フォレストサイドハウスの住人達(その10)
45 フォレストサイドハウスの住人達(その10)(309)
鶴岡次郎
2015/04/22 (水) 15:50
No.2683

淡々と話していますが、良く聞けば驚くべきことを佐王子は言っているのです。わずか二ケ月あまりの
経験でも幸恵の体に刻み込まれた娼婦の傷跡はそれが消え去るまでに6ケ月も必要だと言っているので
す。もし、幸恵がこの先数年にわたりその商売を続ければ、佐王子の計算に従うと、幸恵は仕事を辞め
た後、十数年間、体の記憶に悩まされ続けることになります。その間禁断症状に堪えきれなくて、また
その仕事に舞い戻ることになれば、負の循環が始まり、生涯その仕事から足が洗えなくなるのです。一
度、この世界の泥にまみれると、大方の女は生涯娼婦を続けることになると佐王子は警告しているので
す。

「この仕事を続けるべきでないと・・・、
もし続けるつもりなら・・・、
遊び心を捨てて、生涯この仕事と付き合うつもりでやれ・・・、
佐王子さんはそう言っているのですね…」

苦し紛れに佐原が佐王子の言ったことを要約して確認しています。佐王子の言葉が理解できないから質
問しているのではありません、そうでないと言ってほしいのです。

「・・・・・・・・」

佐原の質問に佐王子が黙って頷いています。冷酷な佐王子の反応を見て、佐原はがっくり肩を落として
いました。


佐王子の警告は十分説得力のある内容で、反論は勿論、異議さえも、佐原は申し立てることはできない
のです。残された道は、ここで足を洗うか、生涯、娼婦を続けると覚悟して仕事を続ける、この二つに
一つしかないのです。

娼婦を辞めることにすれば簡単ですが、幸恵が納得しても彼女の体がその決定に従えなくなっているの
を佐原は知っているのです。かといって、生涯、妻に娼婦を続けさせる決断が佐原にはできないのです。
何事にも決断の早い佐原が珍しく迷いを見せているのです。

迷い、苦悩している佐原の側で、幸恵は顔面を紅潮させ、息遣いを荒くしています。どうやら佐原とは
別のことで悩んでいる様子です。何事か必死で考えている様子です。ようやく考えがまとまりました。
何事か決心した良い表情をしています。

テーブルに着くほど深々と頭を下げて、緊張した面をゆっくり上げて、幸恵は静かに語り始めました。

「親方・・・、
申し訳ありませんでした・・・、
私の考えが甘かったのです・・・、
親方や、お姉さん方から教わったことをすっかり忘れていました・・・。

『ここへ来るお客様方は、女の体だけでなく、
出来れば、女の心まで買取りたいと高い金を支払っているのだ・・。
私達は、その期待に応えなければいけない、それがプロだ・・』と・・・、

そう教えていただきました・・・」

幸恵の言葉に佐王子が満足そうに頷いています。

「お見通しの通り、私は・・・、何人もの男に抱かれたい・・、
体に刻み込まれた悦楽の思い出を今は捨てることが出来ない・・、
その思いが強くてこの仕事を続けたいと願い出たのです。
要するにスケベな女なのです・・。

そんな気持ちでこの仕事を続ければ、お客様を欺くことになり、真剣に仕事に取り組んでいる他のお姉
さんたちを冒涜することになることにも、気が付いていませんでした。浅はかな考えを持った女をお許
しください・・・・」

佐王子の顔をしっかり見て、緊張した面持ちで幸恵が謝っています。この仕事を続けると決めた時、悦
楽を求めて、楽しめるだけ楽しんで、嫌になれば止めればいいと幸恵は安易に考えていたのは確かなの
です。そんな幸恵の安易な考えを佐王子は簡単に見抜き、手ひどい叱咤の言葉を与えたのです。佐王子
の言葉で幸恵は親方や姉さん達から教わったことをようやく思い出していたのです。

「いや・・、いや・・、
それが判ったのであれば、これ以上私から言うことは何も無い・・、
それで・・、仕事は辞めるのだろう・・・?」

「いえ・・・、
続けさせていただきたいと思っています…」

「・・・・・・」

ちゅうちょしないで答える幸恵の言葉に二人の男が声さえも出せない状態で、驚きの表情を浮かべじっと
幸恵を見つめているのです。