。
  ・ 文末に(2)とあれば、その記事に二回手を加えたことを示します。
  ・ 1779(1)、文頭にこの記号があれば、記事番号1779に一回修正を加えたことを示します。
                                      
                                      ジロー

公園の男

三月のある土曜日、桜には少し早い時期ですが、日向に居れば暖かい日差しが心地よく感じられ
ます。日差しの暖かさに連れ出されて二丁目ににある『泉の森公園』に由美子がやってきました。
ここへは彼女の自宅から徒歩で10分程度で来ることができます。目下のところ由美子の周辺で
はこれといって事件は起きていないのです。それはそれでおせっかいな由美子には寂しいのです。

この公園の中央にはその名の由来になった地下水の噴出で出来た上がった周囲が500メートル
ほどの池が有ります。池を取り囲むように深い森が広がっています。午前10時を過ぎた頃で近
所の家族連れが集まってきて、池の周りはかなりの賑わいです。小さな子供たちが走り回り、休
日着姿のパパがその後を追っています。彼等の後から笑顔のママがゆっくりと歩いています。そ
んな光景を微笑を浮かべて見送っていた由美子の視線があるところで止まりました。

由美子の視線は池を取り囲んでいる森の一角に止まり、その一点を見つめています。大きく枝を拡
げた白樫の大木の陰に由美子の視線は向けられていました。そこには3台ほどのベンチが設置さ
れていて、日差しが強くなる季節には真っ先に占拠される人気スポットなのです。しかし、日陰
では少しは肌寒く感じる今の時期は敬遠され、そこには深閑とした影が広がっているのです。

由美子が眼を凝らすとベンチに一人の男性が・・、中年過ぎの普段着姿の男性が座っていました。

「彼・・・、今日も来ている・・・・」

密かに期待していたとおりの結果に由美子は満足しています。その男性を見るのは由美子にとって
初めてではありませんでした。

由美子はゆっくりと歩を進めました。5メートルほどに近づいた時、その男性は由美子に気がつ
きました。チラッと由美子を見て、それでも直ぐに視線を外し、池の周りで賑やかに騒いでいる
家族連れに視線を転じました。

迷いを見せずに由美子は真っ直ぐに歩きました。ほのかな女性の香りを嗅ぎつけ、男性が由美子
に再び視線を戻しました。由美子は一メートルの距離に近づいて居ました。

「スミマセン・・・、
側に座らせていただいてかまいませんか・・・?」

男性は驚きを隠しきれない表情で由美子を見上げました。

「ああ・・・・、
勿論・・、かまいません・・・・、どうぞ・・・」

男性は立ち上がり、由美子の手を取る仕草を見せています。由美子はニッコリ微笑み男性の体に、
彼女の身体を少し触れさせてベンチに座りました。立ち上がっていた男性は由美子の体に触れな
い程度に身体を寄せて、少し由美子に身体を向けるようにして、彼女に続いて腰を下しました。


[2] 二丁目、フォレスト・サイド・ハウスの住人達(2)  鶴岡次郎 :2013/02/04 (月) 15:36 ID:FNLrxRRY No.2312
ふんわりとスカートを浮かしてベンチに座った時、女の香りがファーっと立ち上がり、ベンチに
座っている男性の身体を被うように取り囲んでいます。女性は誰でもそれなりの香りを持ってい
るのですが、由美子の場合はその香りがかなり印象的で、男なら一度その香りを嗅ぐとその虜に
なるのです。いわゆる男心を迷わすフェロモンの香りが強いのです。

普段はそれほど強くないのですが、彼女が男性を意識した時、その香りは濃厚になります。名も
知らぬ男性に声を掛ける冒険を犯すことによってもたらされたある種の緊張感が由美子の香りを
どうやら強くしているようです。彼女がさらに男性に興味を持つことになれば、その香りはさら
に強くなり、男はその香りを嗅ぐだけで勃起することになります。どうも、危険な雰囲気です。
男の身が危ぶまれます。

