フォレストサイドハウスの住人たち(その7)
9 フォレストサイドハウスの住人たち(その7)(173)
鶴岡次郎
2014/05/25 (日) 17:52
No.2530

その日は5年前に亡くなった理恵の月命日だったのです。千春が誘って、理恵の墓参りをしました。
本来ですと浦上家の墓地に葬られるのが筋ですが、理恵の両親の強い希望があり、その上、浦上家
の墓地はかなり都心から離れた場所であったため、理恵は彼女の実家である塚原家の墓地に葬られ
ているのです。

千春と浦上が墓所に近づくと、墓前に跪いてお祈りをしている初老のカップルが目に留まりました。
最初に気が付いたのは当然のことながら浦上でした。

とっさに浦上はそのまま通り過ぎようと考えたのです。しかし、墓前に跪いていた女性が二人に気
が付き、立ち上がり、浦上と千春の方をじっと見つめていたのです。やがて、連れの男性も立ち上
がりました。もう・・、逃げ出すことはかないません。

覚悟を決めた浦上はゆっくりと二人に近づきました。緊張している浦上の様子から、こちらを見て
いる初老のカップルが理恵の両親だと千春は察知していました。
会話が届く距離に近づいたところで立ち止まり、浦上と千春は深々と頭を下げました。

「三郎さん…、お久しぶりです。
そちらの方が・・、
お手紙で知らせていただいた千春さんですね・・・」

「ハイ、そうです。
改めてご紹介します。
こちらが・・今回婚約いたしました・・・」

「はじめまして・・・、
加納千春と申します・・」

浦上の紹介を待たないで千春が快活に口を開き、自己紹介しました。

「はじめまして・・、
お元気で、きれいなお嬢様ですね…。
理恵の父と母です。塚原と申します」

塚原と名乗った初老の夫婦は、千春が気に入ったようで笑みを浮かべて頭を下げています。

4人そろって墓参りを済ませて、どちらから誘ったわけでもなく、近くの喫茶店に入りました。話
題はほとんど千春に関することでした。千春の両親のこと、兄弟姉妹のこと、シュー・フイッター
の仕事の内容、などなど、客商売の千春はさすがに話し上手で、彼女の話を聞いて塚原夫妻は声を
出して何度も笑っていました。

30分ほど話し合って、店を出ました。最寄りの駅まで歩いて10分ほどの距離です。綺麗に整備
された並木道を千春と塚原夫人、浦上と塚原氏がそれぞれに並んで、にこやかに会話をしながら歩
きました。ゆっくり歩を進めながら各人が、こうして親しく4人が一緒に話し合うのはこれが最後
だろうとの思いを抱いていたのです。