フォレストサイドハウスの住人達(その19)
3 フォレストサイドハウスの住人達(その19)(608)
鶴岡次郎
2017/07/26 (水) 11:30
No.3029
千春の報告を聞いて、愛は絶望的な気持ちになっていました。女だから判るのです。かっては、夫を
捨てその男の下に身を寄せたいと熱望するほど、愛した男が落ち目になり、男への愛情も、浮気への
情熱も消えそうになっているのに、女の意地で男を捨てきれない、そんな状態に咲江は陥っているの
です。このジレンマに陥った女を男から切り離すのは至難のことだと、愛は絶望的な気分で咲江の立
場を分析していました。

こうなれば、あとは由美子の判断と彼女の果敢な行動しか、頼るものはないのです。愛は、期待を込
めた表情で由美子をじっと見つめています。千春も同じ気持ちなのでしょう・・、由美子の口が開
くのをただじっと待っているのです。

愛と、千春の期待を込めた熱い視線を受けながら、由美子はじっと考えています。

由美子は考えました。女の感情の動きに敏感な村上です、咲江の気持ちは手に取るように理解できて
いるはずです。全身に襲う自身の老いにも気が付いているはずです。

事業に失敗し、勃起も思うままにならない男に落ちたのです。今まで付き合ってきた女なら、とっく
に逃げ出しているはずなのです。ところが、咲江は逃げ出すどころか、村上に深い愛情を注ぎこむの
です。村上が、かって経験したことがない、無償の愛情を、惜しみなく注いでくるのです。

「この女に賭けてみよう…」村上はそう思うに違いないのです。普通なら若い愛人には、絶対見せた
くない・・、隠すべき老いた姿を・・、二度に一度しか立たない哀れな姿を…、あえて、咲江に曝し
ているのです。あるいは意識して、自身の老いを強調する演技さえしている可能性があると由美子は
睨んでいるのです。

落ち目になった男を捨てきれない女、逆境にあって、そんな女の中に、「誠の愛」を感じ取った男、
このような関係に堕ちている咲江と村上です。仮に、由美子が咲江を何とか説得して手切れ話を進め
る手順になっても、咲江が居なくなったら死ぬと騒ぎ立てる演技さえ、村上はやりかねないのです。
そうなれば、やさしい咲江です、泣く泣く、夫から離れて村上の下に身を寄せることでさえも起こり
得るのです。

そんな事態になっては大変です。無理やり別れ話を進めることは非常に危険です。ここは慎重に事を
運び、無理なく、咲江を村上から引き離す工夫が必要になってくるのです。

「やはり・・・、
当初計画通りの展開になったね…」

「ハイ・・、いよいよ由美子さんの出番です・・」

愛と千春が笑みを浮かべて由美子の表情を見ています。由美子がゆっくりと頷いています。