フォレストサイドハウスの住人たち(その6)
4 フォレストサイドハウスの住人たち(その6)(134)
鶴岡次郎
2014/02/28 (金) 13:54
No.2483
ここでまた、加納千春の物語に戻ります。今のところ、千春とFSハウスとの縁は見えませんが、
既にこの物語のキーマン佐王子とは遭遇していて、彼の軍門に下り、彼の目指す「ビジネスとして
管理された売春」の一角を担う一人に登録されそうな流れです。

闇の仕事から足を洗って三ヶ月、千春は元気に働いています。時折、肌寂しく感じる時はあるので
すが、どうしても我慢できなくなると佐王子に連絡するのです。そうすると時間を空けて千春を抱
いてくれるのです。

今日も元気に千春は働いています。フイッテイングルームで、千春は50過ぎの見るからに洗練さ
れた紳士の相手をしています。どうやら、これと思う一足が決まった模様です。紳士がクレジット
カードを出し、千春が携帯端末で決済処理を済ませました。そして、靴の入った紙袋を紳士に手渡
しました。その瞬間、紳士がポケットから名刺大の赤いカードを取り出し、千春に手渡しました。

一瞬ハッとして千春が紳士の顔を見上げました。紳士も千春の顔を直視しています。

「よろしければ、今晩いかがでしょう・・」

千春はその場に凍りついたように紳士を見つめていました。一分ほどそのまま時間が経過しました。
やがて、ニッコリ微笑んだ千春が口を開きました。

「私でよければ、喜んで・・、
それでは、少々お待ちください」

個室から出た千春は自身のロッカールームへ戻り、名刺大のメモ用紙を手にして戻ってきました。

「ここでよろしいでしょうか・・」

紳士がメモに視線を走らせ、黙って頷いていました。千春は店の玄関までその紳士を見送りました。
カウンターの中に居る店長もニコニコ顔でその紳士に頭を下げていました。勿論、靴を買い求めて
くれた顧客への挨拶です。まさか、千春の身体も売れたとは店長は想像さえしていないのです。


陰の仕事の最終交渉はほとんど千春の勤める店内で行われます。佐王子と事前に交渉を済ませてい
る紳士が赤い札を差し出し、そのお客で問題ないと判断すれば、千春は小さく頷き、赤い札を受け
取り、メモを手渡すのです。そこには今夜の時間と場所が記入されているのです。これでその夜、
彼女はその紳士に買い取られることになるのです。もちろん、彼女の好みで商談不成立にすること
も許されているのですが、体調不良の時以外、彼女はお客を断ったことがありません。

お客のほとんどは中年過ぎの社会的に高い地位に居る紳士で、売春の代金は別ルートで決済され、
千春は給料の数倍に当る金額を毎月手にするようになっていました。

お客達は店で働く千春を観察し、最終的に千春が気にいれば赤い札を差し出すのです。実物を見て、
千春への興味が失せるようなら、そのまま店を出ればいいのです。

これまで千春を見て、断った男は居ません。女性にそれほど飢えていない男達で、その上かなり高
額の料金を事前に支払っているわけですから、彼らはなまじの女では納得しないのです。もし、美
しく着飾った千春をキャバレーの薄暗い照明の下で見れば、千春ほどの女でも、何人かのお客は赤
い札を出すことをためらうことがあると思えます。
しかし、一流店舗の中で、制服姿で生き生きと働く千春を見ると、彼等の興味と欲望は一気に膨れ
上がり、千春を早く自分のものにしたいと思うようです。

女性は普段の生活場所の中でこそ本当の美しさを見せるものですが、佐王子はそのことをよく知って
いて、職場や、家庭の中で働く普段着姿の女たちをお客に見せることで、女たちの本来の魅力を男
たちに見せつけているのです。佐王子が特別の売春拠点でなく、FSハウスのような普通の生活拠点
を彼の稼業の拠点として選んでいる理由がなんとなくわかります。女を最高の状態で見せることに長
けた佐王子の巧みな仕掛けがここでも大きな効果を発揮しているのです。