フォレストサイドハウスの住人達(その10)
42 フォレストサイドハウスの住人達(その10)(306)
鶴岡次郎
2015/04/16 (木) 17:18
No.2680

着替えた幸恵がロビーで待っている佐原のところへやってきました。淡い色のワンピースにカジュアル
シューズのごく普通の主婦の姿です。

「親方にお別れの挨拶をしてくるわ…」

ロビーの側にある店長他スタッフの控室に通じるドアーの方向へ向かおうとした幸恵の手を佐原が捉え
ました。

「今・・、
急いで辞めることはない・・」

握った手を離さないで、笑みを浮かべた佐原が幸恵に優しく語り掛けています。

「エッ・・・
今・・、何と言った・・・?
辞める必要はないといったわね…、
本気なの・・・?」

びっくりした表情で幸恵が佐原を見つめて、問いかけています。

「僕はどちらかと言うと・・、
この店で働き続けてほしいと思っている・・。
勿論、お前が辞めたいと望んでいるのなら、話は別だが・・・」

「それでいいの・・・、
会社に知れると大変なことになるよ・・」

「ハハ・・・、勿論、会社や近所に知られては困るよ…、
奥さんがソープ勤めをするほど旦那の稼ぎが少ないと思われると、
僕の立場がなくなるからな・・・・・
そこのところは、隠し通してほしい・・・・」

「もう・・、そんなことを言って・・・、
本当にいいの、本気にするよ・・、
あなたが許してくれるなら・・・・、
私はこのまま、この仕事を続けたい・・」

「なら・・、そうするといい・・・、
僕もここで働く幸恵が好きだよ・・」

「うれしい・・、
なんだかすべてが思い通りになって・・・、
夢を見ているみたい…」

思ってもいなかった展開で幸恵は興奮して、はしゃぎ気味です。彼女がはしゃぐのは無理がないと思え
ます。思えばこのニケ月間、それまでは夢にさえ見たことがなかった世界に身を投じ、日ごとに違う男
に抱かれ、驚きと悦楽を交互に味わい、そして、アパートに戻れば、不安、焦燥、後悔と・・、ありと
あらゆる感情の荒波に曝され続けてきたのです。並の女性なら、堪えきれなくて、佐原の元へすごすご
と戻る道を選ぶか、誰も知らない土地へ逃げて行ったと思います。よく堪えたといえます。

一方、妻の喜ぶ姿を見ながら、佐原は複雑な気持ちで幸恵を見つめていました。

〈想像した以上に幸恵はこの世界に溺れこんでいる様子だ…、
もし・・、ここを辞めて元の生活に戻しても、
今の様子では、いずれここへ戻ることになるだろう・・、
その時は多分・・、離婚届を残して家出をするだろう・・・。

僕たちが選んだ道だ、どんなことになろうとも、
幸恵を守り、二人で新しい世界を開くのだ・・・〉

幸恵の仕事を続けさせると決断した佐原は、今、未知の世界に一歩踏み出したことをしみじみと噛みし
めていました。