フォレストサイドハウスの住人たち(その8)
18 フォレストサイドハウスの住人たち(その8)(206)
鶴岡次郎
2014/08/06 (水) 14:06
No.2567

方針が決まれば実行は早い方がいいと、浦上が提案して、二人はそのレストランを出て、歩いて10
分ほどの距離にあるFSマンションへ向かいました。自宅で待っている千春には佐王子を連れて行
くことを浦上は連絡しませんでした。

佐王子を見て千春は驚き、次にはあまりの嬉しさで、その場にうずくまり泣き出してしまったので
す。二人の男は互いに顔を見合わせて、笑っていました。

二人とも食事は済ませて来たと告げたのですが、千春は手早くビールと軽いつまみを準備して二人
を無理やり食卓に座らせました。笑みを浮かべて二人の男はおいしそうにビールのコップを傾けま
した。

千春の心づくしの料理が食卓に並べられました。豚肉と小エビ、イカなど海鮮物が入った中華風野
菜炒めと鯵の塩焼きです。これらはいずれも佐王子の大好物なのです。さすが、昔関係のあった元
恋人の好物料理は忘れていないのです。そして、その料理をよく覚えていて、手早く準備した千春
は佐王子への好意を未だ失っていないようです。

勿論、佐王子は千春の心づくしを理解していました。古風なやり方で、合掌した両手の指の間に箸
を挟み込み、目を閉じて感謝の祈りをささげているのです。その閉じた瞳から、涙が・・、ゆっく
りと滲み出ていました。

以前、二人が付き合っていた時のことです。佐王子が一人住まいをするマンションへ、佐王子が留
守の間に訪ねてきた千春は、良くこの料理を作ってくれたのです。佐王子が夜遅く仕事を終えてマ
ンションのドアーを開けると千春の声と一緒に、このごちそうの香りが佐王子を出迎えていたので
す。

真剣に千春との結婚生活を考えた時期もありました。結婚話を出さば断われるはずがないと確信し
ていたのです。しかし、佐王子には結婚を申し出る勇気がなかったのです。結果として浦上に千春
を奪われ、佐王子はそれ以来固定した女を作ったことさえないのです。

久しぶりに千春の料理を見て思わずさ佐王子の涙腺が緩んでいるのです。まさか、千春の嫁ぎ先で、
この料理で接待を受けるとは、佐王子は夢にも思っていなかったのです。ただ一人、浦上だけは中
華と和食が入り混じった、この妙は組み合わせの料理の意味を理解できていなかったのです。



「僕が呼び出して、この近くのレストラン・・・、
ほら、イタリアンで何とか言ったかな、
千春と二、三度行ったことがある店なんだが・・・」

「レストラン地中海でしょう・・」

「アッ・・、そうそう・・、
その地中海に佐王子さんを呼び出して、
久しぶりに飲むことにしたのだよ・・」

実のところは話に夢中になっていて、レストランでは浦上も佐王子もほとんどの飲み食いしなかった
のです。話し合いが終わり、二人の男は緊張から解放され、空腹を感じ始めていたのです。千春の料
理の腕はかなりの物でした。それから次々と出される料理も若い主婦としては合格点以上の出来栄え
でした。二人の男は大いに飲み、食べました。

昔話に花が咲き、二時間余りがあっという間に過ぎました。もう、夜の10時を回っています。そ
れでも、肝心の話はまだ千春に告げていないのです。

「佐王子さん・・、夜も遅くなったようだから、
今夜はよろしければ泊まって行きませんか・・・?」

かなり酩酊した視線を宙に走らせながら、浦上が佐王子に言っています。元々、浦上はそんなに酒
に強くないのです。飲めばすぐに眠気を催して眠りおちる質なのです。佐王子が恐縮して手を振って
いますが、浦上は酔っ払い特有の執拗さで自分の主張を続けています。

「判りました・・、
明日は休日ですから、私の仕事も休みです。
今夜はお世話になります」

佐王子の返事を聞いた浦上は安心したのでしょう、そのままテーブルに顔を伏せて、眠りおち、鼾
を発しています。

「あら、あら・・、こんなに酔っ払って・・、
ゴメンナサイ、この人がこんなに酔っ払うのは久しぶりなんです。
佐王子さんに会って、よほどうれしいのだと思います・・」

「昼間の疲れがどっと出たんだよ・・、
寝室へ連れて行った方がいいね・・」

佐王子と千春が大男の浦上に肩を貸し、やっとのことでベッドに寝かせつけました。笑いながら、
浦上の背広を脱がせている千春を残して、佐王子は一人で寝室を出ました。