フォレストサイドハウスの住人たち(その9)
48 フォレストサイドハウスの住人たち(その9)(258)
鶴岡次郎
2014/12/14 (日) 17:14
No.2626

思っている言葉をすべて吐き出した高はじっと須藤を見つめています。須藤を見つめる高の濡れた瞳が
幾分強い光を放っています。

〈どうやら・・・、
私がここへ顔を出した時点で、全てを悟り、
お高さんは次郎太のことを既にあきらめているようだ・・・。

妻の座を狙って、次郎太を色仕掛けで落とした性悪女と思っていたが、
それはとんだ誤解だった・・、
お高さんは最初から彼の嫁になれるとは思っていなかったようだ、
次郎太が、先のことも考えないで惚れこんでしまって、
お高さんの心を乱しているのだ・・・。

ここで私がこの縁談に首を振っても・・、
次郎太が騒ぎ立てる可能性はあるが、お高さんは黙って引き下がるだろう・・。
多分・・、その解決策が一番常識的な判断だろう・・・。

しかし・・・、
無理筋と判っている女に惚れた次郎太の気持ちも大切にしてやりたい・・、
また、これほどの女を捨てるのはいかにも惜しい・・・
さて・・・、どうしたものか・・・・〉

お高に惹かれながらも、須藤は迷い続けていました。須藤は目を閉じて何事かじっと考え始めました。
その場にいる、廓の主人、高、そして次郎太がじっと須藤の顔を見つめ、彼の言葉を待っています。須
藤がいかなる結論を出しても、この場にいる者は彼の出した結論に従うつもりでいるのです。覚悟を固
めている高の表情は穏やかです。次郎太一人が落ち着きのない表情でみんなの顔をちらちらと盗み見て
いるのです。

「この話を次郎太から聞いた時、お女郎さんを嫁にするなどとんでもないことだと思いました。
それでも、頭ごなしにそれを言うと、恋に狂った若い者は何を仕出かすか判りませんから、
彼を説得し、この縁談を壊すことが出来る決定的材料を探す目的でここへ一緒に来たわけです・・」

高が微笑みを浮かべて何度か頷いています。彼女が予想した通りの須藤の言葉だったのです。次郎太が
目を剥いて須藤を睨んで何か言い出しそうなそぶりを見せています。右手を振って次郎太の言葉を抑え
込んで、須藤はゆっくりと口を開きました。

「お高さんに会い、親しくお話し合いをして、良く判りました…。
次郎太がお高さんに惚れた理由が良く判りました。
今は・・・、良く惚れたと褒めてやりたい気分です。
私からもお願いします。次郎太の嫁になってやってください・・」

びっくりした表情で須藤を見つめる高、信じられない言葉を聞いたお高はとっさに言葉が出せない様子
です。

突然・・・、大粒の涙がきれいな瞳から溢れ出ています・・。

〈・・・なんと美しい表情だ・・・、
こんな女が自分のモノになるのだったら…、
私は・・、今の身分も、家庭も、全部・・・、捨てても良い・・・

おっと・・・、危ない・・、危ない・・・、
女は怖い・・、その気がなくても男を狂わせる魔物だ・・・・〉

高に見つめられ、彼女が出す大粒の涙を見た須藤は慌てています。年甲斐もなく胸をときめかせている
のです。次郎太もじっと高の表情を見つめています。彼もまた、必死で涙を押さえているのです。

「ご亭主殿・・、お高さん・・、
次郎太の申し出を受けていただけますね…」

「ハイ・・・、
ありがたくお受けいたします…」

廓の亭主と、高が深々と頭を下げて快諾の言葉を出しています。

「・・となると・・・、
これで御両家の縁談がまとまったことになります。
次郎太、お高さん、おめでとう・・・」

須藤が二人に祝福の言葉を言い、二人が深々と頭を下げています。