フォレストサイドハウスの住人たち(その8)
20 フォレストサイドハウスの住人たち(その8)(208)
鶴岡次郎
2014/08/16 (土) 18:01
No.2569
体がほとんど触れるほど近づいて、男の側に千春が座りました。懐かしい女の体臭が男の鼻孔を刺
激しています。それだけで、男は高揚した気分になっています。

「そうだな…
明日の仕事は午後からだし、
家に帰っても誰も待っていないから・・、
迷惑でなければ、泊めていただくかな・・」

千春の顔を見ないようにして、何気ない口調で男が返事しています。

「そうして・・、
主人もきっと喜ぶと思う・・、
ところで、Y市のマンションは以前のままなの…」

「ああ・・、そうだよ、
千春ちゃんが泊まっていた頃と何一つ変わっていないよ」

「あら・・、そう・・
懐かしいな・・・、
ああ・・、そう、そう、窓から見えるラブホテル、
相変わらずなの…」

「以前より、過激になっている、
こちらが見ていると判ると、わざと脚を開いて見せる女もいる…、
多分、大部分が素人の女だと思うけれど・・、
その気になると、女の方が大胆だね・・」

「ふふ・・・・」

二人きりになると一気に昔のことが蘇り、二人の仲は急速に接近しています。無理もありません、
千春がまだ20歳そこそこで、初めて佐王子に抱かれ、それから8年余り、佐王子の手で女の全て
を開発され、彼の要請で娼婦にまで身を落としたのです。考え方によっては浦上と過ごした8年間
の結婚生活より、佐王子と過ごした8年間の方が千春にとっては密度が濃いと思います。

「一週間前、ご主人から電話があった・・・、
10年近く会っていないはずだから、正直、最初はだれか判らなかった・・、
千春の名前を聞いてようやく思い出したほどだった・・」

「10年は経っていないは、8年足らずよ・・」

「そうだったかな・・、
それにしても遠い昔の気がする・・・。
確か、千春と彼の結婚について三人で話し合うことになったんだったね、
俺も若かったが、あの時、千春はほんの子供だった気がする・・」

「よく言うわね…、
そんな子供みたいな女にお客を取らせていたのよ、保さんは・・」

「ハハ・・・、
これは一本参った・・、
確かに、おっしゃる通り俺はどうしょうもない男だよ・・
今も、あの頃とちっとも変らない渡世を送っているよ・・」

「相変わらずね・・、
自分のことをそんな風に言うのは…、
でも、どうしょうもない男だったら主人は声を掛けないと思う、
どんな相談をしたのかわからないけれど・・・、
主人は保さんを信頼しているのよ・・」

少し真剣な表情で、やや強い調子で千春が言っています。