フォレストサイドハウスの住人達(その10)
31 フォレストサイドハウスの住人達(その10)(295)
鶴岡次郎
2015/03/31 (火) 15:42
No.2668
その日、佐原は珍しく休暇を取っていました、どうやら午後から私用の予定が入っている様子です。朝
からそわそわして、ゆっくりと進む大時計の針を恨めし気な表情を浮かべて見つめているのです。

トーストと目玉焼きの遅い朝食を済ませた佐原は食器を流しに置いて、居間に戻りました。新聞を取り
上げても活字が頭に入りません。テレビをつけてもこの時間の番組は佐原には馴染みがなく、直ぐ飽き
が来るのです。仕事をしない午前の時間の流れがこんなに緩やかなものだと改めて認識していました。

ようやく予定していた午後二時になりました。自宅前の公園駅から私鉄に乗って30分、Y市の中央駅
に着きます。そこで地下鉄に乗り換えて5分、Y市の繁華街駅を降りて徒歩8分、繁華街から少し離れ
たところにその店はあるのです。

住宅街と飲み屋の連なる商店街の境目あたり、その店のある雑居ビルがひっそりと佇んでいました。常
連客に判ればいい程度の小さな看板が路上に置かれていて、その小さな看板に灯りが入り、その店が営
業中であることを示していました。

狭い階段を上り二階にあるその店の正面玄関に着きました。そこにようやく女たちの顔写真を並べたウ
インドウが置いてありました。その写真の中から幸恵の顔を探し出し、源氏名を確かめました。驚いた
ことに幸恵は実名で店に出ていたのです。彼女を知っている人がその写真を見れば佐原幸恵であること
が容易に判ります。どうやら幸恵には素性をことさら隠す意図はない様子です。

〈ここに潜んでいることを隠そうと思っていない…、
僕に知られることは勿論、知人に知られることも、恐れていない・・、
むしろ、ここに居ることを知ってほしいと思っている様子さえ感じられる…、
僕への恨みがそれほど強いと言うことか・・・、

体を売っていることを知人たちに知らせることで、
彼女自身激しく辱めて、そのことで私を強く罰するつもりだ・・、
おそらく、この事実が公になれば、役員を辞任することになる・・・、
実に巧妙なリベンジ作戦だ…〉

幸恵がこの世界に入った決意の程を感じ取って、胸が痛くなる思いを佐原は噛み締めていました。

扉を開けました、そこは畳一枚ほどのスペースがあり、粗末なカウンターの向こうに立つ、白いシャツ
に黒いベストを着た30過ぎの律儀そうな店員が愛想のいい声を上げて佐原を迎えました。迷わず幸恵
を指名すると、以前に指名したことがあるか否かを尋ねられ、初回だと答えると、店員は少し考えるふ
りをして、今の時間、幸恵は対応可能だが、彼女は特殊プレイが得意なので、普通プレイを希望するの
なら、別の女を選択する道もあると、親切に教えてくれました。

「特殊プレイとはどんなことが出来るのだ・・」

「ハイ・・、家の子は全員、お客様の希望に沿って、どのようなプレイも可能ですが、それでもそれ
ぞれ、最も得意にしているプレィ・スタイルがあります。

幸恵さんは女王様役が得意です・・。

彼女を贔屓にされるお客様は女装されることが多くて、その姿で女王様の苛めを受けるのです。こうし
たプレイがお好みなら、ぜひ彼女をお選びください・・。
どうされますか・・」

「彼女でお願いする・・。
女装して苛められるプレイを希望する・・」

「承知しました・・。
1号室が衣装ロッカーになっております、お好きな衣類をお選びください。
着替えは彼女の部屋、4号室でお願いします・・」

カウンターの男はにこりともしないで事務的にこなし、料金と引き換えに部屋番号札を手渡しました。