フォレストサイドハウスの住人達(その11)
46 フォレストサイドハウスの住人達(その11)(358)
鶴岡次郎
2015/09/01 (火) 14:19
No.2737

その患者は特別室に居ました。応接セットを備えたかなり広い病室です。酸素吸入器を付け、全身
を包帯で巻かれた大柄な男が眠っていました。呼吸は正常で、容態は安定している様子です。

「目下のところは安定していますが、今夜から二、三日が山場です・・・。
正直言って、ここへ担ぎ込まれた時は、かなり難しい状態でした・・・。
ここまで持ちこたえられたのは・・・、
患者さんの生きようとする力のおかげだと思います…」

女が要請すると、直ぐに中年の担当医がやってきて、患者の様態を別室で女に説明しています。千
春の美貌に気おされしたのでしょうか、医者は少し緊張気味です。千春の前に香り高いティーが出
されています、これだけ見ても病院側のこの患者とその関係者への対応は丁重だと判ります。

銃と刃物による傷、そして患者の関係者達を見て、並の人たちでないと病院側は判断しているので
すが、それだからと言って、特別に警戒をしたり、怖がっている様子はありません。十分にお金を
使ってくれる上客と考え、それにあわせ丁寧に対応をしているのです。

「大丈夫なのですよね・・、先生・・」

「どんな患者さんに対しても・・・、
絶対大丈夫ですと医者は言えないものです・・。
我々は全力を傾けて対応しております・・・」

「先生・・・、主人を助けて下さい・・、
危険な状態に陥っていた私を救おうとして、
彼は…、酷いけがを負ってしまったのです・・・」

「・・・・・・・」

「もし・・、主人に万一のことがあれば・・、
私が殺したことになります・・・。
私は生きてはいられません・・・」

「・・・・・・・」

「私・・、主人を助けることが出来るのなら・・・、
私で出来ることがあれば・・、何だってやります・・・。
お願いします…、救ってください・・・」

「・・・・・・」

背筋が凍るほど、凄い美人が涙をあふれさせ、必死で懇願しているのです。二十年を超える医者生
活でも、これほど絵になる患者家族の表情を見たことがないのです。任せて下さいと言い切れない
担当医は、彼女の顔に視線を当てたまま凍り付いたようにしていました。

「ああ・・・、先生・・・、
何かおっしゃってください・・・、
そんなに酷いのですか・・、
先生が匙を投げるほどなのですか・・・」

「ああ・・、いえ、いえ・・、
酷いことはひどいのですが、治癒できない傷ではありません・・、
むしろ助かる可能性はかなり高いと思っております・・・。
万全の処置を施しておりますので、安心してください・・・」

医者の言葉を聞いて女は少しホッとした様子です。

「それにしても・・、あなたのような方にそれほど思われて・・・
患者さんは幸せですね・・、うらやましいと思います・・、

ああ・・、いや、いや、余計なことを言いました・・、
とにかく、私に任せてください、最善を尽くします・・・」

「よろしくお願い申します・・・」

千春が深々と頭を下げています。そして、ほんのりと頬を染めているのです。我を忘れて取り乱し
たことを恥じ入っているのですが、その風情がまた医者の心を揺さぶっているのです。