男性は少し顔を上げて、香りの源泉を確かめようと、本能的に腰を滑らせて由美子に身体を寄せ
ています。その結果ベンチに座った由美子の胸と男性の腕が軽く接触しています。男性は鼻から
息を大きく吸い込みました。由美子の香りが鼻腔奥深くまで行き渡り、男は眼を閉じて恍惚とし
た表情を浮かべています。

「ああ・・・」

思わず声を出し、男性は慌てて口を押さえています。男性の慌てている様子を笑みを浮かべて由
美子が見つめています。そして彼女も男性に親近感を持ったようで、意図的に身体を男性に押し
付けています。

互いの体温が感じ取れるほど由美子の乳房と男性の腕は接触し、男は柔らかな乳房の感触を楽し
み、由美子は固い男性の腕から男根を妄想していたのです。それでも、二人は互いがかなり異常
接近していることに気がつかない素振りを見せています。

見知らぬ男女が、一目で互いに好感を持った時、偶然の接触が起きても当人達はそ知らぬふりを
続けて、接触を楽しむのです。当事者たちにはたまらなく胸の高鳴る、甘酸っぱい香りがする現
象です。経験豊富な由美子と年配の男にとってもこの状況は変わらないようで、互いに高鳴る胸
の鼓動を楽しみながら、次なる相手の出方を見守っているのです。先ず由美子から動き出しまし
た。

「昨日も・・、その前の日も・・、
この公園で拝見しました・・・」

「・・・・・・?」

由美子の言葉の意味が良く理解できない様子で男性は由美子を見つめています。

「友人が公園で売店をやっているのです。
ほら・・、大通りに面して・・・、
赤レンガ造りの三階建ての古いアパートがあるでしょう・・、
あの一階で、公園側に面して小さな売店があるでしょう・・」

男性が笑みを浮かべて頷いています。どうやら男性はその店を・・、泉の森荘の管理人、美津崎
一郎・愛夫妻が経営する売店を知っている様子です。


[3] 二丁目、フォレスト・サイド・ハウスの住人たち(3)  鶴岡次郎 :2013/02/06 (水) 13:06 ID:.LwC9GWQ No.2313
男性に身体を向けて、それが二人きりで話をする時の由美子の癖・・、癖と言うより本能的な習
性なのですが、ほとんど顔が接するほどに近づいて、相手の瞳の奥を覗き見るようにして話して
いるのです。温かく、心地よい由美子の呼吸の香りが男の鼻腔を刺激しています。フェロモン
リッチな体臭と暖かな呼気の香りに包まれて、それだけで、男性は由美子にスッカリ気を許して
います。

「売店から見えるベンチにあなたが座っているのを見つけて、
あなたの身の上をあれこれと推測して、友人と心配していたのです・・」

ハッと気がついた様子を見せ、そして男性が何度か頷いています。昨日とその前の日、勤めを休
んで、何処へ行くあてもなく自宅近くの公園に迷い込み、売店近くのベンチに座って時を過ごし
たことを男性ははっきりと思い出しているんです。

「そうですか・・、あの時、売店に居らしたのですか・・・。
お恥ずかしい姿を曝してしまって・・」


露天商天狗組の組長Uの情婦である由美子は、一月、二月の繁忙期が終わり、今月に入って天狗
組の仕事からようやく解放されて、久しぶりに自宅で落ち着いた時間を過ごしているのです。こ
こ数日、遠出を避けて毎日のように買物ついでに公園へ来ては、その帰り道、愛の売店を訪ねお
しゃべりを楽しんでいるのです。


昨日のことです、お茶を飲みながら公園内に視線を向けていた由美子が突然話題を変えて愛に言
ました。

「ネェ・・、あの人・・、昨日も来ていた・・。
長い間、あのベンチに座っていた・・・。
いい男だから、良く、憶えている・・・」

売店から20メートルほど離れたところにヒマヤラ杉の大木が有り、その木陰に置かれたベンチ
に男が一人座っていたのです。男は50歳過ぎですが、遠くからでもそれと判るほどのイケ面で
す。

