フォレストサイドハウスの住人たち(その6)
27 フォレストサイドハウスの住人たち(その6)(157)
鶴岡次郎
2014/04/18 (金) 15:56
No.2508

火照った体の隅々に冷たい水が行き渡っています。浦上は大きく息を吐き出しました。それだけで、
浦上は立ち直っていました。四肢に力がみなぎり、彼の中に戦う意欲がむらむらと湧き上がってい
ました。表情から怯えは消えています。浦上の変化に佐王子も気が付いた様子です。目を細めて、
若い浦上の様子をじっと見つめています。

「佐王子さん・・、熱くなりすぎて、少し言い過ぎました。
おっしゃる通り、千春さんとあなたの間に横から入り込んだのは私です、
その意味で、あなたが私に文句を言うのは当然です・・。
私からあなたに文句を付けるのは、明らかに道理に反します。
それは認めます・・・

しかし、たとえ道理に反していても、すべての人から批判を浴びようとも、
人が人を好きになることを止めることはできません・・・・」

冷静に戻った浦上は、話の展開でも、話の筋でも、その道を踏み外したのは浦上自身だと気が付い
たようです。このままでは佐王子に寄り切られると危機感を感じ取っていたのです。謝るべきとこ
ろは素直に謝り、劣勢を立て直すことにしたのです。

「佐王子さん…、
あなたにはとうてい許せないことだと思いますが・・、
私は千春さんを愛してしまったのです。
この気持ちはどうすることも出来ません。

なたにとっては、迷惑この上ない話だと思いますが、
あなたの愛人である千春さんを私は愛してしまったのです。
千春さんの幸せを願うことでは、私とあなたは同じ立場に居ると思います。

そこで一つお願いがあります。
これから先、万が一、私が千春さんと離れることになって、
千春さんとあなたの関係がこのまま続くことになっても、
あなたに、絶対守ってほしいことなのですが・・・・、
聞いていただけますか・・・・・」

必死の表情を浮かべ浦上が話しています。佐王子が黙って頷いています。

「ありがとうございます…。
あなたは先ほど、『・・俺が先に手を付けた、俺の女だ・・』と言いましたね・・、
その他、この場で口に出すことさえできない、蔑みの言葉をたくさん使いました。

千春さんに少しでも愛情を感じておられるのなら・・、
いえ・・、千春さんのことを大切に思っておられるのであれば・・・、
いえ・・、あなたが千春さんを愛しているのは、僕には良く判るのです。
そうだからこそ・・、こうして申し上げているのです…。

千春さんを辱める言葉は使わないでほしいのです。
千春さんを人前で辱めるのは止めて欲しいのです・・・・」

やや怒気を含めながら浦上が話しています。苦笑を浮かべて佐王子が頷いています。心配そうな表
情で千春が浦上と佐王子を交互に見ています。

「あなたが本当に千春さんを愛し、千春さんもそれで満足して、私よりあなたを選ぶというのであ
れば、残念ながら、私は引き下がるより他に道はないと思います。しかし、あなたの話を聞いてい
て、あなたが判らなくなっています。私が引き下がることが千春さんの幸せに結ぶ付かないと思い
始めているのです・・」

佐王子を真正面から見つめて、浦上が渾身の気持ちを込めて話しています。

〈・・この男はなんていい顔をしているのだろう・・・!
この瞬間、惚れた女のために、すべてを捨てている・・・・・、
俺にもこんな時があったのだろうか・・・忘れてしまったな・・〉

焦点の合わない、遠くを見るような視線で浦上の顔を見ながら、佐王子は過ぎ去った昔を思い出し
ていました。

「男女の愛の形は人それぞれに違うことは、経験の浅い私にも何とかわかります。
それでも、私にはあなたの気持ちが判りません・・・。
あなたは千春さんを本気で愛しているのに、
その一方で、あなたは稼業の駒として千春さんを利用しています。

あなたの話通りであれば、5年間、千春さんは女の盛りを犠牲にして、あなたに奉仕した勘定です。
このままあなたとの関係を続けることが、
千春さんの幸せに結びつくとは、とうてい私には思えないのです・・」

静かに、明瞭な言葉で浦上は話しています。千春はやや面を伏せて、聞いています。佐王子は視線
を宙に向けています。二人それぞれに、浦上の言葉に深い感銘を受けているようです。