フォレストサイドハウス(その13)
39 フォレストサイドハウス(その13)(454)
鶴岡次郎
2016/04/27 (水) 11:46
No.2845
佐王子と女の濡れ場を詳しく聞かされても、千春がそれほど不愉快な様子を見せていないと思ったの
でしょう、佐王子はさらに話を続けました。ここまで話してしまった以上、今日は、この場で、日頃
考えていることをすべて吐き出すつもりになっている佐王子です。

「その時になってようやく気が付いた・・・。
夫人が俺に惚れていたのは確かだが・・・、
それは30分前のことで、
今、衣服を着けて目の前に座っている夫人は別の人だと悟った・・・」

「・・・・・・・」

不審な表情を浮かべ、それでも真剣に佐王子の話を聞こうとしている千春の態度を見て満足したので
しょう、小さく頷きながら佐王子はさらに話を続けました。

「夫人を抱いている時、私は夫人から惚れられていると感じたのだが・・、
それは夫人の演技のせいでもなく、俺の思い込みでもなく、
間違いなく夫人は俺に惚れていた…・。
それは間違いのない事実だと今でも確信している…・・」

千春の表情を見ながら佐王子は言い切りました。千春が軽く頷いていました。佐王子ほどの男がそう
言い切る以上否定する材料がないのです。

「そしてわたしは別のことにも気が付いた。
夫人の態度は、それが私に限ったことではなく、
他の男に抱かれている時も同じなのだと気が付いた。

夫人はすべてを忘れ、その男に惚れこみ、その男の女になって情事に没頭し、
事が終われば、寝室での戯事をすべて忘れたかのように他人の関係に戻る。
夫人にはそんな切り替えのできる天性の才能が備わっているのだと悟った・・」

千春がびっくりした表情で佐王子を見つめ、佐王子の言葉に反論するそぶりを見せました。それで
も、彼女はかろうじて気持ちを抑え込み、口を閉じていました。今は、軽はずみな異論を出さず、最
後まで佐王子の説明を聞くべきだと判断した様子です。彼女が抱えている疑問が判ったのでしょう、
その問いに答えるように佐王子は説明を続けました。

「それが、それこそが、その女の演技なのだと・・、千春は言いたいのだろう…。
確かに・・、普通の女がそんなことをすれば、どこかにほころびが出て、男たちの嘲笑を受けること
になるものだが、夫人の場合は、その切り替えがあまりに見事で、男達は夫人の演技を喜んで受け入
れ、その演技を楽しむことになるのだ・・・。
いや、ここまで来れば演技と呼ぶべきでない・・、
ベッドでの夫人も・・、目の前の夫人も・・、
間違いなく夫人の素顔そのものだと思った…」

「・・・・・」

そんなことが出来るはずがないと千春は思っている様子で、不満そうな思いを表に出しています。
それに構わず佐王子は話を続ける様子です。

「男と居る間は娼婦と化し、家庭に戻ればいい妻であり、優しい母に戻っている。勿論、何もかも
知っていながらそんな夫人を信頼し、心から愛しているご主人も素晴らしいと思う、並の男ではとて
もできないことだと思う。そして、娘さん達は、もちろん夫人の乱行を知ることもなく、お二人から
愛情をたっぷり注がれ、すくすくと成長され、それぞれに大学を出て、独立され、今ではそれぞれに
幸せな家庭を築かれていると聞いている」

「私も・・、その奥様のような生き方が出来ると、言うのですか・・?
主人を愛する一方で、何人もの男に抱かれ、
その都度その男たちに心の底から夢中になり、
ことが終われば、他人に戻れ・・・、と言うのですか・・・・。
無理・・、無理・…、
想像するだけでも、私にはとてもできそうもない…」

少し怒気を含めて千春が佐王子に食いついています。

「誰にでもできることではないと思う。
そのような女性の生き方には、それをうまくやるための、方法論や、精神論は存在しないと思う。
また、誰かに教えられて、出来ることでもないと思う…。
言葉を変えて言うと、選ばれた女性だけが出来る生き方だと思う…。

俺が千春に言えるのはここまでだ…・、
これから先は、千春自身が考え、経験を重ねた末・・・、
千春自身の生き方を見つけ出すことだ・・・・」

ここで佐王子は言葉を飲み込んで、じっと千春を見つめています。千春は複雑な表情を浮かべ、必死
で何かと戦っている様子です。