フォレストサイドハウス(その26)
17 フォレストサイドハウス(その26)
鶴岡次郎
2020/08/18 (火) 10:57
No.3282
「私のような人間が正直に告白するといっても・・、
とても信用できないと思いになるでしょう・・・、
・・が・・、
これでも、この道では苦労を重ねて、一応の成功を収めた男です。
安田さんのお人柄に惚れこんで、全てを告白する気になりました。
ご信頼を裏切るようなことはしません…」

「・・・・・・」

安田太郎が神妙な表情を浮かべ、無言で深く頭を下げています。佐王子が満足そうに頷いて、冷めた
コーヒーを口に入れ顔をしかめています。

「ああ・・、すっかり冷めましたね…、
熱いのを今すぐ用意します…」

言葉が終わらない内にソファーから立ち上がり、ガラス衝立で覆われた、店長室の片隅にある湯沸か
し場に向かっています。どうやらここでは店長自らコーヒーを沸かして飲んでいる様子です。

「奥様との出会いは一年ほど前になります‥‥」

衝立の向こうで、コーヒーの支度をしながら佐王子が語り始めました。

「お宅の近くでの仕事が終わり、昼下がりの陽気に誘われて・・・、
マンションの前の公園へふらりと入っていった時です、
一人・・、きれいなご婦人がベンチでうなだれて座っていました・・」

安田郁子が売春稼業に入った経緯を佐王子は語るつもりのようです。安田太郎が緊張した表情で聞き
耳を立てています。衝立の向こうでガチャガチャと音を立てながら佐王子はゆっくりと語っていま
す。

「あまりに堕ちこんだ様子だったので・・、
心配になり・・・、
思い切って声を掛けました・・・、
変なおっさんから声を掛けられて、最初は警戒していましたが、
そこを商売柄、ご婦人に取り入る術を身に着けていますので、
難なく奥さんと親しく話す仲になりました。
そして、時間をかけて奥様の悩みを聞きだしたのです・・」

熱いコーヒーをお盆にのせて佐王子がソファーに戻ってきて、コーヒーを太郎に勧めました。

「奥様は大きな悩みを抱えていて・・、
誰に相談することもできないで、ほとんど絶望的になっておられました・・・」

安田太郎の表情をうかがいながら、佐王子はいく分楽しそうに語っています。

「一年前と言えば…、
ああ・・、そうですか…、
あの頃のことですね・・・、
私達にとっては最悪の危機が訪れた時でした・・・・
・・・で、郁子は佐王子さんにそのことを本当に話したのですか‥
とても信じられないですね…・」

何かに気づいた様子を安田太郎はその表情に浮かべています。それでも初めて出会った得体の知れな
い男に夫婦の秘密を郁子がしゃべるはずがないと思っている様子です。

「ご主人が疑われるのは当然です‥。
しかし、奥様がすべてを私に告白されたのは事実です‥」

「そうですか‥」

「歳も離れていますし、
名前も知らない、得体の知れない男が相手ですから‥
奥様はかえって話し易かったのだと思います…、
ご夫婦の最大の秘密までを私にすべて話してくださいました。
私はただ黙って聞き役を演じ切りました・・・」

「郁子は・・、
不妊のことを佐王子さんに話したのですね‥」

「・・・・・・・」

佐王子が黙って頷いています。