フォレストサイドハウス(その13)
7 フォレストサイドハウス(その13)(422)
鶴岡次郎
2016/02/24 (水) 14:29
No.2813
「最初からそんなだったのではないのでしょう・・」

「そうよ・・、
私の初体験は案外遅かったの…、
今の主人が最初の人で、20歳になった春だった…
それから、数ヶ月後に結婚した…」

「そうですか・・・、
普通・・と言うよりは、かなり晩生(おくて)の部類ですね…」

由美子の初体験が20歳だと聞いて千春が何となく考え込んでいます。

「夫以外の人に抱かれたのは下の子供が幼稚園に入った年だった。
郵便局の局員で、真面目に外回りを続けていた定年近い人だった…、
長年、私のファンだったと告白されて…、
退職の思い出に、一度でいいからハグがしたいと言われた…。
つい・・・、家の玄関で抱かれた…」

「すごい・・、初めての浮気が家の玄関ですか…
それから先の由美子さんのことを考えると・・、
由美子さんらしいと言えば、そう言えますが、思い切ったものですね…」

「そうね・・、
私にできる最高のお礼をしたいと思ったら、成り行きでそうなっていた。
だから、決して後悔はしていなかった・・。
夫には、さすがに悪いと思って・・、二、三年後に告白した。

その時もそうだったけれど・・・、
私・・・、貞操観念が他の女の人とは少しずれていると感じることが多い…、
だから・・、私・・、あまり自分のことはしゃべりたくないの…」

「・・・・・・・」

愛にとっても初めて聞く話だったようで、二人とも返す言葉を失っています。由美子の行動は、由美
子の説明を聞けばなんとか理解はできるのですが、いざ自分がその場に立てばとても行動に移せない
ものなのです。どこか重い雰囲気がその場に張り詰めていました。その空気を破るように千春が愛に
向かって笑みを浮かべて質問しています。話題を変えるつもりのようです。

「愛さんはどうなのですか…」

「私は由美子さんほどの度胸もないし、それほど男好きでもない・・・、
ごく平凡な半生を過ごしてきたのよ…」

「好きな男と駆け落ちするのを平凡な人生とは言わないよ…」

由美子が笑みを浮かべて混ぜ返しています。

「エッ…、駆け落ちですか・・・、
クラッシックな響きですね…
でも、とってもロマンチック・・、
あこがれますね・・・、
聞きたい…、愛さん・・、教えてください…」

「結論が出ていない、目下進行中のことだけれど・・、
千春さんになら話してもいいと思う・・・、
この話をするのは由美子さんの他には千春さんだけよ…」

恥ずかしそうな微笑みを浮かべて愛は語り始めました。愛の夫、三津崎一郎は、元は著名な婦人科の
医師で、見込まれて関西の大病院の一人娘との縁談が調っていたのです。ところが、一介の看護師で
あった愛と激しい恋愛に落ち、縁談も、そして輝かしい未来も捨てて、二人は関東に逃げ伸びて来た
のです。縁あって、泉の森荘の管理人の職を得たのですが、三津崎夫妻は今も見えない追っ手を気に
しながら毎日を密やかに送っているのです。

「愛に忠実に生きたことには、悔いがないけれど、何も知らなかった彼の婚約者を始め、お世話に
なった方々を裏切り、ご迷惑をかけたことは間違いありません、一生かけて償いたいと思っていま
す。その意味もあって、夫も、私も、これから先、表舞台には出ないで、ひっそりとここで管理人と
して生きてゆくつもりなんです・・」 

「・・・・・・」

思いもしない愛の告白を聞いて千春は言葉を失っています。