フォレストサイドハウスの住人達(その10)
39 フォレストサイドハウスの住人達(その10)(303)
鶴岡次郎
2015/04/11 (土) 16:19
No.2677

傍から見ていると二人の会話は全くかみ合っていないのですが、そのことに二人は全く気が付かないの
です。幸恵と同様、佐原も幸恵の言葉を理解できないほど混乱していたのです。幸恵のつぶやきに耳を
傾ける余裕が無かったのです。男と女も相手を思う気持ちが強すぎて、肝心の相手の言葉を少しも聞い
ていなかったのです。

「幸恵・・・、
お前は・・、
変態趣味の僕を捨てたのではなかったのだね・・」

「変態趣味・・・?
あなたを捨てる・・・?

嗚呼・・・・、そうだったの・・・・
私が嫌いになったのではないのね・・・・」

ここへ来てようやく、男の言葉に耳を傾ける余裕が女に出来た様子です。女の心配したことではなく、
男は意外なことを女に語っているのです。

「僕のことを思って苦界に身を落としたのだね・・、
こんな恰好までして、好きでもない男に抱かれてきたのだね…
全ては、僕の変態趣味を満足させるための修行だったのだね…」

「・・・・・・」

床に座り込み、膝に両手を着いて、幸恵を見上げて涙をあふれさせながら、佐原は声を絞り出すように
して話しています。責められているのでないと察知した幸恵に更に余裕が出来ています。男の言葉に
こっくり、こっくりと女は何度も頷いています。

「幸恵・・、お前と言う奴は…、
薄汚い僕の好みを満足させるため、この世界に入ったのか・・・
そうだったのか・・・・」

頭を垂れ、佐原はじっと考え込んでいます。そして、ゆっくりと頭を上げました。ひと時の興奮が去り、
いくらか、男も冷静さを取り戻している様子です。

「僕は大きな誤解をしていたようだ・・・、
てっきり、裏切った僕に仕返しをするため、
見せしめのため・・、
お前はここで体を売っていると思い込んでいた…」

「そんな・・・、
そんな・・・、仕返しだなんて・・、
一度もそんなことは考えたことがありません・・」

全身を振って夫の思い込みが間違いであることを妻は示そうとしています。佐原が笑みを浮かべて頷い
ています。

「ああ・・、判っている・・・、
今やっと、幸恵の本心が判った・・・。

それにしても・・、ビデオを見て・・、
僕のことを汚いとは思わなかったの…?
軽蔑されても当然の俺をなぜ許したの?…」

「汚いなんて一度も思ったことはありません・・・、
ビデオを見て、びっくりして、戸惑ったことは確かです・・。

でも・・、普段のあなたを良く知っている私には、
ビデオの中のあなたはただ戯れているだけだと判っていました・・。
あの姿があなたの全てだなんて、思うはずがありません…。

それに・・・、
お隣の千春さんも男女の仲ではごく普通のことだと言ってくれました・・・」

「・・・・・・・」

言葉もなく佐原は幸恵を見つめ、じっと彼女の言葉を噛み締めていました。