フォレストサイドハウスの住人たち(その9)
51 フォレストサイドハウスの住人たち(その9)(261)
鶴岡次郎
2014/12/17 (水) 14:25
No.2629

思ってもいなかった話を聞き、うな垂れている次郎太を覗き込むようにして廓の亭主がやさしく声を掛
けました。

「佐伯様・・・、大丈夫ですか…、
もし・・、私の話を聞いて気が変わり、婚約を解消されるのなら、
それはそれで残念ですが、今なら太夫も受け入れると思います・・」

廓の店主がやさしい口調で、それでも本気で訊ねています。

「ご親切なお言葉に感謝する・・・。
少しびっくりしただけです・・。
お恥ずかしいところを見せました…」

うな垂れていた姿勢を正し、次郎太が店主の目をまっすぐに見ています。この店にやってきた時のよ
うに、これから大事を成すと決めた決意が漲った表情を取り戻しています。

「正直申しまして・・、
ご亭主の今の話は予想もしておりませんでした・・。

話を聞いた今でも…、
結婚後、起きるであろう事実を・・、
現実問題として受け入れることはできないのです。

しかし、ご心配は無用です・・・。、
お高さんを娶る決意は変わりません…、
話を続けてください・・、
全てを聞きたいのです・・・」

廓の主が大きく頷いて、ゆっくりと語り始めました。

「燃え上がる情欲と強い貞操観念の板挟みになって、死を選んだ女の話はあまりにも哀れで、これ以上
詳しく話す気にはなりません。ただ、一つだけ申し上げておきたいことがあります。もし、彼女たちの
夫がもう少し思慮深く、愛情が深ければ、何人かの女は死ななくて済んだと思います。

佐伯様には私の言わんとすることがお分かりいただけると思いますが・・、
もし・・・、お高さんが追いつめられるようなことがあれば、
死を選ぶ前に彼女を自由にしてやってほしいのです・・・」

次郎太が黙って頷いています。

「多くの女は死を選ぶほど腹が出来ていません・・・、
いえ・・と言うより、多分・・・、
浮気をすることが、それほどの罪にならないと思っているのです。

身体の要求するまま、男漁りをすることが、当然とまでは思わないものの、
その行為を一般の女性が考えるほどの大罪だとは思わないのです・・・」

次郎太の表情を見ながら、彼の反応を確かめながら亭主は話しています。次郎太の表情は変わりません、
亭主の話に驚いている様子でもなく、かといって、彼の話を頭から信用しない様子でもないのです。耳
を傾けて真剣に聞いているのです。

「男漁りの道を選んだ女たちは抑えきれない情欲に誘われるまま、手近に居る男に手を出します。
それが、舅であったり、義理の兄弟であったり、とにかく男なら誰でも良いのです。

普通の女であれば、その罪を犯せば死を覚悟せざるを得ないような相手でさえ、欲望を優先してその男
に手を出すのです・・・。

こうした行為に走る女たちが何を考え、どんな言い訳を自分に言い聞かせ、近親相関という忌まわしい
禁断の行為に走るのか、正直言って、いまだに私は理解できていません・・・。

ただ、たくさんの事例を見てきた私が、彼女たちの行為を知り、その時いつも驚かされる事実がありま
す。それは、彼女たちの罪悪感が薄いことです。忌み嫌われる近親相関の大罪さえ犯しておきながら、
彼女たちはそれほどその行為を悪いと思っていないのです」

廓の亭主は次郎太の表情を見ながら、言葉を選び話しています。次郎太が亭主の話を少しでも信用して
いない様子を見せれば、その場で話を終わるつもりでいるようです。しかし、次郎太は異論を唱えず、
素直の態度で亭主の話を聞いています。