フォレストサイドハウスの住人達(その20)
10 フォレストサイドハウスの住人達(その20)(635)
鶴岡次郎
2017/10/11 (水) 10:59
No.3060
先ほど紹介したように、この時間、店内に客は少なく、見える限りでは、咲江たちの他は、裏出口近
くのテーブルに若い二人連れの男性と、その隣に年配の男が座っている限りです。

若い二人はヘルメットをテーブルに置き、ブルーの作業衣姿です。コーヒーを飲みながら、楽しそう
に話しこんでいます。近くにビル建設工事現場があるので、そこにいる作業員が休憩しているので
しょう。彼らの隣のテーブルに、年配の男が一人座っています。

店の外に共同洗面所があり、そこへ行くには、彼ら男性客の近くを通って、店の外へ出なくてはいけ
ません。男性客に接近した時、隠微な香りをかぎ取られることを咲江は不安に思っているのです。そ
のことを考えただけで、新たな愛液が湧き出ています。もう・・、大腿部を濡らし始め、さらに強い
香りが・・、欲情臭が・・、あたりに発散されているのです。困ったことに、咲江自身は勿論、近く
にいる千春も、その匂いをさほどはっきりと嗅ぎ取ることは出来ないのです。この香りで男たちがど
れほど乱されるか、想像することしかできないのです。

意を決したように咲江が歩き始めました。ローヒールですが、何となくぎこちない歩き方です。濡れ
た股間が気になるのでしょうか、それともこれから遭遇する男たちのことを思って興奮しているので
しょうか、いずれにしても、妖しい香りをふんだんに発散させながら、ゆっくり歩いています。遠回
りすれば、男性客からかなり離れた通路もあるのですが、咲江は若い二人連れのテーブルと年配の男
が座っているテーブルの間の狭い通路をあえて選んでいるのです。

そんなことをすれば、若い狼だけでなく、年配の狼のそれほど敏感でない鼻腔でさえ、咲江の隠微な
香りをかぎ取ることになります。経験豊富な年配の男であれば、その香りの正体を簡単に判別できる
でしょう、酷く欲情していることを男たちは察知することになるのです。咲江は何を狙っているので
しょう‥。興味深そうな笑みを浮かべ、咲江の背中とその先に見える男たちの様子を、千春は交互に
見ています。

薄暗い喫茶店の店内でも、目立つほどいい女の咲江が近づいてくるのですから、三人の男たちは
とっくに咲江の接近に気づいていました。黙って通り過ぎ、裏出口から出ていくのだろうと思ってい
るのです。それまでは、じっくり見てやろうと思っています。

さすがに若い嗅覚は鋭いのです。咲江の接近より早く、その芳香が若者たちの鼻腔に届いているので
す。

〈アッ・・・、
この匂い・・、何だろう…
あの女性から漂ってくるようだが・・、
香水ではない・・、
もっと・・、動物的な香りだ‥〉

10歩も離れた場所から、若い嗅覚は咲江の香りをとらえているのです。咲江が5歩近くまで接近し
てくると、そちらを見なくても判るほど、はっきりした芳香が、若者たちだけでなく、年配の男の鼻
腔にも届いていました。

年配の男は、最初の香りをとらえると、深々と深呼吸してその香りを一杯吸い込んでいます。そし
て、にやりと笑いを浮かべ、接近してくる咲江に強い視線を送っているのです。

〈うん・・、この匂い…、
最近はとんとご無沙汰しているが・・、
まぎれもなく・・、女体の匂いだ…
それも・・、相当熟れて、欲しがっている匂いだ・・、
清楚な主婦に見えるが…、
これは、まぎれもなく・・、欲情臭・・・・・
これから出会う愛人のことでも思っているのかな…
まあ・・、俺には無縁の女だが…、
ゆっくり見物させていただき、匂いでも楽しむか‥‥〉

若い二人はその香りの背景が分からない様子ですが、年配の男はさすがに、すべてを掴んだ様子で
す。何らかの事情で咲江が欲情しているのだと、正確に事情を把握しているのです。しかし、それだ
からと言って、近づいてくる女に声をかけようなどと思うほど愚かではないのです。まったく無縁の
通りすがりの女だと思っているのです。それでも、欲情した女が傍を通り過ぎるのです、男にとって
これほど楽しい出来事はありません。それだからと言って、あまり無遠慮な視線を送ることはためら
われるのです。ちらちらと視線を動かしながら、年配の男は咲江の接近をじっと待っているのです。