フォレストサイドハウスの住人たち(その6)
28 フォレストサイドハウスの住人たち(その6)(158)
鶴岡次郎
2014/04/19 (土) 12:26
No.2509

かなり厳しく非難されているのですが、佐王子は何も反論しません。反論する材料がないのか、あ
るいは反論する意欲がないのか、いずれにしても佐王子は口を閉じたままです。酷くやられている
のですが、佐王子の表情は穏やかで、満足げな様子さえ見せているのです。千春は下を向き、肩を
震わせています。

千春の様子はともかく、佐王子の態度は浦上には不可解であり、不気味です。浦上は勝利を確信で
きないまま、最後の言葉を出すことにしたのです。まさに運を天に任せる心境だったのです。

「佐王子さん…、どうでしょう・・・
ここらで、千春さんを自由にしていただけませんか・・。
千春さんの幸せのために、決断してください…。

それとも、未だ絞り足りないというのですか・・・」

後には引かない毅然とした覇気を見せて浦上が言い切りました。冷静に戻った浦上に隙はありませ
ん、さすがの佐王子も反論できないのでしょうか・・・。

胸の内にあるものを全て話し終わった浦上がことをやり遂げた満足気な表情を浮かべ、佐王子を見
ています。挑戦的な言葉を投げかけられた佐王子ですが、なぜかこの場にふさわしくない嬉しそう
な表情を浮かべているのです。

「もし、私が千春を手放したら・・、
あなたはどうするのですか・・・?」

「どうするって・・・、
今、ここで、貴方にそれを言わなくてはいけないのですか・・」

「ぜひ、聞かせてください・・・、
千春も同じ気持ちだと思います・・・」

佐王子が千春をチラッと見て、ゆっくり語りかけています。千春がコックリ頷いています。どうや
ら佐王子の作戦に浦上はすっぽり嵌ったようで、ぎりぎりの瀬戸際に追い込まれ、男の本音を吐き
出す羽目に追い込まれた様子です。

「私の求婚を断った理由が・・、
今あなたから聞いた彼女の過去が原因であるというのなら・・・・」

ここで言葉を止めました。佐王子も、千春も、まさに固唾を飲んで、浦上の次の言葉を待っている
のです。浦上は目を閉じて、もう一度彼自身に問いかけていました。

「私はそんな過去を問題にしません。
私は改めて、千春さんに結婚を申し込みます・・」

冷静な声で浦上は答えていました。そして、心の内にいるもう一人の彼自身に、もう一度問いかけ
ていたのです。

〈本当にそれでいいのだね・・、
売春婦の千春を妻に出来るのだね・・〉

自分自身に問いかけ、涙を流し、浦上をじっと見つめている千春を見て、浦上は自分に迷いがない
ことを確信していたのです。

「判りました・・。
今日を限りに私は千春から手を引きます。
私から千春の過去を暴き立てることを勿論しません。
それに、誰かが少しでも千春の過去に触れようとしたら、連絡してください。
私が身を呈して、それを防ぐことをお約束いたします。
それが、せめてもの私のお礼奉公です…」

そのタイミングを待っていたようにすらすらと口上を述べ立てる佐王子を見て、ようやく佐王子の
真の狙いに浦上は気が付いていました。まんまと彼の罠にはまり込み、本音を吐き出したことに気
が付いているのです。勿論悪い気分ではないようです。