「嫌ね・・、由美子さん・・、男を見る目が早いんだから・・、
実はネ・・・、私も昨日から気になっているの・・、フフ・・・」

二人とも口には出さなかったのですが、最初の日からその男に気づき、それなりの興味を抱いて
いたのです。

「ほら・・、愛さんだって・・」

カーテンの向うでテレビを見ている愛の夫、美津崎一郎に聞こえないよう、低い声で由美子がさ
さやき、愛の腕を指で突付いて媚びた笑みを浮かべています。

「サラリーマンのようだけれど・・、
何か悩みを抱えているようすね・・・、
なんだか・・、かわいそう・・・、気になるネ・・・」

由美子も愛もスッカリその紳士に同情を寄せていたのです。そして今日、由美子は池のほとりで
その男性を見かけることになったのです。これで三日連続して、その男を見ることになったので
す。


「肌寒い今の時期、森の中の暗い木陰のベンチに二時間以上座り込んでいるあなたを二日連続で
見てきました。

そして今日、また・・、こうしてお会いできたのです。
何か悩み事を抱えていらっしゃるのではと思いました。

ご迷惑でも・・、何か力になることはないかと思いました・・・
それで失礼を省みず、声を掛けてしまったのです・・・・」

「・・・・・・・・」

そう言って由美子は恥ずかしそうに頬を赤らめて、男から視線を外しています。自身の行動を言
葉にして、いまさらながら、自分のとった行動のはしたなさを恥じている様子なのです。

男はゆっくりと顔を振り、由美子を見つめています。見ず知らずの他人にそれほどまでに関心を
示し、やさしい言葉をかけて来た女性の心の豊かさに触れ、大きな途惑いとそれを越える感動で
言葉を忘れている様子です。


[4] 二丁目、フォレスト・サイド・ハウスの住人たち(4)  鶴岡次郎 :2013/02/10 (日) 14:45 ID:gJ3SfqJ6 No.2316
「おせっかいな女と思いでしょう・・・・、
主人はいつもそう言って、私のことを笑います・・・・
でも・・、こうしてお近づきになれたのですから
私で良かったら、お話しいただけますか・・・。
私なんか・・、悩み事を抱えた時、他人に話すだけで・・、
それだけで、気が軽くなることもあるんですよ・・・」

微笑を消さないで、真っ直ぐに男性の目を見つめながら、由美子はゆっくりと話しかけています。
そして、左手を伸ばし、男の右手を握りました。文章にすると唐突に思えますが、由美子の動作
を見ているとそうすることが自然の動きに見えるのです。

「ありがとうございます・・・」

男性は視線を落して、お礼を言っています。男の眼に涙が浮かんでいます。それを由美子に気づ
かれないよう、男性は下を向いているのです。

人は途方にくれた時、頼る人もなくひとり悩んでいる時、優しい言葉に触れると、こみ上げてく
る感情を抑え切れなくなるものです。突然現われた由美子のやさしい言葉に触れて、それまで押
えていた男の感情は堰を切ったように、外へ溢れ出ているようです。由美子に手を握られている
ことさえ気がつかない様子です。握った手がかすかに震えるのを由美子は感じ取っていました。

「ネエ・・・、ここは少し寒い・・・。
友達の売店へ行って、温かい飲み物でもいただきましょうよ、
ああ・・・、お時間は良いのでしょう・・・?」

男の態度を見て、男性の悩みが思ったより深刻なものであることを悟り、これ以上ここで話し続
けるわけには行かないと由美子は感じた様子で、話題を変えるように朗らかな調子で語りかけて
います。視線を落としていた男性が顔を上げ、ほっとした様子を見せ、まるで子供のように微笑
んでいます。そして恥ずかしそうなそぶりを見せているのです。おそらくここ数日、男性は笑顔
とは無縁の日々を送っていたと思われます。笑みを浮かべることが出来た自身の変化に男性自身
が驚いている様子なのです。

