フォレストサイドハウスの住人達(その11)
48 フォレストサイドハウスの住人達(その11)(360)
鶴岡次郎
2015/09/03 (木) 10:24
No.2739

「ああ・・そうだ・・・、
もしご希望なら、今夜、奥様もご一緒に病室で過ごされてはいかがですか・・・・。
ご希望ならベッドと食事を準備させますが・・」

「お願い申します…」

「ああ・・、そうですか、承知しました。
ぜひそうしてやってください・・、患者が喜ぶと思います・・・。
粗末なものですが・・、後ほどベッドを準備させます・・」

その時ドアーをノックして若い看護師が入ってきて、無言で医者をにらみつけているのです。

〈・・ちょっと綺麗な人が来るといつもこうなのだから・・・、
時間ですよ・・、次の仕事が待っていますよ・・・〉

看護師の無言の表情はそう言っているのです。

「ああ・・、判った、判った・・
今すぐ行くよ・・・」

医者はそう言って立ち上がりました。看護師は千春に向かって一礼し、千春もまた頭を下げてい
ます。

〈きれいな方・・・、
先生がなかなか離れない気持ちが判る・・・〉

看護師が医者を見て、意味ある表情を残して先に部屋を出て行きました。

「ああ・・、それと・・、
何かありましたら、私に直接連絡を取ってください・・・
看護師には判るようにしておきますから・・・・」

女が一歩医者に近づきました。今日の訪問先に合わせて香水はつけていないのですが、女自身の体
臭でしょうか、妙なる、ふくよかな香りが医者の鼻孔を刺激していました。

「先生・・、これは些少ですが・・」

かなり厚い紙包みを女が差し出しております。

「イヤ・・、こんなことはされては・・・、
そうですか・・、それでは・・、遠慮なく・・・」

紙包みを白衣のポケットに慣れた仕草で納めています。

「先生・・・、
こんなことを申し上げると・・、
はしたない女と蔑まれるでしょうが・・」

ここで女は次の言葉を飲み込みました。これから言おうとしている言葉を頭の中でチェックして
いるのです。少し上気した表情で、瞳を潤ませ、それでも真剣な表情で、医者に強い視線を当て、
千春は何かを訴えようとしているようです。

「私・・・、
主人のために出来ることは何でもやりたいのです・・
後で後悔したくないのです・・・・」

「・・・・・・・・」

一方医者は・・、女が何を言い出すのか想像がつかない様子で千春をじっと見つめているのです。

「主人を助けていただけるのなら・・、
私を・・・、
私の身体を・・・、自由にしていただいて構いません・・」

「・・・・・・・・・」

一気にこの言葉を吐き出し、女は医者をじっと見つめています。その言葉の意味が分かったはずで
すが、医者は表情を変えないで女を見ているのです。