フォレストサイドハウスの住人達(その10)
29 フォレストサイドハウスの住人達(その10)(293)
鶴岡次郎
2015/03/23 (月) 13:22
No.2665
黙って笑みを浮かべている由美子をじっと見つめながら幸恵は女の勘を総動員して、佐原と由美子の関
係を探っていました。

〈ひよっとして・・・、二人は既に深い関係に・・・・
いえ、いえ・・、そんなことはないわね…、
佐原に限って・・・、そんなことはしないはず・・・・
でも・・・、この由美子さんが迫れば、彼だって男・・・、
絶対、起こり得ないことではない・・・、
いや・・、いや・・、
浮気相手の妻の前に、平気で顔を出せるほど由美子さんは厚顔な女ではないはず・・〉

頭をよぎった疑惑を慌てて振り切っています。

佐原と由美子が既に男と女の関係を持っていることを知っている寺崎探偵は幸恵の沈黙の意味を悟りひ
やりとしていました。もし幸恵がその疑惑を言葉に出せば、由美子のことです、幸恵の質問に答える形
で、あっさり佐原と寝たことを告白する可能性もあると寺崎は案じているのです。

「ところで・・、
佐原は私のこと、何か言っていましたか…
あなたになら、他の人には言わないことも漏らしたと思うのですが・・・」

「奥様の家出の原因には心当たりが全くないと言っておられました。
私が拝見する限り、ご主人は奥様のことを信頼し・・、
心から、愛されている様子でした。
今でこそ、多少は元気になっておられますが、
事件直後は傍で見ているのもつらくなるほど、ご主人は憔悴されていました…」

「そう・・・
由美子さんにはよほど気を許しているのですね…、
他人に憔悴したところを見せるなんて珍しい・・・。
悲しい時や、弱ったところを人に見せたことはありません・・・、
まるでライオンのように、いつも戦いの姿勢を崩さない人ですから…」

一瞬悲しそうな表情を浮かべ幸恵が答えています。そして、視線を落とし、何事か考えに耽っているの
です。幸恵が口を開くまで、寺崎も、由美子もじっと待ちました。

しばらくして・・、幸恵がゆっくり顔を上げ、由美子と寺崎の顔を見て、口を開きました。彼女なりに
心の整理が出来た様子です。

「所長さんのお話では、佐原から依頼を受けた調査は既に完了していて、
後は報告書を提出するだけだとのことですね・・・、
それにもかかわらず、貴女は探偵業務のタブーを破って調査対象の私を訪ねて、ここへ来られました。
どうしてそんなことをしたのでしょうね・・」

ある程度まで由美子の訪問目的に見当をつけている口調で笑みを浮かべて質問しているのです。

「正直に申し上げます。
佐原さんの様な素晴らしい方から離れて、黙って家を出られた奥様はどんな方だろう・・、
そしてどんなお考えを持って家を出られたのだろう・・、
家出の先に何を目指しておられるのだろう・・と、素朴な疑問を持ちました。

よろしかったら、家出をされた理由とその目的を教えていただきたいと思って参上した次第です・・・」

「すごく素直な言葉ですね…、
理想的に見える素晴らしい夫を捨てたバカな女の顔が見たい・・、
何不自由ない理想の家庭を捨てた女の本音が聞きたい・・・と、
おっしゃるのね・・・。

どうやらあなたはその答えにおおよその見当は付けている様子ですね・・、
少なくとも、私が男を作って失踪したとは疑っていない…、
どう・・、間違っていないでしょう・・」

「・・・・・・」

由美子が黙って頷いています。

「どんな理由で失踪したにしても、
このまま報告書をまとめれば・・・、
私が圧倒的に不利になると考えたのね・・・、
私を救うつもりでここへ来たのですね・・
貴女の優しい思いやりに感謝します。
改めてありがとうと、申し上げます・・・」

「・・・・・」

由美子は黙って幸恵を見つめていました。賢明にも幸恵は由美子の目的を察知していたのです。


「あなたに習って、私も出来るだけストレートに答えます。
そして、今から答える内容を佐原に伝えるかどうかは、
由美子さん・・、あなたの判断に任せます。
好きなように取り扱っていただいて、私は構いません・・」

幸恵も、由美子も笑みをたたえた表情を変えていません。二人の女は互いに本音を吐き出す相手として
不足はないと思った様子です。寺崎は二人の女の息詰まるようなやり取りを黙って聞いていました。由
美子が暴走しそうであれば止めるつもりでいたのですが、このまま話し合いを続けて良いと判断した様
子です