男性の笑みを由美子は綺麗だと思いました。何故だか胸が締め付けられるような気分になってい
たのです。こんな時、女は恋に落ちるのだろうと由美子は他人事のように自身の身体の中に起き
た感情の漣を見つめていました。

男性の手を取ったまま、由美子が立ち上がりました。男性も立ち上がりました。160センチほ
どの由美子の身長では男の肩までしか届きません。

二人は肩を並べてゆっくり歩き始めました。さすがに男の手をとった由美子の手は解かれていま
す。それでもほとんど身体が触れるばかりに近づいてゆっくりと歩いているのです。二人の間に
言葉はありません、それでも二人は互いの胸の鼓動をはっきり感じ取っていたのです。二人の歩
む前方に泉の荘のレンガの赤い壁が見えます。


[5] 二丁目、フォレスト・サイド・ハウスの住人たち(5)  鶴岡次郎 :2013/02/11 (月) 13:00 ID:tDlXuN.g No.2317
「由美子さん・・、いらっしゃい・・・
アラ・・、そちらは・・・」

噂の男性を連れて現われた由美子を見て、愛は眼を丸くしていました。

「池の側で偶然お会いしたの・・、
何か暖かい飲み物でもと思って、お誘いしたのよ・・」

「・・・・・・」

口には出しませんが、由美子の男狩りの素早さに愛はいまさらながらのように驚いていたのです。
そして、近くで見ると佐原の男振りはより際立っているのです。突然現われた噂の男性を目の前
にして、軽い途惑いとそのイケ面をまじかに見たときめきで胸を弾ませながら愛はその男性を
じっと見つめていました。そんな愛の様子を由美子が笑って見ています。

「愛さん・・、見惚れていないで・・、
ほら・・、奥へご案内したら・・・、フフ・・・・」

「エッ・・、アラ・・、そうね・・」

すこしあわてながら、それでも愛想良く二人を玄関から招じ入れ、売店とはカーテン一枚でしき
られた管理人夫妻の居間に案内したのです。

売店の店番を一郎に任せた愛と由美子が管理人室の居間で、男性と向かい合って座っています。
6畳ほどの広さですから、三人はほとんど手の届くほどの距離に車座で座っているのです。三人
の前には一郎が店の売り物だと断って差し入れた温かい缶コーヒーが置いてあります。

男性は佐原靖男と名乗り、大手生命保険会社の役員をしていると言いました。50歳を越えてい
るはずですが、中年太りとは無縁の、スレンダーな体つきで身長が180センチ近く、その上、
由美子と愛が一目で関心を示すほどのイケ面です。黒縁のメガネが彼の知性を強調しています。

公園を挟んで泉の荘とは対面の位置に、都心に向かう地下鉄の駅に近いところにある、このあた
りでは最上級の高級マンションで、フォレスト・サイド・ハウス、通称FSハウスと呼ばれてい
るビルが建っています。男性はそのマンションに住んでいると言いました。目と鼻の先に公園は
あるのですが、休日はゴルフや会社の付き合いで忙しくて、それまで公園に来ることはあまりな
く、勿論売店に寄ったこともないといいました。

佐原が大手保険会社の役員であることを知っても、由美子も愛も驚きません。彼の様子や、仕草
からある程度社会的に高い地位を持った男性だと想像していたのです。そして、イケ面であるこ
とが女達を和ませ、なにやら華やいだ雰囲気を醸し出しているのです。

