フォレストサイドハウスの住人たち(その9)
47 フォレストサイドハウスの住人たち(その9)(257)
鶴岡次郎
2014/12/12 (金) 14:48
No.2625

廓の亭主によると、高は古今の書を読破していてその知識は良家の武家娘でも遠く及ばないほどなので
す。また、和歌の道、茶道の道を究め、その道でも 生活できるほどの腕前になっていたのです。女郎
をしながらそうした道を究めるには血のにじむような努力と強い意志力が必要なのです。

この縁談を壊すつもりでやってきた須藤は、落ちぶれた娼婦像を頭に描いて廓にやってきたのです、し
かし目の前にいる高は良家の妻女のような雰囲気をたたえているのです。須藤はやや足元をすくわれた
ような気分になっています。

〈予想に反して、素晴らしい女だ・・・。
清楚な美人で、廓育ちの陰はどこにも見当たらない・・・、
これなら武家の妻として、明日からでも大手を振って歩ける・・・

それに加えて、素人女では到底出せない色香がそこかしこに滲み出ている、
この色香で迫られたら、若い次郎太などひとたまりもなかったろう・・〉

目の前に座っている高は質素な普段着で、お化粧もほとんどしていません。それでいて匂うような色香
が、白い首筋、濡れた瞳、ふくよかな胸と臀部のラインから湧き上がり、須藤の男心を揺さぶるのです。

〈・・いやいや・・・、
見かけに騙されてはダメだ・・・、
所詮、廓の女だ・・・、
若い侍を色仕掛けで落とし、その妻の座を狙っているのは確かだ・・・、
美しい仮面の下に黒い本性が隠されているはずだ・・・

とはいっても・・、
未婚の女が妻の座を目指すのは当然のことだ・・、
我妻だって、初めて出会った時それとなく乳房をチラ見させたのだから・・
廓の女が、幸せを求めて、多少の仕掛けをしたとしても、
誰もその女を責めることはできないはず・・・〉

高の美貌と上品な雰囲気におされて、ともすればくじけそうになる気持ちを須藤は奮い立たせ、未熟な
次郎太が高の色香に溺れ、女の罠にうまうまと嵌ってしまったと思い込もうとしているのです。その一
方で、目の前にいる清楚な女を見て、また思い直したりしているのです。

「須藤様からそんなにお褒めの言葉をいただいて、
我が身を省みて、恥ずかしい気持ちでいっぱいです・・。

和歌や、茶道が少し出来ても、他のことは何一つ満足にできません。
12歳でこの世界に入りましたので、女として必要なお台所のことも・・、
お裁縫も・・、何もできません・・・。

こんな女が佐伯様の嫁として、勤まるとは思えません。
それで、佐伯様には何度もそう申し上げてお断りしたのですが・・・、
それでも良いからと、強く言われますので・・、

お慕い申し上げる佐伯様とご一緒に暮らせるなら、
どんな苦労にも堪えられると思って…、
厚かましいことですが、佐伯様の愛情に縋らせていただくことにしたのです・・。

須藤様がこの縁談は難しいとお考えなら・・・、
遠慮なくそう言ってください、
悲しいことですが・・、決して恨みに思いません・・・。
どんなに考えても、私が佐伯様に嫁ぐことなど、夢物語なのですから…。

幸い、菊の屋の旦那様から、
何時までもこの店に居て良いと言っていただいております。
他の世界で暮らす術を持ち合わせておりませんので、
生涯、この廓で暮らす覚悟は出来ています・・」

静かに、それでもはっきりと高は自身の心の内を須藤に話しました。