フォレストサイドハウスの住人たち(その7)
5 フォレストサイドハウスの住人たち(その7)(169)
鶴岡次郎
2014/05/16 (金) 18:12
No.2524

心から愛情を注いでくれている男の前に、女は別の男と一緒に現れたのです。 そしてその男は並
の男でなく、50歳近い闇の稼業に就いている男だったのです。女として絶対犯してはならない罪
を、その罪の重さと醜悪性を十分知りながら、あえて千春は罪を犯したのです。

口では千春を責めていますが、春美には判っているようです。その時、千春は絶望と、罪悪感で平
常心を完全に失っていて、自身の醜い、汚い一面を最愛の男にさらすことで、彼女自身を奈落の底
へ突き落す心境になっていたのです。

「佐王子さんと一緒にいる私を見た時、
彼は私と佐王子さんの関係をすべて悟ったと思う・・。
それでも、彼は顔色も変えないで、テーブルに着いてくれた」

「できた男だね…」

「・・・・・・・」

涙をいっぱいためて、千春が頷いています。

「『なんて大きな男だろう・・、
この人と結婚したい・・、
彼のモノになりたい…』と・・・、
私はその時、狂い出したくなるほど、彼を求めていた…。

でも・・、
『私にはどうすることも出来ない』
その思いだけが強く私に乗しかかり、
私は、彼の前でただうつむいて座っているだけだった・・」

「お婿さんに惚れ直したわけだ…、
失った人の大きさを再認識したわけだ、

辛いよね・・・、何もかも、自分のせいでそうなっただけに、
悲しみも、不満も、一人で背負うしか道がないからね…」

春美にも似たような経験があるのでしょうか、深い同情を示し、千春がそれに応えて黙って頷いて
います。

「重苦しい雰囲気の中で佐王子さんが口を開いた。

佐王子さんは自分のことを女衒だと名乗り、
私をたらしこんで、この4年間、私を弄び・・、
売春までやらせていると、あっさり話してしまった・・」

春美が絶句して千春を見つめています。

「佐王子さんがそこまで話すとは思っていなくて、
正直、その時は一瞬、佐王子さんを恨んだ・・・。
でも、直ぐに、これで良いのだと思い直していた・・。

酷いことをしてきた私など、
結婚を夢見ることなど、勿論許されないし、
ここで思い切り辱められ、ののしられ・・、
すごすごと彼の前から消えるのが私にふさわしいと思い直していた・・」

「そう・・、佐王子さんが全部しゃべったの…
話を聞いたお婿さんは、びっくりしたろうね・・・」

佐王子の意図にここで気が付いたのでしょうか、春美は何事か考えている様子で千春をなぐさめる
ことも忘れたようで、少し的外れの言葉を返しています。