フォレストサイドハウスの住人達(その10)
6 フォレストサイドハウスの住人達(その10)(270)
鶴岡次郎
2015/01/22 (木) 16:43
No.2641

幸恵の即答を得て、満足そうに佐王子が頷いています。いつも犯罪すれすれの仕事をしている佐王子は、
事に当たって自身の直感を何よりも大切にします。佐王子の計画に対して幸恵があれこれ注文を付ける
ようなら、ここまで進めてきた話ですが、危険を冒すほどのもうけ話でもないので、この話を打ち切る
つもりでいたのです。

しかし、驚くほど素直に佐王子の話に耳を傾け、誰が聞いても胡散臭い話だと思う説明を黙って聞き、
質問さえしないで全面的に受け入れているのです。佐王子に頼ると決めた以上、多少の不安があっても、
幸恵は彼の指示に従うと決めているようです。この態度に佐王子は好感を持ちました。彼女のために力
を尽くすつもりになっているのです。

「三日後には、私の方の準備を完了させます。
今日から数えて、四日後であればいつでもOKです。
身一つで家を出てください・・。

千春の電話で私を呼び出していただければ、私が迎えに参ります。家の中は、ことさら家出に向けて整
理整頓されない方が、奥様の気持ちをご主人がいろいろ考えることになり、その後に来る喜びが更に大
きくなると思います」

「判りました・・、ご指示通りにします。では四日後・・・、
そうですね、13日の午後四時を決行日時と決めます。
佐王子さん、千春さん、よろしくお願い申します・・・」

こうして、幸恵の失踪が決まったのです。そして、既にこの本の冒頭、「公園の男」の章で紹介したよ
うに、夕餉の支度の途中、幸恵は普段着のまま、まさに身一つで忽然と夫の前から姿を消すことになる
のです。


幸恵の夫、佐原靖男を泉の森で見かけて、そのあまりに落ち込んだ姿に同情した由美子は思わず声を掛
けました。遠目にもそれと分かるほどのイケメンでした。男性をこよなく愛する由美子ならずとも、女
なら誰でも関心を寄せるタイプの男でした。後でわかったことですが、見かけによらず歳を重ねていて、
50歳近くで、有名生命保険会社の役員で、社会的、経済的に恵まれた地位にいるのです。

公園で佐原と少し話し込んだ由美子はこのまま捨て置くことが出来ないと思いました、佐原を伴って親
友、美津崎愛が経営する公園の売店を訪ねました。そこで佐原は聞かれるままに妻、幸恵の失踪を二人
の女に話したのです。普通であれば家庭内の事件を今日初めて会った他人に話す佐原ではありませんが、
由美子と愛の優しさと人柄の良さに気を許したのだと思います。

事情を知った由美子と愛は出来る限りの支援と協力を佐原に約束しました。どうやら二人の女は佐原に
一目ぼれして、これほどの男を置いて失踪した幸恵が許せない様子で、その反動もあって、佐原にこと
さら肩入れしている様子です。いつの世も、良い男は得をするようにできているものです。

佐原も二人の女の申し出を快く受け入れました。妻の失踪でぽっかり空いた心の空間に二人の女のやさ
しさが心地よく流れ込み、隅々まで広がっていたのです。


その日を境に、何度か由美子と愛は連れだって佐原の自宅を訪問して、掃除、洗濯など家事を手助けし、
何くれとなく彼を励ましました。訪問を重ねる内に、意識しているかどうかわかりませんが、二人の女
は機会があれば佐原に抱かれても良いと思うようになっていたのです。しかし、二人にはそのチャンス
はなかなか訪れませんでした。・・と言うのも、二人はいつもそろって佐原家を訪問することにしてい
たのです。これは二人が暗黙で決めたルールでした。それは隠れて男を会うことを許さない女同志の鉄
のルールだったのです。二人は忠実にこのルールを守りました。このままだと、いつまで経っても佐原
と二人の女の仲は平行線のままだと思われたのです。

ところがある日、愛が風邪で倒れて予定していた佐原家の訪問に同行出来なくなったのです。