フォレストサイドハウスの住人たち(その6)
32 フォレストサイドハウスの住人たち(その6)(162)
鶴岡次郎
2014/04/25 (金) 13:03
No.2513

二、三歩、歩いたところで突然佐王子が立ち止まり、振り向き、笑顔で浦上に声をかけました。

「浦上さん・・、
言い忘れたことがありました・・、
ちょっといいですか…?」

立ち止まったまま手招きしているのです。浦上が立ち上がり、佐王子のところへ歩み寄りました。
千春に聞かせたくない話があると判断したのです。

声を潜めて、浦上の耳に顔を近づけて佐王子は話しています。笑みを浮かべて話しているので、仲
のいい友達が別れ際に、人には聞かれたくないきわどい話を交わしているように見えるのです。千
春も首をかしげ、笑みを浮かべ、男二人を見ています。どうやら、千春には佐王子のささやき声は
届いていない様子です。

「今からお話しすることは私とあなただけの秘密です。
勿論、千春さんにも聞かれたくないことです。
緊張しないで、不自然でない程度に笑みを浮かべて聴いてください・・」

佐王子に呼ばれて、ある期待から全身に緊張感をにじませていた浦上が肩の力を抜き、笑みを浮か
べて男同士のたわいない戯言を聞いている雰囲気を出しています。

「浦上さん…、
売春の件をあえて暴露した理由(わけ)を・・・、
あなたは納得していませんね…」

びっくりした表情で浦上が佐王子の顔を見ています。まさかそこまで読まれているとは思ってい
なかったのです。

「そんなにびっくりした顔をしてはダメです…、
笑って、笑って…、そうです・・」

「驚きました…。
判りましたか…、
佐王子さんには、本当にかないませんね…」

「お客の表情を読むのが私の仕事ですから・・」

「若造の考えていることなど、
あなたにとってはすべてお見通しってことですかね・・・」

すこしすねた表情を浮かべて浦上がつぶやき、佐王子がにっこり微笑んでいます。

「私は先ほど申し上げたように女衒です。
女のことは、女本人よりよく知っているつもりです・・
女の体を売り買いする女衒の私から見て、千春さんは千人・・、
いえ、多分、数万人に一人の女性です。

数知れない女性を抱いてきた私でも・・、
彼女ほどの女性は彼女と他一名しか知りません。
その意味で、あなたは選ばれた幸運な男性です・・」

予想外の、大変な話になりそうな予感で浦上は、体が震えるほどの緊張を感じていました。そして、
佐王子が今まで隠していた本音をいよいよ話し出すのだと感じ取っていたのです。