フォレストサイドハウスの住人達(その10)
32 フォレストサイドハウスの住人達(その10)(296)
鶴岡次郎
2015/04/01 (水) 17:14
No.2669

既に女は部屋で待っていました。男が部屋に入ると、はっとした表情で男を見つめていましたが、直ぐ
に気を取り直したようで営業用の笑みを浮かべ恭しく一礼しました。

驚いたのは男の方です。店のショウウインドウで見た幸恵の顔を頭に描いていたのですが、白髪交じり
の長い髪を肩までたらし、灰色の長襦袢らしきものを羽織り、そこだけが異常に目立つ真っ赤な唇をし
てにっこり微笑んでいるのです。どうやら、ことさら老けたメイキャップを施しているらしく、しわが
目立ち、暗い肌の色なのです。

魔法使い、いや・・、今流行の妖怪砂かけ婆・・、女の姿を一目見て、佐原そう思いました。それでも
清楚な美人である幸恵の面影は色濃く残されていて、奇怪な中に妖艶な魅力が醸し出されているのです。
抑えた照明に照らし出された女の妖しい姿に佐原は我を忘れて見惚れていました。

「ご無沙汰いたしております…、
何時かは、いらっしゃると思っていました…。
ご存知だと思いますが、ここでも幸恵の名前で働いています・・」 

佐原の今日の来訪を予め知っていたような冷静さを見せて、幸恵が挨拶をしています。カウターからの
連絡では初めての客で、50歳ほどの温厚な紳士で、女装でのプレイを好む客だと連絡があったのです。
幸恵にはこの種のお客が一番多いのです。いつもの様に準備を整え、客を出迎えたのです。まさか、佐
原が現れるとは思ってもいなかったのです。

佐原の顔を見て驚いたのは一瞬の間で、懐かしさが込み上げて来て、優しい気分になっています。
寺崎と由美子に出会って以来、佐原と対決するこの日が突然やってくるとの覚悟は出来ていたのです。
佐原の顔を見て、この日が来ることをずっと待っていたことに幸恵は今更のように気が付いていました。

「どうなさいますか・・・、
このままプレイを続けることも出来ますし・・・・、
ここでお話をして時間を過ごすことも出来ます…、
どちらにしても、同じ料金です・・・」

幸恵の優しい声を聴いて、ようやく佐原は我を取り戻しています。

「ああ・・・、そうだな・・・、
少し話がしたい・・、
それにしても、ウイッグとメイキャップの効果は凄いね・・、
すっかり様子が変わって見える…」

「お気に入りませんか・・・、
この店の主人・・、私たちは親方と呼んでいるのですが・・、
その親方の指導で、最初からこの姿で店に出るようにしています…。
案外評判が良くて、ここでは売れっ子なんですよ・・・」

「いや・・、そうだろうね・・・、
僕にとってもかなり魅力的だよ・・、
普段の幸恵もいいが、その姿も素敵だ…」

「ありがとうございます・・・」

「僕が訪ねてきたことに、あまり驚いていない様子だが・・・、
僕が探偵を使って調べることは予想していたのだろうね・・」

「ハイ・・・、
もっと早く見つけていただけると思っていました…」

幸恵の言葉に佐原が何度も頷いています。行方をくらましたものの、幸恵はことさら隠れるつもりはな
かったのです。その証拠にこの店のショウウインドウには幸恵の写真を飾り、実名で店に出ているので
す。出来るだけ早く佐原が幸恵を見つけ出し、最終決着をつけることが幸恵の望みであったのは確かな
のです。その意味で、幸恵が言う通り、ニケ月近く幸恵を見つけ出すことはできなかったのは佐原の失
策と言えます。