フォレストサイドハウスの住人達(その10)
10 フォレストサイドハウスの住人達(その10)(274)
鶴岡次郎
2015/01/28 (水) 16:33
No.2645

由美子の真正面に座り、紳士的な姿勢を崩さず和やかに話していますが、次の瞬間、佐原が由美子の側
に移動して、肩に手を掛けてくることだって起こり得るのです。そうなれば、由美子は眼を閉じて、佐
原の唇を待つつもりなのです。

「・・何かが起きても、誰にも判らないよ、
抜け駆けを今回だけは許すから、余計な心配をしないで、
私のことは構わないから・・・、
予定通り佐原さん家(ち)へ行ってちょうだい・・」

愛は由美子にそう言ったのです。

「これが私一人で行くとなると、主人が心配して、とてもそんなことは出来ないけれど、由美子さんな
ら大丈夫よ。ご主人は理解があるし、由美子さんが今まで積み上げてきた実績もあるし、何かあっても
誰も問題にしないよ。むしろ何かが起きた方が、由美子さんにとっても、佐原さんにとってもハッピー
よ・・・」

愛にここまで言われると、由美子はもう何も反論できませんでした。ただ、苦笑いして、佐原宅を一人
で訪ねることにしたのです。


ソファーに向かい合って座り、和やかにコーヒーを楽しみながら、由美子が全身の力を抜いて潤んだ瞳
を見せているにもかかわらず、佐原はそれらしい動きも気配も見せないのです。

先ほどから、佐原の股間がごく平静であることに由美子は気がついていました。由美子がその気になって
いるのに、反応を見せない男はごく稀です。佐原はその稀な例だと、悔しさよりも驚きの気持ちをこめて
由美子は佐原を見ていました。

〈・・・私の魅力が乏しいせいかしら・・・、
いや・・、そうでもなさそうだ・・・、
私の身体には一応の興味を見せている・・、
私の素脚に絡みつく彼の視線を十分に感じ取れる・・・、

それだのに・・・、なぜ・・・、
彼のモノは平静を保っている・・・。
彼の中に・・、彼の性衝動に・・、火が点いていない・・・
なぜ・・・?〉

目の前に座っている佐原の不可解な態度に驚きながら、それでも由美子は冷静に彼を分析していました。


〈幸恵さんのことで頭が一杯なのだ、
彼女を本当に愛しているのネ・・・、

でも・・、それだけではない・・、
何かが違う・・、

そうだ・・、もしかして・・・
燃え上がるためには、この男にはもう一つのキーが必要なのだ・・。

そうだ・・・、そうだった・・・、
以前、この種の男を私は見たことがある・・・・〉

由美子の中に突然ある発想が閃きました。男と女の愛の形をいろいろ経験し、異常な愛の形も沢山見て
きた由美子ならではの閃きでした・・。


突然由美子が立ち上がりました。かなり厳しい表情をしています。口をきっと結んだまま、佐原に一歩、
そして二歩近づきました。もう膝が接するほどに由美子は近づいています。ソファーに腰を下ろしたま
ま、驚きの表情を浮かべ佐原が由美子を見上げています。

次の瞬間、由美子が右手を高くかざして、いきなり平手で佐原の頬をかなり強く殴りつけたのです。
湿った破裂音が静かな室内に響いています。