フォレストサイドハウスの住人達(その19)
20 フォレストサイドハウスの住人達(その19)(625)
鶴岡次郎
2017/09/20 (水) 13:55
No.3047

戸惑いの表情を隠さず、咲江は由美子をじっと見つめています。咲江の視線の中に、怒り、蔑みの影
はなく、ただ、驚いている様子であることを由美子は見抜いていたのです。ただその驚きの原因が由
美子には読み取れていないのです。それでも、由美子の表情に焦りや、うろたえ、羞恥心の影は存在
しません。ゆったりと構えているのです。ここは咲江の出方に身を任せ、ゆったりと対応しようと由
美子は決めているのです。

二人の女はじっと見つめ合っています。村上はハラハラしていますが、二人の間には緊張感、激しい
敵対心などは、何も感じられません。静かに時間が過ぎてゆきます。由美子の実像を目の前にして、
大きな当惑の中にいた咲江がようやく立ち直ったようすです。肩で、大きく息をついて、咲江が口を
開きました。

「お楽しみのところへ黙って入り込んできて、
先ほどは・・、汚い言葉でののしりました・・・、
申し訳ないことをいたしました。お許しください…」

「・・・・・・」

ゆっくりと咲江が頭を下げています。由美子が黙って頭を下げています。豹変した咲江の態度に、
ぽっかりと口を開け村上が驚きの表情を浮かべています。どうやら由美子を見て、その上品な女性像
に触れて、咲江の怒りや、嫌悪感はかなりそのトーンを下げている様子です。それと同時に、先ほど
怒りに任せて、曝してしまった自身の行為を咲江は恥じているのです。

「申し遅れましたが、私は咲江と申します。
こうした場ですので、フルネームは言うことはお許しください・・・。
もう・・、お分かりだと思いますが、
私と彼の仲は・・・、単純な主婦の火遊びの関係です、
先ほどは気が動転して、酷い言葉を吐き出しましたが・・・、
あなたには何の恨みも、憤りもありません…」

「・・・・・・・・」

淡々と咲江が語っています。由美子は口を閉ざしたままです。咲江は由美子の反応を注意深く見つめ
ています。二人きりの部屋に忍び込んできて、恥ずかしい姿を覗き見て、二人の関係に文句をつけた
のです。いかなる理由があるにせよ、咲江の行動は行き過ぎです。由美子から汚い言葉で辱められて
も、じっと我慢すると・・、咲江の覚悟はできているのです。

由美子の表情は柔らかく、咲江に反感を持っている様子は見せません、それどころか微笑みさえたた
えて、咲江の言葉一つ、一つを、まじめに受け入れているのです。咲江は、女の勘で由美子の人柄と
彼女の誠意を十分に感じ取っていました。

〈この女は・・・、
いえ・・、この方は・・、なかなか出来た方だ…。
上品で・・、きれいな方・・・、
総一郎さんが夢中になるのも無理ないわね…・・〉

やり手の酒場のママをイメージしていたのです・・、ところが、咲江と同じ普通の主婦の雰囲気を発
しているのです。咲江の中から由美子への嫌悪感が完全に消え、奇妙な親近感さえ芽生え始めている
のです。咲江の言葉に優しさがこもり始めています。