「妻が・・、
幸恵と言い、私とは6歳、年下で、ことし45になります・・、子供はいません。
実は・・・、先日彼女が書置きを残して家を出て行きました。

普段着のまま、荷物らしい物は一切持たず、それこそ身一つで出て行きました。
妻はそれまでそれらしい様子を一切見せていませんでした。
勿論、妻からそんな仕打ちを受ける心当たりは私自身には思いも付きません。
もう・・、彼女が居なくなってから、今日で4日経ちます。

書置きには失踪の理由は何も書かれていませんでした。
ただ・・、『探してくれるな・・』とだけ言い残していました」

缶コーヒをおいしそうに一息で飲み干した佐原が、口を開き、前ぶれなく核心に触れてきました。


由美子に声を掛けられ、彼女と過ごしたわずかな間に、佐原は由美子に心を許し、彼女に縋りた
い気持ちを持つようになっていたのです。男と女・・、いやメスとオスの感性が呼応して10数
年以上付き合いのある親友の間に存在するような感情が一瞬の間に二人の間に芽生えていたので
す。


泉の森荘に案内され、美津崎管理人夫妻に紹介され、佐原は一目で美津崎夫妻の人柄を見抜きま
した。由美子と美津崎夫妻になら全てを話しても良い、いや、全てを聞いて欲しいと思うように
なっていたのです。それで、誰にも話していない妻失踪の経緯を二人の女を前にして話し始めて
いるのです。


[6] 二丁目、フォレスト・サイド・ハウスの住人たち(6)  鶴岡次郎 :2013/02/12 (火) 13:48 ID:7MHIpOi6 No.2318
「心当たりを探しまわりました。学生時代の友人、実家、親戚などあらゆる伝を求めて連絡を取り
ました。彼女は一人娘で、両親は既に亡くなり、彼女の父親はいわゆる転勤族で、彼女には故郷と
呼べる地が無いのです。実家のある福岡は父親の最期の勤務地で、親類縁者はその地にはいないの
です。それだけに彼女が駆け込む先は限られていると思いました。直ぐに見つかると最初は高を
括っていたのです。

しかし、結局、それらしい彼女の影さえ掴むことができませんでした。勿論、問い合わせた時は
彼女の失踪は伏せておきました。彼女が失踪した件は私以外誰も知りません。お二人にお話しす
るのが初めてです・・・」

佐原は感情を乱すことなく苦しいはずの話を淡々と語っています。その平静な様子を見て、それ
だけによけい、佐原の悲痛な思いを二人の女は的確に理解していました。

「二日ほど探し回って、幸恵の姿どころか影さえつかめないことが判り、ようやく、私はことの
重大さを悟りました。単純な家出ではないと悟りました。私が持っている手がかりでは幸恵を絶
対見つけることは出来ないと気がつきました。幸恵はわたしの手の内から完全に逃げたのだと思
い知らされました。それが判ると、もう・・、彼女を探す気力を完全に失いました・・・」

佐原は由美子達の前であることを忘れたようにがっくりと首をうな垂れ、今にも涙を落としそう
な素振りなのです。二人きりであれば、由美子は迷わず彼を抱きしめたでしょう。それほど佐原
は落ち込んだ様子を見せているのです。

「少し冷静になって考えると、『探してくれるな・・』と、幸恵が書置きして言った言葉に込め
られている本当の意味がようやく判りました。

彼女は私から逃げ出したのです。私の目の届かない所へ行ってしまったのです・・・。

多分・・・、幸恵を戻ってこないでしょう・・。
いえ、それどころか、私は生涯、彼女に会えないとあきらめているのです・・」

最期の言葉を吐き出し、佐原は視線を畳の上に落しました。全ての手を尽くして途方にくれ、打
つ手もなく、かと言って憂さを晴らす手段も知らない佐原は、仕事人間の彼としては珍しいこと
ですが勤めを休み公園に来て、終日ただぼんやり時が過ぎるのに身を任せていたのです。そんな
佐原の姿を由美子と愛が偶然見ていたのです。

