フォレストサイドハウスの住人達(その10)
8 フォレストサイドハウスの住人達(その10)(272)
鶴岡次郎
2015/01/25 (日) 15:54
No.2643

由美子と愛が何度か佐原家を訪ねる間に、佐原は幸恵失踪について、幸恵との夫婦仲とか、失踪理由に
ついて、彼女たちの質問に答える形で、かなり詳しく話しました。彼が言うには、幸恵の失踪理由につ
いて佐原は心当たり一つないと明言しました。夫婦仲は悪くなく、佐原の口から出た言葉ですからすべ
てを信じることはできませんが、女性問題で幸恵を悩ませたことは一度もないと断言しました。

一方、佐原から見ても幸恵にはこれと言って不満は無く、佐原から見た限りでは、特に悩みや問題を抱
えている様子はなく、趣味のパッチワークや買い物を楽しむ毎日で、平凡ですが、豊かで楽しい生活を
送っていたようなのです。強いて問題を上げれば、二人には子供がありませんので、若い頃はそれが唯
一の悩みで、時々そのことが原因で二人の仲が険悪になったこともあったのですが、互いに40歳を超
えた頃からは子供の居ない生活を楽しむ姿勢に変わっていたのです。
由美子の紹介で幸恵失踪の調査をすることになった寺崎探偵も失踪理由が判らなくて悩まされていまし
た。通常、主婦が家出する時は周到に準備を重ね、これからの生活に必要なものを小分けにして事前に
持ち出しているものです。ところが、幸恵の場合、文字通り身一つで家出しているのです。夕餉の支度
をしている途中で放り投げて家出していることから考えると、何かに憑かれてふらふらと家をでたとし
か思えない様子なのです。何者かに誘拐されたとも考えられるのですが、争った形跡が残っていません
から幸恵自身の意志で家出したと考えるのが妥当なのです。

このように幸恵の失踪理由が判然としないこと、家出に全く計画性がないことなど、幸恵失踪事件は判
らないことが多すぎるのです。そのせいか、一ケ月経った今、失踪届けを出している警察からも、調査
依頼をしている寺崎探偵事務所からも、芳しい報告はないのです。佐原は勿論、彼をサポートしている
由美子と愛はかなり焦り始めていたのです。


愛が風邪でダウンして、初めて一人で佐原家を訪ねたその日、いつもの様に居間、キッチン、洗面所の
掃除をすませて、それまで手をつけていなかった幸恵の部屋も掃除をしようと思って由美子は彼女の部
屋に入りました。その時、ある違和感を感じ取ったのです。幸恵の失踪直後この家を訪ねた時、佐原の
案内で幸恵の部屋に入った時と比べて何かが違う印象を受けたのです。

直ぐに気が付きました。あの時、壁に三枚ほどの明らかに外出着だと判る衣類がかかっていたのです。
おそらく、幸恵が普段着に着かえた後、外出着を洋服ダンスに入れないでしばらく室内に置いておいた
ものだったのです。それが今は無いのです。

誰かがその外出着をロッカーにしまい込んだのです。佐原がそんなことをするとは到底考えられません。
そして、さらに決定的なことを佐原が言い出しました。

「由美子さん・・・、
妻が居なくなって、気が付いたことがあります。
こう見えても、私は案外几帳面だと判ったのです・・。

妻が居る時は、それこそ縦の物を横にすることもしない、ぐうたら亭主でした。お恥ずかしい話ですが、
スーツやネクタイなどいつも居間に脱ぎ捨てていて、彼女から良くお小言を言われていたのです。

それが、彼女が居なくなってからは、ちゃんとロッカーに入れているのです。
酔っ払って帰って来た時でさえ、ちゃんと入れているのですよ・・。

まるで、衣類に羽が生えて、自分の意志でロッカーに戻っているように思えます。
いやいや・・、我ながら、たいしたものだと、自分を褒めてやりたい気分です。
ハハ・・・・・」

得意げに話す佐原の顔を見ながら、由美子の疑いは確信に変わっていました。

〈幸恵さんは時々家に戻っている…〉

幸恵の来訪をこの時、はっきりと由美子は確信していました。
@2015、1、27