フォレストサイドハウスの住人たち(その7)
6 フォレストサイドハウスの住人たち(その7)170
鶴岡次郎
2014/05/17 (土) 16:14
No.2525

佐王子ほどの人物があえて千春の恥部を、その恋人にさらけ出したのです。佐王子には特別の戦略
があったはずだと春美は考えているのです。

「それからどうなったの・・」

話の展開に興味がわいてきた様子で、春美が身を乗り出すようにして問いただしています。

「彼の愛情も、信頼も、すべて踏みにじってしまった・・、
私は・・、酷い女だ・・・
これで何もかも終わった…と、私にはその場にいることさえ意味のないことに思えて、
その場から立ち去ることだけを考えていた。

そんなわけで、その後続いた二人の会話を、私はほとんど聞いていなかった…」

「『私は千春さんの過去を問題にしません。
私は改めて、千春さんに結婚を申し込みます・・』と言ってくれた。

私は…、その言葉の意味が最初はわからなかった…、
でも、彼が手を伸ばし、やさしく私の手を握ってくれたので、
彼の気持ちがやっと理解できた…。

うれしくて…、何も言葉が出せなかった…」

千春がまた涙を流し、春美がていねいに涙をぬぐっています。

「それにしても、危ない綱渡りだったね…、
佐王子さんはそれなりに勝算があって、秘密を全部暴露したと思うけれど、
そして・・、結果が良かったから、正しい選択と言えるけれど・・、
一つ間違えば、まとまる話をぶち壊していたことになる。
私なら、絶対話さない・・・・」

春美にとって佐王子の行動はかなり意外なものでした。結婚を決めた以上、当然、売春の件は闇に
葬ったはずだと思い込んでいたのです。

春美が現役のシュー・フィッター時代、千春と同様、春美も体を提供して売り上げを伸ばした経験
があるのです。結婚して数年経っていますが、今でもその秘密は夫に話していなくて、墓場までそ
の秘密を持っていく覚悟でいるのです。

〈浦上さんの人柄を見込んで・・、
この人ならと思って、千春の秘密を話したのだ…、
結婚した後、千春が秘密を抱えて悩まないように・・、
佐王子さんが親心を出したに違いない・・。

それにしても・・、良く決心した、なかなかできないことだ、
私など、昔を思い出して、夫の顔をまともに見ることができないことが、
今でも時々ある…。

こんなに罪悪感で悩むのであれば、
いっそ、何もかも話してしまおうと思うことがあるけれど、
その勇気が出ない…

話せば、自分は楽になれるけれど、夫を悩ませることになる、
そんなことは絶対できない、
私一人が悩みを抱えて生きていくと決めている・・〉

遠くを見る視線で、既に、自分では結論を出している自身の身の上を春美は考えていたのです。

「この人なら秘密を話しても大丈夫と佐王子さんに見込まれた浦上さんは勿論、
彼の人柄を見抜いた佐王子さんもすごい・・・、
二人ともなかなかの男だよ・・。

千春・・、良い人に巡り合えたね…、
本当に良かった…」

「うん・・・、
私のような女には本当にもったいない人だと思う・・」

「もったいないなんて・・、
そんなことはない!
千春にそれだけの価値があるからだよ!」

「・・・・」

語気を強めて言い放つ春美を、びっくりした表情で千春が見詰めています。