「佐原さん・・、誰にもお話しになっていない苦しみを、私どもに話していただいたことに感謝
します。それほどまでに私どもを信頼していただけたことに、先ず、お礼申し上げます・・。
ところで、お話を伺っていて一つ、気になったことがあります。立ち入ったことですがお伺いし
てもいいでしょうか・・・」

何事にも控えめな愛が由美子より先に発言しました。由美子とそしてカーテンの向こうで話を聞
いている美津崎一郎がビックリしています。みんなから注目されて、初めてでしゃばった行動に
出たことを悟ったようで、愛が少しはにかんだ様子を見せています。

「奥様は身一つで出て行かれたとのこと・・・、
今頃、住むところは勿論、食べることさえ不自由されているのではと・・、
とっても心配になります・・。
奥様はお金を多少は持ち出されているのですか・・・?」

ハッとした表情で由美子と佐原が愛を見つめました。そして、カーテンの向うで店番をしながら、
こちらの話に聞き耳を立てている一郎はこわばった表情で、一人頷いています。愛が何故そんな
発言をしたか、何故お金のことを真っ先に問題にしたか、一郎には彼女の心の動きが良く理解出
来ているのです。


[7] 二丁目、フォレスト・サイド・ハウスの住人たち  鶴岡次郎 :2013/02/14 (木) 11:51 ID:Q4Naw9bY No.2321
「数年前、妻は両親からかなりの財産を相続して、これからの生活には困らないだけのものを妻
名義で所有しております。私が居なくても経済的には妻は困らないのです・・」

「そうでしたか・・・、
ご両親から財産を相続されているのですか・・・。
経済的制約がないとなると、私どものようにその日の暮らしに困ることもなく、奥様は自由に行
動できますね・・、それを聞いて少し安心しました・・・」

ほっとしたような様子を見せて、笑みさえ浮かべて、愛が言いました。そして、目の前に居る佐
原に気がつき、慌てています。

「ああ・・、スミマセン・・・、
私としたことが・・、佐原さんのお気持ちを考えずに・・・」

愛が慌てて頭を下げています。佐原が右手を振って笑みを浮かべています。

「いえ、いえ、妻のことをそんなに気にかけていただきありがとうございます。
奥様にそのことを指摘されて、妻も苦しんでいるはずだと初めて気がつきました。
自分のことばかりを考えていた私自身を恥じています。
もっと妻の身を案じてやるべきでした・・・」

「実は・・、私と夫はある事情があって、それまでの比較的安定した生活を捨て、住み慣れた土
地を捨て、身一つで逃げ出し、それこそ日々の食事も事欠く生活をしながら全国をさ迷い歩いて、
この町へ流れてきて、親切な方にめぐり会えて、このアパートの管理人の仕事を与えていただき、
世間から身を隠すようにして暮らしております。
そんな事情がありますから、佐原さんの話を聞いていて、身一つで家出をされた奥様のことが他
人事とは思えない気持ちになり、それでつい、気になることを口に出してしまいました・・」

「そうですか、どんな事情があるのかわかりませんが、まだお若いし、そう言っては失礼ですが、
ただの管理人さんご夫妻ではない気がしておりました・・」

佐原が笑みを浮かべて愛に答えています。

「奥様のご指摘で私は更に深刻な事実に気がつきました。先ほど申し上げたように、私の収入を
当てにしないで、妻は一人で生活できるだけのものを持っています。だから、どこかに隠れて暮
らすにしても、経済的にはそれほど不自由はしていないと思います。

そうなると・・、彼女を探し出し、無理やり連れて帰る道は完全に閉ざされたことになります。
彼女がその気にならない限り、私どもは元の生活に戻れないのですね・・・」

佐原が沈んだ声でつぶやきました。佐原がいう通りなので、愛も、由美子も答える言葉を持ちま
せんでした。余計のことを言ってしまったと愛はすっかりしょげ返っています。

一方由美子は佐原の話を聞いていて、ある疑問が浮かんでいるのですが、それは彼女の中で十分
確信を持つまでになっていないのです。それでも、由美子その内容を彼に告げることにしました。


