フォレストサイドハウス(その25)
21 フォレストサイドハウス(その25)
鶴岡次郎
2020/01/25 (土) 14:02
No.3259

沙織がお店に勤め始めて3ケ月経ったある日の午後、店が一番暇な時間帯を見計らって沙織と彼女の
夫、金倉道夫の二人が佐王子を訪ねてきました。金倉道夫は同期のトップを切って、本省の課長に出
世しています。その忙しい中、休暇をとって佐王子を訪ねてきたのです。

雑然とした店長室兼応接間に入ると、店長の佐王子と、彼の右腕である副店長の桜井進、そして、ベ
テランソープ嬢の佳代が何事か仕事の話をしている最中でした。来客を見て桜井と佳代が席から離れ
ようとした時、佐王子が引き留めました。面会を求めてきた沙織の用件は未だ聞いていないのです
が、佐王子には十分に彼らの訪問目的が予想できたので、二人を引き留めたのです。もちろん沙織も
反対しません。

「本日はお忙しいところお時間をとっていただきお礼申し上げます。
お願いしたいことがあり、主人共々参りました・・
桜井チーフ、佳代姐さんにもご同席願えて喜んでおります・・」

深々と沙織と金倉が頭を下げております。

「お世話になっておりながら・・
今日まで挨拶が遅れました・・・、
沙織の夫、金倉道夫でございます…
皆様にお世話になっていることは沙織からよく聞かされております‥」

佐王子と金倉道夫は何度か会ったことがあるのですが、桜井と佳代は金倉とは初対面です。

「ご丁寧なごあいさつ恐れ入ります、副店長をやっております桜井です」

「沙織さんの仲間の、佳代と申します‥」

桜井と佳代が少し緊張しながら挨拶をしています。二人にとって、店でお客以外の人物に出会うのは
初めてのことなのです。場違いなところで丁寧な挨拶を受け慌てながら頭を下げている二人を見て、
笑いながら佐王子が口を開きました。

「面白いね・・、
この商売は長いが・・・、
このような光景を見たのは初めてだよ・・・
実に面白い…
アッ・・、こんなこと言ってまずかったかな・・・・」

何か面白い現象を見つけて、そのことをみんなに知らせたくて、がまんできなくて、口を開いた感じ
です。仲間同士であればそのまま話を続けたはずですが、金倉が居ることにその時になって気がつい
たのです。

「ああ・・、私としたことが・・、
お客様の前で・・・
うっかり、口が滑りました・・・・
今言いかけた私の言葉は忘れてください…」

失言に気がつき、その先が続けられなくなり、口をつぐんでいます。

「いいんですよ・・、
気にしないでください…。
遠慮なく言ってください・・・、
その方が、気が楽ですから‥
ハハ・・・・」

金倉が面白そうに笑っています。さすがに頭の回転が速い金倉です、佐王子が口をつぐんだその先を
的確に読んでいる様子です。

「いや、いや・・、
金倉さんにはかないませんね・・、
私の失言を見抜かれてしまいましたね‥‥。
ハハ・・・・」

ここまで来ても、沙織と佳代は佐王子と金倉が笑い合っている内容が良く理解できない様子です。曖
昧な笑みを浮かべて佐王子に問いかける表情を浮かべています。