フォレストサイドハウスの住人達(その10)
44 フォレストサイドハウスの住人達(その10)(308)
鶴岡次郎
2015/04/20 (月) 11:14
No.2682
佐原と幸恵の顔をちらと見て、直ぐに視線を外し、テーブルからコーヒー・カップを持ち上げ、中の液
体を一口、口に含み、不味そうな表情をうかべています。

「いえね・・、
幸恵さんがここでの勤めを続けていただくのは、正直言ってありがたいことです。
幸恵さん目当ての常連客もかなりいて、
これから先、ひいきの客がもっと増えるのは確実です・・」
 
「・・・・・・」

それなら何も問題ないだろうと、佐原も幸恵も胸をなぜおろしています。

「ご主人のためソープの技術を身に付ける大きな目的を持って身一つで家を出た幸恵さんは、アパート
代を含めた生活費を稼ぐ必要もあり、これまでは、本当に良く頑張りました。

体の調子が悪い時、嫌なお客の相手をする時、どんな時でも幸恵さんは笑顔で接客してくれました。そ
れだからこそ、トップグループに入るほどの売り上げを上げることが出来たのです。

元の裕福な家庭に戻り、稼ぐことが目的でなく、遊びが目的でこの商売をやることになると、以前のよ
うな接客が出来なくなるのが人の常です。幸恵さんに限ってそんなことはないと、私も思いたいのです
が、心配は残ります・・・」

話の途中から幸恵の表情が変わりました。穏やかに話しているのですが、佐王子の一言、一言が幸恵の
体を刺し貫いているのです。

「悪いことは言いません、旦那様と和解できた今が足を洗うチャンスです。
どんな職業でも未練を残しながら引退するのが良いのです。
どうにも動きが取れなくなってからでは遅いのです。
ここでのニケ月間は夢を見たと思ってください・・」

ここで佐王子は口を閉じ、二人の表情をじっと見つめています。幸恵は下を向き何事か考えに耽ってい
る様子です。佐原はしきりに頷いています。二人の様子を見た佐王子は彼らの反応に手ごたえを感じ
取った様子で、更に言葉を続けることにしたのです。

「今から話すことは、素人の方には話したくないことなのですが、事がここまで来ると黙って居るわけ
にはまいりませんので、思い切って話します。かなり衝撃的な話ですので、ここで聞いたことは、決し
て口外しないでください・・、宜しいですか・・・?」

「・・・・・・」

佐原と幸恵が不安そうな表情を浮かべ、それでもこっくりと頷いています。

「良いでしょう・・、それでは話します・・・。

たくさんの男と接して経験した悦楽の記憶は幸恵さんの体のあちこちに残り、幸恵さんをこれから先、
悩ませると思います。

ストレートに言えば、旦那様がどんなに頑張っても、それだけではとても我慢できない状態が続くの
です。男欲しさに体が悶え、その苦しみはそれを経験した者でないと判らないと言われています。

それでも・・・、幸恵さん・・・、
堪えてください・・、我慢するのです・・、禁断症状に堪えてください。
ただ堪えるのです・・、これがまず大切です。

旦那さん・・・、幸恵さんを十分サポートしてください。
あなただけが幸恵さんを救うことが出来るのです・・、

体に残されたここでの傷跡は、それがどんなに強くても、幸恵さんの場合であれば6ケ月後には跡形も
なく消え去ると思います。しかし、ここで働く期間が増えればそれだけ、体に残る傷跡は深くなり、そ
の傷跡が消えるまでにより長い時間を必要とします。辞めるのであれば、出来るだけ早く辞めるのが良
いのです。

長年ここで働いていて、拭い取れないほど深く悦楽の記憶が刻み込まれた女達をたくさん知っています
が、そんな女たちは結局この仕事から生涯足を洗うことが出来ないのです。それが幸せだと思える女は
良いのですが、この商売から足を洗いたいと思いながら、それが出来ない女は哀れですね・・・、私は
そんな女を沢山見て来ました。幸恵さんにはそんな思いをさせたくないのです・・・・」

幸恵は先ほどから何事か考えに耽っていて、この大切な話は途中から彼女の耳には届いていない様子で
す。幸恵に比べて佐原の反応は際立っています。大きな衝撃を受けた様子です。唖然として、質問も、
反論もできない状態です。