フォレストサイドハウス(その26)
15 フォレストサイドハウス(その26)
鶴岡次郎
2020/07/16 (木) 15:46
No.3279
約束した土曜日、安田太郎がY市にある佐王子の店にやってきました。指定された午後二時の面会時
間の30分前に太郎は店の前に着きました。この種の店に来るのは彼にとって初めての経験です。少
しためらった後、店の入り口に立っている制服姿の若い男性店員に名乗り、佐王子に会いたいと伝え
ました。あらかじめ指示を受けている様子で若い店員は愛想よく太郎を先導して、入り口に近い店長
室に案内しました。

天井近くの窓から陽光が入って室内は明るい雰囲気です。そして、それなりに整頓されていて、薄暗
い、何やら怪しい雰囲気の部屋を想像していた太郎には予想外の光景でした。

12畳ほどの部屋に入ると隅にあるデスクで書類を読んでいた佐王子が老眼鏡を外して、笑みを浮か
べて立ちあがりました。ビデオで見るよりやや歳を感じる風情です。

「この種の店へいらっしゃるのは初めてでしょう…、
どうですか、何やら怪しい雰囲気でしょう…」

「いえ、いえ・・、怪しいなんて…
お恥ずかしながら、入店するのは初めてには違いありませんが・・・、
ここは会社の役員室と変わりありません…」

「ハハ・・・・、
役員室ですか…
もっとも、役員は私一人ですから、
ここが役員室であることは間違いありませんが・・・」

笑い合いながら軽い調子で初対面の挨拶を交わしています。そして互いに相手の能力を探り合ってい
るのです。

完全に感情を制御して平然と佐王子に向き合っている安田太郎を見て、思った通り、若いに似合わ
ず、なかなかの人物だと佐王子は感じ取っています。一方、太朗は佐王子を見て、ビデオで見たより
年老いた感じを受けているのですが、体の線がしっかりしていて、動きにスキがないのを素早く感知
して、秘めた格闘能力は並みでないと彼の戦闘能力を再認識しているのです。

簡単な挨拶の後、太朗は一気に彼の言い分を吐き出しました。自宅にビデオカメラを仕掛け、郁子の
乱れた男出入りの証拠をつかみ、自宅売春の疑いを持つに至ったことを告げました。

佐王子は黙って聞いていました。太郎は極力感情を抑えたつもりなのですが、その口調はかなりきつ
いものになっていました。太郎が語り始めた最初の内は、佐王子はかなり緊張した様子でしたが、太
朗の説明が終わる頃には落ち着いた様子で、太朗の話が終わる頃には笑みさえ浮かべているのです。

「ビデオを見て、奥様の裏稼業を探り当て、
黒幕は私らしいと的を絞ったのですね…。
普通の男ならビデオを証拠にして奥様を責め抜くものですが・・、
安田さんはその方法をとらなかった・・・、
それどころか、奥さんには何も言っていない…。
おそらく探偵社に依頼して、密かに私を調査したのでしょう‥、
間違っていますか・・・」

笑みを浮かべて佐王子が安田太郎に質問しています。

「ご指摘のように探偵社へ依頼し、佐王子さんを探りました。
すぐにこの店のことが判り、都内のお住まいも判りました。
探偵社はさらなる調査を進めるよう言ったのですが、断りました。
佐王子さんのことを詳しく調査するのが目的ではなかったからです‥」

太朗の説明に佐王子が頷いています。

「私の身元が分かったからには、
それ以上の調査を他人に依頼する必要はない、
私と直談判して、
自分で問題解決するつもりになられたのですね・・」

「・・・・・・・・」

佐王子の質問に安田が頷いています。