フォレストサイドハウスの住人達(その21)(674)
47 フォレストサイドハウスの住人達(その21)(719)
鶴岡次郎
2018/08/08 (水) 17:38
No.3154

放心状態で咲江はソファーに腰を下ろしていました。先ほど起きた事態の展開が信じられない気持ち
なのです。昨夜、閨での嘘の告白を信じて夫は村上の事務所に勤務することを認めてくれたのです。
夫を裏切っている身としては村上と会うことに不安はあったのです、それでも、咲江の嘘を村上も守
り切ってくれると信じて、事務所を訪問したのです。

しかし、夫、坂上の対応に感動した村上は、咲江の嘘を守りとおすことを潔しとしないで、一年間の
不倫関係を告白してしまったのです。これで全て終わった、悪くても離婚は避けられないと覚悟を決
めたのです。親権を失うこともありうると思いました、せめて子供と面会できる道だけは残しておき
たいと咲江は思っていたのです。

夫はすべてを水に流してくれて、村上と関係を続けることさえ認めてくれたのです。咲江はこの瞬間
でも信じられない気持ちでいっぱいなのです。それでも、湧き上がる喜びを咲江は抑えることが出来
ませんでした。不倫の関係を続けることは精神へのダメージが大きいのです。これからは、こそこそ
隠れて会わなくてもいいし、会った後必ず襲ってくる、あの絶望的な自己嫌悪感、罪悪感にさいなま
れることがなくなるのです。

「ああ・・、私は解放された…て、感じね…
この事務所に村上さんと二人きりで居ても、誰も咎めないのね‥。
ああ・・、自由なんだ‥」

両手を天井に向けて突き上げ、咲江は興奮してしゃべっています。そんな咲江を、笑みを浮かべて村
上が見ています。村上にとって、こんなに明るい咲江を見るのは初めてのことなのです。

「それにしてもご主人は大物だね・・・、
彼の迫力に圧倒されたよ」

咲江の傍に座った村上が笑みを浮かべたまま、ゆっくりと語りかけました。

「私には・・、もったいない程の人なのよ…」

「奥さんを愛しているんだね…」

「愛されているのは確かだけれど…、
欲を言えば、もっと私に甘えてほしい…」

「贅沢な悩みだね・・・、
立派過ぎて、近寄りがたい気がするんだね…」

「そうかも・・・・・・・」

「まだ若いし・・、才能があり、すべてに恵まれている、
彼・・、挫折を知らずにここまで来たはずだから‥
何かに躓いた時・・、処理に困ることが起きるはず・・。
しかし、人に頼ることを知らない人だから・・
孤高の人になり易いかも・・・・」

「孤高の人・・、上手いことを言うわね・・・、
優しい人だけれど、気がつけば、遠くへ行っていることがある・・。
夫は・・、そうした一面は確かに持っている…
よく知っているはずの夫が・・、
まったく知らない人に思えることがある・・
私…、本当に夫を愛しているのかしら…・
そう思う瞬間があるの……」

村上の言葉に大きく頷きながら、咲江が静かに言葉を出しています。夫を愛することの意味を自分に
問いかけているのかもしれません。