フォレストサイドハウス(その26)
13 フォレストサイドハウス(その26)
鶴岡次郎
2020/06/18 (木) 16:27
No.3277
「そうです。
安田郁子の夫です…」

「・・・・・・・・」

太朗が名乗っているのに、相手は黙っています。太郎が要件をしゃべり出すのを促している沈黙で
す。

「妻と佐王子さんの関係を最近知りました。
どうしていいか判らないほどびっくりしました。
それで、一度お会いして色々お話をしたいのですが・・・
時間をとっていただけませんか・・・・
勿論、私一人で出かけるつもりです・・・」

素人でなく、闇の世界に生きていると思える男を相手にして、遠回りした交渉手段をとらず、一対一
で面談すると言う直球勝負に出たのです。並みの男にはできないことです。いざとなれば、むざむざ
と負けないと思えるまでに、体力と腕に自信があるせいだと思います。

「そうですか・・、
私達の関係をお知りになったのですか…
それで電話をして来られた・・・・
どうやら・・、
私の素性も、居所もすでに調査済みのようですね…」

「ハイ・・・・・・・」

「私の素性が判った上で・・・、
私と一対一で会談したいとおっしゃるのですね…
さて・・、
どうしたものでしょうか・・・・」

佐王子は少し考えている様子です。わずか一分ほどですが沈黙が続きました。太郎にはその沈黙が永
遠に続くかと思えるほど長いものに感じられました。それでも不用意な発言をしないで太朗はじっと
待ち続けました。ここで焦ったり、怒りをぶつけたりしては彼との勝負は負けだと太郎には判ってい
たのです。

「お話の趣旨は良く判りました。
私も郁子さんのご主人にお会いしたい気持ちになりました。
お勤めの安田さんには土日のお休みが、都合が良いですね…
勿論私たちは土日も休まず、年中無休で店を開いていますが・・・、
ハハ・・・、余計なお話でしたね…・」

「・・・・・・」

「次の土曜日の午後2時からなら空いています。
場所は・・・、安田さんさえ、よろしかったら・・
汚いところですが、店の事務所を使いましょうか・・
誰も居ないので、気軽に話し合えると思います…」

「時間と場所はそれで結構です‥」

「そうですか・・、
それでは・・、土曜日・・」

「あの‥・・、
お願いがあるのですが・・・」

「ハイ・・、
何でしょう‥」

落ち着いた声で、丁寧に佐王子が答えました。太郎に好意を持ち始めているのかもしれません。