フォレストサイドハウスの住人達(その10)
36 フォレストサイドハウスの住人達(その10)(300)
鶴岡次郎
2015/04/08 (水) 14:39
No.2673
深々と頭を下げて心から謝った、ここで佐原は止めておくべきでした。しかし、黙って家出をして、あ
ろうことかソープに身を沈めた幸恵に対して、抑えきれない不満、怒りが、心の隅のどこかに存在して
いたのでしょう、抑えに抑えていたにもかかわらず、最後になって図らずもそれが吹き出てしまうので
す。多分、準備していた佐原のシナリオにはないセリフを吐き出すことになったのだと思います。

下げていた頭をゆっくり持ち上げ、幸恵の顔を見つめて、佐原はゆっくり口を開きました。

「しかし・・・・、
俺が酷いことしたからと言って・・・、
お前が自分の体を汚すことまでしなくてもよかったと思う・・
それでは・・、あまりにお前が哀れだ…
僕の秘密を掴んだ時、そのことを一言、言ってくれればよかったのだ・・
話し合いで解決することだって出来たはずだと思うのだが・・・・」

「・・・・・」

それまで佐原の謝りの言葉に笑みを浮かべて耳を傾けていた幸恵ですが、次の瞬間、はっとした表情を
浮かべ、息をのみ、佐原を見つめる瞳に、見る見る内に涙が溢れ出ています。彼女の表情を見て、佐原
は言い過ぎたことにようやく気が付いていました。

「ゴメン・・、ゴメン・・・、
ああ・・・、なんてことを言ってしまったのだ…、
こんなはずではなかったのだが・・・
お前を非難するつもりなど、最初からなかったのに・・・」

「いえ・・、良いのです。
あなたからどんなにひどいことを言われても、
それは当然だと思います・・。
私は堪えなけれがいけないのです…」

幸恵にとっては、佐原の非難の言葉は十分に予想できた内容でした。無謀な幸恵の行動を何時、非難さ
れるか怯えていたのです。それがこの場で出てきたのです。

大きな声で反論することを予想していた佐原の予想は裏切られました。幸恵は抑えた調子でゆっくりと
口を開きました。

「あなたのおっしゃることは正しいと思います。
でもこれだけは言わせてください・・・」

涙を浮かべた瞳をいっぱい開いて、幸恵は佐原を見つめています。佐原はその視線に堪えられなくて、
目を逸らし、下を向いています。こんな時、激しく罵倒された方が佐原には良いのです。冷静に対応さ
れると佐原自身の愚かさが浮き彫りになるように感じられるのです。

「今なら・・・、
冷静に考えることが出来る、今なら・・・、
あなたのその言葉が正しいと、私も思います・・・」

ここで言葉を飲んで幸恵は佐原をじっと見ています。幸恵の言葉が止まったので佐原が視線を上げまし
た。佐原と幸恵の目が会いました。幸恵が何を言い出すのか混乱した佐原の頭では全くわからないので
す。ただ、ただ・・、幸恵の怒りがこれ以上膨張しないことだけを祈っていたのです。