フォレストサイドハウスの住人達(その19)
5 フォレストサイドハウスの住人達(その19)(610)
鶴岡次郎
2017/07/30 (日) 12:01
No.3031
賢明な読者はとっくにお気づきだと思うので、今更種明かしをするのも興ざめなことですが、いつま
でも伏せておく理由がありませんので、明かします。女は由美子です。村上攻略目的で、酒場のママ
に成りすまして近づいているのです。

「姐さん・・・、
間違っていたら許してほしいのですが・・・・、
どこかでお会いしたことありませんか・・?」

「・・・・・・」

レストランで、ナイフの手を止めて村上が問いかけてきました。最初に会った時から気になっていた
様子で、我慢できなくなって、質問を発した様子です。突然の質問ですが、由美子はそれほど驚いて
いません。どうやら、由美子自身も同じ疑問を持っているようです、しかしそこはベテランです、内
心の動揺を隠して、何食わぬ表情で首を振っています。

「かなり前の話です・・、
多分・・、5年か・・、
あるいは8年ほど前のことだと思いますが・・」

村上が首をひねりながら、聞いています。

「さあ…、
私はずっとこの商売をやっていて・・、
千葉、神奈川、東京・・と、流れています・・、
5年前と言えば・・・、
たしか・・、神奈川にいた頃です…、
お店でお会いしたかもしれませんね・・
商売柄・・、一度お会いした方は忘れることはないのですが…・
申し訳ないですね…・」

由美子は笑ってあいまいに否定しています。実は村上に会った時、どこかで会ったことがあると彼女
も感じているのです。そして今、彼の表情の動きを見て、由美子ははっきりと思い出しているので
す。

〈先ほどから、並みでない精気を感じ取っていたが・・・、
そうだったのか…・、
ことが始まる前に気が付いてよかった…
そうでなかったら・・、油断して、返り討ちに会っていた…、
作戦を練り直さないと…・・〉

離れたところから男性の精気を感じ取る秘力で、村上が並みの男でないと感じ取っていた由美子です
が、5年前の出会いを思い出し、村上の素性をはっきりと知った由美子は、それまで描いていた村上
攻略作戦の練り直しを、急いでいました。どうやら、それほど大幅な作戦変更は必要がない様子で
す。すぐに平静な状態に戻っています。村上は、その由美子のわずかな表情の変化、動揺を見逃して
いませんでした。

〈やっぱり・・・、この女は…・、
5年前・・、俺と会っている…・
その時のことを思い出した様子だ・・・、
この女は俺の過去を知っているのに‥‥、
俺はこの女のことが思い出せない・・、
さ・・・、どこで・・・、
この女に出会ったのか…〉

無言で村上は由美子を見つめています。相手が村上の素性を掴んだのに、彼はまだ女の素性を知らな
いのです。少し焦っています。由美子から情報が引き出したいのでしょう、愛想笑いを浮かべなが
ら、由美子に語り掛けています。

「いや・・、酒場ではないですよ・・・、
ママのお店で出会ったことはないと思います…」

かなり真剣な表情で村上は考えています。

「どこだったかな…、
あそこでもないし・・、
いや・・、待てよ…、あそこだったかな…、
いや、いや・・・、やはり思い出せない・・」

村上は真剣に考えこんでいます。やがて・・、その表情が微妙に変化しました。口では思い出せない
と言っているのですが・・、どうやら村上も由美子のことを思い出した様子です。しかし、その場所
を口にするのが憚れる様子なのです。