フォレストサイドハウスの住人達(その23)
14 フォレストサイドハウスの住人達(その23)(747)
鶴岡次郎
2018/12/06 (木) 13:08
No.3188
それから一年近く経ちました。夏樹はほとんど家に居つきません。海外出張の無い時でも、研究所に
泊まり込み、何日も帰ってこないのです。たまに家に戻ってくると、何時間も死んだように眠るので
す。咲江は勿論、子供たちも夏樹のそんな生活に慣れて、今ではほとんど彼のいないことを寂しがる
ことがなくなりました。それでも、たまに家に戻って、優しい夫、パパの態度を見せると咲江も、子
供たちもすぐにペースを取り戻し、夏樹に絡みつくのです。

村上はほとんど同居人のように坂上家に入りびたりです。近所には咲江の母方の親戚と言うことにし
ています。さすがに夫婦の寝室は使いませんが、村上にあてがわれた客間にダブルベッドが搬入され
て、咲江と村上はほとんど夫婦と同じような生活を送っています。当然のことながら、夏樹より村上
に抱かれる回数が圧倒的に多いのです。子供たちも「銀座のオジサン」と呼んで彼に慣れ親しみ、一
緒にゲームをしたり、休日、遊園地に遊びに出かけたりするのです。


秋が深まる頃、咲江と村上は遅い昼食を事務所近くの大衆レストランで取っていました。昼時を
とっくに過ぎているので、お客は咲江たちと店の奥に3人ずれの男性客が居る限りです。

「出来ちゃったみたい…」

「エッ‥、何が…」

「だから・・、
月経が遅れているの…」

「赤ちゃんか…・・」

「・・・・・・・・」

咲江が黙って頷いています。


基本、村上はコンドームなどの避妊具を使わないで精液排出のコントロールで避妊する方法をとって
います。これまでも、たくさんの女と接してきてそれで成功してきているのです。そんなはずがない
と言いたいのですが、その主張を裏付けるものは今までの実績のみで、これと言う証拠はないので
す、何とも頼りにならないことです。

「それで・・、何ケ月だ…」

「最後の月経があってから二ヶ月近く経っている・・」

「エッ‥そんなに経っているのか・・、
何故、もっと早く言わない‥」

「だって・・、
そんなはずがないと油断していたから・・・
遅れていると思っていた・・」

「病院へは行っていないのだね」

「うん・・、でも・・、
市販の試薬で確かめたら、赤だった・・」

妊娠の可能性が高いと言わざるを得ません。

「・・・で、ご主人には、このことは・・・?」

「彼・・、
昨日アメリカに発ったわ・・、
心配するといけないから、未だ知らせていない・・・
病院で検査を受けて、明確になれば連絡する・・・」

「・・・で、
どっちなんだ‥」

「判らない…、
どちらも可能性がある・・・」

村上も坂上も父親の可能性があると咲江は言っているのです。村上の驚きに比べて、咲江はいたって
落ち着いています。

「とにかく、今日は早く帰って・・、
今日か、明日にでも、病院で検査を受けることだな、
必要なら、俺が付いて行ってもいいが・・」

少しうろたえ気味の村上が口早に言っています。60近くなって、おそらくは人生初めての経験です
から、うろたえるのは理解できます。

「ひとりで行けます‥、
安静にするようにと言われたら、
少し迷惑をかけることになります」

「会社の方は心配するな‥、
何とか考える‥」

今や優秀な会計担当の咲江が欠けると会社にとっては大打撃なのですが、この際、そんなことを口に
することは勿論できません。