[8] 二丁目、フォレスト・サイド・ハウスの住人たち(8)  鶴岡次郎 :2013/02/18 (月) 11:11 ID:F9VE2n/. No.2322
すっかり気を落としてうな垂れている佐原を目の前にして、由美子は決意を固めていました。

〈私の考えが間違っているかもしれないけれど・・・、
落ち込んでいる佐原さんを元気付けることが出来るのは私しか居ない・・・〉

固い決意を表に出して、顔を上げ、由美子は佐原をにらみ付けるように見ました。

「佐原さん・・、あなたは少し間違っていると思います。
奥様の残された書置きを誤解なさっていると思います。

『・・探してくれるな・・』と奥様はおしゃっていましたね・・、
佐原さんは、その言葉を決別のメッセージだと受け止めているようですが・・、
私は少し違うと思います・・・」

由美子がゆっくりと、言葉を選びながら語っています。佐原が黙って由美子を見つめています。
端麗な男の視線を真正面から受けて、さすがの由美子も少し頬を染めて、恥らいながら次の言葉
を出しました。

「私には・・・・、
奥様が『・・探し出して欲しい・・』とおっしゃっているように思えます。

本気で探し出してほしくなければ、『好きな人が出来た』とか、『あなたと暮らすことに疲れた』
とか、女は決定的な決別の言葉を吐くか、そうでなければ、黙って出て行くものです。

『・・探さないで欲しい・・』と訴えているのは・・、
佐原さんに助けを求めているのだと私は思います・・」

佐原が驚きの表情を隠さないで由美子を見つめています。愛が何度も頷き、由美子の解釈を支持
しています。愛の様子を見て自分の考えに少し弱気だった由美子が嬉しそうな表情を浮かべてい
ます。

「そう考えると奥様の失踪の理由(わけ)もおのずと違ってきます。奥様は自ら望んで家を出て
行ったとは思えません。ご自身ではどうすることも出来ない事情で佐原さんから離れることに
なったのだと思います。多分奥様は佐原さんに探し出して欲しいと、今こうしている時もどこか
で佐原さんに呼びかけていると思います・・・・・。

戻るに戻れない状況下に置かれているか・・、
あるいはある事情から奥様が自分自身を戒めて、戻ることにためらいを見せいるのかもしれません」

佐原が驚きながら、それでも沸きあがる喜びを押えることが出来ない表情を浮かべて、由美子を
見ています。愛は何度も頷き、由美子の説を肯定しています。カーテンの向うで、一郎が難しい
表情を浮かべています。由美子の説明を全面的に受け入れているわけではないようですが、かと
いって由美子が間違っているとは思っていない様子です。。

「驚きました・・・・、
そんな風に一度も考えることが出来ませんでした・・・。
由美子さんのおっしゃることが本当なら、どんなに嬉しいか・・・。

いや・・、
由美子さんの言葉を私は全面的に信用すべきなんですね・・・」

「そうです・・、おっしゃるとおりです・・・。
もっと言えば、私のような者の言葉を信用することでなく、
奥様を愛していらっしゃるご自分自身をもっと信じてほしいのです・・・。
佐原さんほどの方から、それほどまでに愛されている女が簡単に失踪しません・・・。

ご自分に恥じることが何もなければ、
奥様を愛している気持ちに偽りが無ければ・・、
もっと強気でどっしりと構えていて欲しいのです・・・。
きっと奥様は佐原さんのところへ戻ってきます・・

ああ・・・、私・・、無責任なことを口走ってしまいました・・・。
ゴメンナサイ・・・、このままだと、佐原さんがあまり可愛そうだから・・・」

「・・・・・・・」


知らない間に、幸恵の立場に由美子自身を置いていて、佐原ほどの男を捨てた幸恵の気持ちへの
不満が高じて、言わなくてもいいことを言ってしまったと、由美子は唇を噛み締めていました。

