フォレストサイドハウスの住人達(その20)
46 フォレストサイドハウスの住人達(その20)(670)
鶴岡次郎
2018/03/09 (金) 14:51
No.3098
どうやら・・・、今を盛りに燃え盛る情欲と、なんとか付き合っていこうと咲江は決心した様子で
す。あまりに強い情欲に圧倒されて、自分は異常だと・・、救いようがないと・・、自己放棄さえし
かねない状態だったのです。それが、千春の行状を聞き、千春と比較すれば、自分はまだましだと思
い始めているのです。

「ところで・・・、もう一つの問題…、
村上さんのことだよ・・・、
このことに触れると、咲江は、いつも不機嫌になるけれど…
今日は・・、しっかり聞いてもらうよ…」

「うん・・・」

強い表情を浮かべた千春が語りかけています。神妙な表情を浮かべ咲江が頷いています。

咲江の夫、坂上夏樹がセックスに目覚める前までは、咲江は欲求不満で悩み、罪悪感にさいなまれな
がらも、粋で、遊び人である50男の村上との情事に溺れ、ずるずると一年関係を続けてきたので
す。

ところが・・、坂上夏樹が千春の手でセックスに開眼してからは、ことセックスに関して、咲江は
ゲップが出るほど満足出来るようになったのです。村上との情事に頼る必要がなくなったのです。そ
れなら、危険を冒して村上との関係を継続する意味も、言い訳もないのです。それでも、咲江はなか
なか別れを言い出さないのです。何度か忠告しても、その都度うまく逃げられたのです。由美子たち
と交わした約束もあり、ここらで咲江を話し合いのテーブルに引きずり出す必要があるのです。今日
の千春は真剣です。最後通告をするつもりなのです。千春の様子を見て、咲江の表情から笑みが消え
ています。

「同じ女だから・・、咲江の悩みが判るから・・、
セックスに満足できていない咲江に同情して‥
村上さんとの関係を、黙認してきたけれど・・・、
もう・・、潮時だよ‥。
今日は遠慮しないで、はっきり言うよ・・・」

「・・・・・・」

「以前から言っていることだけれど…、
浮気相手として、村上さんは危険だよ…。
村上さんは・・、普通の人ではないよ…、
はっきり言ってヤクザに近い人だと思う・・・・」

「・・・・・・・」

否定をも肯定もしないあいまいな表情で、それでも真剣な表情で千春の話を聞いています。村上がそ
の筋に近い男であることは、咲江はとっくに気がついていると思います。多分、一年前、最初の出会
いから村上が普通の人でないことには気がついていると思います。普通の主婦にとって、危険な香り
がする男は魅力的に見えます、それだからこそ、強く惹かれたのだと思います。

仲のいい二人ですが、ここしばらくは、村上の話題はタブーになっていて、その話題に触れそうにな
ると、咲江の機嫌が極端に悪くなっていたのです。それで千春が話題を引っ込めてきたのです。しか
し、今日は違うようです、千春の気迫が咲江を圧倒しているのです。千春の強い入れ込みようを見
て、逃げられないと腹を固めたのでしょうか、咲江は神妙な表情で、千春の話を聞いています。

「やくざが素人の咲江に夢中になるはずがない・・・、
何か目的があるはず…、
きっと、思いもよらない災難が襲ってくるはず・・、
別れるなら今だよ、今でも、相当深みに嵌っているけれどね・・・、
今なら・・・、何とか抜けられると思う、私も力を貸すから・・・・」

「判っている‥、
今が潮時だというのも分かっている・・・」

「・・・・・・・・」

咲江は黙ってうなだれています。ここまで追い込まれると、いつもなら、千春を睨みつけて、その場
から立ち去るのがいつもの咲江です。ところが、今日はおとなしく、最後まで千春の言葉を聞くつも
りの様子です。意外に殊勝な咲江の態度に千春がすこし驚き、黙って咲江の表情を探っています。咲
江の本音がどこにあるのか、千春には読み切れないです。

ここで村上の批判を止めておけばよかったのですが、ここに来るまで、うっぷんが溜まっていたので
しょう・・、千春は言葉を滑らしてしまったのです。

「はっきり言うよ…」