フォレストサイドハウスの住人達(その21)(674)
45 フォレストサイドハウスの住人達(その21)(717)
鶴岡次郎
2018/08/03 (金) 16:31
No.3152
比較すべき対象を知らない間は、いかに夫のモノが大きくとも、「大きい・・」とか、「あなたのモ
ノが一番・・」とかの発想は出ないものです。他の男を知って、初めて客観的に夫のモノが評価でき
るのです。村上との浮気を夫に告白して、一年余に及ぶ罪悪感の縛りから、咲江は解放されたので
す。そこに油断が発生したのです。夫に抱かれて、今までにないほど感じ、禁句を・・、思わず、口
に出してしまったのです。

村上は笑いをかみ殺しています。夫婦の会話に愛情があふれていて、かなり深刻な話にもかかわら
ず、笑いを誘われるのです。それで、思わず口を開きました。

「私のモノは自慢できる寸法ではないですからね・・・、
旦那様の立派で、大きなモノを受け容れた時、
貧弱な私のモノと、つい比較して、
奥さんが失言したのですね・・、
とんだところで、赤恥をかいてしまいました・・、ハハ・・」

夫婦の軽妙な会話を聞いていて、もしかして、いちるいの望みが残されているかもしれないと村上は
思い始めているのです。坂上夏樹は思った以上に大物かもしれないと思い始めているのです。そうで
あれば、その坂上の人柄に掛けてみようと村上は考えたのです。

ここまで悪事がバレてしまえば、もう失うものは何もないと思う気持ちが村上の背中を押しました。
何事か決心を固めた様子で、口を開きました。

「坂上さん・・・、
嫌がる奥様を騙し、脅かし、一年間も旦那様を欺かせました。
男として申し開きが出来ないことをして参りました・・。
それでも、私は胸を張って、申し上げたいのです。
奥様を思う私の気持ちは旦那様にも負けないつもりです・・
とにかく、奥様が好きでたまらないのです。
奥様のためなら、死ねと言われれば、笑って死んで見せます」

ほとんど絶叫するように叫んでいます。50男が二十歳前の青年のように頬を紅潮させて、青っぽい
セリフを叫んでいるのです。その青っぽさが、今の村上に似合っているのです。

坂上が真剣に耳を傾けていますし、咲江に至っては大粒の涙を流しているのです。どうやら今の言葉
で、村上は坂上夫妻の心をつかんだ様子です。

「奥様を私の会社に預けていただく件・・・、
いかがでしょうか・・、
ぜひ・・、実現していただけないでしょうか‥」

「私の気持ちは何も変わっていません・・・。
むしろ、正直にすべてを告白いただいたことで、
村上さんの人柄がよく判り、もっと安心しました。
改めて、申し入れます。
村上さんの会社で妻を雇ってください・・」

「ああ・・・、本当ですか・・、
許可していただけるのですか…」

「よろしくお願い申します‥、
さあ・・、咲江からもお礼を申し上げなさい‥」

「ありがとうございます‥、
総一郎さん・・、いえ・・、社長…、
不束者ですが、一生懸命働きます…
よろしくお願い申します…」

咲江と坂上が立ち上がり、頭を下げています。村上もあわてて立ち上がり、頭を下げています。

「うれしいな・・・、
こんなことが起きるなんて…、
親切は人のためならずと・・、
昔の人が言っていますが、
私の場合はまさに、その通りですね……」

村上は喜びを爆破させているのです。チョッとした親切心から、咲江を助けた、そのことがきっかけ
になり、咲江と関係を持つことになり、今また、一緒に働けることが許されたのです。この先、孤独
な独り暮らしを覚悟していた村上にとっては、願ってもないことなのです。