フォレストサイドハウスの住人達(その10)
46 フォレストサイドハウスの住人達(その10)(310)
鶴岡次郎
2015/04/24 (金) 11:17
No.2684
ここまでの流れを読む限り、幸恵は仕事を辞めると言い出すはずだと、二人の男は確信していたのです。
うまい具合に展開したと密かに喜んでいたのです。二人の男が驚いていることなど全く関心がない様子
を見せて、幸恵は畳み込むように話をつづけました。

「親方・・・、
勝手を言って申し訳ありませんが、
一週間に二度ほど、
日に3人から5人ほどのお客様に仕えるペースで、
仕事をさせていただくとありがたいのですが・・・、
いかがでしょうか…」

「できない相談ではないが…」

「その条件でよろしくお願い申します。
勿論、お店には迷惑をかけないよう・・、
これまで以上にまじめに勤めます・・。
年を取って、仕事をつづけることが無理だと思った時、
親方からそう言ってください。
それまで、私から引退を申し出ることはしないつもりです・・・」

生涯、娼婦としてこの店で働くことを申し出ているのです。既に十分腹を固めている様子で、気負いな
く、淡々と幸恵は説明しています。佐原はもちろん、佐王子も幸恵の気迫に押しつぶされたような状態
で、黙りこくって、ただ話を聞いているのです。

「あなた・・・、
この仕事続けても良いとあなたからお許しを得たことをいいことに、
生涯この仕事続けるなどと、
勝手なふるまいをしたことを許してください…。
本来であれば、先にあなたのお許しを得るべきでした。

先ほど、親方からこの仕事の心構えを改めて教えられ、
この仕事続けたいと思う私の心に、もう一度、問いかけました…。
そして・・、決心したのです…」

きりっとした表情で、何者の反対も押し切る決意を見せているのです。彼女の顔を見ただけで佐原は闘
争心を完全に失っていました。

「私はこの仕事が好きです・・・、
勿論、あなたの妻であることはこの仕事よりもっと大切です…。
妻とこの仕事が両立できないのであれば、
迷いなく妻の地位を選びます・・・・。

難しいと思いますが、あなたの理解と協力があれば・・、
良い妻でいながら、この仕事をつづけることが出来ると思います。
ご迷惑をかけないよう、努めます…。
勝手なことばかり申し上げますが、どうか願いを聞き届けて下さい・・」

これだけを一気に語り、深々と幸恵が頭を下げています。男二人顔を見合わせて、申し合せたように大
きな吐息を吐き出しているのです。ここまで畳み込んで説明されると、二人の男には選択肢はそんなに
ありません。

「仕方がないね・・、
元々・・、この仕事をすることに反対するつもりはなかったのだが・・・、
正直言って、生涯この仕事を続けることになるとは思ってもいなかった。

お前が覚悟を決めたのなら、僕は出来るだけ援助することにする・・。
人生は一度だけだ…、
今なら、やりたいことが出来る時期だよ・・・、
思い切り・・、やってみることだ・・・・」

悲壮な覚悟を決めた表情を浮かべ佐原が、絞り出すような声を上げて幸恵に告げました。

「あなた…、
それほどまでに・・・・、
そんなに思いつめられると・・、私・・・・
いえ・・・、そのことは後で・・・・

いろいろ申し上げたいことはありますが、ここでは先ず…、
あなたのお許しを得たことに感謝申し上げます…」

佐原に何か言い残したことがある様子ですが、この場では素直に頭を下げて、幸恵は夫にお礼を言って
います。生涯、娼婦勤めをすると、これから先の運命を決める大きな決断をした割には、幸恵は比較的
冷静です。それに比べて佐原は、戦士を死地へ送り出すような硬い表情を浮かべているのです。