フォレストサイドハウスの住人達(その14)
25 フォレストサイドハウスの住人達(その14)(480)
鶴岡次郎
2016/07/06 (水) 14:07
No.2878

「ソープの初出勤日が明日に迫った前日の夜・・・、
主人が私を抱きしめて言ってくれました・・・。

『ソープに勤めることは千春が選んだ道なんだよ・・、
誰かに押し付けられたものではない…、
一生懸命その道を千春が歩むのであれば・・・、
その結果がどんなものになろうとも、僕は千春を支えていくよ…』」

「優しい旦那様だね・・」

涙ながらに話す千春の表情を読み取りながら、彼女の夫、浦上三郎の心中に愛は思いを馳せていまし
た。最愛の妻をどこの誰とも知らない複数の男に託す決心をしたのです。そこに至るまで、想像を絶
する心の葛藤があっただろうと愛は考えているのです。

その夫の気持ちを千春はどの程度まで理解できているのかと、愛は危ぶんでいるのです。多くの場
合、若い女は・・、他人の心、特に彼女を愛している男の気持ちを十分理解できない場合が多いので
す。男と女の心理動向の差と言ってしまえば簡単ですが、愛する女を他人に託す決心をした男の心を
理解するには千春はあまりに若く、経験不足だと愛は考えているのです。

「主人の言葉を、彼の優しさからくる、私への慰めの言葉だと・・・、
今までずっと思い込んでいました。
主人が認めてくれても・・、
ソープ勤めなんか主婦として決して許されない行為だとずっと思っていました・・。
主人に愛される資格のない女だと、思うことが多かったのです…・」

「・・・・」

あふれ出る涙を拭こうともしないで千春が語っています。由美子と愛が笑みを浮かべて聞いていま
す。

「しかし・・・、そんなに卑下することでもないと・・・、
愛さんの言葉で、開き直る気分になれました・・・」

ここで言葉を切り、あふれ出る涙を手のひらで拭いている千春です。愛がそっとハンドタオルを差し
出しています。

「結果に責任を持つと私が決めた行為であれば、
他人がなんと非難しようが、その結果がどんなのものになろうとも・・・、
私を支え続けると・・、
主人が言ってくれているのだと気が付きました…」

愛と、そして由美子までが大きく頷いています。

「私が私自身を見捨てない限り、
私が結果を恐れないで、今を精いっぱい生き続ける限り、
主人は私をサポートすると言ってくれているのだと・・・、
今・・、やっと主人の気持ちが理解できました・・・・
私が委縮することは、主人の思いに反することだと気が付きました…」

「そうだよ・・、誰のためでもなく、
ご夫婦が一番いいと思える道を選ぶことだよ…」

感動で涙を流している千春を優しい瞳で見つめ、愛が言葉少なに答えています。愛の狙いが的中し
て、千春は彼女自身の中に蓄積している深い自己嫌悪感を彼女自身の手で、幾分かでも減らすことが
出来る足掛かりを得たのです。心中で愛はガッツポーズをとっていました。

タブーにしている昔話をあえて披露して、「セックスの目的」に関して愛が高尚な哲学的議論を展開
した本当の狙いは、千春に生きる勇気を与えるためだったのです。千春の自己嫌悪感がその程度が過
ぎると、最大の理解者である夫の愛さえ失いかねないと案じた愛が、千春の自尊心を取り戻そうと考
え、「女とセックスの効用」について持論を展開したのです。

自身の過剰な性欲に悩み、ソープ嬢として働くことに拭いきれない劣等感を持ち、優しい夫の気持ち
さえ正確に理解できていなかった千春が、愛の言葉で見事立ち直ろうとしているのです。

由美子もまた、何かを感じ取った様子です。何度か小さく頷いているのです。どうやら、愛がここま
で話を進めてきた真の目的を由美子は理解できた様子です。