佐原は黙って、じっと由美子を見つめていました。(1)


[9] 二丁目、フォレスト・サイド・ハウスの住人たち(9)  鶴岡次郎 :2013/02/19 (火) 15:18 ID:4XPaXLik No.2323
2322(1)

由美子の情熱的な言葉を聞いて佐原は当惑と、それを越える感動を噛み締めていました。今日
会ったばかりの男の言葉を全て信じて、ためらいもなく女心の優しさを全開にして、女の情(な
さけ)を惜しげもなく由美子は降り注でいるのです。確かに、イケ面の佐原ですから、これまで
何人もの女から言い寄られたことがあります、しかしここで由美子に惚れられていると自惚れる
ほど佐原はバカではありませんでした。何が由美子をこれほどまでに動かしているのか佐原には
判りませんでした。

佐原は勿論由美子のことを良く知りません、もし、由美子を良く知っている彼女の夫や、情夫で
あるUがこの様子を見ていれば、「・・また始まったか・・」と苦笑いするはずです。貧富の区
別なく、老若・容姿を問わず、こよなく男性を愛し、男の喜ぶ顔を見るのが生きがいだと思って
いる由美子です。落ち込んでいる男を見れば、優しい言葉で励まし、時にはそのすばらしい肉体
を与えて、これまで何度となく由美子は男達を立ち直らせてきたのです。今回は、女から見て完
璧に近い男、佐原が相手ですから、由美子の優しさは最高調に弾けているのです。

由美子のやさしさ、彼女の励ましをしっかり受け止めながら、佐原の中で心の葛藤が渦巻いてい
ました。由美子の優しさを素直に受け入れることが、今の佐原には出来ないのです。

「・・・ご自分に恥じることが何もなければ、
奥様を愛している気持ちに偽りが無ければ・・」

先ほど、由美子は佐原にそう言いました。その言葉に佐原は動揺していました。幸恵が失踪した
理由に心当たりがないと言い切っている佐原ですが、もしそのことを幸恵が知れば、彼女が逃げ
出す可能性がある秘密を佐原は抱えているのです。他人には口が裂けてもそのことは言えないと
佐原は思っているのですが、由美子の優しさに接する内に、佐原の中で何かがゆっくり溶けてい
ました。

〈由美子さんなら・・・、この人なら・・・、あのことを・・・、
話せるかもしれない・・、話を聞いてもらえるかもしれない・・・〉

ここで何もかも由美子に告げることが出来ればどんなに気が楽になるかと、一瞬、彼の中で気持
ちが動いたのです。しかし、かろうじて佐原はその気持ちを止めました。おそらく由美子と二人
きりであれば、佐原は何もかも由美子に話したと思います。管理人夫妻の存在が佐原を思い止ま
らせたのです。

それでも、由美子の励ましを受け、佐原の中で何かが奮い立ったようです。それまで背中を曲げ、
気落ちした様子を見せていた佐原が背中をしゃんと伸ばし、二人の女を真正面から見つめ、笑み
を浮べながら、話し始めました。(1)



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・ご夫婦、カップルの方に限り、交際BBSと組み合わせてご利用いただく場合は、全く問題ありませんのでドンドンご利用ください。
・なお、交際専用BBSにスレッドを作成できるのはご夫婦、カップルの方のみですのでご注意ください。
・お手数ですが、交際専用BBSと画像掲示板とを組み合わせてご利用いただく場合は、必ずその旨を明記してください。
 【例】「交際BBS(東・西)で募集している〇〇です」、または「募集板(東・西)の No.****** で募集している〇〇です」など。
・上記のような一文を入れていただきますと、管理人が間違ってスレッドを削除してしまうことが無くなります。
・万一、上記内容に違反するような投稿をされた場合は、妻と勃起した男達の各コーナーのご利用を制限させて頂きますでご注意ください。
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