フォレストサイドハウスの住人たち(その6)
31 フォレストサイドハウスの住人たち(その6)(161)
鶴岡次郎
2014/04/23 (水) 16:22
No.2512

佐王子に笑みを返しながら、浦上はまだあきらめきれないようで、佐王子の言葉の裏を探っていた
のです。

〈佐王子さんの説明は一応筋が通っているが…、
それでも、売春のことを口にして良い理由としては軽すぎる…、

その一言で、私は千春さんをあきらめていた可能性もあった、
その一言で、千春さんが望む結婚話は消える可能性が高かったはず、
これほど重大な秘密をバラすには、それなりのもっと深い理由があるはず。
佐王子さんは本当の理由を隠している…、そうに違いない…

そうか…、もしかすると…、
千春さんと結婚する僕に、そのことを知らせる必要があった・・、
そうだ・・、それだ・・、そう考えると全ての謎が解ける・・・、

では、その必要性とは何だ・・・、
破談の危険を犯しても、売春のことを僕に告げる必要性とは…
判らない・・・・〉

浦上と結婚したいと望む千春の希望を聞き、佐王子は初めから千春と浦上を結び付ける積りで、今
日の会見を自作自演したのです。そうであれば、千春と浦上の縁談話を根底からつぶしてしまう可
能性を秘めた売春の件を、あえて口に出すのは少し変だと浦上は考えたのです。千春と口裏を合わ
せて隠し通すことだって出来たはずで、むしろ、そうするのが普通の選択だと浦上は考えたのです。

確かに、佐王子の説明はなかなか説得力のあるものですが、浦上はそれだけでは納得していなかった
のです。勿論、佐王子が悪意を持って、本当の理由を隠しているとは疑っていないのですが、ある複
雑な理由があって、佐王子は本音を今は隠していると浦上は考えているのです。

浦上が複雑な悩みを抱えていることなど気づかない様子で、佐王子は真正面から浦上を見つめて、少
し改まった口調で口を開きました。

「あなたは私の予想を超える素晴らしい方でした。
千春のこと、安心して任せることができます。
よろしく、お願い申します…」

佐王子が浦上に深々と頭を下げています。浦上も頭を下げています。千春を見て、佐王子がやさし
い口調で言葉を出しました。

「千春・・、良かったな、いい人に巡り合えて・・、
もう・・、会うことはないと思うが、今まで、本当にお世話になった・・・。
幸せになるんだよ・・・・」

「佐さん・・・、佐王子さん…
私こそ、…本当にお世話になりました…。
うう・・・・」

もう・・、千春は堪えることが出来ないで、テーブルの上に泣き崩れました。店に居る他の客が何
事かと彼らを見ていますが、男二人が笑みを浮かべているのを見て、トラブルでないと判断した様
子で、騒いだりしないで静かに見守っているのです。

「では・・、私はこれで失礼します・・」

佐王子が立ち上がり、千春と浦上も遅れて立ち上がりました。三人は丁寧に頭を下げて別れのあい
さつを交わしました。そして、その場で潔く背を向けた佐王子が出口へ向けて大股で歩き始めまし
た。

ぼんやりと佐王子の背中を見つめながら、浦上はまだあの事を考えていたのです。

〈なぜ・・、売春のことを僕に話す必要があたのだろう・・
これで・・、秘密は闇に葬り去れるのか…、
時間が経てば、いずれ忘れるだろうが・・、気になるな・・・・〉

奥歯に物が挟まったような、そんなすっきりしない気持ちで浦上は佐王子を見送っていました。