フォレストサイドハウス(その26)
20 フォレストサイドハウス(その26)
鶴岡次郎
2020/09/02 (水) 12:05
No.3285
勝手の判らない風俗の店を訪れ、それまでその種の人種には会ったことがない安田が、妻を転落させ
た張本人である、その道の達人佐王子と面談しているのです。緊張がないと言えば嘘になります。そ
の緊張に堪えて安田太郎はここまで気を張って来たのです。しかし、ここへ来て、郁子転落の経緯を
教えられ、安田の張りつめた気持ちは一気に崩れているのです。

「佐王子さんの面談して・・、
事と次第では何らかの手を打つと覚悟を決めて、
この店にやってきました・・」

「怖い顔をしていましたよ・・・、
あの時は・・、
力ではとてもかなわないと判っていましたから・・、
もしもその時がくれば・・、
確実にやられると覚悟を決めていました・・。
ハハ・・・・」

佐王子が笑いながら頷いています。

「佐王子さんのお話をうかがい、良く判りました・・。
あの商売に入ったのは郁子の自発的意志であり、
決して強制されたものではないと判断できました。
実はそのことを一番恐れていたのですが、
不安が見事的中しました・・・」

安田が冷静に語っています。

「今、思うと・・・
あの時・・、佐王子さんと出会った時・・・、
郁子は私との結婚生活を捨てる覚悟を固めていたのだと思います…
佐王子さんに会って、いろいろお話をうかがい・・、
離婚を踏みとどまったのだと思います…
佐王子さんのおかげで離婚の道以外が見つかったのだと思います・・・」

「・・・・・・・」

否定も肯定もしないで、佐王子は黙って聞いています。

「そこまで自分の気持ちを追い詰めていたなんて…
私は何も知らなかった・・・・」

語りながら、突然、頬に涙を流しています。無理に笑みを浮かべて、安田太郎は話を続けようとして
います。佐王子が黙ってティッシュ・ボックスを差し出しています。

「佐王子さんの話を聞いて・・
思い切って売春家業の世界へ入るのも一つの道だと気がついたのだと思います。
不妊を苦にして、主婦の生活を捨てると決めていた郁子は・・
別の世界で生きることに気持ちの逃げ道を見つけたのかもしれません。
砂を噛むような結婚生活を続けながら、
別の世界を覗くのも面白いかもと思ったのかもしれません‥」

「・・・・・・・」

佐王子が黙って頷いています。

「私がすべての事情を知っていることを郁子が知れば・・、
おそらく、郁子の暴走は止まるでしょう…
しかし、そうなれば・・・、
おそらく・・・・
郁子は生きてはいないでしょう‥‥」

「・・・・・・」

安田の不安な言葉を佐王子が無言で肯定しています。