フォレストサイドハウスの住人たち(その7)
4 フォレストサイドハウスの住人たち(その7)(168)
鶴岡次郎
2014/05/15 (木) 14:35
No.2523

千春の頬に付いた涙を丁寧に拭い取り、パフを取り上げ化粧を直しながら、春美がつぶやいてい
ます。

「何度もデートをした後のプロポーズでしょう・・・、
良く、彼はそれで納得したわね…」

「ううん・・、
彼は納得していなかった・・。
その時、私…、自分でも判るほど取り乱していたから、
彼、その場でそれ以上私を追い詰めることを避けた様子だった。
もう一度会う約束をして別れた・・。
でも・・、私はその日が最後の日だと覚悟を決めていた…」

「売りをやっていることを女の口から言えないからね・・、
泣きながら、黙って引き下がる以外手はないよね・・・・」

その時の千春の気持ちを察して、春美も少し涙ぐんでいます。

「・・で、
どうしてまた・・、結婚話が復活したの・・?」

「理由を言わないでプロポーズを断ったことを佐王子さんに話したら、
もう一度彼と出会う計画を立てろと言われた。
別れるにしろ、縁を戻すにしろ、ちゃんと説明する義務があると忠告された」

「当然よね…」

「会えば悲しくなるばかりだから、私は会いたくなかったけれど、彼も話し合いたいと言っていた
ことだし、佐王子さんが言う通り、このまま何も理由を言わないで別れるのは、まずいと悟って、
これを最後の機会にしようと決めて、都内の喫茶店で話し合うことにした」

「いい覚悟だよ・・
一人で会いに行ったんだね…」

「ううん・・、私は一人で行くつもりだったけれど、
佐王子さんも一緒に行くと言い出した」

「佐王子さんと一緒に行ったの…、
それはまずいでしょう…」

「うん・・、私もさすがにそれはまずいと思った。
でも、佐王子さんがどうしても一緒に行くと言って・・・
私の言うことを聞かなかった・・」

「でも・・、それは、やっぱりまずいよ・・」

「うん・・、普段の私だったらそんなことは絶対しなかったと思う・・・。
しかし、結婚はとっくにあきらめていたし・・・、
彼との縁はもう切れたと思っていたから、割り切って考えることにした。

彼のプロポーズを受け入れることができない最大の理由は佐王子さんの存在であることは確かだか
ら、佐王子さんが一緒に来たいのなら、それも良いかと、修羅場になるのは覚悟の上と、少し破れ
かぶれになって、三人で会うことにした」

「惚れぬいて、求婚した女が、
実は・・と言って、
中年過ぎの情夫(イロ)を連れてきたのだから・・、
修羅場になるよね…、普通は・・
そこまで酷いことをしないよ、普通の女は・・・・」

あきれた表情で春美がつぶやいています。

「うん・・、
絶望的になっていたとはいえ、
女の風上にも置けないほど酷いことをしたと、
あの日の事を思い出すたびに、情けなくなる・・」

「・・・・・・・・」

神妙な表情で千春がつぶやき、春美が黙って頷いています。